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大陸の大部分を占めるグランディル帝国は、神の力を受け継ぐ一族が400年もの時をかけて、いくつもの国を束ねできた国だ。彼らの力は国を潤わせ続け、現在は王族として民から敬われている。一族の中でもっとも力がある者が皇帝として頂上に君臨していた。しかしそれとは別に王族の中から民に人気が高い者が王(国の代表)に選ばれることになっており、民の反乱が起きたことがない実に平和な国だ。
グランディル帝国はその歴史から、国の東西南北さまざまなところに大きな街があった。その中で最も栄えているとされるのは王の居城がある、ここ帝都フェメル。規模はなんと領地ひとつと同じくらいあり、横断しようとおもったら馬車で三日以上はかかってしまう。その人口は小国を軽く上回るのだから驚きだ。
そんなフェメルの東区三番通りにあるレストランでは、金髪碧眼の可愛らしい顔立ちの少年と、黒髪で精悍な顔立ちの青年の二人組が楽しそうに食事をしていた。
どちらも顔が整っているため、周囲の人々の注目をあびているが、そういったことに鈍感なのか本人たちはまったく気が付いていない。
キラキラと輝くようにさえ見える二人を目で追いかけながら、一目で兄弟ではないとわかる二人に対し、いったいどういう関係なのかと周囲は不思議に思った。
もし不躾な酔っぱらいがいたなら、「男二人で何してるんだ。そんなに顔がよけりゃ女の子は何人だってつかまえられるぞ」とでも声をかけたかもしれない。
レストランの客層は様々だったが、二人組のほとんどは男女のペアだった。
しかし実のところは何の違和感もない。
金髪の少年は、少女だからだ。
「本当におめでとうございます!」
少年のようにしか見えない格好をしたアリアが、祝福の杯をかかげる。
向かいの席には真新しいグランディル帝国兵団の制服を着た元親が座っていた。
二人がグランディル帝国に到着してからすでにふた月──……、アリアは高級宿泊施設の従業員になり、元親は入隊試験に無事合格。そして今日は元親の初の出勤日だった。
試験の合格発表の日は仕事で祝うことができなかったので、初めて制服を着た日をお祝いにしようと、アリアが積極的に食事に誘ったのだ。
「元気そうだな」
「ええ、もちろんです。覚えることがありすぎて、まだお仕事は慣れたと言えませんけど。楽しくやっている方だと思いますよ」
すでに二人は別々の生活を始めており、会うのは久しぶりだった。
アリアは少年姿でも違和感のない丁寧語に口調を変えており、元親はつっかえることなく話せるようになっている。
お互い変わったところをおかしく思いながら、近況報告をしあった。
「え、第一部隊に配属ですか!? 第一って確か優秀な人が選ばれるんですよね」
「……優秀かどうかは知らないが、城内外や重要地域などが持ち場になるそうだ」
「やっぱり! 以前から強いとは思っていましたが、帝国兵団の方々から見ても強かったんですね」
うんうんと頷くアリアに、元親は苦笑する。
「配属が決まる前まで地方にとんでのんびり暮らしていくのを想像していたから、正直戸惑っているけどな」
帝国兵団は毎年400人ほどが合格し、そのほとんどが地方へ配属されるので、元親もそうなるとふんでいたのだ。
アリアもその話を聞いて、入隊後は祝うと同時に別れを惜しむ時間にもなると思って心の準備をした。
思いがけず裏切られたが、今後もまたこうして会えるのだと思うととても嬉しい。
「……──えっ! そんなにお給金が出るんですか!? 私も試験受けたくなります」
食事の最後にデザートが運ばれてきた頃、二人はだいぶくだけてきていて、元親の年収にまで話がとんでいた。
貴族令嬢だった時代が幻だったかのように、今はすっかりお金にうるさくなったアリアが目の色を変えて考え込む。
しかし帝国兵団は男しか試験を受けられない決まりがあった。元親にそれを指摘され、アリアは自分の胸に手をやって「二年くらいはいけるかな」とつぶやく。
どこまで本気かわからないアリアに元親が声をたてて笑った。
「笑った……」
ポカンとするアリアに気が付いて元親は首をかしげる。
「今、すっごくいい笑顔でしたっ! 元親がこんなに笑うのを見たのは初めてです!!」
言葉の不自由がなくなった分、ちょっとした冗談やおかしな会話を楽しむことができるようになったのだ。
「アリアのおかげだな」
それから少しの間照れ笑いした後、元親は小さく杯をかかげてアリアに礼をした。
あっという間にレストランを出る時間になり、二人は店の前でまたしばらくしたら連絡を取り合おうと約束する。
レストランの数軒先にアリアが借りている部屋があるので、送りは不要だった。
元親の影が見えなくなるまで、アリアは店の前で元気よく手を振る。
「……」
正直いうと、順調そうな元親が少し羨ましかった。
仕事自体はアリアも気に入っているが、なんとなくこのままではいけないような気がし始めている。
ただ、具体的になにがどうというのがわからなくて、アリアは抱えた感情をしまったまま頑張るしかなかった。
本当は元親に相談できればよかったが、これまたなんとなく、元親に相談しても仕方ないような気がしたのだ。