12
「ではここは他の者に任せて、私がエリザベス様をお送りしよう」
老齢の男がそう言って、ベティに向けて手を差し出した。
入口付近はベティが暴れたせいで気を付けて歩かないと怪我をしてしまうからだ。
確かに手すり部分もばっきり折れてしまっていて、うっかりつかまると木片が手のひらに刺さりそうだった。
ベティは彼が補助をして、アリアには部下らしき若い男が補助しようと手を差し出す。
その時、驚いたような声が若い男の口から出た。
「アリア?」
逆光で顔はよく見えなかったが、声だけでわかる。
「元親?」
「なんでこんなところに……」
それはこちらのセリフだ。そういう言葉をかけようとして、彼の方は帝都の警備などが仕事なのだから
別になにもおかしなところはないことに気付いた。
「アル様のお知り合いですの?」
「ええ」
引き続き元親に補助してもらいアリアが地下室から出られたところで、ベティが首をかしげる。
「田舎から帝都に来る道中で出会いました」
「田舎から……」
ベティはまたもや首をかしげた。
ここに至るまで細かなことは何も話していないので、ベティは適当にアリアを下位貴族の放蕩息子か何かくらいにしか考えていなかったのだろう。
人目も多いし、それほど時間もなさそうだったのでアリアはやんわりと笑って会話を終わらせた。
しかし素性がぼやけていたのはなにもアリアだけではない。
ベティのためにやってきたらしい迎えの馬車には、この国に住む者なら誰もが知っている紋章が刻まれていた。
「私もう会えなくなると思うと寂しいです。もっとアル様とお近づきになりたいのですが、お友達ならよろしいでしょうか」
うるうると瞳を濡らしてアリアを見上げるベティは子犬のように可愛らしい。
そしてその後ろに見える紋章付きの馬車。
彼女の申し出を断れるはずがなかった。
「はい、よろこんで。エリザベス様」
名前を聞いてなぜすぐに思い至らなかったのだろう。
彼女はエリザベス・グランディル、現皇帝の5番目の皇女だ。
事実を把握して今さらながら冷や汗が全身を伝っている。
「私は他国に嫁ぐことが決まっている身です。だからその前に少しでも自分の国やそこに住む人たちを感じたかった。アル様のおかげでそれが叶いましたわ。ありがとうございます」
見惚れてしまうくらいの綺麗なお辞儀が、まさにベティが皇女であると印象づけていた。
「こちらこそ素晴らしい機会をいただきました。また語り合える日を楽しみにしております」
数歩下がって頭を下げる。
人生の中でこんな高位な方と挨拶をするなんて思ってもみなかったから、正直マナーは自信がなかった。
ベティが友と呼んでくれたことと非公式の場であることに甘えて、ぼやかすことに決めたアリアは別れ際にふさわしい言葉を選び、お帰りムードをしめくくる。
馬車に乗る直前までベティは何度も振り返り寂しそうにしていたが、アリアの頭はいまだ展開についていけず大混乱にいたっていた……。