※※
「ねぇ藤。私は間違っているのかも知れない」
紫は目を閉じ奥深く藤に語りかけると、いつものように提灯を持った藤が現れた。
「何を間違っているんだい?」伏せ目がちにいつものように藤は口元を緩ませ言う。
「あの人を巻き込んでしまう事…」
そう紫は孝一に全て語る事で、自分達のことを伝えたのだ。同じように老いる事のない歩みが異なる事を。
優希の為、孝一の為と言えば嘘ではない。何より2人はそれを知っても尚、友として過ごせる事を喜んでいた。
『約束』紫が共に居られる為に孝一に提示した事は
1、決して私達の事を他言しない事
2、紫の夢に従って言われたように協力する事
3、決して自ら同じように人でなくなることを選択しない事
たったそれだけの事だった。
「紫、君はありもしない約束を作ってまで、彼等を思ったのだろ。それに間違っているかいないかは無いのだよ。人はね、必ず死を迎える。どんなに嫌でもね。それは、今、君が1番望む事かも知れない。それでも、人は死ぬんだ。大切なのは、どう生きて、どう死んでいくか。その時に何を望むのかだ…」
死…そう今は願っても死ねない。そして、優希との出会い、死にたいと思った感情は薄れた。
「そうね…私には…昔の私にはそんな事考えもしなかった」
「君が考える事ではない。間違っていたのかも、正しかったのかも、それは彼等が決める事なのだから」
そう言うと藤はそっと提灯を持った腕を伸ばし
「さぁ、もう戻りなさい」と言うと紫の背中を軽く押した。
チリン…
紫は小さく鈴を鳴らした。
「ねぇ、藤」そう呟くと、和装に身を包んだ藤が現れた。
「藤は全部知っていたんでしょ?」視線の先にある藤の顔は少し口元を緩ませていた。
「さぁ、どうだろう」惚けたように藤は言った。
「紫、君は選択をしたんだ。それが正しかったのか、間違っていたのか、きっと時が答えを出してくれる」
藤のいう時がいつまでなのか、いつなのかはわからない。きっと答えなんて出ないのかもしれない。
それでも、自分に足りない感情や欠けている物がある事はわかった。
1人では何も出来ないという事。そして、1人で生きているつもりでいた事。
本当に1人でいいなら、私は人と関わらなければ良かった。それでも、人と関わっている。
関わり方がどうであれ、そう生かせられるものならと、自分の命でもないのに必死になっていた。
「ゆかりちゃん」優希が紫の背後から抱き締めてきた。
抱き締めた優希の腕に紫は手をあて
「優希君。ブリザードフラワーは散る事無く死んでるの?」
優希はテーブルの上に置かれたブリザードフラワーに視線を落とし
「確かに咲いたまま枯れないように保存はされているね。でも、死んでるわけじゃないよ。眠っているだけだ。そして、こうして綺麗な花を咲かせている」そう、人にずっと綺麗な姿を見せ、人の心に美しさを落とす。
「そっか、そう言う考えもあるんだ…」紫は生か死でしか判断していなかった自分に気付いた。
死して尚も美しくある事も罪ではない。
「紫。君は難しく考え過ぎていたんだ」藤が柔らかく微笑み言う。
「おーい、優希」そう言いながら部屋をバタンと開き孝一が入ってきた。
「なぁ、優希手伝えよ」孝一の手にはダンボールが持たれていた。
引っ越しの準備の真っ最中だ。これから始まる2人の生活に孝一は手伝いに来ていたのだ。
「悪りぃ」優希はそそくさと片付けを始めた。
「紫、君が人から落ちた夜空も、彼が落ちた夜空も、君の眼には何に見えた?」藤が伏せ目がちに尋ねてきた。
「ラピス」紫は一言答えた。
そに答えに満足したかのように藤は霧のように姿を消した。
夜空はラピスだ。
藍色の中に金色の光を散りばめている。高価な物程、それは鮮明に美しく光る。
まだ答え探しの最中だ。きっと道に迷い悩み苦しむだろう。
けれど、そう終わらない物語はない。
その道がどれだけ長く果てしなくとも、仮にゴールが無く繰り返す事になっても、今はも二度と訪れはしない。
一分一秒時が進むように、その瞬間瞬間は二度とこないのだ。
当たり前な事などどこにない。
だから大切に進めていこう。一歩ずつ時が刻むように…




