05
その日の夜、アリアは元親の部屋の前で百面相をしていた。
喜べばいいのか、怒ればいいのか、楽観的になればいいのか、不安がればいいのか、実によくわからない1日だった。
そのため、どんな顔をして元親に会ったらいいのかわからない。正直、何を言いたいのかもわからなかった。
アリアが元親の部屋の前で立ち止まり続けてからおよそ5分。
突然ドアが開いて部屋着姿の元親が「入れ」とアリアを招き入れた。
「私がいるとよくわかりましたわね」
「5分間、気配があった」
最初からばれていたらしい。少しの気まずさを抱きながらアリアは部屋隅の椅子に腰かけた。
「……昼間は兄が失礼しました。ずいぶんと強かったんですのね、驚きましたわ。あんな兄ですが昔は剣技も習ってましたのよ」
「でも素人だから」
「素人、ですか……」
ジョイが聞いたらどんな顔をするだろうか、アリアは最悪に兄の崩れた顔を想像して、ちょっとだけ気が晴れる。
みんな優しすぎて何も言わなかったが、アリアの身分は察していることくらい、普段鈍感なアリアでも容易に予想がついた。アリアは解雇されることもやむをえまいと思っている。けれど、結局夕飯になってもヴェーチェは世間話を軽くするだけだったのだ。
そんな中、ジョイをその手で追い出した元親は本当に何事もなかったかのように振る舞う。ちなみに自分が人間離れした技を繰り出したこともまるでなかったかのように振る舞った。
突然の兄の登場に混乱していたアリアにとってみんなの言動が変わらなかったのはありがたいが、旅を共にしている元親のことはツッコミを入れずにはいられない。
「単刀直入にお聞きしますわ。……元親は何者ですの? どうして偽名を名乗っているんですの?」
以前、元親が前いた国で何をしていたのか聞いた時には、話したくないとばかりに無視された。
同じ質問ではないが、内容の類はそれほど変わりないだろう。
元親に詮索されたとして、また無視されてもしかたなかった。
「俺は元親だ」
「…………」
そういう質問ではない。
元親は相変わらずの表情で即答した。
しかし重ねて言うが、そういう質問ではないのだ。
言葉がうまく通じなかったのだろうかと、アリアは困惑した。
そんなアリアを見て、元親は彼女が想像していなかったやわらかい笑顔を浮かべる。
「君はアリアだ。嘘の名前じゃない」
「……そう、です…わ。私は……ただのアリアです。嘘をついたんじゃありません。私は、アリアになりましたの」
「俺も同じだ」
この言葉にようやくアリアは納得した。
「『元親』は嘘の名前でなく、新しい名前ですのね」
結局、元親が何をしていたのか、どんな人間なのか、踏み込んだ話はしてくれなかったが、それはアリアだって同じだ。
ただ、元親に無視をされなかっただけでもアリアは嬉しい。
アリアも元親に合わせるようにやわらかな笑顔を浮かべた。
元親が本名を捨てたかったのか、捨てなければいけなかったのか、どちらなのかわからないが、アリア自身はその両方の気持ちで新しい名前を手に入れた。
けれど、新しい自分になったからといって、カナリヤとしての自我を捨てたわけではないから、アリアはそう気軽にカナリヤとしての自分をフラフラと語る気分にはなかなかなれない。
きっと彼も似たようなものなのだろう。
「面倒くさい者同士でしたのね、私たち」
元親は答えずに、少しだけ笑った。