03
昨晩元親と距離が縮まったこともあって、アリアの家出2日目の朝は大変気持ちよく始まったが、それも食堂で噂を聞くまでの短い間だけだった。
「い、今、エイディ・マルケットが今日このあたりまで視察に来るとおっしゃいましたか!?」
確かにマルケット領は広く1日では抜け切れないでいたけれど、それも今日までの予定だったし、ここはアリアが馬車で1日かけてたどり着いたマルケット領のはしっこだ。
領地とはいえマルケット家が訪れるような場所ではないはずだった。
「そうだよ。3年に1度くらいの頻度で視察にくる。いつもは領主様の弟さんが来るんだが、今年は息子だって聞いてね。息子っていやあ次の領主様だろ。気になるってもんだ」
(たった3年に1度のことなのに、まさかこのタイミングになるなんて)
エイディとの運命、いや、因縁を感じずにはいられない。
「知り合い?」
一応元親はアリアが無事に逃げ切れるように協力しているため、アリアの顔色が変わったのを見て尋ねてきた。
アリアは頷きながら、元親にだけ聞こえるように「元婚約者ですの」と答え、ため息をつく。
先ほどまで楽しんでいた山菜の揚げ物がなんだか霞んできた。
(もしエイディとかち合ってしまったらどうなるのでしょう。……無事ではすまなさそうなことだけは分かりますが)
とりあえず今日は1日なるべく馬車の中にいることを決めるが、不安はぬぐえない。
この村を出て次に通る町で昼食時間を設ける予定だが、このあたりで一番大きな町なので、そこにエイディが訪れている可能性は高いのだ。
いっそ馬車をここで降りて隠れることも考えたが、このあたりの視察ということはこの村近くまでくることもあるのだろう。結局そのまま馬車という移動手段があった方が逃げ切れそうだ。
アリアの不安をよそに馬車は予定どおり朝食後にすぐ村を出立し、次の町へ着いた。
商人たちは仕事をしない町でも情報収集をしたがるため、昼食をとるだけの割には時間をしっかりもうけている。何も事情がなければ、アリアも見たことない場所に心を躍らせ、真っ先に町に降りて観光するのだが、今日は元親にお金を渡して昼食を買ってきてもらうことにした。
「はあ……」
今、アリアは一人きりだ。
みんな町へ昼食をとりにいったのだから当たり前だが。
「でもこうして馬車の中にずっといればエイディと偶然会うこともなさそうですわね」
今日だけの我慢だ。
アリアがそう自分に言い聞かせて、本日何度目か分からないため息をまたつこうとした時、馬車の外から男が声をかけてきた。
「この馬車について確認をしたいんだが、誰かいないか」
馬車の御者はアリアに留守を任せて、馬の交換のためこの町の馬車屋の厩に行っている。今の馬車には馬はおらず馬車の荷台部分だけ指定の場所に停めているような状態だった。
通常屋外に停めるなら、指定場所にただ停めているだけの状況でも盗難防止のために誰か一人は馬車に残るのが普通だ。相手は誰か一人はいるという前提で話しかけていることは間違いない。待たせ続けると目立ってしまうかもしれないので、アリアは腹を決めて返事をするために荷台の幕から外へ出た。
「……」
「……カナリヤ」
物事というのはそうなりませんようにと願えば願うほど、望まぬ展開にどんどん進むのかもしれない。
何度ひどいことを言われても嫌いにはなれなかった元婚約者が驚いた顔でそこに立っていた。