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帝国のアリア  作者: 晃
二章 お兄ちゃんは認めない
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妹に逃げられてから数日後、ジョイは己の心に巣食う苦い感情を表に出すことなく、1年ぶりに会う父ジョージに事の顛末を報告し終えた。

幼い頃から完璧な上下関係で妹を付き従えてきたジョイに任せれば大丈夫だろうと考えていてジョージは、想定していなかった展開に思わず目をかたく瞑る。

報告したジョイ自身、一見何も変わっていないように見えた妹が、初めて彼を完璧に背いた事実を今でも信じきれなかった。


「ひとまず今はマルケットにはすでにカナリヤは家に帰っていると伝えているが、いつまでもそういうことにはしておけない」


重くため息を吐く父に、ジョイはすかさず付け足す。


「街の住人から二人は帝都フェメルに向かう予定だったという情報は得ています。フェメルといえど、人を使えば今月中に見つけ出すことはできるでしょう」


そう、時間はかかるだけで妹を見つけ出すことは困難ではない。

今回はしなかったが、きちんと計画を組めば強制的に連れ戻すこともやはり可能だ。


「マルケットとの橋渡しにしようと思っていた娘が男と駆け落ちしたなど体裁が悪いにもほどがある。我が家の悪評が広まればあらゆるところで下に見られ、取引にも影響が出るだろう」


この国では家計の都合から平民女性が自立して働くことはよくあることだが、貴族女性は『婚姻による政的のための道具』というのが当たり前で、それを放棄するということは信用問題につながり、あらゆる交渉において不利になるということだった。

そうなれば自分たちの生活にも影響が出てくるかもしれないので、平民女性ですら罵って当然の行為なのである。

妹がどこまで理解できているかは知らないが、駆け落ちなどあり得ないと強く否定しただけ、それは恥ずべきことであるという認識はありそうだ。


「もう地方研修が始まりますので僕はフェメルに行けませんが、指示を出して連れ戻すことはできますので、そうすればよいですか?」


「ああ、頼む」




ジョイから見て妹の行動は幼稚以外のなにものでもなく、正直唾を吐いてやりたいほどだが、目を潤ませていた姿がちらついて自分でも驚く言葉が口から飛び出る。


「……確認ですが、連れ戻す理由は他にもあるのでは?」


父はどういう意図の質問かわからないといったような表情をした。


「これまで口にはなさっていませんが、カナリヤのためでもあるのですよね」


末っ子のカナリヤは女の子ということもあり、家族の中で一番父と接していない。ジョイ自身も父の仕事を手伝っている兄たちと比べたら接点が少なかったが、妹よりは父の性格を理解していた。

彼はただ生真面目なだけだ。

彼がかざすルールは全て、この世界で常識・良識とされていることで固められている。

ジョイは妹を道具扱いする父の言葉を聞きながら、それだけがすべてではないことに気が付いていた。


「当たり前だろう」


案の定、父はうなずく。なぜ今さらというような感じですらあった。


「駆け落ちという噂が広まれば一番に傷がつくのはカナリヤだ。置手紙には勘当してほしいと書かれていたが、駆け落ちとされてしまえばそれよりももっと厳しい状況に置かれてしまう。貴族に戻る戻らないどころでなく、民から恨まれて危険にあってもおかしくない」


想像していたとおりの父の本音をもらうことができ、ジョイはようやく普段の緩やかさを取り戻す。

父もジョイも本人に対しわかりやすい愛情を示すことはしなかったが、彼らなりに家族としての情は持っていた。


「僕が思うに父様はカナリヤともっと話すべきですよ。カナリヤの様子からしてきっと誤解されています。……あと、何もなくマルケット家に嫁いでいたとして、それはそれでカナリヤは不幸になったかもしれません。そういう性格ではないと思いますが、心が弱っている時であれば自身で命を絶つこともありえます」


「それはどういう意味だ?」


自殺の可能性をほのめかされて、父ジョージはもちろん驚く。


「婚約破棄にいたる経緯をカナリヤから詳しく聞き、先ほどまで第三者に事実確認をしていました。エイディは普段からカナリヤに暴言を吐き、少しでも背こうものなら男友達と徒党を組んで貶めていたそうです。その一方で平民の女と絆を深めていたようで、正式な婚約破棄の前に女と暮らし始めています。愛人とするのではなくカナリヤを貶めた上で正妻にすえるところを見ると、強引にでも周囲が婚姻をすすめていれば何が起こったか分かりません」






「……そうだったのか」


ジョージはようやくあの夜彼女が何を話したかったのか悟ったが、もうすべてが遅かった。

流れる悪評を否定することなく娘の方を叱りつけてしまった。自分は親失格かもしれない。

あげくには悪評付きの娘に当然の落ち着きどころまで探してしまった。



「さっきの指示は忘れてくれ」


「……ではどのように?」


まさか結論が変わるとは思わなかったジョイはたずねる。

たっぷり半時は待たせた上で、ジョージはジョイの質問に、替え玉を用意してでもアリアは修道院にいることにしようと答えた。


それならしばらく彼女を自由にさせてやれる上、戻ってきたいと言ってきても替え玉とすり替え、家に戻せる。適当なことを言えば修道院から娘を戻すことなんて実は簡単だ。


娘に将来を選ぶ権利を与えるという発想を持つのは初めてのことだ。

ジョイは父の変化に驚きながら、当主の命令変更を快諾した。




しかしフェメルに戻り次第、妹に会って釘をさす必要はあるだろう。

駆け落ちが事実でなかったとしても、結局この後の結果が同じになれば駆け落ちにしか見えないからだ。



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