05
上から下へ。
一度アリアを観察したカールは、もう後は視界に映す価値なしとでもいうようにアリアを見ない。
当然会話もリヒャルトに対してしか行わなかった。
「……それで、納得のいく説明はされるんだろうな」
カールはまるで怒りを抑えるように目を強く瞑り、リヒャルトを仰ぐ。
リヒャルトはまるで言っていることがわからないとカールに手をふった。
「納得とは?」
「なっ、しらばっくれるつもりか。どうしてどこにでもいるような平民の子どもが特例部隊に入ったのか聞いているんだ」
どうやらアリア以外に誰もいないことから、きちんとアリアが紹介されようとしている同僚だと気が付いてはいるらしい。
しかし自己紹介もまだなのに、なぜすでに平民扱いなのか。
働いている時などは貴族なのではと周囲によく疑われたのに。
自然とアリアの眉根は寄っていた。
「カール、どこにでもいるようなとは失礼だよ。アルは十分かわいいじゃないか」
違う、そういうことじゃない。
アリアはなんのフォローにもなっていないリヒャルトの言葉を聞き流しながら、自分が言葉を挟めるタイミングを待った。
「ふん、僕には粗野な育ちとわかる汚い姿にしか見えないがな。それより納得のいく説明を早く始めろ。ただでさえ平民と同僚扱いされて、屈辱で気持ちが悪いんだ」
(なっ……)
激しい拒絶にアリアは一言も言葉を発することができない。
これほどの差別は平民になってから初めてのことだった。
元は貴族なだけに、その衝撃はアリアの体をぐっさりと貫く。
最初からアリアと話す気がないカールはずっとリヒャルトに体を向けていた。
リヒャルトは口にはしないものの気だるそうに上半身を起こして言葉をつむぐ。
「アルが特例部隊に所属された経緯は話すと長いんだ。君が納得しようがしまいが何も変わらないし、そんなに気になるなら自分で調べて勝手に納得してほしい」
気のせいだろうか。アリアはリヒャルトの物言いにトゲを感じた。
しかし彼はいつもの柔らかな微笑みを浮かべて座っている。
その様子は子猫をあやしているような感じさえして、カールの差別的な言葉に傷ついたアリアの心をいくらか癒した。
「勘違いするな」
アリアの表情が本人も自覚しないうちに緩んだのを見るや、カールはアリアを睨みつける。
「僕は理由が知りたいわけじゃない。この僕が平民と肩を並べることなど屈辱的扱いだと言っているんだ。子どもだと思って馬鹿にしてはいないか。リヒャルト、お前だって僕が何者かくらい聞いているんだろう」
カールが何者か知らないアリアは、リヒャルトにさえ高圧的な態度を貫く彼に驚いた。
リヒャルトの態度からして彼とそう変わらないほど高貴な身分だろうということくらいは予想していたが、少々の身分差では、普通ここまで露骨に相手に嫌味を言ったりはできない。
「君の言葉だけは伝えておこう。けれどきっと何も変わらないよ。……個人的な意見を述べてもいいなら、君はこういうことも甘んじて受けるべきだと思うけどね」
リヒャルトはカールの嫌味に屈することなく、笑顔を貫き通した。
殺伐とした会話の内容なのに、アリアが呼吸することができたのは彼の笑顔があったからに他ならない。
せめてこじれることがないよう、アリアは身分の上の者から言葉を発する許しが出るまで一言もしゃべらないという社交界のマナーを貫いた。
結果、一言もアリアはしゃべることができなかったのだが、「面倒そうにしていた理由がわかったでしょう」と意味ありげに笑うリヒャルトを見て、なんとなくこれは仕方のない展開なのだと納得した。