13
ベティを見送るとアリアは真っ先にリヒャルトと向き合う。
「さて、説明してもらえますか」
アリアには聞きたいことが山ほどあった。
なぜベティが皇女殿下だということを黙っていたのか、なぜ誘拐の危険性を黙っていたのか、なぜ自分を彼女のデート相手に選んだのか、なぜリヒャルトが帝国兵団だということを教えてくれなかったのか……。
「なぜって言われても。……それ、全部いちいち話さなくてもいいことじゃない?」
聞けば特に理由はないらしい。
しかしリヒャルトが話してくれなかったせいで1日の終わりの今になって情報が押し寄せ、アリアの頭はパンク寸前だ。
もし過去にさかのぼれたなら、高給につられて内容も聞かずに仕事を引き受けた自分を、アリアは一も二もなくひっぱたきたい。
リヒャルトの適当な返事に文句を言おうとしたアリアだったが、それを見越したようにリヒャルトが懐から紙袋を取り出した。
「はいこれ、今日のお給料。危ない目にあったし服も汚れちゃってるから、気持ち分足しておいたよ」
思っても見なかった分厚さにアリアの中にくすぶっていた不満は瞬時にふっとぶ。
「こんなに……、いいんですか?」
先ほどまでの曇り顔はどこへやら、パアアアッと顔が輝くアリアにリヒャルトは思わず頭をなでた。
彼が欲しかったのはこういう子だ。
「ねぇ、アル」
くいっとアリアはリヒャルトに顎を持ち上げられる。
息がかかるほどに近い距離にアリアは驚いて、目を丸くした。
これまでエイディ(婚約者)がいたために、異性と手を握ったこともない。いや、エイディとですら手を握ったのは6歳くらいまでだった。
ここ最近はダンスの相手も断られていたので、リヒャルトのこの行動はアリアが年頃になってからほぼ初めてといえる女性扱いである。
アリアの胸はトクトクと信じられないくらいの早さで脈打った。
「俺のものになってよ」
出会ってからこれまでで一番甘いリヒャルトの声。
なまじ顔も良いだけに、他の女の子なら興奮まじりにすぐ色よい返事をしたにちがいない。
しかしアリアは今普通の女の子ではなかった。
「っぷはは。そういう趣味だったんですか」
その場にいた帝国兵団の何人かがその光景を見ていて笑い声を上げたのだ。
それでアリアもハッとする。
恋愛にはどちらかといえば疎いアリアとて、周りが笑った意味は理解できた。
(え……、そういうこと?)
早鐘のように鳴り響いていた心臓が急速に落ち着く。
同時に自分の勘違いが恥ずかしくて顔が真っ赤になった。
自分から男だと声に出して主張はしていないものの、アリアの格好を見れば誰だって男と間違うだろう。
複雑な気分だ。
恋愛対象として扱われたと思ったのに、性別を間違えられているなんて。
普通はこんな体験絶対しない。
女である本当の自分がリヒャルトの恋愛対象にはならないと思ったら、いっきに頭が冷え動悸がおさまった。
「申し訳ございません、リヒャルト様。あなたの望んでいるものは与えられないと思います」
アリアが落ち着いてリヒャルトの手を払い、距離をとったところで、リヒャルトは慌てる。