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孝一を包んでいた灯りは、4人を包んでいた灯りと統合し、車ごと、丸ごと灯りは包みのみ込んでいた。
その様子を一歩下がって、紫と優希は見つめている。
紫は優希の手を握って
「優希君、君もあの中に入りなさい」優希を見る事なく、灯りを見つめながら紫は抑揚なく言った。
「えっ、なんで」優希は、握った紫の手をぐっと引き寄せ、優希の方に顔を無理矢理向かせ
「なんで、そんなこと言うの。もう決めた。そして、今、俺の中にゆかりちゃんと同じ物が流れてる。君が与えたんだ。俺が選んで与えてもらったんだ。今更、何を言うんだ」
優希はまくし立てるように早口で言った。
もう決めた事。そう、紫と居ることが自分のいる場所。それがわかったからだ。
「今更それはひどいよ。俺を何だと思ってる。俺は、君と同じなんだ。君と俺は似てると言った。俺は生きてていたいと思ってない。それは、ゆかりちゃんと同じじゃなかったのか」一気に優希の言葉が紫を追い詰める。
「ゆかりちゃんが良いと思っていってくれる事は、俺が望んでることではない」きっぱりと優希は言い放った。
「ゆかりちゃんが俺の事を思って言ってくれてる事はわかる。それでも、俺は俺でゆかりちゃんと離れたくない。君を1人にする気はない、俺ももう1人になりたくない」優希の言葉は心強く、紫の心に響く。
「紫、だから言ったのだ。君の選択が必ずしも正しいわけではないと」耳元で男の声がした。
ーーそういう事か…
それはきっと、紫の中ではまだ理解出来ない所。
それでも、きっとこれから優希と過ごしていく中で、知っていく事なのだろう。
そして、それもまた必然なのだろう。
この世に偶然なんてものはない。人が出逢い、いろんな形で関わっていく。それはどれも必然であり、そうなる理由があるから人は出逢い、また同じ様に別れを迎え、それを繰り返し生きて行く。
その出会いが、必ずしもいい出会いでなくとも、学ぶ事は多い。
多種多様、人の考えもまた1つではない。
どんな物事にも、選択はある。
そして、言える事は選択で未来は変わるという事。
紫は左手のリングを指から外し、Ⅶの所で数字を止めた。
それを見た優希は、「その指輪はなに?」と言った。
「これを使って時間を少し戻す。記憶を消すためと、ここには来た現実を無かった事にする」
「時間は戻せないって言ってたよね?」そう優希が聞くのもわかっていた。
「普通は出来ない。でも、今回は条件が揃っているから。だから、さっき分け与えた物も、時さえ戻れば分け与える前に時間を戻したなら、あなたは普通に、あの子達と生きていける。人として、今までのように。そして、この事故が起きないように注意さえしてくれればいい。その記憶だけは残しておく」
それを黙って優希は、ただ聞いていた。
「俺はいい。みんなの記憶を消してくれ」
それは強がりでも何でもなく本心だ。
自分と似てる紫を、今までの孤独を知りつつ、離すことなど出来るはずもない。また離れたくないのだ。同情でも何でもなく
「ゆかりちゃん、これからは一緒に生きていこう。そして、救える命があるのなら救っていこう。それと…」少し間をおいて優希は、続けて言った。
「俺は前も言ったけど、家族はいない。ゆかりちゃんと同じだ。それな2人なら、そんな2人だから、きっともっと2人で考えて救っていこう」力強く、強い優希の声に紫の心は決まった。
※※
金曜日の朝、孝一はLINEを送信した。
『孝一:おはよ。今日のスノボ、来週にしよ。嫌な夢見た』
LINEは直ぐに既読になると
『司:おはよー。俺も嫌な夢見た』
『颯太:おは。俺もだ』
みんなが嫌な夢を見たらしい。
『孝一:どんな夢だった?俺、事故る夢だったんだけど』
と送るとみんなが次々に同じだと言う。
夢に翻弄されるつもりはないが、スノボに行くだけにスノボに行く途中の事故の夢は、さすがにいい気分はしない。
何も今日に拘る必要もないのだ。
来週にすればいいだけの事。何も嫌な気持ちで無理矢理行く必要もない。
『孝一:じゃー今晩いつものとこで呑もうぜ。その時、夢の話の続きな』
『了解』みんなの返事が来たところで、孝一は仕事へ行く準備を始めた。
―――あれ?何かおかしい
何がおかしいのかはわからないが、何か物足りない。そう、何かが足りない気がする。
3人で毎週呑んでいたよな?と思いつつ、準備をしながらも、物足りない事に気持ちが引っ掛かる。
気のせいか…と思いLINEの友達リストを見る。
※対象者がいません、と1つリストの中にあった。
―誰か止めたのか―と思うと、LINEを閉じ仕事へ向かおうと部屋を出ようとした時に、机の上に鍵があるのを見た。
この鍵って何?掴み眺めながら、その鍵をポケットに入れ部屋を出た。
夜、3人で集まると最初に話題となったのは夢の話だった。
各々、目の前に落ちてくる雪が印象的だった事、空に星が綺麗に輝いていた事、ただそれは車が山の中に落ちた後の光景だった事、みんなのが同じ事を言い、それは同時に同じ夢を見ていた事に繋がった。
ハイボールを舌で舐めるように口にした孝一が
「同じ夢を見たってことだよな?」
「そういう事になるよな。不思議だけどさ」司が言った。
颯太は腕を組みながら「おかしい…」と言うと続けて
「なぁ、俺らっていつも3人だったっけ?」と言った。
「ばーか。お前中学からいつも俺ら3人だったじゃん」と司が鳥の唐揚げを口に運びながら言った。
孝一は「この鍵、何か知ってる?」そう言うと、ポケットか出した鍵をテーブルの上に置いた。
「何?この鍵。お前の家のじゃないの?」颯太が言うと
「家の鍵はこっち」と孝一はキーケースを出した。
司は孝一が出した鍵を手にすると、蛍光灯の光にあてるように上にあげ
「家の鍵っぽいけどな」と言うとじっくり鍵を見つめた。
「だよな。でも、誰のだろ。俺のでもお前らのでもないだろ」孝一は一口ハイボールを呑み
「それに、なんか足りない。そんな気がする。颯太が言ったろ。3人だっけって。俺も何か足りない気がするんだ」
「そうか…」颯太は豚の角煮の小鉢に手を伸ばすと
「なぁ」と首をかしげ「先週、角煮って食べたよな?」と言った。
毎回頼むメニューに変化はあまりない。
誰が食べたかと言われても、各々が食べて無くなれば注文する。
「お前…そりゃ誰か食ってるだろ」司が箸先で颯太を指した。
その行動に大袈裟に颯太はうわっとのけぞり、後ろに座っていた男にぶつかった。
「すみません」孝一が即座に颯太を起こし、謝罪した。
「いえ、大丈夫です。楽しそうですね」男は口元を緩ませ笑い言う。
「騒がしくてすみません」颯太の頭を押さえつけ孝一は言った。
「楽しそうで羨ましいですよ」へらっと男は笑って言った。
司が
「逆に羨ましいです。カップルですか?」そう言うと
男の前に座っていた女性が軽く会釈すると、男は
「ええ。皆さん、お友達ですか?いいですね。男同士でそうやって呑むのも」男の口元は緩んだままだった。
孝一は「いつもの事なんです。いつも他愛の無い話なんですが、今日不思議な事もあって」
孝一はへらっと笑みを浮かべている男の顔をじっと見つめた。
「どこかで会った事ありませんか?」孝一の問い掛けに男は「ないと思いますけど」そう答えた瞬間、男の顔から笑みが消えた。
孝一はテーブルに置いた鍵を掴み男の顔の前に差し出し「この鍵知りませんか?」とまくし立てるように言った。
男の表情に動揺が一瞬顔を覗かせたが、すぐにそれは消え「知りませんよ。家の鍵のようですね」そう言うと男は同席していた女性に「さぁ、帰ろうか」と声を掛けた。
今まで黙って光景を見つめていた女は「本当にいいの?」と男に言った。
女の問い掛けに男は「あぁ、大丈夫だ」そう言うと腰を上げた。
女は少し躊躇いながらも腰をあげたが、孝一の近くに歩み寄り
「何故、その鍵をさっき差し出したの?」と小さな声で問い掛けた。
「朝から何かが足りないんだ。机の上にあった鍵が答えを知ってるような気がした。あの人にこれを見せたら何かわかる気がしたんだ。悪かった。俺たちが騒いで、おかしな事を言って、気分悪くさせてしまって」
孝一は鍵握りしめて俯き言った。
「いいえ。やっぱり…私には出来ない」
女がそう言った瞬間、孝一は暗闇に包まれ、1人闇の中に立っていた。




