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紫は1度自宅に帰ると長野と奥田には言いはしたが、実際帰ることなくスターバックスにいた。
長野、奥田とは、スターバックスで待ち合わせをしている。優希にもスターバックスで待つと伝えていた。
紫はいつものようにバニラクリームフラペチーノを頼むと、優希と一緒に座ったガラスウィンドウ越しのカウンター席に腰掛けた。
まだ待ち合わせまで時間がある。
紫はぼんやりとガラス越しに過ぎ行く人達を見た。
夕方過ぎの風景に見える人々は、家族連れよりも仕事帰りのサラリーマンや、誰かと待ち合わせているのかキョロキョロと周りを見ながら、ガードレールにもたれている女性がいた。
迎えに来た車に乗り込む人もいれば、学生のカップルと、寒い中をそれぞれ行き交う人々。それを見て思うのは、こには自分にない色んな思いを持つ人ばかりなのだろうと言うとことだった。
足早に帰路へとつく人は、自宅で待ってる人がいて、きっと今夜のご飯は何だろうとか考え、1人暮らしでもいなくても帰ったら何かしよう、TVを観ようかと考えてるのだろう。
持て余した時間を友人とLINEで他愛のないやり取りもすれば、電話で語り合ったりするのだろう。
そう、自分が持っていない物をたくさん持っている人達ばかりだ。
自分が考えもしなければ、しない事だ。
接客業についたのは、自身が持っていないそんな人達の事を知りたかったから、それを羨ましく思いながらも、自分に足りない部分を埋める為だった。
実際、色んな人を知る事で確かに埋まる物があった。
それでも、自分が自分らしく生きていく事は出来ない事を思い知らされ、出来ない事が多い事を思い知らされた。
今までもそれは変わらず、これからもきっと変わる事はないのだろう。
子供の頃、小さなじゃり道を入った先にある平屋の一戸建てに住んでいた。
家の前には小さな山、家に入る門先の両側に大きな桜の木、その先に平屋があり、横に父の鉄工所の工場があった。
寒い冬は、工場の前でドラム缶に薪を入れ火をつけて、外でドラム缶を囲うように薪の上に座り、父や母、近くに住む親戚と夜を話し過ごした。
寒いはずの夜の外は、その時は寒くなかった。
静かな田舎の夜、こうして大人の中に入って話を聞く。
そんな穏やかな日々がずっと続けばいいと思っていた。でも、それは願っても長くは続かなかった。
不幸な事故、その一言で済まされるのならどれだけ楽だっただろう。
全ては、あの夜から狂い始めた。
そう…予期せぬ出来事が起こった、あの夜。
少しずつ歯車は狂い、紫がそれにもう少し早く気付いていれさえすれば、家族はきっとまだ紫の近くにいて、紫は1人になる事はなかった…
今更思ったところで、時間は巻き戻りはしない。
紫がすべき事も、もう今更引く事はできない。
あの日にした約束を、今度は守るために…そう、何を犠牲にしても、引き返せはしない。
チクリと胸が痛む。
大丈夫…今だけだ。
ーーピースは全部で7つ。7つのうち4つは残せないーー
紫が干渉する事で、ピースを減らす事は出来るかもしれない。
絶対に残すものは…
ポツリと呟いた。
「紫さーん。早いですねー」
片手を挙げ振りながら長野が、奥田と一緒にやって来た。
「あれ?紫さん鞄とかないんですか?」奥田が紫の周りを見ながら言った。
「私、荷物持っていく物あんまりないから」紫は2人の荷物を見ると、「2人は凄い荷物ね」と言った。
長野も奥田もウェアがあるからか、大きめなリュックを背負い、片手にはボードを持っている。
「あっ、紫さんレンタルですもんね」
長野はリュックをおろし言うと
「まだ、友達来てないんですか?」と続けて言った。
紫はスマートフォンを出し
「もう着くみたい」そう言うと、スターバックス前に一台の車が停車した。
「あっ、あの車。行きましょうか」
そう言うと、はいっと2人は首を縦に頷き、紫の後ろに着いて表へと出た。
紫が車へ近づくと、運転席から優希が先に降り、続けて助手席から孝一、後部座席から司、颯太と全員が車から降りてきた。
「ゆかりちゃん、待たせてごめん」と優希が両手を合わせ言う。
「全然。こちらこそ来て貰ってごめんなさい」と紫は手を振り言った。
優希は長野と奥田の姿を見ると、「こんばんわ。松村優希と言います。ゆかりちゃんとは友達で、今日明日と宜しくお願いします」と言い、会釈すると孝一達を紹介していった。
紫も「こんばんわ。里村紫と言います。こちらに来て頂いて申し訳ありません。急に参加させて頂いて、ありがとうございます」と孝一達に丁寧に挨拶をすると、急に他の人も同行させる事になって申し訳ないと、再度頭を下げた。
「君がゆかりちゃんなんだ。全然気にしなくていいよ」
と孝一は口元を緩ませ笑い言うと、長野と奥田に話しかけ、挨拶を交わしながらスノーボードの話をし始めた。
「みんなお互い楽しく滑ろーな」と優希が満面の笑みで言った。
長野も奥田も初対面なのに、お邪魔してすみませんが宜しくお願いします、と個々に頭を下げ、それ以降は颯太や司とスノーボードの話をしていた。
どれくらいやってんの?どのコース得意?それ自分の板?等、紫が聞いても当然、内容についていけるわけがない。
そんな様子を見ながら、孝一は昨日ショップに行った事を紫が言い出さないか気にしていた。マフラーでいくら隠していたとはいえ、半分は顔を見ているに違いない。声も聞いてる。気付いているに違いない。
でも、紫は何も言わずにいた。そして、始めましてと言ってきたのだ。
いらない心配なのだと思った。仕事とプライベートは別なんだと、安堵した。
そんな中で、長野は優希を見た時に〝紫さんが応対してた人〝と気付き、同時にざわつく感情に襲われていた。
ーーどういうこと?知り合いだったのか?ーー
孝一達と話をしてる傍らで、横目で優希を見る。
ーーお前は一体誰なんだ?紫さんとどういう関係なんだ?ーー
今すぐにでも聞きたい衝動にかられながらも、その隙間はどこにもない。
「とりあえず、俺が運転するから、ゆかりちゃんは助手席でいいかな?」と優希が言うと
「お前が運転だから、ゆかりちゃんが助手席ってなんの特権?」絡んでくるのが颯太だ。
「俺達、スノーボードの話まだまだしたいからいいじゃん。さぁ、後部座席で喋ろうぜ」
孝一は早く早くと言うと、後部座席に5人を誘導した。
優希は
「ゆかりちゃん。助手席でいいかな?」
とまた聞くと
「いいよ。助手席の方が好きだから」
紫の返事に少しホッとしながら、じゃぁ行こっかと言うと、優希は車を走らせた。