第十章「伝説のその先へ」 (4)
Ⅳ
薄暗い空間に、煌々と光る画面は沈黙しつつも、まるでこの場の行く末を見守っているようであった。
振り上げた帯電式軍刀は火花をあげ、細首を締め上げる機械仕掛けの腕目掛けて弧を描く。
直接触れれば高電圧により、人工皮膚が融ける前に精密な電子機器の集合体である電脳がショートする。アルバートはその効果を狙ってこの武器を選び、予め所持して来た。
相手はアンジェクルス初号機と目されるアンドロイド。表面からの破壊よりも、内部からの破壊を、直接的な損傷よりも、少し触れた程度でも確実にダメージの残る攻撃法を考えた時、この武器が非常に有効だと考えたからだ。
しかし、それも当たらなければ意味がない。
非道なアンドロイドは後ろへと跳び退き様、手の内のフィッツをアルバートへと投げつける。
それは跳ぶというより、飛ぶと言った方が近いものであった。
「うっ、げほげほ……」
アルバートに受け止められはしたものの、首に指の跡が残るほど締め上げられていたため、急に取り込めた空気にむせる。
「フィッツ!」
「――っ!」
余裕のない父の声にフィッツは振り向く。アンドロイド、ツェザーリの腕は、縦に四分割になったかと思うと、そこから短機関銃の砲身が現れたのだ。
間髪入れずに連続発射される弾を避けるべく、アルバートはフィッツごとパソコンの置かれた机の裏へと隠れる。
其処らじゅうに画面の破片が飛散し、椅子はその威力に舞い上がり、机には無数の風穴が開き、そのうち数弾はフィッツを庇ったアルバートの肩や足を掠める。
「お父さん!」
このままでは自分より先に父が死んでしまう。そう思ったフィッツは、コアをやられない限り死なない自身の体でなら、帯電式軍刀でもって体当たりすれば、ひょっとしたら攻撃が通るかもしれないと考える。
思い切って父の握る武器の柄に手を掛けるが、まるでそれを見越していたように、アルバートは手に一層力を込め、首を横に振った。
「フィッツ、こればかりは譲れないよ」
「でも!」
「それより、お前に選択肢を用意してある。二択だ、よく聞きなさい」
かつんかつんと靴の音を鳴らしながら、ゆっくりとこちらへツェザーリが含み笑みを湛えながら近づいてくるのが分かる中、アルバートは至って穏やかな表情で伝える。
「フィッツ、目の前の巨体、あれこそが噂の最上級アンジェクルス、メシアとする仮説が正しければ、お前なら必ず乗りこなせるはずだ。なにしろ、お前はあの中から生まれ、つい先ほど“おかえり”と歓迎された。けれども、最悪人間に愛想を尽かしていたなら、ひょっとしたらお前はあれの一部として吸収し取り込まれてしまうかもしれない、それでも……」
「――楽しく親子の会話ですか? 随分と余裕ですね、学長閣下?」
急にすっと足音を消し、机の裏へと回り込んで来たツェザーリに、アルバートはタイミングを見計らったように落ちていたパソコンの画面を蹴飛ばす。
続く凄まじい銃弾の嵐を避けながら、フィッツを背中に庇いつつ、アルバートはツェザーリの体内でリロードされるほんの少しの隙を付き、砲身を帯電式軍刀で押し上げる事に成功する。
しかし、どうにも武器と体を繋ぐ部品には電気を通さないものが使われているらしく、相手をショートさせることは叶わなかった。
二人は鍔迫り合いのように、一歩もお互い引けない状態となる。
「選びなさい! 可能性に賭けあれに乗り、地球の危機を救うか。それとも、ここから離脱し、違う人生を歩むか!」
そんな選択はフィッツにとって愚問であり、ほぼ一択といってもいい。
けれども、どちらの選択肢においても、今この場の父を救う内容は含まれていないことが気がかりだ。
「フィッツ、この宿敵と直接対決することが、長年の私の夢だった。ようやくそれが叶ったんだ。こちらのつまらない道楽につきあう必要は無い。……さあ!」
アルバートに急かされ、フィッツはおずおずとメシアのコアへと歩みよる。
「なりませんっ! そんなことは許さない! ご神体を表に出す事など、あってはならない!」
焦るツェザーリに、アルバートはいい気味だとばかりに口角を上げる。
「君の仕事は今日で店仕舞いだよ。大人しくその首を私に切られたまえっ!」
「ふざけるなぁあああああっ!」
フィッツは意を決し、目を細め、コアに手を翳す。
すると、液体が飛び跳ねるように、半透明の糸が球体から伸び、フィッツの手を絡め取る。同時に、フィッツの脳にまたあの声が、直接語りかけてくる。
『オ帰リナサイ、イザヤノ子。ワタシノ分身。マタ悠久ノ時ヲ、共ニ……』
その声にフィッツははっとし一歩下がる。
「待って! 僕自身はどうなってもいい! でも、その前にどうか、今一度この星を救って欲しい! それを約束してくれなきゃ、僕は戻れない!」
必死の懇願に、アルバートと一進一退の攻防を繰り広げていたツェザーリが狂ったように笑う。
「あははははっ! 馬鹿めっ! 神が人の都合など考えるものか! そのままお前は無に戻るが良い!」
刹那、一陣の風が争う二人を尻目に走って行く。それは今にもメシアに取りこまれそうなフィッツの腕をがっしりと力強く掴んだ。
「――っ! りゅ、竜ちゃんっ?」
「お前って奴はっ! いっつも勝手に決めて、勝手にいなくなるなっ! ――おいっ、神様だか何だか知らないが、こいつを連れてくなら俺も連れて行けっ!」
突然現れ、無茶苦茶な事をいう親友に、フィッツは慌てて怒鳴る。
「ダメだよっ! どうしてそうなるの!」
「ああっ? 関係ないとでも言いたげだな? けどな、アンジェクルスは誓鈴がいないと意味がないだろ。ってわけだ、分かったなら俺も使え!」
「全然意味が分かんないよ!」
そうこう言い合っている内に、承知したとばかりに糸は水のように光り輝きながら、二人をまとめて包み込もうとしていた。
「……そうか、誓鈴の本来の意味合いは神への贖罪の意。戦禮者の負担を肩代わりする、いわば“神の子羊”だから竜也まで認めたというのか!」
唯一予想外の出来事に、アルバートは困惑していたが、もはやこうなっては彼らの命運は文字通り神へと委ねる他ない。
「くそっ! くそぉおおおおおっ! 英雄よ! そんな餓鬼どもの都合など捨て置くのだ! ここから出てはいけない! ――いくなぁああああっ!」
取り乱すツェザーリを無視するように、とうとう二人を体内に取り込んだかつての伝説は、その巨大な体をゆっくりと動かし始める。
無機質な物質で出来ているはずなのに、妙に生々しく恐ろしい口を開き、形容しがたい雄叫びを上げながら、あちこちに繋がっているコードを引きちぎりつつ一歩を踏み出した。
周囲は激しく揺れ、アルバート達のいる床は当然大きくぐらつきひびが入り始める。
「くっ、こうなれば、せめて貴様だけでも始末してやる!」
不安定な足場でも跳躍力の高いアンドロイドの動きは的確にアルバートに狙いを定める事が出来た。
「――ぐっ!」
一気に額に脂汗が噴き出る。咄嗟の回避で急所は免れたものの、アルバートの両足には弾が複数命中し、膝から下はもはや使い物にならない。
同時に、ツェザーリの残存していた弾もなくなっていた。
仕方なく、彼はもう片方の腕を外し、中から現れた鋭利で細長い突起を、相手に見せつけるようにちらつかせる。
「さあ、学長……もう後がありませんね。さようならです」
勝利を確信した顔で、ツェザーリはアルバートの心臓目掛けて、武器を振り下ろした。
だが、少し狙いからは左へと逸れ、突起は相手の肩を深々と抉る。アルバートはそれをすかさず動く右手で、さらに自分の体の方へと押し込むと、その先端は後ろの壁にまでめり込む。
「なっ?」
「惜しかった……ね」
アルバートは最大放電率に設定しておいた帯電式軍刀を素早く握り直すと、もはやあのクレールスだったことなど、影も形も残らないほどに表情が崩れた相手の顔の、思い切り真中へと突き刺した。
「――ガガッ!」
いかにも機械的な音が鳴った後、相手の後頭部からは破裂音が響き、煙を上げ仰け反る様にして後ろへと倒れていった。
アルバートは全身の力が抜けたように、だらりと腕を床へと垂らすと、不敵に口の端をにやりと吊り上げる。
「ふふっ、まったく年甲斐のないことをしているね、私は……。仇討ちだなんて、龍一が一番嫌っていた事なのに……。でもまあ、後の禍根を始末したんだ。君だって許してくれるだろう?」
その口調は、死した友に語りかけるものであった。
「イザヤ……そっちじゃさぞかしそいつが絡んできてうるさいだろう? 良い奴なんだが、そう言ったところが玉に瑕なんだ。――ああ、正直そちらが羨ましいよ……。私もそろそろ混ぜてくれないか? もう……さすがに疲れた」
ガラガラと音を立て、メシアの復活に伴い壁と床が崩れて行く。
「……頼むよ二人とも。どうか、あの子たちを、守って……く…………」
崩壊する音に、アルバートの声は吸い込まれるようにして掻き消されていった。
その頃とほぼ時を同じくして、三つ巴の戦いにも終止符が打たれようとしていた。
「アキラぁ……、殺す、絶対に……。死、うっ……」
ピーターは疲労の限界に達していた。
そもそも彼は先のキリル戦で、思わぬ接戦を強いられたため、そこで大分弾薬も精神力も使ってしまっていたのだ。
「くそっ、……ぐぅ……っ」
髪に隠れた右側の顔面が酷く疼く。それどころか、彼の張りぼての様な体は、肉体的に疲れを覚えると、縫い合わせた境目がじくじくと痛み出すのだ。
「痛いっ! 痛い……っ! 全部、全部お前がいるせいだ!」
どういう理屈なのかは分からないが、ピーターは一方的な敵意でアキラに攻撃し続ける。
「はぁ……はぁ……」
三つ巴とはいえ、そのアキラはというと、脳波で制御している量産機でセシルを相手どり、本体でピーターと対峙している状況だ。
精神力を使えば使うほど、体内に巣食うナノマシンが活性化し、どんどん体を蝕んでいく。
どろりと口の端から血を流しながら、アキラはそれでも低く落ち着いた声音でピーターに尋ねる。
「貴様のその痛みは……やはり右目が原因か?」
「ああ、ああ……っ! そうだとも! やはりお前が悪いんだな? お前の波長を感じると、こちらの目が僕を苦しめる! お前さえいなければ!」
「その痛み、止めるためにはもっと簡単な方法があるぞ」
「――っ、なにっ?」
セシルはその瞬間びりびりと痺れるほどの不穏な印象を受けた。
彼の相手をしていた量産機は、もうほとんどを撃ち落としており、残るは二機のみである。
その二機が、突如自分を無視してピーターのマガツヒに向って飛んで行く。
「貴方は一体何を?」
セシルは懸命にアキラの考えを読み取ろうとしたが、彼の念は非常に頑なに介入を拒んでいた。
それは一般人にはなかなか真似出来ぬ集中力と、ナノマシンがあるからこそ出来る技である。
『そこで黙って見ているが良い。これは私とこの者の因縁だ』
ただそれだけの返答を受け、セシルは絶句した。
動きが随分と鈍っていたマガツヒに、イザナギは突撃を掛ける。
当然ピーターも只ならぬ雰囲気に恐怖心を覚え、残る弾薬をすべて使い切る勢いでアキラへと撃ち込む。
それでも機体の背を丸めるようにコックピットを腕でガードし、イザナギはついにマガツヒと衝突する。
「がはっ!」
あまりの衝撃にピーターは軽い脳震盪を起こす。その隙に二機の量産機が、マガツヒを磔刑にかけるが如く、両腕をしっかりと掴み、動きを封じてしまう。
「な……、なにをする気だっ!」
焦りどもるピーターをよそに、イザナギは彼のコックピットのハッチを無遠慮に引き剥がす。
「うわっ!」
突然吹き込む外気の潮風に目を庇う。そして、彼が再び目の前を見た時には、イザナギのハッチも開かれ、アキラがこちらを睨みつけていた。
どう見ても、彼はこちらに直接向ってくる気だ。
「く、来るな! 僕に近づくな!」
ピーターはこちらに飛び移らんとするアキラに拳銃を連射するが、そのことなど把握していたとばかりに、ヤツフサがアキラの盾と成る。
白きライカンスロープの体からは、点々と朱色が弾け飛ぶ。それでも、捨て身の誓鈴は最後の奉公とばかりに、どっと体をピーターへとぶつけ、完全に視界を遮った。
「――ひっ?」
ピーターは一瞬息を飲む声を上げたきり、それ以上言葉を発することは無い。
何故ならば、アキラの握った軍刀が、真一文字に彼の首を捉えたからだ。
ついでに切り裂かれたピーターの誓鈴、ヌエの黒い羽根が舞い散る。驚いた顔のまま硬直したピーターの顔は、一拍の間を置いた後、大量の血飛沫を上げずるりと胴体から分離した。
彼の赤々とした鮮血を浴びながら、アキラはゆっくりと討ち取った首を、その右だけ長い前髪を引っ掴んで持ち上げる。
セシルはそのあまりに衝撃的な光景に、本当に黙って見守っているしか方法のない凄味に戦慄を覚える。
アキラはどこか恍惚とした表情でピーターの右目のみを見つめ、あろうことか、それをなんの躊躇いもなく直接手で抉り出す。
あまりにも猟奇的な行動であったが、アキラは残った頭部を下の海へと落とすと、それはそれは大事そうに、手の内の眼球を胸に抱きしめる。
「ここにずっと閉じ込められて居たのですね……、姉上。これでやっと、貴女の魂を解放できる」
まるで迎えを待っていたように、彼と同じ葡萄酒色の瞳は煌めく。
「アキラ・フォン・ベルクシュタイン手を上げて投降してください」
セシルは全てを見守った上で、自らもコックピットのハッチを開け、アキラに銃口を向けた。
イザナギは事切れたように海へと落ち、ヤツフサはすでに満足げに絶命している。当然量産機二機は操縦桿を失ったと同様に、そのまま木偶の坊のようにマガツヒを掴み浮かんだまま固まっていた。もはや彼に武器は残されていない。
しかし、アキラは一切こちらを向くことなく、どこか遠くを見つめていた。
アキラの目には、美しく早桜の散る様子が映る。
「ああ、ヤツフサ……。姉上たちが迎えに来た……」
彼には在りし日のまま姿を止めた、姉と母親が見えていた。
セシルにも、その様子が薄らと確認出来る。彼女たちは優しい表情でアキラに手を伸ばしていた。
だが、セシルにその光景は非常に耐えがたいものがある。
自分の復讐心を満たすために、この男は一体何人を犠牲にし、我の欲求を叶えたと言うのか。それはあまりに身勝手で、許しがたいことではないのか。何よりも、この人物は、ヴァレンチナだけでは飽き足らず、ムラマツや他の研究者たちにも直接手を掛けた張本人である。竜也たちなどは特に無関係だったはずだ。それなのに、先ほど雷神の気配が、蝋燭の炎を吹き消したように無くなった。
様々な思いが、少年の心にどす黒い感情を芽生えさせる。
「そうやって、自己満足のために……っ! 貴方はっ!」
セシルの指はトリガーに力を込めようとする。だが、その時――
『やめておけ、セシル。それはお前がする事じゃない』
ふっと銃口の先に置かれた手の先を追うように少し上を向くと、そこには嗜めるような表情で、キリルが立っていた。
「あ……あ……」
セシルは口を開いたまま、言葉にならない声を微かに洩らしながら、がくりと膝を折る。
――僕は……今、何をしようとしたんだ……。
ここで恨みや憎しみのまま引金を引いてしまったら、自分はアキラとなんら変わらないことをしてしまっていたことになる。そうなれば、きっと自分は一生後悔していただろう。
過ちに気づかせてくれたキリルをもう一度見上げると、彼は穏やかな笑顔を浮かべ、それでいいのだと語りかけるように、すっと消えて行った。
気づけば量産機はエネルギーが底を付き、ついに空中でぐらつくと、そのまま自由落下していく。
セシルはアンジェクルスたちと海へ落ちて行くアキラを目で追うと、彼はいつのまにかヤツフサを抱え、眠っているように目を閉じたまま深い海へと沈んでいった。
「……リリス、僕は……とても虚しいよ……」
へたれこんだまま水面を見つめるセシルに、リリスはただ黙って寄り添った。
一度の静寂が流れたと思われた時は、しかしほんの数分の事であった。
ユグドラシルの大山を逆さにしたような底の方から、岩がぼろぼろと崩れ出し、翼が取り巻いているような、純白の両脚からゆっくりと姿を現す。
「あ、あれは……」
あまりの大きさと荘厳さに、セシルでさえつい神の存在を信じたくなる全身像であった。
巨大な白波を立てつつ海へと降り立った風貌は、まさしく天より使えし者を彷彿させる。
真っ白な両の手を広げた巨人は、何かを呼ぶように、ぞくりとする音階のような響きを口から発した。すると――
「見て、セシル! 何かこちらへ飛んでくる!」
リリスは興奮した口調で、水平線を目線で指し示す。そこには二つ、同じように光り輝く点が見て取れた。




