04
会えば、と言われても、フォアダンソン家なんて同じ貴族でも格が違いすぎてアリアは会ったことがない。
知らない人たちと、これから会うカール少年を比較することなどできるはずがなかった。
フォアダンソン家のような上流貴族の顔くらい知っていて当然という意識が、ぽろっと出てきてしまうあたり、リヒャルト自身もやはり自分とは身分が全く違う人なのだとアリアは実感する。
(気さくに接してくれるからあまりそういう壁を感じられないけど……)
貴族どころか王族関係者であるリヒャルトはかなり高貴な身分なのだが、アリアがリヒャルトの隣で緊張することはもはやない。
知らなかったとはいえ、宿泊施設で働いていた時には雑に扱ったこともあるので、今さら……という気持ちっもあった。
「緊張するかい?」
リヒャルトが黙っているアリアの様子をうかがうように、優しい口調でそっと尋ねてくる。
「いいえ」
この彼の優しさも壁を感じさせない要因のひとつだろうとアリアは思った。
こんなふうに男性が女性を気遣うことなど普通の感覚ならできないからだ。貴族なら尚更だし、ましてや今のアリアは平民で、本来リヒャルトとは目を合わすこともかなわない身分の差があるのだ。それなのにアリアの手を優しく引いてくれたり、体をかがめて視線を合わせてくれたり、少し失礼な態度をとっても笑い飛ばしてくれる。
本当に今さらだが、アリアはリヒャルトが『良い男』だということに気が付いて、そんな人と二人っきりで歩いて会話している事実に、顔を真っ赤にさせた。
こんな変なタイミングで、ようやく同僚の女性従業員たちがリヒャルトに騒いでいたのか理解できたのだ。
アリアが自分の隣で少女としてひとつ成長をしているとはつゆ知らず、リヒャルトは邸前の門番に声をかける。
リヒャルトの顔を覚えているのか、リヒャルトを見た瞬間に彼らはピシッと敬礼し、すぐに邸の扉を開いてくれた。
「カール様をお呼びします!」
見事なもので、彼らは驚くほど素早く動いているのだが足音や帯剣の音を全く立てない。
きびきびとした彼らのプロの動きに、アリアはこれならすぐにカールは現れそうだと予想した。
しかしここは上流貴族の邸である。アリアは立っていても全然かまわないのに、カール様を待っている間におくつろぎくださいと、犬も走り回れるほど大きなサロンに通された。
ディゼール家にも正面玄関の近くにお客様にくつろいでもらうための部屋はあったが、ここまで広くはない。
失礼のないようにとアリアは静かに微笑み礼を返してから、彼らからリヒャルトの相手を引き継いだ。
そしてアリアの予想のとおり、リヒャルトと数分会話をしただけで、噂のカール少年が現れる。
アリアと同じく金髪碧眼で、しかし造形は一流の人形師が何年もかけて生みだしたような繊細な美しさがあった。まさに物語の挿絵に出てくる王子様のようで、アリアは驚いた顔をしないようにするのに必死だった。
けれど…──、
「おい、同僚を紹介しに来たと聞いたが、どこにいる。……まさかその薄汚い召使いのことじゃないだろう」
彼の口から出てくる言葉はそれはもう差別に満ちていて、アリアの幻想をすぐに打ち砕いてくれる。
なるほど、たしかにリヒャルトの言うとおり、現実的な意味での『王子様的』人だ。
生まれた時から周囲の人間より圧倒的な身分の差を持つ者特有の傲慢さ。
「やあ、カール。久しぶりだね」
リヒャルトにはそれがないので忘れていたが、上流貴族とはこういうものだった。
アリアは目を合わせようともしてくれない同僚となる人を見つめ、こっそりため息をついた。