山に向かう不遇職
移動するだけ
「うっわ…なんじゃこの熱気は…。」
私がいる場所はフィールド…ではなくまだ北門広場である。ウェイポイントから転送された私は周りの様子に思わず声を出した。
中央広場程では無いが、それに追いつかんばかりにひたすら人、人、人…とにかく人だ。露店もずらっと立ち並んでおり、もう凄いことになっている。
そんなに露店にはいい物があるのかなと私は通りすがりにチラッと覗いてみると、殆どの露店は金属製の武器や素材なのであろうインゴットが置いてあった。
確かに北側は鉱石が多く取れるらしいけど…ここで商売するものなのかね。商人心はよくわかりませぬ。
なんだろね、ここら一帯が職人向けの区画だったりするのかな。そう思うと露店を巡っている人達もそんな雰囲気なのが多いように見える。
身内に職人が居ないので武器が欲しい、職人との繋がりを得たいってプレイヤー達はここで交渉したりするんだろうね。難易度高そう、私にゃ無理だ。
でも私の唯一のフレンドであるウィルチェさんは鍛冶職人なのでそんな難易度高い交渉はしなくていい上、装備も作ってもらえる。
これってよくよく考えなくてもこれってかなりの豪運なのでは?出会い方はお恥ずかしい感じではあったけどね。思い出しただけでお顔真っ赤になってしまう。ともあれ今後とも何卒よろしくですよ。
ここに本人いないだろってのは気にしちゃいかんですぞ。
とりあえず今の所ここに用は無さそうなので、私は賑やかな広場から街の外へと出る事にした。掘り出し物とかあるかもだし全く興味が無い訳じゃないんだけどね。今は狩りだよ狩り、数日ぶりでうきうきしとるんじゃ私は。
なんか最初もこんなるんるん気分で外に出てエライ目にあった気がするけれど…今回は下調べしてあるし大丈夫でしょ。引き際はしっかり、欲張らない。これ大事。
街と外を隔てる大きな門を潜ると広場の賑やかさは聞こえなくなった。風で草木が揺れる音、元気にグリーンスライムと戦っている音、休憩している人達の談笑がまばらに聞こえてくる。
そんな穏やか…だと思う雰囲気の草原を眺めつつ私は一人で頷く。
「うん、やっぱフィールドの空気はいいねぇ〜。よぉし…私も頑張っていこっと!」
目指すはこの先にある荒れ地&山、岩岩してる奴らを魔法で殴って鉱石稼ぎじゃい。私にしては目標がしっかりしてる狩りじゃないかな。まぁ狩れるかは知らないけど…。
何はともあれ、まずは魔物が出現する地域まで行かないといけない。だけど普通に歩くだけだと結構辛い…無駄にリアルなフィールドの広さ故に移動が大変なのが難点である。
…はい、当然ながらもう私はそんな歩くのは嫌なのです。御免こうむる。
そして私にはそれを解決する手段もあるのだ。人目に付くって?はっはっは何の為のフード付きローブだ。
それに街道一直線なんて人の多い場所を通る必要もない。ある程度道から逸れて移動したところで追いつける魔物もいないため、何の問題も無いってわけよ。いやまあ実際はあるんだろうけど、あの時よりかはマシだろうと信じるよ。
それだけ魔力推進には中毒性があったのだ…。速さというのはどうしてこうも人を惹きつけるんだろうね。やっぱり便利だから?徒歩よりも自転車や車の方が早いし楽、それよりも電車…飛行機とかはもっと早い。
早く目的地に着けばその分沢山の時間をそこで使えるし、移動の方が長い用事というのは気分的にも辛いものである。そう思うと速さは正義であるというのもあながち間違いでは無い気もする。
って何考えとるんだか私は…そんな事よりちゃっちゃと移動しましょうそうしましょう。
そんなこんなで私は街から少し歩き、人が減ってきた辺りで街道から逸れて進む。スライム狩りで私と同じように街道から逸れた人も結構いたので、特に気にされる事も無くここまで来れた。
なんだかんだで他人の狩っている所を横取りしたりしないように、プレイヤー間である程度距離を置こうという暗黙の了解的なのが出来ているらしい。実に日本人らしい狩り方だと思う。
ま、ちょっかい出して揉め事になると面倒臭いしね。私としては人が疎らになるのでありがたい事である。
「ここら辺からでいいかな…。」
ある程度進んだし、周りを見ても遠くに何組か狩りをしている人達しか見えない。そんな彼らも自分達の獲物に集中している訳で、私の方を見ている人なんていないだろう。
ではここからは飛ばして行きましょう。またあの速さの快感を味わおうではありませんか、えぇ。
まずはMP残量を確認…道中何体かグリーンスライムくんを倒したけど最大まで回復済み、よし。続いて方角を確認…しっかり北を向いているのでこのまま直進でよし。アイテムと装備も忘れなし、フードもちゃんと被ってる。
「うし…行くぞー!魔力推進発動!いやっほおおおおう!」
そんな掛け声と共に私は魔力推進を結構な速度で発動した。MPの消費が激しいのはわかってはいるんだけど、数日ぶりの発動に少しはっちゃけたかったのだ。
いやーしっかしこの感覚は抑えきれんよ。生身で風を感じながら飛ぶっていうのは気持ちいい。しかも足を動かして走っているのではないから疲れもしない素敵仕様…最高だね。
そして装備を初期装備から変えた事と、スキルを振った事で高速移動できる時間も増えているため、思っていたよりも早く岩系魔物エリアに到着出来そうであった。
もしこれが出来なかったら、ただ行って帰ってくるだけで一日を終えられそうな気もするので、本当にあの兎には感謝である。今度何か餌でも買ってやろうかな。
―――
まー結局というか案の定というべきか…あれから特に何事も無く私は山岳に到着できた。人とも多分あっていなかったと思うし、魔物に襲われる事も無かった。
まあ無事なのは良い事であるので別に不満があるとかじゃないよ。
「にしても随分と高い山だねぇ…、幾らゲーム内だからってこりゃ疲れそうだわ。」
目の前に見える山岳を見て、現実でも登山をした事無い私はげんなりしつつそう呟いた。
近くで見ているからかもしれないが、頂上は見えない程に高い。そしてそんな山がまるで自然の壁が如く延々と連なっている。
山岳の向こう側は今の所未到達エリアらしいが、この光景を見たら納得であった。
登って行くにしては高すぎるし、恐らく標高が高くなればなるほど出現する魔物も強くなるに違いない。かといって山岳を回り込んでいこうにも、どこまで続いているのかわからないほど連なっているのだ。
どちらにせよ一日で超える事は出来ないだろうし、そもそも超えなくても鉱石は取れるので、わざわざ今挑戦する必要も無いって事なのかな。
現状無謀な登山をするよりも堅実に育成をしてから順番に攻略していく…実にRPGらしい。
どう進もうが個人の自由であるこのゲームではあるけど、出来ないことよりも出来る事から進めていくのはどのゲームでも大事だと思う。そんな積み重ねをして行った方が結果的に早い育成となるものである。
ならば私もそれに則って堅実にいこうではないですか。低めの場所で魔物を討伐、鉱石をドロップさせてほくほく気分で帰る。これでいこう。
今日中に攻略しないといけない理由も無い訳だし、行き来でそんな苦労する程でも無い。狩れるだけ狩って後は後日でもよかろう。
「んじゃま、いざ入山といこうかね…待ってろ私のお小遣い共!」
最早私は邪な考えで一杯であった…。鉱石沢山からの売却や装備作成への期待に胸を膨らませながら、私は意気揚々と山へと入っていった。
どうして私は簡単に山の魔物が狩れると思っていたのか…そう思うのも、また少し後の事である。
もうちょっと続けようとも思いましたが、移動に文字数使いすぎた気がしたので区切りました。
次回は土日に投稿できればいいなと思ってます。




