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ひらり頬に冷たい物を感じ、孝一は自分の頬に手をやった。
落ちた物を手に掴む目にする。
ーー花びら…こんな真冬にーー
1枚の花びらを手に、こんな冬に咲く花はないはずと辺りを見渡した。
さっきまで風が渦巻いていたところは、先程とは違い静かにただ粉雪が舞っていた。
ーーこれはどこから?
そう思った先に、2人の立つ姿が目に入った。
「優希!」そう叫ぶと、這う事しか出来なかった身体を無理矢理起こし、2人の方へと歩み始めた。震える膝によろけながら
「優希、優希だろ!」そう叫ぶが、聞こえないのか言葉は返ってこない。
すると、1人孝一の方へと歩いてくる姿があった。
近付くに連れ歩いてくるのが、優希だとはっきりわかった。
「優希、優希無事だったんだな。なんだよ、返信くらいしろって」そう言いう孝一に小走りに優希は近づくと、よろける孝一の肩を掴んだ。
「優希、何で何も言わないんだ」
ーーあれだけ呼んだのに、答えない。なぜ?
優希は黙って孝一の肩を抱え、ゆっくりと地面に座らせた。
「悪いな、孝一」そう言うと、優希は座らせた孝一の横にしゃがみ、孝一の肩に手を置き
「本当に楽しかったよ、今まで。お前らがいたから、お前があの時声を掛けてくれたから、俺はここまで来れた。本当にありがとな」
そこにはいつものようにへらっと笑う優希の顔があった。
そう、いつもこうだ。
優希はいつもへらっと笑う。その顔がどんな顔なのかきっと優希は、当の本人は知らないのだろう。へらっとしつつ、泣きそうな顔な事している事を。
「何言ってんだ。ありがとうとか、お前バカか」
ーーこのまま何処かにいなくなりそうな事を…
はっとし「優希、お前何か隠してないか?」しゃがんでる優希の腕を掴み、孝一は言った。
今、掴んだこの腕を離したら、きっと後悔する。今にも消えてしまいそうな感じがした。こうしてしゃがみ座ってる優希も、今まで過ごして来た日々も、何もかもが煙のように消えてしまいそうに思った。
「孝一、何も」
優希は自分を掴んでいる孝一の手を掴み、自分の腕から外した。
今言っても孝一は忘れる。それなら言う必要はない。初めから居ない事になる自分の事で、僅かな時間だとしても孝一の胸を痛める必要ははい。
誰も知らなくていい事。自分だけが、孝一達と過ごした時を忘れずに生きていく。それでいい、それだけでいいんだ。
「優希、何処か行ったりしないよな?」そう聞く孝一の顔は今まで見た事がないくらい不安に満ちていた。
ーーその顔を見せてくれただけで十分だ。十分幸せだと思える
「あぁ、何言ってんの。俺、お前の彼女じゃないんだけど」優希は足元の雪を掴み「それ、男が女によく言うセリフだって」と言った。
「そうだな」2人の間に軽い笑いが沸き立つ。
「早く颯太達の所ヘ行こうぜ」孝一は一緒に行こうと誘う。
ただ、それに黙ししゃがんだまま優希は動こうとしない。
「優希?」俯き足元の雪を掴んている優希の顔を、孝一は覗き込んだ。
孝一が見た優希の顔は、どこか吹っ切れたような清々しい顔だった。
へらっとさっき笑った顔もなく、自然に緩んだ口元にここではない何処か遠くを見るような目。
その顔を見て孝一は
ーーもう会えないんだな
と何故か思った。
そう、2人の立ってる姿を見た時から、吹雪に包まれる様に消えた時から、本当は気付いていた。だから何度も何度も叫んだんだ。
初めて会った時の危うい優希が、自分達と過してる中で危うさを無くし、ただ普通に過ごしていった。優希が普通に過してる日々、それは当たり前のようで当たり前ではないと思い知った。
優希を知れば知る程、自分が普通に暮らしてる中の不満が、どれほど贅沢なのかを知った。そらを教えてくれた優希を失いたくはない。
いつもどこか寂しげな表情を見せる優希を、いつかそんな表情をしなくなるようにと願い、歳を重ね新しい家族を増やし、優希が心から落ち着ける場所を見つけるのを見たかった。
それが、2人を見てどこかで思ったのだ。
ーー普通にそんな顔をするんじゃん。そっか、見つけたのか。よかった
孝一が望んだ願いは、優希の願う事とは違ったと知った。
孝一がそう思った瞬間、オレンジ色の灯りにいつの間にか包まれている事に気付いた。
「孝一、本当にありがとな」優希はそう言うと孝一に手を差し出した。
「優希」孝一は優希の差し出した手をしっかりと握った。
「お前の場所はみつかったんだな。もう、あんな風に笑ったりするなよ」
優希は口元を緩め微笑み、孝一の言葉に「楽しかったよ、本当に」と言うと手を離した。
オレンジの灯りは次第に大きくなり孝一だけを包みのみ込んだ。
優希はさっきまで握っていた孝一の手の感触を忘れないようにと、自分の手をキツく握り締めた。
※※
真っ暗に包まれた空間は、いつの間にか元の場所に変わっていた。
「まだ時間はある」そう言うと紫は優希の背中を押した。
孝一の姿を見た紫は、孝一が優希を呼ぶ声にそうするしかなかった。
ーーこのまま連れてはいけないーー
そう、彼等には一緒に過ごした時間がある。
それがもう消え去るのなら、消え去ると言うのなら、最後に交わす言葉はあるだろう。それが忘れ去ってしまう言葉でも、それがもう誰だったのかさえわからなくなろうとも…簡単に奪ってはいけないのだ。
「ゆかりちゃん、行ってもいいの?」そう問う声に
「まだ時間はあるから」その言葉に、「わかった」優希は孝一の方へ歩き始めた。
孝一の元へ優希が辿り着いたのを見た紫は、まだどこかで迷っていた。
それでも、引き返せない。今ここで優希を置いて行く事も出来ない。出来るのは孝一達の中から、自分達の記憶を消し去る事。
紫は孝一と優希が対面したのを確認すると、残されている4人の元へと向かった。
4人はまだ気を失ってる。
紫はそっと長野と奥田の頬に手をあて触ると
「ごめんなさい。こんな思いをさせてしまって」そう言うと
ーーさぁ、無かった事に…全ては夢。そう夢の中の出来事ーー
紫の周りを複数の小さな灯りが取り囲み、小さな灯りは4人の周りにふわふわと飛び向かった。
灯りは蛍のように4人にとまり、小さくぽっぽっとゆっくり点滅する。
その灯りは4人の身体に暖を与え、更に深い眠りへと誘った。
ーー長い夢に…そうとても長い夢…ーー
深い眠りについたはずの長野の口から
「紫さん」そう声が漏れた。
「長野君、ごめんなさい」長野の冷たい頬に手をあてた。
長野の優しさも慕ってくれていた事もわかっていた。だからこそ、今回それを利用もしたのだ。
それが残酷な事もわかっていながら、紫が選んだのは巻き込む事だった。
優希を救う為には犠牲が必要だった。敢えてやった行為も、上手くいくかもわからない賭け。上手く行かなければ長野も奥田も命を失うと知っていた。
それでも、賭けが上手くいくのか試す必要もあった。
上手くいけば2人を救える。そして、これから亡くなる命を夢見た時に、選択する枝が増える。
今回はそれを試すチャンスだった。
残酷だと冷酷だと、関係のない人を巻込む事がエゴだと言われればそうだ。
それでも、今まで救えなかった命を数えたらきりが無い。
自分の命がどうしたら尽きてくれるのか、何を知ればいいのか未だに答えはない。ただ、優希だけはもう失くしてはいけないと思った。
夢に見た時から、優希の死を回避する事だけを考えた。
「長野君。私はこんな酷い者なの。奥田さんと仲良く。そして、忘れなさい」
紫は長野の目から溢れる涙を指で拭い、4人の元から少し離れた。
4人を包んでいた灯りは、大きな円球となりすっぽりと4人を包みのみ込んだ。




