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紫は優希の元へと歩き出した。
歩く中、思い出すのは優希と初めて会った日の事だ。
会う前に夢で見てはいた。でもそれは映画の様な物。単純に映像を見ているだけ。実際、その人と会えば違いがすごくわかる。
そして優希もそうだった。
彼が事故の時に会った少年だった事はわかっていた。
「忘れなさい」と記憶を閉じた。子供には辛すぎる光景だったからだ。
それも自分がした事から逃げたかっただけに過ぎない。
その後は優希の事が気になり、遠くから様子を見ていた。容姿の変わらない私は、1つの場所に長くはいられないから、離れれば優希の元まで様子を見にも行った。
自ら傷つけている事も、それが一生消えない傷になっている事も、全部知っていた。
手を貸すわけにも行かない、彼自身が生きようとしなければ、どうにもならない事だった。そんな彼を見れば見るほど、どこかで自分と重ねていた。
会った時の優希の笑顔は暖かかった。友達に囲まれて、平凡でも毎日1日1日を優希なりに楽しく過ごしている。心を打ち解けられる友人もいる。
孝一が来る事は知っていたが、あれでバレないとでも思ったのか。そう思うと少し口元は緩んだ。でも、そんなに心配をしてくれる人が、この世界にどれほどいるのだろうと同時に思った。
家族でさえ、無関心なところもある。自分の子供を傷つける親もいる。友人だったはずの友達が、些細な事でイジメっ子にさえ変わる。
そう人の心はとても虚ろだ。
信じると言いながら、心のどこかでは信じてはいなく、そして本音を漏らす事を躊躇する。
いつからこんな風に人は変わったんだろう。
いや、元からなのかもしれない。自分が単に人を知らな過ぎただけかも知れない。
それでも、優希達を他の人達と比べれば違うと言い切れる。
同情でここまではしないだろう。何よりも優希がそれに気付いているはずだ。
ーー優希はもう大丈夫
そう思った。これなら、もう自分がいなくても、見守らなくても大丈夫だ。安心して任せていける。
優希と同じ時は歩めない。
紫は歩みを止め、空を見上げた。
目に映る藍色の空に、大小の星々が光を放ち、月光と共に黄色の鈍い光が紫を照らす。
ーー本当に夢と一緒だ
昔、崖から落ちた時見ていた空に似ている。
空はいつでもそこに、頭上にある。誰の物でもなく、誰かの為でもなく、地上がどんな状況でも、見上げれば変わらずにそこにある。空で繋がっている。見た事も会った事もない人と、そう繋がっている。
そこには身分や貧富も何もない。唯一平等があるとしたら、この空だけだろう。
生きてる限り、この空の下で繋がり、目に映る空の色は違っても見上げる空は一緒だ。
優希はずっと紫を見ていた。
途中で立ち止まり空を見上げる紫と同じ様に空を見上げた。
ーー孝一達はどうなったんだろう
そう思う反面、申し訳ないくらい紫に魅了されていた。
危機の中だというのに、無神経にも程があると自分でも思った。
それでも普段見ることの無い光景に、もう見る事は無いであろう光景に目を奪われたのは事実だ。
そして、その光景を目にしながら、どこかで孝一達は助かると思っていた。紫が助けるのではないかと信じていた。
ーー信じていた…虫が良すぎるな…
紫が言った事を信じていたなら、本当はここに来るべきではなかった。そうしなかった自分が今更虫が良すぎる。
ーー本当、情けない
「優希君」優希はその声にハッとし、目の前に紫がいつの間にか目の前に立っているのに気付いた。
さっきオレンジの灯火の中にいた紫は、今目の前にいる。そして、尚もまた美しいと思わず声に出してしまう程、人とは違う空気に包まれている様に感じた。
「みんな、生きてる」優希へと紫は手を差し出した。
優希は差し出された紫の手をとった。
ーー冷たい
氷の様に紫の手は冷たく冷え切っていた。
「ゆかりちゃん、手が凄く冷たい。ずっと雪の中にいたから」
そう言うと優希は両手で紫の手を包む様に覆った。
「大丈夫」紫は優希に立ち上がるように言うと、優希を支え起こし立ち上がらせた。
「痛っ」優希の傷はケガは治ってはいない。痛くて当たり前だ。それでも紫は立ち上がらせた。
「痛いのは生きてる証。それは優希君、君は嫌ってほど知っている」
そう、嫌ってほど知っている。そして、それが証だと思い安堵する自分も知っている。
「ゆかりちゃんは何でも知ってるんだね」
「違う。知らないから知ろうとしてる」
優希の事も、紫が知ってるのはきっと一片に過ぎない。全部を知る事は誰にも不可能だ。人は自分の事さえも知らないのだ。
「君は言ったよね。自分が死ぬ変わりに、皆を助けてくれと」真っ直ぐに見つめる紫の視線。
「言った。だから、いいよ、俺は」優希も真っ直ぐ紫を見つめ返した。
ーーそうだ。皆が助ったなら俺はいい。悲しむ人も親もいないのだから。でも、孝一達は違う。悲しむ人が多い
優希はどこかでやはり死を待ち望んでいた。平凡でも毎日は楽しい。皆といる時間は楽しくて大切だ。それでも、どこかで妬ましく思う自分がいた事は気付いていた。どれだけ仲が良くても、心配をしてくれていても、自分と比べてしまっていたんだ。
自分は可哀想な人間なのだと。そして、どこか皆がいてくれる事は同情なのではないのかと。
信じたくて信じていても、心の片隅で疑念はあったんだ。