06
ベティが最後にと選んだのは、二人がいた学校近くの公園だった。
公園の中央にある展望台は見晴らしがよいと有名で、今日の待ち合わせ場所だった時計塔もよく見える。
(やっとデートらしい場所に来ましたね)
頬をなでていく風に微笑みながら、アリアはベティに上着をかけた。
「ここは風があって肌寒いですから、どうぞこれを」
「……アルは私とそう年が変わらないように見えるのに、女性慣れしているのですね。今日はとても楽しませていただきました」
女性慣れしているという評価にアリアは面食らったが、お世辞だろうと思い直す。
ベティが楽しめたという部分だけは本当であってほしいが、寂しそうな表情しか見えずアリアには彼女の心はわからなかった。
「そろそろお迎えが来る頃ですわね」
「ええ。近くに誰かいると思うのですが」
そんな会話をしている時にちょうど二人に男が数名近づいてきたので、アリアは迎えだと思いお辞儀する。
しかしいつまでたってもお辞儀は返されず、顔が見える頃にはアリアは警戒していた。
「……あなた方は何者ですか。迎えの者ではありませんね」
事前にリヒャルトに紹介された護衛ではない。
顔がわからない護衛も確かにいたはずだが、そういう者をリヒャルトが迎えに寄越すとは思えないし、何より醸し出す雰囲気が物々しかった。
アリアはとっさにベティの前に立ってかまえるが、中身はただの女の子である。
次の瞬間にはみぞおちに拳をもらい、ベティともども猿ぐつわを噛まされた。
少し距離があるとはいえ、展望台には他にも人がいたというのに、あまりにも素早かったせいで誰にも気づかれていない。
(なぜこんなことを……)
今は平民の服を着ているのに、ベティが貴族だと気付かれたのだろうか。
貴族の女の子のそばにいるのがアリアしかいない今のうちなら誘拐できると思われてもしかたなかった。
視界のはしに誰かが走り寄ってくるのがちらりと見えた気がするが、何か薬品をかがされ、アリアは抵抗する間もなく意識を失った。
リヒャルトはアリアたちが連れ去られようとしているのに気が付いてすぐに飛び出たが、二人を捕まえた男たちの動きは早く、リヒャルトが駆け寄る前に逃げられてしまった。
彼らが連れ去った二人は子どもなので確かに体は軽いだろうが、担いで走るのは相当の手練れでないとできない。
心当たりはいくらかあったが、かすかにとらえた男たちの姿だけでは絞り込めなかった。
「リヒャルト様」
「わかっている。私は報告をして何人かあつめてくる。お前たちはすぐに後を追って監視を続けろ。下手に刺激をしないように」
その場で殺されなかったのだから、命はしばらく無事だろう。
リヒャルトはそう見込んで命令した。
しかしアリアの命の保証はない。
むしろ人のいないところに連れて行かれたらすぐに殺される可能性がある。
リヒャルトの口の中で苦いものが広がった。