03
「あのっ、本日はどうぞよろしくお願いいたします」
「あ、ハイ。こちらこそよろしくお願いいたします」
アリアの目の前にはお人形さんと形容するに相応しいご令嬢がお辞儀をしている。
ぴょこんという可愛らしい音が似あいそうな動きに、同性であるはずのアリアも思わず頬が緩んだ。
今日は高級宿屋の仕事を休んでリヒャルトに紹介された仕事をしに中央区の時計塔前に来ている。
仕事の詳細は前金をもらうと同時に聞かされたのだが、一も二もなく引き受けるんじゃなかったと、当日の今日までに何度も後悔していた。
正直、今この瞬間も激しく後悔している。
『貴族女性とのデート』それが、仕事だったのだ。
「アルと申します」
「はい。私のことはベティとお呼び下さいませ。……今日は変なお願いごとをしてしまって申し訳ございません。はしたないと思われても仕方ありませんが、一度だけ結婚する前に『デート』というものを知りたかったんですの」
「僕はかまいませんが、婚約者様は気を悪くされたりしませんか?」
「まあ! 心配して下さってありがとうございます! リヒャルト様のお話しの通り、紳士でいらっしゃるのね。大丈夫です。候補が何人かあがっているだけで、婚約もまだ当分先ですの。ただ、成長するにつれて外出もままならなくなりますから、子どもであるうちに甘酸っぱい思い出をつくってみたくて」
アリアはそれならと安堵する。
少し前まで自分も彼女と同じく立場だった。もし婚約者がすでにいるのであれば、これは恥ずかしい行為だと苦い思いを抱えたに違いない。
話を聞くとベティは今月10歳の誕生日を迎えるらしかった。
この国の貴族女性はもっと幼い頃から婚約していることもあるが、実は法律上正式な婚約書類を交わせるのは12歳からで、それ以前は両家の紋章が入った品を愛用し合うことで婚約に近い状態と示すことができる。ただ書類を交わしているかいないかはひとつの線引きにもなっており、12歳以下の婚約破棄は珍しいことでもなかった。それはよほどの名家でない限り、情勢に合わせて婚姻を結ぶ方がリスクは少ないからだ。
きっと彼女の家もその口なのだろう。
しかし年齢的に考えて、いつ婚約相手ができてもおかしくない。
改めてアリアは深くお辞儀をした。
「良い日になるよう尽くさせていただきます」
「行ってみたかったところがありますの。時間が惜しまれますわ。さっそく出発しましょう」
彼女の気持ちはとてもよくわかる。
この日以降も彼女の人生が光り輝くものであって欲しいと、ベティの笑顔を眺めながらアリアは誰にも聞こえないほどの小さな声で祈った。