08
アリアは知らなかったが、彼女の近くにいる誰もが良いところの家の出だということに気が付いていた。
彼女の所作は丁寧で美しく、同じ年頃の平民の少年ができるものではないからだ。
貴族も宿泊することがある高級宿屋で勤める従業員は皆、客を不快にさせないため貴族さながらの教養と躾を叩きこまれるのが儀礼だが、幼い彼女に関しては全くそれが必要なく、雇い主は貴族でないにしてもその近くで育ってきたに違いないと推測していた。
つまり、そうやってすぐに存在が浮き出るくらいには、アリアは平民に馴染めておらず貴族らしかった。
ベティを貴族と知っていて後をつけていた彼らが、一緒にいるアリアを見て貴族だと思わない方がおかしい状況にある。
さて、貴族だろうと確信したような口調で質問をされたアリアは答えにつまった。
最初はベティのお付きだと説明して自分は貴族でないと否定しようかと考えたのだ。実際、今は貴族ではなく貯金ができずに悩む一般庶民だ。
しかし初老の男が棒を振り回すので、もし彼らの期待する答えでなかったら殺されるのではと思い直した。
では、ディゼール家を名乗ればいいのか。
こちらも本当のことではあるが、今は少年の姿だ。
きっと本名のカナリヤ・ディゼールでは納得してくれない。……体でも見せれば別だとは思うが、そうするとなぜこの姿なのかという質問になり、家出娘だということが芋づる式にばれ、最終的には利用価値なしと殺されてもおかしくないだろう。
と、いうわけでアリアはとっさに一番身近な名前を口にした。
「ジ、ジョイ・ディゼールです」
実在する人物だし、本人確認の質問にもある程度のものなら答えられそうだからだ。
年齢が違うのがネックだが、まだ若く地方貴族の彼に知名度はない。
見た目ではバレないとアリアはふんだ。
「ディゼール? 知ってるか?」
しかし知名度がなさすぎたようだ。
初老の男は怪訝そうに眉をしかめながら仲間に問いかけ、作業服の男は首をかしげた。
「適当なこと言ってるんじゃないだろうな」
初老の男のかすれ声がより低く響く。
アリアは一生懸命嘘ではないことを表情でアピールした。
「おい、アンタは知ってるか」
奥にいた貴族風の男がうなずく。
それを見て、ようやくアリアはひと息つけた。
(殺されるかと思いました……)
涙がボロボロあふれ出ていまだ止まらない。
「ふん、ならもう少しだけ生かしといてやるが、嘘だとわかったらその場で殺してやる」
貴族と言っておいてよかったと安心する一方、嘘もついているのでいつ殺されるかわからない緊張がアリアの体をがちがちにする。
なさけないことに、一緒につかまったはずのベティの無事を問うことすらアリアにはできなかった。