03
「お、お兄様はなにをおっしゃっていますの」
「ん? 伝わってない? そこまでバカなの? ああ、バカだよね。後先考えずにこんなことして。ほらバカ、さっさと帰ろうね」
「お兄様は言葉が汚すぎますの。我が家の恥ですわ!」
「我が家を捨てた人がなに言ってんの。あ~ヤダヤダ。自分から勝手に捨てたくせにその自覚もないんだから。さっきから兄様兄様言ってるけど、お前兄様捨てたのホントわかってんの? 俺からすれば恥はお前の方だから」
「んぐ……」
こういう貴族に似つかわしくないふざけた口調で倍返しするジョイがアリアは苦手だ。
しかも忌々しいことにその内容は大体正論なので、アリアの主張はいつも瞬殺されてしまう。
(まさかフェメルで暮らしているジョイお兄様が迎えにくるとは考えていませんでしたわ)
てっきり使用人の誰かが寄越されるか、使い勝手のいいよそ者を適当にみつくろう程度だと思っていた。
3番目の兄のジョイは兄弟の中でも(見えないだろうが)勉強が得意で、官僚になるため帝都フェメルの学院に通っている。今年は地方研修もカリキュラムに組まれているので、多忙になるだろう彼が迎えにくるというのは一番ありえない線のはずだった。
「私は帰りませんわよ」
「ダメダメ。その体何でできてると思ってるの。お国と民に尽くすのが当然でしょ。それくらいは知っている子だと思ってたんだけど、誰かのせいでそうなっちゃったの?」
ジョイはその場にいる全員の顔を見回して、最後に元親のところで視線を止める。
軽い口調で話してはいたが目だけは笑っておらず、元親を品定めするように観察していた。
そんな視線を向けられた元親には、さすがに彼が何を言いたいのかよくわかる。
「たしかにどっかの誰かさん(エイディ)のせいですけれど、お父様が少しは私の話を聞いてくだされば……」
「ホント、バカ。さっさと帰るよ。お騒がせさまですみなさん。この家出娘は僕が家に連れ帰らせてもらいます~」
「嫌ですの! 私はここに残って働きます!! ……に、兄様、痛いですっ」
アリアはジョイに強く腕を捕まれキャンキャン文句を言ったが、これまでの流れからなんとなく二人の身分を察しているため誰もジョイに意見することができないでいた。それでもアリアは彼女にしてはめずらしく、ジョイの足を踏んだりお腹を叩いたり声を張り上げて抵抗し続ける。しかしそのへんを歩いている子どもにも劣る力しかないので簡単にジョイはアリアを制してしまった。
持ってきた荷物もそのままに、アリアが身一つで無理矢理馬車に乗らされるとわかった元親は、まず言葉でジョイの足を止めた。
「待て。アリアは帰りたくない、言っている」
「元親……」
アリアを言葉でぺこぺこにへこませることができるジョイに、語彙力の少ない元親が勝てるとはとても思えない。アリアは約束どおり連れ戻しを阻止しようとしてくれる元親に感動しながらも、まったく期待ができず複雑な心境で元親を見るしかなかった。
「アリア? 誰それ。なに、お前いっちょまえに偽名使ってたの?」
ジョイは物事を最悪な展開へ運ぶ天才である。笑いをかみ殺しながらそう発言するジョイに、アリアは彼が元親と自分の関係を壊そうとわざとあおっていることに気が付いた。