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戦禮のアンジェクルス  作者: 黒須かいと
82/83

終章(1)

 Ⅰ

 ひんやりと冷たい灰色の壁に粗末なベッド、照明は廊下から僅かにこぼれ入る微かな光のみ、目の前には頑丈な扉が外界の一切を遮断していた。

 辰巳はそのベッドの上で、膝を抱えただ座り込んでいる。

 彼ら革命軍こと今や叛逆者たちは、立ち上がった群集に囲まれ、ここへ捉えられたのだ。

 真梨奈たちと残った少数の同志たちは抵抗を試みたが、唯一まともに戦えるはずのアンジェクルスを有した辰巳には戦意がなかった。

 ここで民間人まで殺してしまっては、彼らのためにといって政府関係を潰した大義名分が嘘になってしまうと考えたからに他ならなかったのだが、一緒に捕まった仲間たちは一同に辰巳を恨めしげに睨みつけていた。

 同志たちにも見放され、自分にかけられた手錠をじっと見つめつつ、クーデターの首謀者として世間に裁かれるのを待つばかりの我が身に、もはや何の価値すらも見い出せないでいた。

 自分たちを導いてくれたアキラはもういない。

 看守たちがわざわざ嫌味たらしく死んだという知らせを、にやつきながら伝えてきたのだ。

 辰巳たちを捕らえた彼らは、クーデターを起したものたちを恨んでいた。

 一つはあまりに多くの者たちを殺しすぎた故の軽蔑であり、一つはなぜ敵が攻めて来る時期に事を起したのかという、民間人なら誰しもが抱く矛盾点からである。

 当然彼らはこう思ったであろう。「なぜ彼らはあれだけの武力を持っていながら外から来る敵を攻撃せず、内戦などという馬鹿げた事をしでかしたのだろうか。士官候補生たちというのは、我々を守るべくして教育されてきた人材たちではなかったのか」と。

 また、彼らさえいなければ、ここまで戦局は悪化していなかったのではないかという点だ。現に彼らが始めに通信を遮断しなければ、もう少し早く会戦の対処が取れたはずであり、国会議事堂を破壊していなければ、敵との交渉も有り得たかもしれない。

 戦力にしてもそうだ。国防に特化した地球軍を解体などしなければ、もっとましな防衛艦隊を組めたに違いない。それに、NSW社が機能していれば、最新技術の提供で、旗艦熾天使(セラフィム)級アンジェクルス、ガブリエル以外の艦も同等、またはそれ以上の防護壁構築を図れる強化をなしえたかもしれない。だが、結局はクーデターの標的にされ、施設の防衛を急ぐことしか出来なかったのだ。

 これらはすべて世間のたらればといった話しではあったが、囚われの身となった辰巳の脳内には、ほとんど同じ内容の自戒がぐるぐると廻り続けている。

 しかし、アキラを責めることはない。むしろ、最後に彼に謝りたかった。それが出来なかったことの方が、今の彼を苦しめているのかもしれない。

 あの時、少なくとも自分だけは、彼を信じて疑うことをしてはいけなかったのだ。

――先輩を最終的に死へ向かわせたのは自分だ。あの時の俺の気持ちが失望を生んで、この世に繋ぎ止めていた最後の何かを切ってしまったに違いない。

 こんな不毛なことを考えているようでは、また自身の弟に叱られるかもしれない。

 けれども、そうやはり考えてしまわずにはいられない事件が、つい先日辰巳の目の前で起こった。

 彼と同じく、国に反旗を翻した罪人として投獄されていた真梨奈が、獄中自殺を図ったのである。

「辰巳さん、私は貴方を怨みます。私はあの方に全てを捧げるために両親を殺した。それだけ価値のある信念だと思ったから。――けれど、貴方はあの時自らその信念を曲げたのです。貴方はそんな、他の者を犠牲にする覚悟もなく、総長の……アキラの後継者だと名乗っていたのですか?」

 彼女はまるでその言葉しか口に出来ぬ人形にでもなったかのように「怨みます」と呪詛を繰り返していた。

 あの優しかった先輩のどこにこんな闇が潜んでいたのかと、病んだ彼女を拒絶するように、辰巳はひたすらその声を黙って聞き流していた。

 だが、アキラの死を知らされた直後、その呪いを唱える声はぱたりと止んだ。かわりにたった一言「いつまでも、お傍に……」と呟きを聞いたのを辰巳は覚えている。

 辰巳は自身の手錠から視線を、彼女の声がしていた方向へと移す。

 真梨奈の死は、自ら舌を噛み切ったための窒息死という壮絶なものであったらしく、それは発見した看守たちが騒いでいる会話から、すぐに隣の辰巳にも分かってしまった。

 昼夜も分からぬ環境であるから、定かではないにしろ、真梨奈の死から三日は経つ。しかし、辰巳はその間一睡も出来てはいない。

 一度横になれば、それすらも責めるようにあの呪詛が隣からまた聞えてくる気がした。

――いっそ、自分もせめてもの詫びに死んでしまおうか……。

 何度もそういった考えが浮かぶほど、辰巳は憔悴しきっていた。

 視線は虚ろに、薄暗い空を漂う。

――アキラ先輩、どうしたら良いんですか? 自分にはもう、何も出来やしない……。駄目な後輩で、申し訳ありません。この上は……。

 すでにろくな物も喉を通らない体は、舌を噛み切ることもままならない。

 ならばと、死人に招かれた先は、部屋に異様にぼんやりと浮かぶ便器のため水だ。

――ああ、軟弱で卑怯にもまだ生き残っている俺には相応しい、丁度いい無様な死に方じゃないか。

 ふらつく足を、一歩、また一歩と近づける。水の中から、白い手たちが早く来いと急かしている様子が窺える。

 ぬっと掴みかかるようにしてその手を首に回され、誘われるままに床に膝を付こうとした、その時だ。

「貴様何をしているっ!」

 一瞬、その声が死んだはずのアキラを連想させたが、当然振り返った先には中年の看守の顔があった。

「出ろ、貴様は大事な交渉材料だ。今死なれては困る」

 意味が分からず、未だに黄泉の世界と通じているような瞳を漂わす辰巳に、看守は溜息をつきつつ応援を呼ぶ。

「ったく、この餓鬼どもは自分の命すら相当軽いと見える。付き合わされた連中が哀れってもんだ。――ほらっ、とっとと歩け!」

 看守は応援に来た二名に辰巳を引きずるように無理やり立たせ歩かせると、後ろから背中を思い切り叩く。

 そのまま何も知らされない中、辰巳は外で待ち構えていた妙に立派な護送車に乗せられ、両隣には屈強なボディガードらしき黒服の男たちまで同行している。

 さすがにおかしいと感じた辰巳は、乾いた喉をどうにか抉じ開けるようにして声を出す。

「あの、どちらへ向かっているのですか?」

 すると、助手席に座っていたバトラー服の二十代後半くらいの男性が、ふわりとした優しい表情で丁寧に受け答えてくれる。

「お会いになればご理解いただけるはずです。もう少々、お待ちください」

――会う? 一体誰と……。

 辰巳の顔で分かったのだろう。バトラー服の男は楽しみは取っておけと言わんばかりに、含んだ笑顔を見せた。


「陛下、お連れ致しました」

 結局辰巳はまったく事情を把握しないうちに、見知らぬ立派な建物の中に通され、気づけば赤い絨毯の引かれた、金細工の扉の前に立たされていた。

「お待ちしておりました。どうぞ、お入りください」

 ドア越しにバトラー服の男に答える声は、凛とした威厳のある女性の声であった。

――陛下? まさか……パンデミック側の要人?

 国と言う概念がなくなった地球に、陛下などと呼ばれる役職の人間はいない。ともなれば、考えうる可能性としては、看守の言っていた通り交渉材料として、宇宙開拓同盟に何らかの形で身柄を渡されると言うことであろうか。

「さあ、陛下がお呼びです」

 尻込みする辰巳を、バトラー服の男が急かす。

 おずおずと両側から押し開かれる扉に合わせて、中へと歩を進める。

 そこには茶器を持った和装の少女と共に、上品で高級な生地で仕立てられたフォーマルスーツを見事に着こなした女性が、丸いテーブルの前に立って待っていた。

「……諏訪部」

 スーツの女性は笑顔であったが、ふと視線を辰巳の手錠に注ぐと、少しむっとした表情を作り、バトラーの男を呼びつける。

「外してあげなさい。彼はもう囚人ではないのです」

「これはっ! 陛下に早く会わせてさし上げたいと心が逸るあまり、とんだ失礼を……。申し訳ございません」

 諏訪部と呼ばれた男はさっと自身のズボンのポケットから、なにやら見慣れない小さな器具を取り出すと、一分も掛からず手錠を外してしまう。

「ありがとう諏訪部。秋月、貴女も彼と一旦部屋から出て行って頂戴。彼と二人きりで話がしたいので……」

 その言葉に、少女はにこりとしてお辞儀をする。

「はい、御意にございます、陛下。鉄心兄様、行きましょう」

 秋月と呼ばれたお茶汲みの少女は、諏訪部と呼ばれた男と共に部屋を後にした。

 そのため、まるで官邸のような豪奢な作りの部屋に、場違いにもぽつんと立たされた、薄汚れた軍服姿の辰巳は浮き足立つ。

 すると、女性はまた機嫌の良い顔になると、静かに辰巳の目の前へと寄る。

――これは……。

 辰巳は彼女からほのかに、なぜか懐かしいと感じてしまう白檀の香りを嗅ぎ取った。

「久しぶりね。と、言っても貴方は覚えていないでしょう……」

 彼女はそう言いながら、辰巳の乱れ、ぼろぼろに毛先の荒れた髪を撫で付ける。

「あの、失礼ですが、貴女は?」

 その質問に、女性は真っ直ぐに辰巳を見据え、きっちりと背筋を正すと、改まり自己紹介した。

「申し遅れました。私は三ヶ国新コロニー同盟の代表の一人として参りました。名は菊華宮紗綾子(きっかのみや さやこ)。三ヶ国とは新政府ゲルマニア共和国、トリニティキングダム、そして私が代表を務めます、アマツヒメラギノ国からなる同盟です。私は煌尊(ヒメラギノミコト)、所謂国家元首に相当する者で、その同盟の発案取締代表を務めております」

 一気にまったく知らぬ名前を次々に挙げられ、辰巳の疲れた頭は混乱してしまう。

「すみません……。よく分からないのですが、自分は交渉材料だと聞かされております。そこのところはその、どういったことなのでしょうか?」

 菊華宮紗綾子と名乗った女性は、彼の困惑顔は予想済みであったのか、特に不快な表情にはならず、一層優しげな笑顔で答えた。


「つまり、私は貴方の母であり、貴方を迎えに来たのですよ。――辰巳、よく無事でいてくれました」


 意思の強そうな瞳は、よくよく見れば弟のそれにもそっくりなのかもしれない。

 だが、あまりに唐突な真実を告げられ、辰巳はその場に硬直するしかなかった。




 竜也とフィッツ、それにセシルの三人は、揃って私服姿でとある病室を目指していた。

 竜也は表情を少し固くし、フィッツは涙腺が緩みそうになるのを堪え、セシルはそんな二人を安堵の表情で一歩引いて見ている。

「なあ、実はやっぱり……とかないよな?」

「あるわけないでしょ! サンドラ先輩から直接連絡もらったのは竜ちゃんなんだからしっかりしてよ!」

「ふふ、竜也さんがそう思うのも仕方ありませんよ。けど、扉の向こうを見てみればはっきりすることです」

 扉の前でこそこそと話し合ってると、先に中から扉が開けられてしまう。

「もう、お三方とも遅くてよ! 竜也様に置いて行かれた後、私とっても大変だったのですから……って、聞いてますのっ?」

 扉を開けてくれたサンドラの愚痴を他所に、二人はセシルに彼女を任せ、奥のベッドに横たわる人物の元へと駆け寄る。

「お父さん!」

「アルバートさんっ! ああ、本当だ、生きてる……」

「やあ、元気そうで何より」

 にこにこと平常時通りの笑顔を作り、アルバートは二人の息子を出迎えた。

 病院の個室に集まったのは彼らだけではない。

 すでにベッドの周りには、メルレインとライオネルの二人が、竜也たちの来るのを待っていたのだ。

「ダナン先輩がこっちの国立病院の方に転院するって聞いたから来たんだけど、まさか学長も同じとこに入院してるとは思わなかったですよ」

 苦笑いするメルレインの手には、大事そうにカメラが握られていた。

 それを見た竜也は嫌な予感を覚える。セシルはもはや瞬時に悟り、フィッツはどこかで分かりつつも確認せねばと思う。

「あの……まさか、リューベックは……?」

「ああ、俺らより先に逝っちまったよ……。仇はダナン先輩がしっかりとってくれたけどな」

 フィッツの質問に、メルレインは寂しそうな顔で答えた。

「このカメラは墓に入れる前に溜まったの現像してやろうと思ってさ。二人で寮に戻って見つけてきた」

 ライオネルの表情は些か青ざめていた。それを気遣ったアルバートは「君は一回帰ってお母さんの側に居てあげなさい」と声をかける。

 父の名はすでにニュースで犠牲者欄の中に含まれていたのを、ライオネルは確認済みだ。アルバートはそれを察し、彼を慮った。

 ライオネルはメルレインに視線を送ると「じゃあ、俺も途中まで一緒に行くよ」と言い、二人は頭を少しだけ下げながら、病室を去っていった。

 結局病室には竜也たち三人とサンドラが、アルバートを囲むようにして残る。

「……なんだか、たくさんの人たちを失ってしまいました」

 セシルがしみじみと呟くと、アルバートもそれに頷く。

「そうだね。私も潔く退場しようと思ったんだけれど、どうにもイザヤと龍一はあっちで結託したみたいでね。まだ来るなと追い返されてしまったよ」

 乾いた笑いを浮かべ、老眼鏡の奥の瞳は遠くを見ていた。

「俺らも生きててもらわないと困ります」

「そうだよお父さん。どうせまだまだ色んなこと知ってて隠してるんでしょ?」

「はは、すっかり信用がないなぁ……、参ったね」

 頭を掻くアルバートに「本当ですよ学長!」と、扉が開くと同時にオレンジと赤の頭がずいずいとベッドへと近づいてきた。

「宇宙で完全に置いてけぼり食らってましたよ! 旗艦が沈んだ時はもう駄目だってマジで思ったんっすから!」

「学長、すっかり騙された僕たちのグラスハートはブロークンです……」

 ヨハンとアスカの二人は温度差はあるものの、二人ともアルバートにはすっかり恨み節である。

「先輩たち、アルバート学長が無事なのは、サンドラ先輩のおかげっすよ」

 竜也の横槍に、フィッツもうんうんと頷く。

「先輩が学長を地下から学園の居住区まで避難させてくれたんですよね?」

「ええ、その、竜也様には待ってろと言われたのですけど……」

 サンドラはその時の状況を思い出し赤面しつつ、ルナがまた走って来て自分に学長の有事を伝えてくれたことを話した。

 両足を撃ち抜かれていた学長を運び出せたのは、まさしく彼女の火事場の底力であったに違いない。しかし、その際雷神の遺体までは運び出せなかったと、彼女は悔やみ顔だ。おそらく今頃はユグドラシルの地下施設と共に海へと沈んだことだろう。

 そんな彼女に竜也は「そうか、あいつは海に帰ったんだな」と、責めることもなく、ただ静かに受け止めるのみであった。

「キリル隊長も……亡くなったのは確かなのですが、雪で埋もれてしまって遺体まではまだ回収出来ていません」

 セシルが沈んだ表情でそう明かすので、周囲はこれまでに亡くなった者たちに思いを馳せ、しばし黙祷する。

「さ、しみったれた話はここまでにしようぜ。こっからはこれからの話しだ」

 ヨハンが松葉杖を抱え、丸い椅子に腰掛けると、アルバートが頷く。

「ああ、そうだね。そこで竜也、君に大事な話がある」

「俺に?」

 メシアの消失のことであるなら、自分よりむしろフィッツに問いが投げかけられるはずだと思っていた竜也は、意外そうな声を上げる。

「うん、実は私は昨日の午後緊急治療の麻酔から目覚めてね。で、そのタイミングに丁度来訪者があったんだけれども……。ふむ……」

 そこで学長は一旦話を区切って周囲に目を配る。

――まあ、どのみちこの子たちにはすぐに分かってしまうことだから、今更人払いしてまで竜也一人に話す必要もないか。

 それにつけくわえ、彼らがむやみやたらに他人に口外するような人間ではあるまいと踏んだアルバートは、来訪者の名を告げる。

「菊華宮紗綾子という宇宙開拓同盟中の一国の代表人物が、わざわざ私の居場所を調べて挨拶に来てね。彼女が今回中立の立場として、戦争の終結を呼びかけたんだけども、その彼女が実は、竜也、君の母親なのだよ」

 さして慌てた様子もなく淡々と語る学長に、一瞬ぽかんとした周囲は、病院の中だというのに思わず大声をあげそうになってしまう。

「は? いやいや、え? ってことは天野龍一提督って、敵国の偉い人と知り合う機会があったってこと? なんで?」

 アスカも次々と疑問符が浮かんでくるようで、黙ってはいられなかった。

「彼女は元々この地球の下調べに来た、所謂スパイのような活動が目的だったようなのだけれど、事故で乗っていたイブリーズが地球到達時に故障し、彼女自身も深手を負って立ち往生していたらしい。そこをたまたま龍一が発見し、手助けしたということみたいなんだ」

「つまり、竜ちゃんのお父さんは、相手の女の人が敵だと知りつつ助けたと……」

「そういうことだね。まあ、怪我して動けない人は敵味方関係なく接するのが龍一の美点であったのは確かなんだろうけども、さすがに一国のお姫様にあたる人でもあったし、あの当時そんなことが分かってしまったら偉い騒ぎだっただろうから、私にすらひた隠しにせざるを得なかったんだろうね」

 そんな女性に、よりによって手を出すとは何を考えているのやらと呆れつつも、竜也は話しの続きを求める。

「で、その人が俺に何か用があったんですか?」

「ああ、今回和平条約を結ぶ際、彼女の息子を地球文化交流大使と位置づけて、彼女の国、アマツヒメラギノ国へ招きたいという項目が盛り込まれていてね。どうやらそれによって、お互いの国の理解を深め合い、二度とこのような戦争が起こらないように取り計らってくれるらしい」

「ようは平和条約の目に見える象徴にしたいということですか……」

 セシルの解釈にアルバートは頷く。

「――で、だ。たぶんもう彼女は今頃辰巳の方には接触を図っているだろう。そこで竜也、君はどうする?」

「え……どうって?」

「辰巳はこちらの国にいれば、今やただの叛乱の首謀者として裁かれるのを待つだけだ。ここに彼の居場所は残念ながらない。正直、あちらで役立ててもらった方が彼の身の安全は保障される。しかも、彼を献上することにより、彼女たちの国はこちらの国の復興支援を約束するという。我が国もそれにより今回の叛乱の件は手打ちにしようという方針だ」

 つまり、辰巳本人には選択権はないということであったが、一方竜也はというと――

「俺はあちらへいくか、こちらに残るか……自分でどちらか選べってことですか?」

「そういうことになるね」

 竜也はしばらく腕組みをし、彼なりの考えを巡らせた後、割りと早めに口を開く。


「俺は……――」



 竜也が答えを出した頃、ダナンの病室には友人のディックと、無事に手術を乗り越えた貴翔が集まっていた。

 貴翔の捨て身の判断は無事に手術を成功させ、彼の兄、養の命を救った。そのため、養はまだ入院中の身ではあったが、ベッドの上で戦後処理の席を設けることが出来ている。恐らく今頃は体に鞭打ち生き残った政府高官として公式な和平条約樹立式の日程でも決めていることであろう。

 ダナンはそんな功績を立てた貴翔を労いつつ、ディックに尋ねた。

「すまないディック。俺が気を失ってからどうなったかを教えてくれないか?」

 ダナンは本来なら満身創痍で動けぬ体を無理に奮い立たせ、自ら兄をその手にかけた。

 それが家族が犯した過ちへの贖罪でもあり、戒めでもあると考えたからに他ならない。

 惜しくも後輩を一人失ったが、それがさらにダナンのけじめのつけ方に拍車をかけた。

 自分の目の前で仲間を殺され、兄へのほんの少し、まだ薄っすらと残っていた迷いの糸は、その瞬間ぷつりと音を立て、すっかり切れ果てたのだ。

 憤怒の塊と化したダナンの操るアズライールは天空を舞い、その最大出力をヒートシャムシールに注ぎ込み、それは差し詰め神の槍(グングニル)の如く、兄のイブリーズを脳天から突き刺し焼き払った。

 だが、さすがにダナンの記憶はそこで途切れてしまう。

 そもそも戦闘開始時から薬で体に無理をさせていたのだ。精神的な疲労をも蓄積していた体で、よくも成し遂げたものだとすら、今日集まった戦友たちは思う。

 しかし、だからこそディックはその後起きた事柄を彼に伝えることには言い淀んでいた。とても心身ともに傷ついた彼に、これ以上塩を塗りこむようなまねをするのは酷だと思ったからなのだが、事情を見舞いに来る前に彼から聞いていた貴翔は、いずれ知らねばならぬことだからと、損な役回りをディックから半ば無理やり横取った。

「ダナン、これから私が話すことは残念ながらすべて真実です。けれど、貴方は今後それを知らずに生きていくことは適わないでしょう。だから、覚悟をもって聞いて欲しいのですが……」

「わかった貴翔。誤魔化さず全て教えてくれ」

 残った片方の深海色の瞳で見つめられ、貴翔は自身を奮い立たせ事の顛末を語る。

 結論から言うと、ダナンの家系は断絶した。それも、家族はダナン以外全員死亡というものであった。

 その理由は以下のようなものである。

 まず、士官候補生たちは民間警察と共にアヴドゥル氏邸宅を取り囲み、捕縛の算段を取っていた。が、あまりにも邸宅内が静かなことを不審に思った彼らは、数人のグループを先行させ内部を調査させた。すると――

「アヴドゥル氏を始め、婦人たちは皆服毒自殺したあとでした。残りの貴方の兄たちも各々の手段ですでに事切れていたそうです」

 ダナンはベッドの上で無事な左手の拳を握り締めると、残る二人のことを当然気にする。

「言い辛いことばかり報告してもらって悪いな貴翔……。それで、ムスタファとラフィーカは?」

 やはり婦人たちと共に服毒してしまったのだろうか。この場でまさか生きているなどという希望は残されてはいない。ただ、ダナンは彼らの兄として、彼らの死を知っておかねばならない。そういった責任感でのみ出た言葉であった。

 貴翔はここに来て少し言い辛そうに視線を下げるが、ディックが報告を交代しようとする姿勢を制してまで続けてみせた。

「二人は……いえ、ムスタファは自身の体に爆弾を背負っていたそうです。彼はラフィーカと共に、士官候補生と民間警察官を数人巻き添えにして……」

 其処まで聞くと、理解したとばかりにダナンは貴翔の言葉を遮った。

「ありがとう貴翔、ディック。すまないが、しばらく一人にさせてくれないか」

「ダ、ダナン! あ、あのさ……っ」

「ディック……頼む。今日だけは……いや、一時間でもいい。貴翔と時間を潰してきてくれないか、悪いな……」

 ディックは何か言わねばともたもたしていたが、貴翔にそっと止められる。

「今の彼には時間が必要です。そっとしといて上げましょう」

 そう言うと、貴翔は「また明日来ます」と言い、病室の扉の前に立ち、そこで踵を返さぬまま一言零す。

「ダナン、私は貴方を信じていますから」

 貴翔は相手の返事を待たずに廊下へと出た。

「ね、ねぇ貴翔。彼を一人にして大丈夫かな? 彼までまさか……」

 ディックの心配事ももっともであったが、貴翔は肩を落としながら答える。

「ディック、いくら友人であっても、本人が気持ちの整理をしないかぎり乗り越えられないものが存在します。私たちが出来ることはただ、彼を信頼し、待っていてあげることだけです。それに、今彼に何かを伝えたところで、それを受け取れるだけの心の余裕などないでしょうからね……」

 そう言う貴翔もとても苦しげであった。ディックはダナンと貴翔が親友同士であることは理解していたし、自分なんかよりもずっと彼の方が今すぐダナンを慰め、一日でも早く立ち直って欲しいと願っているはずだ。

 けれども、あえて言葉の方法ではなく時間の方法を選んだところをみると、本来慰めねばならぬ側も相当参っていることが窺えた。

 廊下をとぼとぼと歩き始めると、後ろからもはやどうすることもできない気持ちを吐き出すような、悲痛な叫び声が響いてくる。

 それが誰の発した物か、二人には当然すぐに分かったが、彼らは振り返り戻りたくなる心を押さえ込み、その場を後に立ち去った。

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