09
ジョイは早朝アリアの返事を聞きにいった。
朝は従業員が手分けして買い出しに出掛けるのが日課だと知っていたからだ。
案の定、アリアはフルーツの買い物リストを手に、一人で路地を歩いているところだった。
アリアはジョイが突然現れたことに驚かない。
おそらくこのタイミングで現れることを予想していたのだろう。
それを裏付けるように、アリアの方から第一声を放った。
「明日の正午、この街の役場の前で落ち合いましょう」
だいぶ悩んだようで目元が真っ赤になっていたが、そこまでして出した結論に悔いはないのか表情はすっきりしている。
「突然のお暇に謝罪しなければなりませんし、荷物もまとめなくてはいけませんもの。手早く今日中に片をつけますから、それでよいでしょう?」
まさにジョイが譲歩として提案しようと思っていた内容そのままだったので異論はなかった。
「今回みたいな家出騒動なんて初めてだから、正直すんなり言うことをきくとは思わなかった」
「……ジョイ兄様はよくご存じでしょう。私そんなに強い娘ではありませんのよ。私のせいで誰かが不幸になるかもしれないと言われてつっぱねることなどできませんわ」
アリアの言葉にジョイはうなずく。
ジョイが帝都フェメルへ行ってからは年に1回しか会っていなかったが、彼の記憶のとおりであれば、幼い時も現在もいつでも彼女は泣き虫な少女だった。
それじゃあと改めて待ち合わせの約束を確認して二人は別れる。
とはいえ、ジョイはアリアのためにこの街に訪れたので、彼はとくに行くところがなかった。
アリアの元に顔を出すとき以外は、宿泊先で学校の課題をこなさなければいけなかったのでヒマではない。けれど食事の時間になった時には、やはりアリアのいるレストランくらいしか思い浮かばず、食事だけならまあいいだろうと足を向けることにした。
「……あれ、あいつは?」
純粋に昼食を食べるだけのつもりで寄ったレストランにアリアの姿がみえない。
予想外の出来事に驚いて、いつもの間延びした声でなく切羽詰まったような声でジョイは近くにいたウエイターに尋ねた。
ジョイに突然掴まれたウエイターはまごついて即答できず、答えをジッと待っていられなかったジョイは厨房にいる元親に駆け寄る。
「おい、あいつはどこ行った?」
「は?」
ただでさえ無口な元親に、突然それだけ聞かれてもきちんとした言葉で返ってくるわけがなかった。
焦れるジョイに、元親は顔をしかめながらようやく、「休み」となんとも短い言葉で答える。
朝会った時には仕事が休みという雰囲気はまったく感じさせなかった。
(あいつ、まさか……──)
アリアと別れてすでに数時間。なけなしかもしれないが馬車を一度乗るくらいの路銀はあるだろう。
しかも方角を適当に選ばれでもしたら、探すのにまた時間がかかる。
「あいつの部屋はどこだ!?」
アリアの部屋は3階の一番奥だ。言葉で説明するのは簡単な場所なので、聞き出したジョイは迷わずに辿りついた。
しかし鍵がかかっている。当然だが。
「っくそ」
イラつくジョイを助けたのは意外にも元親だった。
「鍵借りてきた」
何か裏があるのかと元親を睨みつけながら、ジョイは手元を見ずに鍵をあける。
ドアが開くとよく知る妹の匂いが彼を迎えた。
クローゼットにはシンプルなドレスが数着、ベッドサイドテーブルには見慣れた財布鞄、ベッドシーツの上にはヘアブラシや髪飾りなど女性が身綺麗にするためのアイテムが数点散らばっている。
使ったものはそのまま出しっぱなしという感じで、汚いとまでは言わないが綺麗ともほど遠かった。
生活感あふれる様子にジョイは安堵する。
「休みは元々予定していた。買い物に行く、らしい」
「そうだったのか。いや、驚かせちゃったね。なんでもないんだ」
そもそも元親は平然とした表情でそこに立っているじゃないか。
ようやく冷静になったジョイは、あまりにも余裕がなくなっていた自分自身に呆れた。