四季めぐる国、冬の女王様のため息
とてもとても遠い昔、とある国の国王様が、季節をつかさどる精霊の女王様たちにお願いをしました。
「どうか季節のないこの国に、季節を運んでほしい。その代わりに、居心地のいい塔を、この国で一番見晴らしの良い丘の上に建てましょう」
それを聞いて、春の女王様は言いました。
「私は、虫や鳥が沢山来るお花畑が見たいわ」
国王様は答えました。
「では、塔の東側に、綺麗なお花畑を作りましょう。きっと国のみんなが春を喜ぶ場所になります」
次に、夏の女王様が言いました。
「私は、涼しい木陰と湖が見たいわ」
国王様は答えました。
「塔を作る丘の南側に、ちょうど湖があります。木を沢山植えれば、みんなが涼みに来るでしょう」
秋の女王様は言いました。
「私は、たくさんの実りが見たいわ」
国王様は答えました。
「それなら、丘の西側に大きな畑を作りましょう。果樹園も作って、秋の実りを豊富にします」
冬の女王様が言いました。
「私は、凍る川が見たいわ」
国王様は答えました。
「丘の北側に、湖から流れ出る川があります。冬になれば凍るので、みんながスケートを楽しむでしょう」
女王様たちは、それぞれの希望への答えに納得しました。
しかし、春の女王様が言いました。
「冬の女王様だけ、今そこにあるものそのままだわ」
夏の女王様も言いました。
「そうね、私たちには何かしてくれるのに」
秋の女王様がひらめきました。
「それなら、冬の女王様は、私たちよりも少しだけ長く塔に滞在するのはどうかしら?」
冬の女王様は頷きました。
「それなら、一番長く景色を眺められるから、嬉しいわ」
そうして、少しだけ冬が長い四季の国ができあがりました。
それから、いく百もの四季がめぐりました。
今の国王様は、初めに女王様たちと約束した国王様のひ孫のひ孫の孫です。
人よりも長生きの女王様たちも、何代か入れ代わりました。
それでも、国は四季の女王様たちとの初めの約束通り、花畑を整え、木を植え、畑を耕し、長めの冬に耐えてきました。
女王様たちも、順番に塔に滞在しました。
季節がめぐる豊かな国は、永く栄えているのです。
あるとき、不思議なことが起こりました。
そろそろ冬が終わるはずなのに、まだまだ雪が止まないのです。
国王様は、みんなを安心させるために告げました。
「冬の女王様は、ほかの女王様よりも長く滞在される約束だ。今年は、いつもより凍った川の景色を気に入っておられるのでしょう」
しかし、それから10日たっても、20日たっても、春の気配は欠片もありません。
不思議に思った国王様は、使者を女王様の塔へやりました。
そして、冬の女王様が塔から出ようとしないことが分かりました。
春の女王様が来た様子もないようです。
使者が女王様の交代を願い出ても、悲しそうにため息をついて首を振るだけ。
すでに、春が来るはずの日から30日がたっていました。
食料や薪の備蓄は残り少なくなり、貴族も商人も農民も、できるだけ節約して生活しなくてはなりません。
このままではみんなが飢えてしまいます。
困った国王様は、国中にお触れを出しました。
『冬の女王様と春の女王様に交代していただきたい。
それを成し遂げたものの望みを、何でも一つ叶えよう。
ただし、冬の女王様を傷つけるような、季節がめぐらなくなるような方法は許さない』
国王様のお触れを聞いて、たくさんの大人たちが女王様の塔を訪れました。
教会の司祭様が、季節がめぐるようにと祈ります。
学校の先生が、子どもたちが学校に来られるよう願います。
大道芸人が、楽しげに芸を披露しながら訴えます。
料理人が、良い香りの料理を持ってきて春を望みます。
農民が、スケート靴を履いて凍った川の上を優雅に滑って見せ、畑を耕したいと言います。
商人が、珍しいからくりを持ち出し、雪解けを願います。
貴族が、得意な楽器で綺麗な曲を演奏し、春を歌います。
けれども、冬の女王様はいつも寂しそうにため息をつくだけ。
そんなある日、女王様の塔に、一人の女の子がやってきました。
ふわふわしたドレスを着た女の子は言いました。
「わたし、家出をしてきたの。もう10歳だから、一人で来たの。どうか、女王様の塔に置いてください」
四季の女王様たちは、子どもたちの家出を手伝っておりました。
女王様の塔なら親たちも安心ですし、不思議な体験をしている間に落ち着き、いつの間にか子どもたちは家に帰りたくなるからです。
いつもなら何人か子どもたちがいて賑やかですが、今はほかに誰もいません。
冬を続ける女王様のところへ行こうとする子どもがいないからです。
それでも、冬の女王様はいつも通り
「気がすんだら帰るのよ」
と言って迎え入れました。
女の子が来た次の日、女王様の元へ、また大人がお願いに来ました。
今日来たのは、有名な吟遊詩人です。
彼は、冬の女王様の美しさを朗々と歌い上げ、次に春の暖かさを歌いました。
しかし、冬の女王様はそれを聞いても、寂しそうにため息をつくのです。
なにも語らずため息をつくだけの冬の女王様に、吟遊詩人は諦めて帰ってしまいました。
それを見ていた女の子は、冬の女王様に言いました。
「冬の女王様は、誰かと喧嘩されたの?」
冬の女王様は驚きました。
「なぜ、そう思ったの?」
女の子は悲しそうに答えます。
「だって、お父様と喧嘩した後のお母様と、おんなじため息をつかれるんだもの。このところたくさん聞いていたからわかるわ」
冬の女王様は、女の子に訊ねます。
「どうして、お父様とお母様は喧嘩なさったの?」
女の子はドレスのスカートをぎゅっと握って答えます。
「お父様は、私だけを南へやるっておっしゃるの。でも、お母様は私たちは最後だっておっしゃるの。それに、私ともお父様とも離れたくないって。お隣の伯爵様のお家は、奥様と子どもたちだけが避難したそうよ。でも、私もお母様も、お父様と一緒にいたいの」
冬の女王様はさらに訊ねます。
「それで、どうなったの?」
女の子は悲しそうに目をふせました。
「お母様が、たちの悪い風邪をお召しになったの。だから、お父様が無理矢理私だけ南へやろうとしたのよ」
「まぁ……」
風邪を引いてしまったのは、冬の女王様にも原因があります。
そんなことになるとわからなかったことが申し訳なくて、冬の女王様は悲しそうにため息をつきました。
けれど、下を向いている女の子は気づきません。
「本当は、お母様のそばにいたかったけれど、病気がうつったらいけないからって、お部屋に近寄ることもできないの。だから、南へやられないように家出してきたのよ」
女王様は、寂しそうに言いました。
「あなたのお父様は、あなたを側に置きたくなかったのかしら」
女の子は答えます。
「ええ、そうよ。ここにいない方がいいって。子どもは体力がないから、できるだけ温かいところに避難して、そこで過ごさせると。南の親戚のところなら、まだ食べ物も採れるから一人くらい預かってくれるともおっしゃっていたわ」
冬の女王様は、その言葉を聞いて考えました。
「あなたのお父様とお母様は、どちらもあなたのためを思っているのね。お父様は安全を、お母様は責任と安心を」
女の子は口をとがらせました。
「そうかしら?お母様はそのとおりだと思うけれど。お父様は、わたしが邪魔なんだと思うわ。そもそも、侯爵家の跡継ぎにもなれない女の子ですもの。別にいらないのよ、きっと」
冬の女王様は困ったように聞きます。
「お父様が、そうおっしゃったの?」
「いいえ。でも、お父様を訪ねて来られた方がそうおっしゃっていたわ。そして、わたしにお婿さんをとらないといけないって」
女の子は思い出したのか、目に涙をためています。
「それで、お父様はなんておっしゃったの?」
冬の女王様が聞くと、女の子は首を左右に振りました。
「悲しくなったから、そこから逃げたの。だから、お父様がなんとおっしゃったか聞いていないわ」
それを聞いて、冬の女王様は首をかしげました。
「だったら、あなたのお父様のお考えはわからないわね」
「いいえ、わたしなんかいらないのよ!」
女の子は、ためていた涙をはらはらとこぼして叫びました。
冬の女王様は困ってしまい、静かに見守ります。
「だって、だって……迎えに来てくださらないもの!子どもの家出は女王様の塔って決まっているのよ?それに、わたしは貴族の子どもなのよ?普通は1日経ったら迎えに来るもの!お隣の伯爵様のお家もそうだったわ!なのに来ないのだから、わたしなんていらないんだわ!」
とうとう、女の子は顔を両手で覆って泣き始めました。
女の子は、昨日の夜も、今日も、暇があれば何度も窓から身を乗り出して外を覗いていたのです。
だから、迎えの馬車が全く気配もないことを知っていたのです。
泣き続ける女の子に寄り添っていた冬の女王様は、しばらくして女の子の話を聞いて思ったことを言いました。
「あなたは、お父様に残りたいって伝えたの?」
女の子は、まだ顔をうつむけて涙をこぼしながら、それでも答えます。
「ええ、行きたくないって、お伝えしたわ。けれどお父様は、ダメだって言うだけなの」
その言葉を聞いて、冬の女王様はさらに考えました。
「それじゃあ、あなたが残りたい理由がお父様に伝わっていないわ、きっと」
「……どういうこと、ですか?」
冬の女王様は、考えたことを女の子に教えました。
お母様は、女の子がお父様とお母様のそばにいる方が安心だと思い、残らせると言った。
お父様は、女の子が寒い中で体を壊すことを心配して、暖かいところへやると言った。
そんな中でお母様がご病気でお倒れになったので、心底心配になったお父様は、急いで女の子を逃がそうとした。
女の子は、お父様とお母様のそばにいて支えたかったから、行きたくなかった。
けれど、それぞれちょっとずつ言葉が足りなかったから、思いが伝わらなかったのだろう。
「だけど、でも……」
女の子の涙は、もう止まっています。
頬にはまだ、涙の跡が残っていましたが。
「だからね、まずはお手紙を書きましょう。あなたのお父様に」
「……お父様に?」
「えぇ。こんな状況ですもの、この塔に来るのは願いを伝える大人ばかりで、子どもたちは来ないのよ。もしかしたら、見当ちがいのところを探しているかもしれないわ。まずは、ここにいることと、安全なこと、それからあなたの望みをきちんと伝えるべきよ」
そう言って、冬の女王様は氷色のレターセットを差し出しました。
女の子はそれを受け取り、じっとレターセットを見つめました。
しばらくしてようやく決心した女の子は、自分に貸し与えられた部屋へ向かいました。
冬の女王様は、女の子を優しい目で見送りました。
ふぅ、と冬の女王様はため息をつきます。
けれども、それは先ほどのような、寂しいものではありません。
それは決意のため息でした。
「わたくしも、手紙を書かなければ」
冬の女王様も、ご自分の部屋へ向かわれました。
その次の日、慌てた様子の侯爵様が、一人娘を迎えに来ました。
女の子の考えとは正反対に、大事に大事に抱きしめて、馬車で連れて帰りました。
お父様に抱きかかえられた女の子は、嬉しいような、恥ずかしいような笑みを浮かべて、冬の女王様に手を振ってくれました。
冬の女王様は、優しく微笑んでうなずきました。
そのさらに次の日、女王様の塔に来客がありました。
お願いにくる大人たちとは違います。
冬の女王様は、どきときしながら扉を開き、その人を招き入れました。
すると、その人は何かを言う前に、冬の女王様を抱きしめました。
冬の女王様の薄青い氷色とはまた違う、青い髪で背の高い男性です。
それは水の王様で、冬の女王様の旦那様でした。
「もっと、早く言ってくれれば、もっと早く迎えに来たのに……!」
冬の女王様は、急に旦那様に抱きしめられて驚きました。
こんなにぎゅうぎゅうとされては、息が苦しくなってしまいます。
何とか顔をあげて、答えました。
「だって分かってくれると思って。それに、言いづらかったのよ」
「それは、私の言葉のせいか」
「そして、わたくしのいじっぱりのせいね」
冬の女王様とその旦那様は、冬が来る前に大喧嘩をしたのです。
旦那様は、まだ結婚して数年だから、子どもは先でいいと言いました。
そして冬の女王様は、それを子どもはいらないということだと思いました。
そうしてすれ違って喧嘩になり、そのまま塔に来てしまいました。
塔に来る途中で、春の女王様と夏の女王様に会い、その愚痴をたくさん聞いてもらったところ、夏の女王様は冬の女王様の味方になりました。
怒った春の女王様は、そのまま旦那様が許しを請いに来るまで塔にいればいいと言ったのでした(だから、春の女王様は塔に来なかったのです)。
悪いのは旦那様だから、謝りに来るまで許さないでいい、と夏の女王様も言いました。
冬の女王様はそれを聞いて、その通りだと思い、塔に閉じこもっていたのです。
「わたくしもあなたも、言葉が足りなかったのね。分かってくれるだろうって、言わなかったせいで、伝わらなかったのね」
冬の女王様は、旦那様の腕の中で言いました。
「あぁ、本当にすまない。ほんの一言、伝えるだけだったのに。それから、ありがとう。私は本当に嬉しいんだ。君は最高の妻だよ」
旦那様は、冬の女王様を優しく見つめます。
ぴったり寄り添っていたのを少しだけ離れ、冬の女王様は優しく自分のお腹を撫でました。
まだ見た目には分かりませんが、小さな命が宿っていたのです。
「喜んでくれる?」
「もちろんだとも!」
冬の女王様は、ほぅ、と幸せなため息をつきました。
しっかりと気持ちを確かめ合った二人は、まだ冬のままであることを思い出し、慌てて春の女王様を呼びました。
春の女王様は、仲直りした二人を呆れたように見つめて、交代に塔へ入りました(春の女王様は、まだ結婚するお相手を探しているところなので、夫婦喧嘩がよくあることだとは知らなかったのです)。
こうして、侯爵の一人娘は国を救った乙女となりました。
そして、女の子の願いは叶えられ、侯爵の奥方のために高価な薬が用意されました。
病気が治った侯爵の奥方と、侯爵は仲直りしました。
もちろん、家族仲良く、たくさん会話しながら過ごしています。
次の冬には、冬の女王様が旦那様と、産まれたばかりの赤ちゃんも一緒に塔にやってきました。
そして、女の子を塔に招待してお礼を言いました。
きちんと会って、言葉で伝えなければいけませんものね。
読了ありがとうございます。