01
グランディル帝国の首都フェメル中央区に位置する王城、……の西庭の片隅にある離れの塔、……の地下3階一番奥。
そこがグランディル帝国兵団特例部隊の拠点だった。
けれどアリアには倉庫にしか見えず、リヒャルト詐欺師説を打ち立てる。
倉庫、もとい、特例部隊専用のその部屋には『特例部隊』という札がかかっているが、それ以外に特例部隊の部屋だという判断材料が何一つなかった。
埃をかぶった書類や謎のアイテム、廃棄物っぽいもので壁も棚も床も散らかっており、それらに統一感はまるでない。
「ここが今日から私が働く場所……」
何度瞬きしても目に映るそこは、手に余ったものを乱雑に放り込むための倉庫だった。
なにかの冗談ではとリヒャルトを見るが、彼はアリアの疑惑に満ちた眼差しを無視して、てっきり廃材かと思った机を指差し「ここがアルの机ね」と話を進める。
「こ、これが私の机……」
埃とカビにまみれた書物が積まれたままですが。
そして一番上の本、『鳥の飼い方辞典』ってなんでしょう。
ツッコミがおいつかなかった。
リヒャルトは両手を広げてアリアに笑いかける。
「改めて特例部隊にようこそ」
「はい……」
その名前もアリアからすれば残念感にまみれていた。
なぜ『特殊部隊』でも『特別部隊』でもなく『特例部隊』なのか……。
この拠点に案内されている間、気まぐれにリヒャルトに尋ねると「ん? 特殊な能力とか特別なナニカをアルは持ってるの?」と逆に質問を返され、アリアはぐうの音も出なかった。
詳しく聞くと特例部隊はそのままの意味で、「特例的に帝国兵団入団を認められた団員が集められている部隊」のことらしい。
かっこいいかどうかと問われれば、はてしなく微妙だ。
ちなみに隊長はリヒャルトで、彼は家柄からかなり有利な状況での入団試験となったそうだが、試験管の想定をかるく上回るほどの低い点数をたたき出してしまい「特例処置」を実行するしかなくなったそうだ。
そのエピソードと合わせて考えると、やはりかっこいいとは言い難いとアリアは思った。
「あのう……、特例部隊ってリヒャルト様と私しかいないんでしょうか」
部屋を見渡しても二人の他に誰もいない。
棚の後ろに隠れているのかとアリアは辺りをうかがうことをやめないが、やはり誰も現れなかった。
「いや、もう一人いるよ。カール・ツヴァイェという君と同い年の少年だ。ただ彼は……綺麗好きでここに来ることはないんだ。ちょうどいいから今のうちにひとつお願いしたいんだけど、君の性別は見た目のとおり男の子ってことにしておいてもらえるかな。13歳の男の子アル君。現国王様や兵団トップ数名の命令でもあるから、お願いって言っても強制だけどね」
「14歳です」
「あ、こだわるのそこなんだ。うんうん、間違えないようにするね。じゃあカールは同い年じゃなくてひとつ下だね」
「罪に問わることがないなら嘘をつくのは別にかまいませんが、どうしてか教えてもらっても?」
「う~ん、女の子がいるといろんな場面で役に立つんだけど、帝国兵団は名誉ある職業でもあるからね。そういう職に女性がついていると問題視されてしまうから」
リヒャルトの指摘のとおり、女性が帝国兵団に入団したとなればほとんどの人が良い顔をしないだろう。
女性は家事をするのが一般的で、男に養ってもらうのが基本だ。訳があってそれができなかったり、経済的理由で働く必要がある場合でも、下働きや小間使いのような簡単な仕事につくのが普通だ。
そうやって女性が働きに出ている場合でも家事をやるのは女性の方で、またどんなに働いても簡単な仕事なので給料はよくて男性の半分くらいしかない。
そんなことが当たり前の世界で、帝国兵団は何年試験を受けても受からない男性もいる競争の激しい人気職だ。
女性が入団しようものなら反発する声が出るのは当然のことだろう。
「カールという人にも内緒にするんですか? 同じ特例部隊なのに?」
「まあどこから漏れるかわからないからね。特別なことが起きない限りは内緒にしておこうと思って」
「わかりました」
けれどなぜ自分が特例的に帝国兵団入団となったのかはわからないままだ。
さっき会話にもあったとおり、特殊能力や特別なナニカを持っているわけではない。
リヒャルトの言葉に出てきた「女の子がいるといろんな場面で役に立つ」というのも、アリアにはよくわからなかった。