06
ひとまずアリアは倉庫、もとい、特例部隊の拠点を掃除をすることにした。
帝国兵団の高官やエリート部隊には及ばないが、特例部隊も一般の人と比べれば高給取りに変わりない。
それなのに何もせずに午後の紅茶を楽しむことなど、働くことへの価値観が庶民のそれに近いアリアにできるはずがなかった。
「アルはよく働くね」
アリアが掃除をし始めたのをみて、リヒャルトも一緒にやろうとノリ良く立ち上がってくれたのはよかったが、一度も掃除をしたことがないリヒャルトは掃除は具体的に何をするのかも理解していない。
アリアが持ってきた埃はたきの棒をポンポン振っては、埃がやんだのを見計らって紅茶休憩をするの繰り返しだった。……つまりなんの役にも立たないお人形のような存在だ。
一方、最初からリヒャルトを戦力として期待していなかったアリアは、ペースを乱されることなく掃除を続行している。
捨てていいのかわからないものが多いが、そのほとんどがカビてしまっていてそのままにできなかった。
埃を払ったり、位置を整理したりすることくらいはできるが、カビの対策まではアリアも詳しくなかったために掃除はすぐに終わらない。
情けないが、これで数日分の仕事は確保できたとアリアは安堵した。
そういうわけで、アリアの一日の業務は掃除に始まり掃除に終わるが、お昼はじめっとした地下から這い出て空を見ながらお弁当を楽しむのが日課だ。
リヒャルトは部隊長会議に出席しなければならないため、アリアは一人でその時間を過ごす。
特例部隊に配属されて四日目、掃除婦として動きがだいぶ板についてきた頃、その日はやけに兵団員たちが騒がしいことに気がついた。
なにかの当事者なのか忙しく走りまわる人と、のんびり噂話を楽しむ人とに分かれている。
とりあえず後者の人たちをつかまえ、アリアは騒がしい理由をたずねてみた。
「なんだ、知らないのか。今日は第一部隊と特殊部隊の公開練習なんだよ」
「え!? と、特例部隊と第一部隊が戦うんですか?」
そんな話は聞いていない。
そもそも第一部隊は武のエリートばかりがあつめられた部隊だ。練習相手など務まるはずがなかった。
「特例? 違う違う特殊部隊だって。特例部隊なんてあるわけないだろう」
ショックで固まったアリアを笑った兵団員に、別の兵団員がツッコミを入れた。
「いや、特例部隊っていうのもあるらしいよ」
「本当か? 3年もここに勤めているのに一度も聞いたことがないぞ」
リヒャルトとカールとアリアの3人だけの部隊だ。存在が薄いのだろう。
しかし発足のきっかけがきっかけなだけに、悪い意味で有名だろうと思っていた特例部隊の認知度が低いことに衝撃を覚える。
「ほら、役に立たない荷物を放り込むために最近作られたやつだよ。少し噂になっただろう」
「あー、そういえば」
きっとその荷物とは、あのカビと埃にまみれているあれらではなく、人間を指すんだろう。
社会経験が少ないアリアも察して何も言うまいと口をつぐんだ。
「あんなところが第一部隊の相手になるわけないだろう。特殊部隊だよ、特殊部隊」
(あったんだ、特殊部隊……)
以前リヒャルトに、なぜ特殊でも特別でもなく特例なのかとたずねたが、特殊部隊の方はすでにあったことを知ってアリアは驚く。
きっと特殊なスキルを持つメンバーで構成された部隊なのだろう。
なにも持たない自分は特例の方でお似合いだと自嘲しつつ、純粋に特殊部隊という響きに憧れてアリアは合同練習の詳細を求めた。
それに忘れがちだが第一部隊は元親の所属部隊だ。
掃除の途中ではあるが、どうせ強制力のない自発的な仕事だしと、アリアはちょっとの罪悪感を抱えつつ、合同練習の見学を決めた。