06
「ねえ、アリアちゃん。うちはいつから女性客向けのお店になったのかしら」
アリアにフロア仕事を教えてくれた女性従業員キャサリンが呟いた。
このレストランはファミリーがメインで、男女層・年齢層は幅広いという特徴を持っていたはずだが、いまや一人の青年を中心に店のほとんどの席を若い女性が占領している。
たくさんの女性を侍らせている青年は、アリアを力技で家に連れ戻そうとした兄、その人だ。
あれから毎日店に顔を出し、アリアに説教をしては元親に睨まれ退散している。
はじめはキャサリンもジョイを黄色い歓声で迎えていたが、だんだんと熱が冷めてきて、四日目の今日は始終冷ややかな視線を向けていた。
「申し訳ないですわ」
「アリアちゃんのせいだけど、アリアちゃんのせいじゃないわよ」
キャサリンは嘘をつかない主義らしい。気遣ってほしいとはアリアも思っていないが、彼女の正直な言葉でやや複雑な心境になった。
しかし、それもこれも、彼女のせいでも自分のせいでもない。兄、ジョイのせいである。
やっかいなことに、兄は毎度どこで拾ったのかわからない女の子たちを引き連れて入店し、店側が追い返そうものなら騒ぎになるようにしむけていた。
元親は他の客の飲食時間の平均値(一時間半程)を目安に、ほどよい時間でジョイを追い出しにかかっているので、回転率も悪くなく売り上げは上々である。
幸い、アリアもジョイを気にしてミスをするといったことは起きず、むしろ完璧に働けていることをアピールしたいため、接客スキルが一流レストラン並みに進化していた。
というわけで、この件に関して経営者であるヴェーチェは黙って見守ると決めたらしい。口出しは一切してこなかった。
(結局、私がどうにかこの戦いに勝利するしかないのですわ)
どうすればジョイを打ち負かせるのかまったく戦術が思いつかないが、元親がついてくれている限り強制的に連れ戻されることはないようだから、とにかくなんとかするだけだ。
アリアは毎日レストランに通うジョイを忌々しく迎え撃ち続けた。
「ショトゼーレ領のマリョル15年物、ジョゼーリャとソリエを合わせてトヤルで仕上げてくれる?」
「そんな高価なものはこの店にはありませんの。どうしても飲みたいならフェメルへ戻るかお家へ帰るかなさったらいかがですか、お客様」
「仮にもお客様にそんな態度をとるなんて、まったくとんでもない給仕係だね~。でも、ここの料理は噂にたがわずフェメルにもひけをとらない繊細さだよ。それを君のとんでもサービスが台無しにしてくれちゃってるだけでさ」
「あいにく他のお客様からは愛されておりますの。私のサービスがいたらないと感じるのは一流を知るお方だからこそなのですわ。そんなにご不満ならさっさと満足いく王都なり実家なりに帰ればよいのではなくて?」
「うん。早く帰りたいっての。ホントいい加減にしろよ、お前」
「お会計ですわね、かしこまりました」
ジョイは不満たらたらでまだ何かを言いたそうにしていたが、ちょうど一時間半くらい経ちそうな頃だったので、元親が厨房からフロアに出てきた。
すると大人しく帰っていくので、元親の謎の攻撃はけっこうな痛みだったらしい。
「明日から来ないでね!」
ジョイの退場と同時にサッとアリアは店の入り口に塩をまいた。
「売り上げに貢献してくれるのはありがたいけど、なんていうかあの人たち騒がしいのよねー。……アリア、何してるの?」
「元親に教えてもらいましたの。こうやって塩をまくと災難避けになるんですって」
アリアの話を聞いたキャサリンは「それじゃあ私も」と、全力で塩をまく。
この効果かはわからないが、次の日ジョイは店には現れなかった。