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やはり登場した時の派手な音を忘れてはいけなかったのだ。
酒にまみれながら樽の下で伸びている男を見て、樽を投げたベティ以外の全員が思った。
ぶちっぶちっと、アリアに巻かれた頑丈な拘束具を手でちぎるベティに誰も話しかける勇気が出ない。
「これで逃げられますわね」
ベティが再びそう笑った時には、アリアは自由になっていた。
ありえない展開に、アリアも、他の男たちも呆気にとられていると、ドタドタと無数の足音が押し寄せる。
今度は何が起こるんだと、体を固くするアリアだったが、グランディル帝国兵団の制服が見えてホッと胸をなでおろした。
「エリザベス様、ご無事ですか!」
身分が確かそうなリヒャルトの依頼からして、ベティはそこそこ高い身分なんだろうと想像していたけれど、どうやらそのとおりらしい。
やってきた帝国兵団の中で一番偉そうな老齢の男とも顔見知りのようだった。
しかし、倒れている男や、部屋の隅で大人しく展開を見守っている男たちを見ても帝国兵団が戸惑わなかったのには驚く。
「また自ら犯人を取り押さえるとはお手柄ですな、エリザベス様。相変わらず武の才能に陰りがまったく見えないようで羨ましい限りです」
「もうとっくに噂も広まって手出しする者はいないと思っていましたわ」
ベティの受け答えと先ほど目の当たりにしたばかりの怪力から推測するに、これまでもベティは同じような目にあっては己の力だけで乗り越えてきたようだ。
ベティが破壊した扉を観察しながらも、アリアは未だに自分の目が信じられないでいる。
(武の才能って、そんな言葉ですませられないような……)
風が吹けば舞いそうなくらい細かな木片と化してしまった入口の扉に、アリアは汗をかいた。
失礼がないように始終気を張っていてよかった──…。どつかれでもしたら骨のひとつは無事ではなかったのかもしれない。
ベティに視線を戻せばぷぅっと可愛らしく頬を膨らませていた。怪力の事実さえ知らなければ、蝶よ花よ天使よと撫でまわすように可愛がっただろう。
末っ子のアリアは可愛い妹をもつのが夢だったのだ。
「おかげでアル様にとんだご迷惑をかけてしまいましたのよ」
怒りが収まらないベティが片方の足を鳴らすとミシミシと床がきしむ。
アリアはこんな妹像を考えていなかった。
「ふむ。ならこれにこりて護衛からあまり距離を取らないようにすると良いでしょう」
老齢の男はニコニコと機嫌良さそうに顎をさする。帝国兵団でそこそこの地位にいそうな男だ。もちろん武の腕前はあるだろう彼からすれば、ベティの怪力は賞賛こそすれ恐怖するものではないのかもしれない。孫娘をあやすようにベティに言葉をかけていた。
「今回は私が意図して距離を取ったわけではありませんわ。叱るなら帝国兵団団員としては未熟すぎるリヒャルト兄様をお叱り下さいませ」
「え、リヒャルトって帝国兵団だったんですか!?」
知っている名前が出てきてようやく話についてこれたアリアは、リヒャルトが帝国兵団の人間だったと知り驚く。
ベティはアリアが知らなかったことに驚いたようだ。
「といってもお遊びに近いんですのよ。そんなに強くもありませんし、特別な能力もありません。入団も完全に知り合いのコネだったとか。正直帝国兵団にとってはお荷物的な存在だと思いますわ」
散々な言われようである。
ベティの言葉はどうやら最初から聞こえていたようで、入口からひょっこりとリヒャルトが顔を出した。
「そこまで言わなくてもいいと思うけど? 二人が怪我する前にこうやって助けに来たわけだし」
しかしベティは不満を隠さずリヒャルトにぶつける。
「全然遅いと思いますわ。アル様に何かあったら今頃お兄様はどうなっていたことか」
「ホント、殺されちゃうところだったよ俺が」
アリアはがっしりリヒャルトに手を掴まれながら、無事でよかったと真剣な目をされた。
リヒャルトもベティも笑みをまったく浮かべておらず、アリアにはどこまで冗談なのかわからない。