第十章「伝説のその先へ」 (3)
Ⅲ
ユグドラシルの外ではナノマシン保有者同士の三つ巴の戦いが続いていた。
そこから離脱し、洞穴のような空間に強引に辿り着いた竜也とサンドラの機体は損傷が激しい。二人は半ば這いずる様にコックピットから出てくると、その場にがくりと膝をついた。
本来ならば動力部に漏電が生じ、引火しないとも限らない状況下に止まるのは賢明とは言い難い。しかし――
「雷神っ! おい、しっかりしろ!」
竜也の額からもけして少なくはない血が流れている。だが、そんなことには気づかぬほど、目の前の状況に彼は珍しく動揺し、狼狽えていた。
「そんな……」
サンドラとトゥオネラも、その光景に息を飲む。
ライカンスロープの本来屈強であるはずの体には、損傷し鋭利な凶器と化した部品が、深々と刺し貫いていたのだ。
竜也の度重なる呼びかけにも、まったく反応がない。それは、ほぼ即死だということを暗示していた。
「なあ、頼む……、何か言ってくれ……。こんなところで、くたばる奴があるかよ」
ぐっと唇を噛みしめ、もう二度と動かなくなってしまった戦友を抱きしめる。
これまで一度も人に弱さを見せてこなかった彼の背が、非常に小さく幼いものにサンドラには映った。
「竜也様……」
どう声を掛けていいのか彼女には分からない。そのため、一度は差し出した腕はそっと下ろされる。竜也のように厳しく諭すような場面でも、ましてやまだ自分たちがいるのだからと、慰めるのも違う気がしたのだ。
彼らの絆は単なる友情よりも深いものであったのは、誰が見ても明らかである。彼が今まで強がり、我を通し続けられたのは、雷神が居たからこそではなかったか。
生まれてから今まで、ずっと何をするにも一緒に過ごして来たのだ。竜也にとって雷神を失うということは、いわば半身を捥がれたも同然である。
だから、その関係に土足で踏み込むようなことはしたくないと、彼女が考えるのはごく自然な事だろう。けれども、血まみれの毛並みに落ちた一筋の滴を初めて見た彼女は、とうとう何もせずにはいられなかった。
サンドラはただ黙って彼を抱きしめ、その黒髪をそっと撫でる。
言葉など、今は無い方が良い。このまま彼が落ち着くまで見守ろう、きっと彼なら再び立ち上がれる。何よりも、まだやらねばならぬ事があるではないか。
彼女のその気持ちが伝わったのか、しばらくの沈黙を経て、竜也はゆっくりと彼女の腕に手を置いた。
「……悪い、情けないとこ見せたな。もう、大丈夫だ」
竜也はサンドラの腕から抜け出すと、雷神の亡骸を抱えてゆらりと立ち上がった。とても大丈夫だとは思えなかったが、とにかくサンドラも彼の後に続くように、ユグドラシルの最深部へと歩み始めた。
すると、薄暗い向こう側から、何やら白い陰が走り寄って来る。
「あ、あんたたち――っ?」
それは紛れもなく、フィッツの誓鈴、ルナであった。
「あんな小動物を逃がしてどうする気です?」
クレールスの皮を脱ぎ棄てたユリウスは、逃げるルナを撃ち損ねた銃を、再びフィッツに構え直しながら言い放つ。
「貴方と一対一で話したかったんですよ。僕を殺す前に、少しくらい真相を教えてくれたっていいでしょう?」
フィッツは不動の様相で相手と対峙する。
「いまさら何を知りたいのですか? この様子を見れば、大体の事は把握できたでしょうに」
「いいえ、分からない事がある限り、このままでは死んでも死にきれません。――僕に、最後の授業をしてくださいませんか?」
その言葉を聞いた瞬間、ユリウスは笑い声を上げた。
「呆れた探求心ですね。いいでしょう、何が知りたいのです?」
銃を下ろさぬまま、ユリウスの顔には笑みが張り付いたままだ。それは口の形状がそう見えているだけで、けして目は伴ってはいない。
「そうですね、まずは貴方がなぜ僕に銃を向けねばならないのでしょう? 僕が英雄の創造物であると、貴方になんの不利益が?」
「神格とは結局のところ偶像崇拝であるが故に荘厳さというものが生まれるのであって、本来の姿形はけして見せてはならないのです。それが、あろうことか英雄そのものが世に下ろした“生き神”などというものは、あってはならない。そうは思いませんか?」
その言い分は彼の美学的な要素が多分に含まれているものの、人が神に対する心理でもあるように思える。
いくらフィッツにその気がなかったとしても、この事実が世間に知れ渡れば、ユリウスの危惧している“生き神”信仰と成りうる現実を孕んでいた。
「なるほど、一理あります。ところで、僕はどうも母のコピーであるような部分がたくさんあります。けれど、どうして性別は違うのだと思いますか?」
この質問にユリウスは少し考えたように見受けられた。
「……貴方がもし人間という生き物に興味を持ち、それらと“深い仲”になりたいと思う時、どういった行動にでますか?」
それはつまり、自分が目の前の英雄そのものの立場であった時にどうするかという質問である。
「まずは言語を覚えると思います」
「そうです。だから貴方がここに来た瞬間、英雄は人の言語で貴方を出迎えたのです」
「しかし、それがどうして僕の性別に関わるんです?」
「フィッツさん、私を失望させるならお遊びにもなりませんよ?」
ユリウスは撃鉄をゆっくりと下ろす。どうやら少しでも考えず発言し、彼の機嫌を損ねれば、この授業は強制的に終了となるらしい。
「すみませんでした。少し待って下さい」
「では三十秒さしあげましょう」
そう言うと、彼は秒数を数え始める。
彼の満足する答案を返さねば、真実を知らぬまま屠られてしまう。それだけは、何としてでも避けなくてはならない。
――“深い仲”……親密ということか。家族、恋人……とか? まさか、英雄はお母さんそのものに興味を持っていた?
「残り、二十秒です」
ユリウスの声が耳障りだ。
――そうだ、夢の中でお母さんは英雄に語りかけているような場面もあった。きっとお母さんも英雄の言語を解読していた。そうやってお互いに理解を深めて行った……。
「残り、十秒です。そろそろ答えは出ましたか?」
くすくすと笑うユリウスに、フィッツは辿り着いた一つの可能性に賭けてみる事にした。
「はい。僕がもし、人間という生命体を知らない存在だとするならば、自分のことに興味関心を抱き、不慣れでも語りかけてくれる者に親愛の念を抱くと思います」
「ほう、それで?」
ユリウスは数えるのをやめる。
「家族とか、恋人とか、そういった概念が仮定上の僕に存在するかは分かりませんが、いえ、もし人がそういったものの存在する種族なのだと学んだ時、それになってみたいと考えても不思議ではありません。つまり、英雄はなるべく彼女の種族に近い存在になり、交わりたいと思った。僕はそのために生み出された……。そう言うことでしょうか?」
少々の間を置いて、ユリウスは気の無い拍手を彼に送る。
「良い答えですね。さらに付け加えるとするならば、英雄は自分の分身と人の間に子を作ってみたかった。そうやって人間の世界に自分たちの新たな因子を残せるのではないかと考えたと、私個人はそう分析しています。そう考えた方が、単純なコピーではなく、男性に変換した理由として説得力があるでしょう?」
確かに充分ありえることだと、フィッツにも理解は出来た。が、あまりにも奇っ怪な事実にめまいすら覚える。
母のコピーであったのは、単純に一番手短にいた人間を英雄が何らかのかたちでスキャンし、素体としたからであろうが、その得体の知れない生命体と、母だと信じていた人との異種交配のために自分が存在し得たなど、人間の理屈が通じない相手の考えと言えど、あまりにグロテスクな内容ではないか。
「結局、この英雄とは一体なんなのですか? 見たところ、生物的でもあり、機械的でもある。これは人工物なのですか?」
ユリウスはまたつまらなそうな顔を作ったが、今回は答えてやる気になったらしく、脅しもせずに口を開く。
「それに関しては正直研究中でした。永遠のテーマだったといっても過言ではありません。構成している物質は限りなく無機物に近い。けれども自我もあり、先程の話のように自ら行動をおこしたりもする。だから試しにそれに流れる血液のようなものも多量に採取したりもしたんですよ? そう、それを人間に移植しようと研究していた人もいましたっけね……」
「まさか、それって……っ!」
「ええ、貴方がたがナノマシンと呼んでいる物質です」
またも衝撃の事実に言葉を失う。
とった方法は違えど、人間側も物理的にこの謎の生命体に近づこうとしていたのだ。
「さあ、もう大分すっきりしたのでは? さすがに私もそろそろ疲れました」
「待ってください、最後にもうひとつだけ!」
なおも食い下がるフィッツに、いよいよユリウスは無感情になる。
「“そんな事実を知る私は一体何者か”と言うのでしょう? 知れたことを、わざわざ時間を割いてまで教える必要はありません」
ユリウスは彼の絶対にして唯一の急所と思われる腹のコアを狙って引き金の指に力を込める。
フィッツが思わず目を閉じた、その時――
パァンと銃声が響くが、それはユリウスの銃ではなく、彼の得物を持つ手自体が撃ち抜かれた音であった。
「――っ! な、に……? お前は……、まさか……っ!」
ぱっと撃たれた手を庇いながら、ユリウスは弾道の先を睨み付ける。
そこには、フィッツですら予想だにしなかった人物が、ユリウスに煙の上がった銃口を向け立っているではないか。
「そう急がず、もう少し私ともお話をしようじゃありませんか? クレールス……、いや、SW社元研究員、ツェザーリ・チャイルズ・ドルーリー」
そう口に出すは紛れもなく、アルバート・オブ・キャテリー・グローリアスその人であった。
「馬鹿なっ! お前はつい先程敵の砲撃にやられたはず! どうしてここにいる!」
ユリウス……基、ツェザーリは声を荒げる。
「簡単な話だ、初めから私は旗艦ガブリエルに搭乗なんてしていなかった。誓鈴アルテミスに私のホログラムと単純な指示音声を託したんだよ。まあ、いってしまうと責任放棄だね。職業軍人失格もいいところだ」
全て容認して出兵し、自分の身代りに盾と成り散ったアルテミスに敬意と謝辞の念を送りつつ、アルバートは自嘲した。
「ふふっ……そうですか、それはそれは……」
ツェザーリは一度崩れた体裁を整えながら、無事な方の手で髪を掻きあげた。
「しかし本当に驚きましたね。この場所に辿り着いたことと良い、私の過去の名までご存じとはさすがです。恐れ入りました」
「そうだね……覚えているかな? 私は少し君に鎌を掛けてみたんだよ」
それは何気ない日常の中での会話だった。
『そう言えば、君は十五年ほど前にここの代表クレールスになったそうだけど、こんな噂知っているかい?』
士官候補生たちが夏休みを明日に控える頃だったろうか、アルバートは何食わぬ顔でそうきりだした。
『いやね、出るんだそうだよ? 地下の方からこう、呻くような声っていうか、響いてくる物音が……』
終始悪戯のような声音で、着実に詰め寄る。
『なんでもその声は、学園建設時から宿りし英雄様のお声じゃないかっていう噂なんだ。どうだい? この学園らしい噂だろ?』
そして、クレールスに扮するツェザーリは、まんまとその話に答えてしまったのだ。
『御忙しいのに良くそう言った“学生”の噂をお聞きになれましたね?』
「ツェザーリ、私は一言も学生から噂を聞いたなんて話しはしていないんだよ。君が勝手にそう予測した。ということは、この瞬間、君は自分で噂が学生から上がっていてもおかしくないと認めたことになる。となれば、私が君の過去を洗い出そうと思うのも不思議ではないはずだ」
「なるほど……さすが知将と名高いだけはありますね。けど、どうして私をまず疑ったのですか?」
「逆説的に考えたのさ。私がもしこの学園に隠れる何かを隠したいと思っているならば、どのポジションの人間になっていた方が便利かってね」
フィッツは父の話しに耳を傾けながら、彼の並々ならぬ執念が見て取れた。
こんなに責任をも傾倒するほど謎解きに身を投じるには、それ相当の理由づけがあるはずだ。フィッツは黙って二人の会話を見守る。
「さて、話を君の研究員時代へ移そうか? 君と研究に没頭していた博士号を持った女性……それが私の妻、イザヤだった。イザヤはここで英雄と対話するある日気づいただろう、自分をお手本としたもう一つの生命体が、この場所で誕生していることに。それに気づいたのは、実のところその時点で彼女だけだった。……そうじゃなかったかい、ツェザーリ?」
「だったらどうというのです?」
ここに来てまだとぼけるつもりのツェザーリに、アルバートは一歩近づき、彼の足に一発弾を撃ち込む。
「――っ!」
「すまないね。これでも軍人なもので、苛つくとせっかちにもなるのだよ」
まったくいつもとは違うアルバートの鬼気迫る様子に、ツェザーリも黙り込む。
「で、だ。君は言わば彼女と英雄との間に出来た新たな生命体を、彼女に持ち去られてからその存在にようやく気づいたんだ。そんな君は、どういう行動に出たのか覚えているかい?」
分かっているであろうことを逐一尋問のような形式にしているところに、彼の怒りの感情が尋常ならざる物であることが窺い知れる。
「イザヤを……彼女を撃ち殺したのは君だね?」
言いながらもう一発、今度は腕に撃ち込む。
「く、くくくっ、これは復讐のための拷問ですか? 存外貴方も俗人だ」
フィッツはそこではっとする。
撃ち抜かれた箇所を庇うように膝をついてはいるが、先ほどからツェザーリの体からは一滴も血が流れていないのだ。
アルバートがそれに気づいていないとは考えにくい。それでも、彼の尋問はまだ続いた。
「これで終わりではないのだよ、ツェザーリ。君はもう一つ私の逆鱗に触れている。それは、君の存在は知らずとも、英雄の存在を疑り始めた人物がいることを察知した上で取った君の行動だ。その人物は、私の無二の親友であり戦友だ。彼は私のことを慮って、妻の死の真相を密かに探っていた。それが君には面白くなかったのだろう?」
フィッツはここで、龍一の遺言書の存在を思い出す。彼は確かに、この件に関して深く関わりすぎた文章を書いていたではないか、と。
「君はどうにか彼を始末しようとした。もちろん、自分自身の存在がばれぬよう、間接的な方法でだ。そこで君が取った行動は、彼の兄、隆徳に誓鈴用の強化アンプルという名のナノマシンを、NSW社の社員を偽って渡した。――さあ、どうだい? 私の答案はあっているだろうか?」
アルバートはここへ至るまで、すべてのピースをはめ終えていた。もはやツェザーリも、誤魔化す気になれぬほどの完璧さである。
「フィッツ」
そんな中、不意に名前を呼ばれ、少年は父の顔を不安げに見つめ返す。
「すまないね、ずっと黙っていて……。けれどイザヤはお前を実験体として扱いたくなかったんだ。普通の子として育てたくて、私にも黙っていたのだろう。――私たちの間には子供がいなかった。だからこそ、余計に愛しいと感じていた」
「お父さん……」
なればこそ、今のこの状況はすべて自分のために起こってしまった悲劇ではないのか。
フィッツは自分自身、存在することへの業の深さに、体が震えそうになる。
「さあ、ツェザーリ。ここまで話したんだ、いい加減正体を現したらどうかな? こんな銃など、君には蚊に刺された程度も効いていないのだろう?」
言うなりアルバートはツェザーリに銃弾を連続で浴びせる。あまりにも凄まじい猛攻であったがため、フィッツは思わず耳を塞ぎ目を細めた。
もはやツェザーリの体は蜂の巣だと思われた。だが、次の瞬間、ぼろぼろの衣服を剥ぎ取り、中から出てきた肉体は、明らかに人間のものではない。
「くくくっ、あは、あははははははっ!」
ツェザーリは立ち上がり、仰け反らんばかりに大笑いする。特殊樹脂と金属などが複雑に絡み合った光沢を放つ体は、大昔に製造されていたと聞く、アンドロイドのそれであった。
「ええ、ええ……可愛げのないほど見事な答案用紙です。花丸をさし上げなくてはなりませんね」
言いながら先ほど撃たれたにも関わらず、少量の焦げ痕しか残していない手で拍手する。
「お察しの通り、私は五百年前に製造された人工物です。SW社に作られた、最初のアンジェクルスの試作品といってもいいでしょう。何せ機械なもので、古くなったパーツは一々交換しながら生活するのは骨が折れましたよ」
ツェザーリは急に饒舌になった。その余裕さに、アルバートはより一層厳しい目つきとなる。
「ここは言わば私にとっての古巣です。作られてからこの方、ずっとここで研究員としての仕事をしていました。それもこれも、私にプログラミングされていることを忠実に従ってきたまでのこと。――つまり、ここのことを外に漏らさず、英雄の神格を守り続けよ。……というものです」
「だから、その神格化の妨げとなるイザヤや龍一を、始末したということか」
「はい。今までもここから秘密を持ち去ろうとしたものは、尽く排除してまいりました。それが私の存在する意義ですから」
いかにもプログラミングされた通りの回答に、アルバートは溜息をつく。
「そうだろうとも、そして君の存在は人間たちの尊大なエゴによって生み出されたものだ。だからこそ、私がここで、その連鎖を終らせなくてはならない」
「私を壊そうというのですね。ふふふ、笑止千万とはこういうことを言うのでしょうか? 貴方一人でどうしようというのです?」
すると、ツェザーリはありえないスピードでフィッツの首を捕らえると、頑丈な機械の手でギリギリと締め上げる。
「どうでしょう? こうして貴方の目の前で彼の体をバラバラにしてみるというのも一興かと思ったのですが」
アンドロイドは、そのプログラミングされた命令に忠実が故に、数々の人間をその手に掻け、殺人というものを学習していった。
そして皮肉なことに、人間らしく装うための感情というシステムが、いつの間にか人を殺すことの快感や楽しみにすらさせていたのだ。
「ぐっ、う……っ!」
フィッツは必死に踠いた。いくらコアを壊されなければ死なない体だとはいえ、息苦しさも痛みも、人とはなんらかわらない。
「フィッツ!」
アルバートは咄嗟に腰に帯刀していた帯電式軍刀を鞘から抜き放ち、殺人狂と化したアンドロイドに立ち向かった。
「ちょっと……なによそれ、嘘でしょ?」
アルバートが怒涛の尋問を繰り広げていた頃、淡い光しか届かぬ岩肌の中で、ルナは目の前に横たわる仲間の姿に硬直していた。
本来ならすぐにでも竜也たちにフィッツを助けてもらいたいと懇願するところであるはずなのに、もはや二度と目を開けはしない雷神の姿に、言わなくてはいけない科白を落としてしまったようだ。
「誰よ……私のSPになってやるだなんて言ってたの……。――死んじゃったら、出来ないじゃない……バカ」
悪態をつきながらも、彼女の小さな体は震える。
「あんたが無茶させたんでしょ? でなければこんなことにならないもの!」
「それは違いますわ! 竜也様は……っ」
ルナの言葉を訂正しようとしたサンドラを、竜也は黙って腕で遮る。
「良いんだ、責められたって当然だからな。――ルナ、無茶を承知で俺たちはここへ来たんだ。雷神はそのために精一杯がんばってくれた。だから、頼む。こいつのことはせめて、褒めてやってくれよ」
竜也はそう伝えると、雷神の体を撫でながら「疲れただろう、ゆっくり休んでくれ」と語りかける。
その様子に、何か胸を掴まれる様な感覚を覚えたルナは、もう竜也を責めることはしなかった。かわりに、まだ少し体温の残る雷神の顔に、頬擦りをしてやる。
「貴方との学園生活、結構楽しかったわよ。宇宙でも大変だったでしょ? ここまでよくこの子たちを連れて来てくれたわ……、ありがとう」
サンドラもその様子に目頭が熱くなるのをぐっと堪えた。
「……さあ、貴方たち、これ以上犠牲を出したくなかったら聞いてちょうだい」
ルナは気持ちを切り替えると竜也へと向き直る。
「この先でフィッツがクレールス・ユリウスに拳銃を向けられているわ」
突然な報告に、竜也たちは当然驚愕した。
「どういうことだ? なんであの人が……」
「そんなの私にだってよくわかんないわよ! とにかく急いで私について来て!」
よしわかったと、緊急事態に竜也は駆け足でルナについていく。当然それにサンドラとトゥオネラも同行しようとしたが、振り返った竜也に止められてしまう。
「あんたたちはここで雷神と待っててくれ」
「ど、どうしてですの! なんで今更一緒に行かせてくれませんの?」
彼女の言い分はもっともだ。しかし、竜也は一歩も譲らない。
「ここからはまったくの未知の領域だ。正直俺も混乱してる。けど、ここから先は俺一人で向かわなきゃ行けない気がするんだ!」
「嫌ですわ! 貴方はこれ以上仲間を傷つけまいとしているのかもしれませんけど、それは私だって同じこと。これ以上、私の知らないところで大事な人が死んでいくのは耐えられませんの!」
気持ちは竜也にだって痛いほど分かる。彼女は既に、大事な戦友を、まったく自身が与り知らぬところで二名失っているのだ。
けれども、竜也はさらに頑なであった。
「俺は死ぬ気なんてさらさらないが、もし、万が一ここで皆一緒に死んだら、誰がこのことを伝える? ユリウスが危険なやつだって知らさなきゃ、今まで騙されてた連中が騙されっぱなしになるんだぞ? それでもいいのか?」
「でも、でも――っ!」
尚も反論するサンドラに、竜也はいい加減痺れを切らしたのか手を伸ばす。
「ちょっ……!」
ルナとトゥオネラもさすがに乱暴はよくないと止めようとしたが、それは杞憂だった。
竜也は徐に彼女の後頭部を、少し強引に引き寄せると、必死に訴える唇に自身のものを重ねたのだ。
「……えっ……なっ……?」
あまりのことにサンドラは目を白黒とさせていた。
「黙って俺の頼みを聞いてくれ」
駄目押しのようにそう耳元で囁かれ、彼女は場違いだと承知しつつも顔を赤々と火照らせる。
「あ、貴方は非常時に一体何をされていますの! こ、こんなことを私にしてただですむとでも……っ!」
「後で責任だってなんだってとってやるから。今はとにかく俺を行かせてくれ」
竜也はけしてふざけてなどいない。その真剣な眼差しを見ればすぐにわかる。
サンドラはぐっと握り拳を作ると、ぽんと軽く竜也の胸を押した。
「死んだら……許しませんわ、絶対に」
「ああ、分かってる。ありがとう、サンドラ」
そうして彼女は酷く愛しくも、どうしようもなく憎らしげな背中を見送った。




