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22時過ぎ。紫は自宅マンションのパソコンデスクの椅子に腰をおろしていた。
仕事は平日で来店も少なかった事もあり、珍しく20時半に終わらせる事が出来たが、早番のはずの長野が紫が終わるのを休憩室でずっと待っていて、仕事が終わってから紫と奥田、長野の3人で今度のスノーボードの話をしていたのだ。
「紫さん、俺、嬉しすぎてウェア買ったんですよ。ほら、これこれ」そう言うと長野はスマートフォンで撮った写メを紫と奥田が見えるようにスマートフォンをテーブルの上に置いた。
「やっぱ買ったんだ。へぇー長野君にしてはいい感じじゃない」
奥田は自分もスノーボードをしてるからか、こうゆうタイプが今流行ってるよね、等と長野との会話は弾む。
「すごく綺麗な色、格好いいね」
紫はウェア自体がどんな物がいいかさえわからないから、見たままの事しか良いとは言えず、ただ、長野の選んだウェアは青や赤、白等のカラーが混ざりあったバランスが全体的に綺麗な色の配置の物だった。その配色は目を惹いた。
「綺麗でしょ」
紫の〝綺麗な〝と言うのは、長野からしたら嬉しい。
長野もウェアを選ぶ時に、真っ先に思ったのは綺麗な色づかいだった。
それが、紫が同じように感じてくれた事が嬉しかったのだ。
「本当、長野君にしては、いい感じのを選んだね」
奥田は長野が嬉しそうにしてる様子を見ながら、やっぱり紫さんの反応をみたかったんだ、と思っていた。
そう思うと、そうゆう子供みたいなところが長野の良さと思う反面、どことなく淋しい気持ちになる。
好きな人に振り向いてもらいたい…
それは素直な感情だ。ただ、応援したいと言うのも素直な感情だった。
長野のウェアの話から始まり、どこのスキー場ですか?、集合は?となり
「金曜日、21時位出発目安に。集合はまだわからないんだけど、こっちまで来てくれると思うし。だから、早番で定時で終わってから1回家に帰って来てもいいし、荷物持ってきてもいいし」
そこはお任せするけど、紫は1度家に帰ってから戻ってくると付け加えた。
それなら、自分達もと長野と奥田も1度帰り、戻ってくると言った。
早番で朝から重たい荷物を持ってくるのは手間と体力がいる。
当然、時間に余裕があるのなら、誰でもそう言うだろう。
紫に関しては、荷物は無いに等しい。
ウェアやそういった物自体を持っても無ければ、持っていくものもない。
そうこう話していて、帰ってきたのが22時過ぎだったのだ。
スノーボードの声をかけたのは紫で、この2人には来てもらう必要がある。
―そう、この2人にはどうしても来てもらわないと…―
紫はLINEの優希とのトークを開いていた。
どう返信をしたらいいものか…
「君はもう決めたのか?」
紫に問いかける声がする。
「そうね」
「なら、何を悩む事がある?」
「悩んではいない」
「罪悪感か?選択しかない。変えられない物を変える為に、お前は選択したんだろう?」
罪悪感…そんなものはない。何度も繰り返し、無駄な事も出来ない事も知った。その中で出来る事がある事も知った。
今更、罪悪感なんて…
決めた時点でそんなものは捨てた。
「そうね…」
優希とのトーク画面を閉じた。
紫は部屋角のテーブル上にあるブリザードフラワーのピンクの薔薇を1つ千切り取ると、千切った薔薇を手にまた椅子に腰をおろした。
薔薇の花びらを1つ掴みひっぱり千切る。
花びらをひっぱると、花びらは細かい破片を落としながら、デスク上を破片の欠片が模様のように色付かせる。
千切った1つの花びらを目の前に見つめ
「自ら散ることはなくとも、こうして散らす事は出来る。枯れはしなくても…こうして壊す事は出来る」
そう呟くと花びらを掴んだ指から花びらを離し、花びらをデスクへとヒラヒラ落としていく。
1つ花びらを掴んでは千切り、花びらを落とし、それを花びらがなくなるまで繰り返す。
最後に残ったのは緑色の茎。
残った茎をクルクルと指先で遊ばせる。
ーーこの茎でさえ、生きてはいないーー
茎があって花は花びらをつかせる。
人で言うなら、そう、本当に根っこ、本質、中身が茎だ。
紫は落とした花びらをデスクの上に綺麗に横1例に並べた。
花びらは全部で7枚。花びらの最後に花をつけない茎を並べ置いた。
紫は並べた7枚の花びらを、一番左の1つを上へ位置をずらす。
並び残るは6枚の花びら。
また左1枚を上へ位置をずらすと、一番右側の花びら1枚を今度は下へ位置をずらし置く。真ん中列に残った4枚の花びらを紫は見つめ、腕を組む。
腕を組んだまま、紫は天井を見つめた。
4つ…ここからどうするか…だ。