03
自分用にと用意されたはずの机と椅子に近づいてみればカビの独特の匂いがして、アリアはとてもそこに落ち着く気になれなかった。
リヒャルトはどうしているのだろうと見てみると、彼の机や椅子はアリアのそれよりも新しく、クッションもふかふかですわり心地がよさそうだ。
「う~ん……」
アリアは困っていた。
椅子にすら座れない状況もそうだが、仕事がないという状況にも困る。
前日の夜は自分に帝国兵団の仕事が務まるだろうかと緊張して眠れなかったが、まさか仕事自体がないとは予想していなかった。
初日の午前中からリヒャルトの冗談を交わしながらぼうっとする羽目になるとは、なんともなさけない。
いくらなんでも仕事がないなんてと悶々とするアリアをよそに、リヒャルトは何もしないでもお金が入ってくるって最高などとふざけたことを言っていた。
これが両親の財産を食いつぶすタイプのバカならまだいいが、帝国兵団団員の給料の一部は税金だ。
つい先日までの貧しい日々を想うと笑えなかった。
「……ひとまず、もう一人の隊員さんに挨拶させてください。仲良くなるなら最初が肝心ですから」
後輩として礼を尽くさねばとアリアは立ち上がる。
リヒャルトはあまり気が乗らないようだったが、特にすることもないのでアリアを一人で行かせようとは思わないようだった。面倒だと口で言いながら、案内役をかってでる。
どうやらもう一人の隊員は城のすぐ近くの邸に住んでいるらしく、会いたいならそこに行くのが一番とリヒャルトは説明した。
彼は入隊初日、倉庫としか思えない職場に嫌悪感いっぱいの顔をした後、5分もしないうちに出ていったそうだ。そして特例部隊に配属二日目以降一度も来ていないとのこと。
まあ、仕事もないわけだし、わざわざこんな埃っぽいところに来たがらないその気持ちもよく分かる。
「どんな人なんですか?」
道すがらアリアはリヒャルトに尋ねた。
「そうだねえ、王子様的な人かな」
ディゼール家の邸に住んでいた時によく読んだ少女向けの物語。あれに登場するような素敵な男性だろうか。
「そんな素敵な人がなんで特例部なんかに……」
「酷いなあ。自分も一員なんだから『なんか』なんて言わないであげようね。あと、たぶんアルが想像しているような王子様とは違うと思うよ」
「え?」
じゃあどういう王子様なんですか、とアリアが聞き返そうとした時、ちょうど目的の邸にたどり着いた。
玄関には王族と同じくらい古くからある有名な一族・フォアダンソン家の紋章が彫られている。
「カールさんってフォアダンソン家の方だったんですか」
現皇帝の甥であるリヒャルトに引き続き、素晴らしい家柄だ。
彼もリヒャルトと同じ流れで入隊することになったのだろうか。
有名貴族の邸だと分かってアリアは緊張で喉がかわいてきた。
しかしそんなアリアを笑うかのように、のんびりと間の抜けた口調でリヒャルトは否定する。
「違うよ。彼は居候しているだけ。フォアダンソン家とは少しも血はつながっていない。見た目も雰囲気もフォアダンソン家の人たちとはまるで違うし、会えばすぐにそれがわかるよ」