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帝国のアリア  作者: 晃
三章 ヒヤヒヤの初デート
35/47

09



ベティはわずか8歳にして人生に飽いていた。


勉強勉強勉強勉強……、朝も昼も夜もまさに勉強漬けの毎日。

その種類こそ様々であったがベティを魅了するものはなく、どれも義務感だけでこなしていた。


机の上で知識をたたき込まれた後はダンスの練習を、その後には楽器の練習、食事中も完璧なマナーを心がけながら食卓に並ぶ料理や食材、その土地の特徴についてをつらつらと教師とおさらいする。


そんなベティの慰めは部屋の中で一人体を動かすことだった。

母とも離され勉強漬けの毎日が始まり眠れなくなった時、勉強の合間にくたくたになるまで体を動かすとぐっすり眠れることを発見したのだ。

ついでに勉強漬けのうっ憤もいくらかやわらげることができたので良いことづくめである。


おかげでベティは自由のない日々にイラつくことはあっても、爆発することなく、ただ退屈だとぼやく程度で済んでいた。



そんなベティにとって、本人が全く知らないところで進んでいた婚約の話は、久しぶりの『刺激物』だった。


そのへんの大人とであれば簡単に渡り合えるほどの知識を詰め込んだ少女であっても、経験値は10歳の少女のそれである。

婚約は少しばかりの期待をもたらしたのだ。



しかし従姉妹にあたる少女は軽くそれを吹き飛ばす。


「愚かねえ。あなたのお母様が幸せそうに見えます?」


なんとも説得力のある言葉だった。




ベティの将来はいっきに色褪せ、あっという間にまた刺激のない日々に包まれる。



刺激が次に訪れたのはそれから半年も経った日のことだった。

従兄弟のリヒャルトが冗談交じりにデートを提案したのだ。

その場で現実的ではないと大笑いして終わらせるつもりの話だったようだが、当のベティは周りがぽかんとするほどの勢いで「ぜひしましょう!」と食いつく。

心の中でははしたないと嘲笑されているかもしれないが、これまで文句も言わずに頑張り続けたのだからこれくらいのご褒美はあっていいと思うのだ。

言い出したリヒャルトだけは面白いものを見つけたというような好奇心を隠さず、相手を探すとすぐに約束してくれた。


それからひと月と経たずにベティは初デートを迎えることになったのだが、話に具体性が増す度に品のない遊びだと顔をしかめて聞いていた従姉妹も、ベティの相手役に選ばれた少年の姿絵を見てからはベティを羨ましがる。

こじれてしまわないように貴族ではない少年を選んだとリヒャルトが説明したが、ただの庶民とは思えないほど品のある愛らしい顔立ちの少年だった。あと十年もたてば女性たちが彼の周りを蝶のように囲うのはたやすく想像できる。


「まあ素敵な方ですね!」


ベティも姿絵をひと目見て気に入った。

望んでいるのはあくまで『異性とのデート』であって、相手について特に注文はないはずだった。

しかしリヒャルトは予想以上の相手を用意してくれて、デート前からベティはホクホクする。


当日顔を合わせた少年は、姿だけでなくその声も性格もベティが夢見た通りの王子様だった。

異性に免疫のないベティは少年の気遣いひとつに真っ赤になり、デートの半ばには彼が気になってしかたなく自覚もないまま、ついじっと見つめてしまう。


彼ならもし突然婚約者として紹介されても恋をすることができるかもしれないと、わりと真剣に考えた。



だから自分のわがままから始まったこのデートの最中、目の前でベティをかばうように立っていた少年が屈強な男たちの拳を受けた時には最悪な気分を味わった。



すかさず抵抗しようとしたベティだったが、男たちが手練れだと分かるやすぐに大人しく捕まってやることにする。

ベティを傷つける気はないのか、体の拘束と目隠しだけにとどまった。男たちの目的はなんなのか、ベティは少しでも情報を得ようと自分の息も殺して耳を傾けていたが、男たちは会話することなくベティたちを運ぶ。


目的の場所に到着するなり、ベティは今度は屋内に運ばれた。二人とも運ばれたのか、ベティだけなのかはわからなかったが、ベティを担いだ男がこれまでの男たちの誰でもないことは、筋肉が感じられない脂肪の感触からすぐにわかる。


「少しの間こちらでお待ちください」


貴族間でワンシーズン前に流行った香水の香りがベティの鼻をつついた。

丁寧な言葉遣いと合わせ、貴族がやってきたことを察するベティだったが、目隠しが外されることはない。他にも人の気配を感じたので、しばらく弱っているふりをして情報収集に徹することに決めた。



しかしすぐにベティは部屋に1人きりにされ、男たちは別の部屋に行ってしまう。


(逃げ出す準備でもしておいた方がいいのかしら……?)


連れ去った時とは対照的な緩い状況に、ベティは判断に迷った。

連れ去った男たちはそういう仕事で生活をしているプロで、今ベティを一人にしてどこかに行ってしまった男たちはプロではないのだろう。

少し頑張れば逃げだせる気がしたが、ベティは巻き込まれてしまった少年の姿を思い浮かべ、動きたい気持ちをこらえることにした。


しばらくして、ベティの足の下、地下から鋭い金属音が響く。

同時に老人の低いしゃがれ声が何やらわめいている声も聞こえた。


何を言っているのかはわからなかったが、状況から考えて相手は恐らくアルだろう。



ベティは自分でも信じられないほど、血が沸騰するかのように体中が怒りに熱くなった。

こんな激しい感情にとらわれるのは初めてだ。




両腕にまかれていた鎖を引きちぎり、自由になった手で目隠しをとる。

両足の拘束も足踏みひとつで鎖は粉々になった。


先ほど拾った音からアルが捉えられている場所を推測してベティは歩く。



そして地下階段の入り口を見つけたベティは、力を込めて扉を踏み抜いた。

派手な音と埃に数人の息をのむ声がする。その中にアルのものも含まれていたのだが、ベティが知らなかったのは幸いだろう。あくまで乙女である彼女がそんなことを知れば、次の怒声はなかったに違いない。



「アル様に怪我ひとつでもさせようものなら、この私が許しません!」


言葉が終わると同時にドンっと彼女が壁を鳴らすが、それは少女の小さな拳が鳴らしたとは思えないほどの威力で、なんと建物の柱が震えた。


ありえない……、彼女の怪力にその場にいる誰もが驚きで体をかたくする。





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