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孝一は風呂に入った後、バスタオルを首に巻き、ベットにもたれTVを観ていた。
右手横側に置いたスマートフォンに、優希からの連絡はまだない。
もう22時過ぎている。
――優希、どうしてるんだろう…
女の人とちゃんと会えたのか、うまく会話が出来ているのか気が気でない。
優希も男だから、何かあるとは思えないが、女の人と会うと連絡してきてから、それ以降連絡をしてこないのはどんなものかと思う。
ましてや、どんな女なのかもわからない。
わかっているのは、小柄で色が白という優希のつたない説明だけだ。
かといって、携帯ショップで働いてるような女の子だ。そうそう変な子はいないだろうとも思う。それなりにお客様応対の仕事だ。変な女の子がそんなところで働く事はないはず。
そうは思うものの、女慣れしていないであろう、あの優希が、とりあえず会えたなら2人っきりという事だ。
この6年で優希は変わったと思う。
人を寄せ付けないような雰囲気もなくなり、選んだ仕事も営業だ。
人と関わる事や話をすることも、それなりにちゃんとこなし、関わろうとしてる。
変わったのではなく、元々優希はこうゆう人間だったのではないだろうか。
それは6年も付き合った中で思ったことだった。
本来持っていた優希の明るさや、優しさや時折見せる無邪気さは、両親を亡くしたと同時に閉じ込めたのではないだろうか。
1人生き残った自分を、どこかで責め、楽しくいてはいけないと思ったのではないだろうか。
今の優希を見ていたら、そう感じられて仕方がない。そして、それならこのままの優希でいてくれればいい、そう思う。
それでも、女の子と付き合った事がない奴が大丈夫なのか?と言われたら、答えは〝わからない〝だ。
男同士と異性は違う。何より今までそんな事を言ってきた事がない優希が…となると、若干の心配はある。
――連絡もしてこない。心配してんのに
孝一はとりあえず優希にLINEをする事にした。
『孝一:優希。どうした?何かあったか?』
※※
ショッピングモール近くにあったファストフードの店で、優希と紫は向かい合って座っていた。
どこか探すのも時間が勿体無いし、近くにファストフード店があると紫が言ったからだった。
ハンバーガーやポテトを食べながら話し、気が付いたら22時前。
「そろそろ、家まで送るよ」というと優希は紫を助手席に乗せ、紫の住所をカーナビで設定しようとし手を止めた。
さすがに住所を聞いたらダメかなと思ったからだ。それを紫に言うと、送っても結局家がわかるのだから、言っても言わなくても同じという紫は、住所を言いそれもそうかと思いながら、優希はナビの設定をした。
でも、気になるのは「いつもこんな感じで客と会ってるの?」かだ。
「ゆかりちゃんて、いつもこんな感じなの?」優希は運転をしなが、紫の表情を見る事はせずに真っ直ぐに前を見ながら聞いた。
「こんな感じって、優希君と会ってるみたいに、他のお客様と会ったりしてるのかって事かな?」紫の顔が優希に向いてるのがわかる。
「うん」
「そんな風に見える?」見える訳ではないが、それがわからない程に、優希は自分の経験不足を痛く感じた。
「いや、見えない。慣れてるよな気はするけど」
「しないよ。普通にしない」紫が優希に向けていた顔を前えと移し言う。
「仕事が仕事だけに、してたらダメでしょ。話すのは接客業だし、話をするのは慣れてて当たり前かな」携帯ショップでは、顧客情報に対して厳しいのだと紫は言った。客と個人的に接触するのも、同じように厳しく指導されてると。
「じゃぁ、なんで今日は俺と会ってくれたの?」赤信号で車を停め、優希は紫を見る。
そんな優希に紫も視線を移す。
「優希君と話してて、もっと話を聞いてみたいと思ったからかな」
「そっか」信号が赤から青に変わり、車を走らせる。
そんな事を言われた事はない。言われた後、今、自分がどんな顔をしてるのか、ヘラヘラしてないか、それが心配だ。でも、外は暗い。今の自分の表情を隠してくれる。
「こちらこそ。ありがとう」紫は真っ直ぐ前を見てすれ違う車のヘッドライトがすれ違うのを見ていた。
紫のマンション前に車を停め、
「そういえば、ゆかりちゃんの連絡先教えてもらっていい?」
数時間一緒にいたのに、連絡先を交換し忘れていた。
「LINEのIDで検索して」と言うと、紫は自分のスマートフォンを出し、LINEのIDを表示させ優希へとスマートフォンの画面を向けた。
「これで検索してっと」言いながら、IDを入力し検索すると、紫の顔のアイコンとアルファベットで〝Yukari〝と名前が出てきた。
「ゆかりちゃん、これ?」今度は優希が自分のスマートフォンを紫に向ける。
「うん。また、こっちにLINEしてもらっていいかな?」と紫が言った時に、優希のスマートフォンが〝ライン♪〝と通知音を鳴らす。
ふっと紫が笑った。
優希のスマートフォンの画面には
『優希。どうした?何かあったか?』孝一からのメッセージが表示されていた。
「あっ、ごめん」優希は慌ててスマートフォンの電源ボタンをおし、画面を真っ暗にした。
自分の顔の前で手を合わせながら
「私こそ見ちゃってごめんなさい。でも、心配してる感じだね。いいお友達ね」紫はそのまま自分の口元に手をあてた。
「こいつ、高校からの友達なんだ。いい奴だよ。本当に。あっ、明日って休みだよね。予定ある?」
「予定はないよ。朝は寝ちゃってるけど」
「明日、会えたりしないかな?」
少し考える様子の紫を見て、やっぱりなんか俺図々しい事を言ったなと思っていると
「いいよ」と言う紫に
「本当に。じゃぁ後でLINEしてもいい?って、もう寝るよね」自分の声がワントーン上がってるのに気付く。
「まだ寝ない。優希君が帰りつくまで心配だから、帰ったらLINEしてもらってもいい?」
「心配?大丈夫だけど、でも、連絡する」車だから大丈夫なのになと思いながらも、そういうものなのかなと思う。
「うん。それじゃ、家に着いたら連絡してね」
「わかった。ごめんね、遅くなって」
「送ってくれてありがとう」
手を振りそう言うと、紫は助手席から降りドアを閉めた。
優希が車を走らせ、窓越しに紫に手を振る。
紫も手を振っていた。優希の車が見えなくなるまで、紫がマンションへ入らず見送ってる姿がバックミラー越しに見えた。
ーーこんなふうに見送ったりするのが、普通なのかな…
付き合った事がない優希には、紫のそれが普通なのか、どうかもわからない。
ただ言えるのは、見送られる事は嬉しい事で、マンションの中に入るまで逆に紫を見送ればよかったなと、見送られながら自分の鈍さというか、気の利かなさを残念に思ったという事だ。