02
わからないことだらけだが、コホンとアリアは咳をして気を取り直す。
「それでリヒャルト様、私の最初の仕事はなんでしょう」
「ないよ」
「?」
「きょとんとした顔も可愛いね」
リヒャルトはすかさずアリアの顎をとって顔を近づけた。
先日アリアがドキッとさせられたあの体勢だ。
しかし今のアリアはリヒャルトの言葉の衝撃が強すぎてどうでもよくなっている。
緊張することもなく、リヒャルトに尋ねた。
「あの、仕事がないってどういうことでしょうか」
「そのままの意味だけど」
リヒャルトはにっこり笑うが、そのままの意味であればとんでもないことだ。
「実はこの部隊って僕が行くところなくて特例でつくってもらったのが始まりで、発足は3ヵ月前なんだ。発足の理由は後付けで考えようってことになって……まあ、そのまま?」
まだまだ世間知らずのアリアでさえ開いた口が塞がらなかった。
堅実でなければいけない帝国兵団がそんなことでいいのだろうか。否、良しとされることはないだろう。けれどそれをなしえてしまうほどの力を持っているのが、おそらくこのリヒャルトなのだ。
「……リヒャルト様っていったい何者なんですか?」
「君ならリヒトって呼んでもらっていいよ。ううん、君だけにはぜひそう呼んでほしいな」
特例でひとつの部隊が生まれてしまったというエピソードを聞いたすぐ後に、リヒャルトを愛称で気軽に呼べるほどアリアの肝は太くない。
アリアは謹んで遠慮した。
リヒャルトの方は目を細めて意外そうな顔をして「残念」と笑う。笑顔があまりに爽やかなので言葉とのギャップが激しかった。
「一応、現皇帝の甥にあたるからね。それなのに無職じゃ体裁が悪いだろう?」
「はあ、皇帝陛下の甥ですか。確かにそれで無職は体裁が悪いですね。──…って、甥!?」
「アルは適度に頭の回転が遅くて会話が楽しくなるね」
リヒャルトの失礼な言葉もアリアは聞き流す。
皇帝や国王など(今は違うが)地方貴族のアリアからすれば神に近い存在で、それに連なる人なんてそうそう会えないはずだった。ベティことエリザベス皇女殿下と男装してデートをしたことだって、すでに夢での出来事なのだと脳内補正されつつあるくらいだ。
だが、リヒャルトが本当に現皇帝の甥なら、先日ベティと仲良さそうにしていたことも納得できた。
(都会を歩けばこんな高貴な人とも普通に出会えてしまうものなんでしょうか……)
やっぱり現皇帝の甥とは思えないほど気楽な態度を続けるリヒャルトを見ながら、アリアは田舎娘の都会論で身近にやってきた異常を片付けることにする。
「ひとまずそういう理由で通常任務たるものがないのは理解いたしま…「通常任務がないんじゃなくて、初任務がまだなんだけどね」…──そうですか。では初任務がいつ下るかなどは」
会話をしながらリヒャルトが紅茶とお菓子の用意を始めたのをアリアは冷めた目で見つめ、「わからないのですね」と言葉を続けた。
「心配しなくても大丈夫だよ。お給料は何もしていなくても入ってくるから」
すでに働いた経験のあるアリアには、それがなんと呼ばれるか知っている。
(よりにもよって、宿泊施設の接客から給料泥棒に転職してしまうなんて……)