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紫は朝起き暖房を入れると、そのままバスルームへと向かい、シャワーを浴び終わると、そのまま服を選んだ。
紫が選んだ服は黒のスキニーに白のニット、それを選び着ると、椅子に腰掛けパソコンデスクの上に鏡を置きメイクを始める。
メイクといっても、薄くファンデーションを塗り、目尻にアイラインを一線引くと、その上にブラウンのアイシャドウを二重のまぶたにグラデーションを描くように引くだけだ。
パーマを緩くかけた髪は軽くドライヤーをあて、ムースでくしゃくしゃと掴みセットをした。
一通り身支度が終わるとアクセサリーを付けた。
タンザナイトの星型のピアス、右手薬指にシルバーの指輪。指輪はアルファベットでⅠ〜Xllまでの数字が、時計のようにリングの表面に刻まれている。
よく右手薬指は〝恋人から貰った物〝というが、現実そうではないし、彼氏に貰った指輪を大半の女性は左薬に付けてる。
指輪1つ付けていただけで、仕事に行った時に「彼氏から?」と聞かれて以来、仕事中は指輪を外すようにした。
ただ、毎日見に付けている物で、仕事が終わって着替えるとすぐに指輪を付け帰路へつく。
昨日は右手に指輪を付けていたが、優希には何も聞かれなかった。
聞かれても、そうじゃないと言うだけだが、聞かれなかったのは幸いだ。そういう事をあまり気にしない人か、知らない人のどちらかだろうが、いちいち説明する手間は省けた。
優希から昼過ぎにLINEがきた。
「優希:ゆかりちゃん、おはよう。14時に着くように行くから」
『紫:おはよう。わかった。気を付けて』
返信をし、そのままスマートフォンをパソコンデスクに置くと、紫は部屋角に置いてるガラスのテーブル前に立った。
テーブルの上には、2つの写真立てとブリザードフラワー、ガラス細工の小物が数点置かれている。
紫は写真立ての1つに手を伸ばし掴むと目の前まで持ち上げた。
「時間は本当に経っているんだ…」
写真に向かって問いかけるわけでもなく、言葉を呟く。
横に置いてるブリザードフラワーともう1つの写真は、物を言わずガラステーブルの上にある。
紫は掴んでいた写真立てをテーブルに戻すと、ブリザードフラワーのピンクの薔薇の花びらを親指と人差し指で摘み、指先で撫でた。
「本当に、枯れないのね」
サラサラとした指ざわりの花びらは、生花のような活き活きしさはない。
掴んだ触り心地もまたそれを感じさせる。
そして昔、言われた言葉を思い出す。
「それは死骸を飾るのと同じだ」
ドライフラワーを作ろうと、枯れた花束を逆さにぶら下げようとしていた時に言われた言葉だ。
そう言われた時に、確かに枯れた花は死んでいる、それは人で言うなら死骸といっていいだろう。自分がしてはいけない事をしてる気がして、すぐにぶら下げた枯れた花束を捨てた。
このブリザードフラワーは咲いたまま保存をされ、枯れないように保たれる。
ーーこれは死骸ではなかったら、なんと呼べばいいのだろう…ポプリや、咲き誇り散った後に人を香りで楽しませている物達は、何と言えばいいんだろう…ーー
死してもなお人を楽しませる。それは人のエゴではないのか?
人と違い感情が見えない物だから、何をしてもいいのだろうか?
そんな疑問が頭を巡る。
写真立てを見つめたまま、紫はただ立ち尽くした。
そこに写っている姿に懐かしさや悲しみを感じはしない。感じるのは、時は無情に流れていると言う事だけだ。
ーー生あるモノはいつか命は尽きる
それが普通なのにと思わずにはいられなかった。
永遠に生き続ける事など、普通はない、生き地獄と同じだ…と。
ーーこうして死ぬ事なく、ある物は普通なのか…
その答えを紫は持っていない。