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戦禮のアンジェクルス  作者: 黒須かいと
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終章(2)

 Ⅱ

 政歴二〇〇一年、三月。

 昼下がり、放送各局は競って中立国家代表、菊華宮紗綾子と、自国の今や政府高官唯一の生き残りといっていい国家指導者、司馬養の調印交換式の現場を映し出していた。

 二人は笑顔でしっかりと互いの手を握り合うと、フラッシュが飛び交う正面にも微笑みかける。

 そんな光景と共に、テレビ画面に映し出されるものがあった。

 それは、今回の戦争とクーデターによって出た死者と行方不明者の名前を並び連ねた文字だけの映像である。

 人々は騒動の終った安堵感と、多くの命が犠牲になった事実に、ただただ虚脱の思いを抱く。

 街中のショーウィンドウに写しだされているニュースを、長髪に眼帯姿の青年も、ぼんやりと人々に混じり眺めていた。

 すると、どこから集まって来たのか、あっという間に五名ほどの記者に取り囲まれてしまう。

「君はダナンくんかな? お父さんたちのことについて聞きたいことがあるんだけども」

 一人の記者の第一声で、一斉に他の四人も口々に好き放題質問を投げかけてくる。

 退院したばかりで、少し外の空気でも気分転換に吸おうと出て来た途端にこれかと、ダナンは心の中で深く溜息をつく。

「申し訳ありませんが、その話はすでに警察や軍事関係者の調書を受けましたので、貴方方にお答えすることはありません」

 淡々と述べると、そそくさとその場を後にしようとするが、記者たちは青年の心の傷などお構いなしに尚も追いすがる。

「自分のお家の事だよね? 迷惑かけた人たちに何も君は思うところがないってことかな?」

「君は事情を全部把握していたんだよね? どうして隠していたんだい? その怪我はどういった経緯で?」

「今度うちの番組に出てくれないかな? 大金持ちから一転、何もかも失った今の心境は?」

 どうせそんなことだろうと予測していた内容であったが、酷く耳障りであることには違いない。

 ダナンはただ黙って横断歩道を渡ろうとした時、向かいの駐車場から一人の女性がつかつかとハイヒールを鳴らしながら近づいて来た。

「あら、ごめんなさい。退いてくださらないかしら? 私、そちらの建物に用がありますので……。それに、子供を取り囲んでの取材は道幅的にも邪魔ですよ?」

 一見高慢そうな女性の態度はしかし、すっかりダナンを背後へと追いやってくれる形となる。

「困るなぁ、そっちこそ仕事の邪魔をしないでくれるかな?」

「そう? 地球共同連邦のマスコミのお仕事というのは、家や家族を失った傷心の男の子を追い詰めることなんですか?」

 ぴしゃりと言い放った女性の姿に、ダナンははっとした。

「あ……貴女は……」

 言いかけた時、彼女はほんの少し振り返り「早く逃げなさい」と言ってくれる。

「すみません、ありがとうございます」

「いいえ、どうぞ私のことは忘れて、強く生きてくださいね」

 微笑んでくれたように見えた彼女の瞳は、ダナンと同じ、深い海の色を湛えていた。

 その後日、彼は彼女の姿をテレビ越しにしっかりと確認することとなる。

 彼女の名はゲルダ・ヘルツェンバイン。菊華宮紗綾子の右腕と称される、三ヶ国新コロニー同盟中の一国、新政府ゲルマニア共和国の総理大臣であった。



 ニュースは未だに戦後処理のあれこれといった内容のものを流し続けていたが、竜也たちは一先ずの落ち着きを取り戻していた。

 幸い仮設住宅へ避難出来ていたミモザとも地球で再会を果たし、彼女にアルバートから与った支援金を渡すと、フィッツと共にユグドラシルへと帰還する。

 当然ダナン同様、竜也にも兄に対する質問がマスコミから殺到することとなったが、そのたびに車椅子姿の学長が間に割って入ることで、少しは大人しくなってくれていた。

「まったく、戦争中はやれやれ! 勝て勝て! って、騒いでたマスコミが、今じゃ負けた責任者探して右往左往してるんだから、本当に、勝手なもんだぜ」

 学長室に集まった各学園の生徒会役員たちは、ヨハンの言葉に同意の表情を作る。

 今やたった一人となってしまった出雲の生徒会役員、アリスは、それよりも今後の方が気がかりであった。

 彼女は結局、出雲の再建が軌道に乗るまで、一時ヴァルキリーの士官候補生として編入することが決まっている。なので、気がかりというのはけして自分のことなどではない。

「……辰巳ちゃんには、会えるんでしょうか?」

 自らも所属していた集団の暴走を止められなかった彼女は、当然自分を責め続けていたが、先日サンドラに「それじゃあ過去に戻れるとして、貴女に出来たことをおっしゃってみて?」と、言われ、良い答えなど見つからないどころか、それを今考えられてもどうしようもできない事実には違いなく、彼女はそれ以来己を咎めることをやめた。

 しかし、幼馴染の行く末くらいは、知っておかなくてはとも思っている。

 そんな彼女に、竜也は少し気だるげに答えた。

「あいつは今日アマツヒメラギノ国ってところに連れて行かれる。名目上は捕虜交換ってことになるらしい」

「じゃあ……もう……」

 しょんぼりとする彼女に、フィッツが「竜ちゃんは相変わらず言葉が足りないんだから」と呆れつつ、彼女の肩を優しく叩く。

「あのね? 実はこれから皆でお見送りに行こうってことになってるんだ」

「……え! 本当に良いんですか?」

 アリスが思わず学長の方を向くとアルバートはやれやれと少し困った顔で頷いた。

「本当はだめだけど、うまいことマスコミ払いの手筈が整ってね。竜也も一度くらい彼女の顔を見といた方がいいだろう?」

「……別に、テレビに散々映ってたらか今更な感じしか……」

 妙に不貞腐れる竜也に、フィッツは思いついたように声を上げる。

「あ、竜ちゃん直接お母さんと顔合わせる事になるから、実は照れてるんでしょ?」

「なっ、て、照れてなんかないっ!」

 その二人のやりとりに、周りは久々に笑顔に包まれる。

 あの出来事以来笑顔を見せていなかったダナンすらも、ふっと頬を緩ませる姿を見て、貴翔は内心とても安堵するのだった。 



 菊華宮紗綾子と司馬養が互いの納得の上戦後締結した要項は大まかに以下の通りである。


 一、ガニアンは返還するが、要塞ではなく単なる居住や観光といった平和目的の施設に変更し、地球共同連邦と宇宙開拓同盟の交流と交易などに役立てること。

 二、今後は三ヶ国新コロニー同盟が両国の和平のため、かならず中立となって話し合いに立ち会うものとする。

 三、捕虜交換を条件に、三ヶ国新コロニー同盟は地球共同連邦に対し、出来るだけの支援を約束する。


 その他にもいくつか両国の争いを避けるためや、今後地球を立て直していくプロセスなどの取り決めが大小隔てなく意見交換されていたが、短期間で決められるものは少なかったため、両者課題を一時持ち帰りと相成った。

 しかし、この条約が一先ずの平和を齎してくれることには違いなく、ほとんどの要項が菊華宮の申し出であったにしろ、受け入れない手は今の地球に残されていなかった。

 そんな彼女が天野竜也と辰巳の母親だということは、一部の人間にしか知らされておらず、当然、煩いマスコミなどには一切漏れていない。

 極秘の関係である彼らが目を合わせる機会は、あるいは今日くらいなものであろう。

 

 フランス地区に存在する宇宙軍基地地球第一支部の滑走路に、一台の飛行機が止まっている。

 辰巳はロビーの窓辺から、今からあれに乗って自分は母と共にやってきたモジュールの集合体へと向かい、見知らぬ土地にワープするのかと、まだどこか絵空事のような気分であった。

 だが、今や荒れていた髪もばっさりと切り落とし、身なりもすっかりアマツヒメラギノ国の文化大使としての正装となっているため、気持ちを改めなくてはならないという思いがふつふつと湧き上がってもいる。

「辰巳」

 母に名を呼ばれ振り返ると、見送りに着ていた司馬養の後ろから、電動車椅子姿のアルバートを先頭に、見知った顔がぞろぞろとやって来た。

「竜也……」

 面目ないと言わんばかりの兄の顔を見た竜也は、わざと大げさに溜息をついてやる。

「どっかの馬鹿兄貴のせいで、ここ数週間まるで芸能人にでもなったんじゃないかと勘違いするところだった」

「……すまない」

「謝るなよ。俺だってあんたの立場だったらどうしたかって、考えてなかったわけじゃない。その……まあ、なんだ、これからは一国のお偉いさんの仲間入りなんだ。あんま無茶すんなよ」

 不器用な激励に、辰巳は思わずはにかんだ。

「そうだ、竜也、お前に頼みたいことがあったんだ」

「あ?」

 兄の唐突にして珍しい申し出に、竜也からは気の抜けた声が上がる。

「風神を頼んでも良いか? まだ検疫なんかの関係で、こちらには連れて行けないんだ。よかったら、そのままお前の相棒にでもしてやってくれ」

 もちろんそれは了承する竜也であったが、検疫の調整が済んだら返した方が良いのではないかという疑問が浮かぶ。

「竜也、辰巳は風神を自分の代わりだと思って欲しいのですよ。これから長いこと会えないのですから……」

 少し寂しそうに、母、紗綾子は言った。その言葉を聞いて、今まで我慢していた物が決壊したのか、アリスが声もなくぽろぽろと涙を零す。

「辰巳ちゃん……」

 今にも消えそうな声で名を呼ばれ、辰巳はどうしたものかと困っていると、竜也に目線だけで“行け”と命じられる。

 おずおずと辰巳はアリスに近づくと、白い皮手袋を脱ぎ、素手で彼女の涙を拭ってやった。

「……アリス、本当にすまない。でも、いつか必ず、また会いに来るから……。それまで待っててくれるか?」

 その彼の言葉にぱっと顔を上げると、アリスは嬉しそうに何度も頷いて「うん、待ってる。だから絶対に来てね!」と、今度ははっきりとした口調で述べた。

「良かった」

 辰巳たちの後ろでは、母が竜也にふっと微笑みかける。

「辰巳にも、ちゃんとお友達がいたのね」

「ああ、まあ、あいつがアホだから、ずっと後ろにいるやつに今まで気づいてなかったんだ」

「うふふ、貴方には私なんかよりよっぽど大切な人たちがいるみたいね、竜也」

 竜也はその言葉に一度後ろの面子を振り返ると、再び母に得意気に答えてみせた。

「大人しく王子様の真似事みたいことなんて、俺みたいな奴には出来っこないからな。ここが丁度良いんだ」

 紗綾子は彼の瞳の奥に、今は亡き最愛の人の面影を見出しつつも、それ以上彼を説得することはしなかった。



「行っちゃったね、辰ちゃんとお母さん……」

 飛行機の離陸したのを見送りつつ、滑走路を望むバルコニーでフィッツが竜也に呟いた。

「本当についていかなくって良かったの?」

「メシアが消える前にお前に言ってただろ? 俺たちは二人で対だってさ。どういう理屈なんだか知らないが、どうもそのお陰で俺は今もこうして生きていられるらしいし……」

 フィッツは自身の腹にそっと触れながらこくりと頷く。

「そうだね。ここで僕らの今後を見守りたいとも言ってくれた」

「なら、遠くへ行くわけにもいかないだろ? それに……俺には地球の水の方があってる」

「え~? もう、竜ちゃんったら! そこは素直に彼女がいるし~って言えばちょっとは可愛げがあるのに」

 竜也はぎょっとして、思わず後ろの方でココットたちと談笑しているサンドラの方を向いてしまう。

「おやおや~? その様子だとやっと自覚した上に進展があったね? あとでじっくりその辺聞かせてもらおうっと!」

「馬鹿、やめろマジで」

 色々と切羽詰っていたとはいえ、今考えるととんでもない事をやらかした記憶のある竜也は頭を抱えた。

 親友を一頻りからかったフィッツは、ふと再び空を見上げぼんやりと独り言のように声を発する。

「――僕もいつか、帰るべきところへ帰るのかな……」

 急な真剣さを孕んだ科白に、竜也も反射で一度考えてはみるが、結局口から出てきたものは、いつもと変わらぬ調子のものであった。

「俺には難しいことは分からないけど、お前が此処に居たいって気持ちがある限り、向こうから例え迎えに来たとしても、片っ端から追い払ってやるよ」

 根拠もなければ現実味もないが、それに妙な安心を覚えたフィッツは、一瞬目を丸くしたものの、ふっと表情を和らげ応える。

「うん、よろしくね、竜ちゃん」

 するとその間に割って入るように、セシルが付け足す。

「なんですか二人とも、また僕だけ置いてけぼりですか? 竜也さん、僕もそれ手伝わせてくださいね」

「今度は宇宙人と対決か、腕がなるな!」

「もう、二人とも、本当に来ちゃったらどうするの? 冗談でもやめてよね!」

 そうこうしていると、彼らの後ろからアルバートの声が掛かる。

「君たち、そろそろ帰るよ」

 気づけばその他の生徒会役員は、皆バルコニーから出て行くところであった。

「は~い! 行こう、二人とも」

 フィッツを先頭に、三人は出口へ向かって駆けて行く。




 その後、ユグドラシルに戻った竜也たちは、士官候補生として三年の課程を一年に短縮し修了。それと同時に、真聖暦一年と銘打ち、新たな政治体制が樹立。

 内容はフィッツをメシアの申し子という国の代表象徴として扱うというもので、国会議事堂とは別に、聖殿宮と名づけられた区域を配置。竜也とセシル両名は、申し子を守護する側近として、それぞれ左聖守官、右聖守官の任を賜る。

 この決定は様々な論争や抗議を生んだが、現地球に必要とされる急速な回復力と指導力を備えるには実に手早く目に見えて分かりやすいトップのあり方であること、さらには国の数が細分化され、まだまだ統率が取りきれていない宇宙開拓同盟からの襲撃の危険性は消えてはいないことから、人々はなし崩し的にその計画に従っていった。

 山積する課題を抱えながらも、地球共同連邦は軍主立憲政治となり、軍部主導の部分が多くありつつも、全ての事柄に平和的解決を求めるという矛盾したバランスを模索し、その後の歴史を歩み出したのであった。


                              〔了〕

以上で戦禮のアンジェクルス本編は完結となります。

お読みくださった皆様、どうもありがとうございました。

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