第十章「伝説のその先へ」 (2)
Ⅱ
誰もが信じられなかったに違いない。
あの鉄壁を誇った地球共同連邦の白き衛星が、文字通り地球を死守し、宇宙へ散った。
そう、あのアポカリプスこと、敵の新型ハイパーレールガンが、ついに固定砲台式になり、第一撃の咆哮を上げたのだ。
「うそだ……」
小さくそう漏らしたのはアスカであった。
もう少しでヨハンと月面へ辿り着く。そうしたら、あの作戦を決行しようと、まさにその時の出来事であったのだ。
「あの学長が、もう一人の英雄が死んだっていうのか? おいおい……冗談じゃねぇぞ!」
ヨハンだけではない。
ガニアンからの援軍も、相当な精神的ダメージを受けていた。
その証拠に、地球共同連邦軍は、全体的にしんと静まり返っている。
現在、熾天使級アンジェクルス、ガブリエルほどの防護壁を張れる旗艦はいない。
代償はあまりにも大きかったが、彼の犠牲のお陰で、巨大砲の威力は地球にまで達しはしなかった。
それどころか、他の艦にも被害は最小限であり、ほとんど旗艦ガブリエル一隻だけが落とされたようなものである。
「こんなに早く撃たれてしまうなんて……」
「たぶんすでに充填済みのパックかなんかを取りつけたんだろうぜ。砲台に取りつけてすぐ充填完了なんて考えられなねぇからな。試し撃ちの為に用意してあったって考えた方が自然だ」
ヨハンの予想はさらに恐ろしい意味合いを持っている。
エネルギーパックはどうしても本体の充填よりは威力のパーセンテージが低い。つまり、最大出力ではないということだ。
「じゃあ、フル充填の第二撃目を止めないと、地球には人間なんか住めなくなるんじゃ……」
「ああ、その通りだ。だからよ、アルバート学長閣下の死をお悔み申し上げてる暇なんざ、俺たちにはないってわけだ」
戦争の無情さをこれでもかと体験させられる日々に、絶望感を覚えても仕方のない状況だった。
いっそ白旗を振って投降した方が良いのではないか……、たぶんそのような話もひょっとしたらクロムウェル大将には入っているかもしれない。
しかし相手は思考パターンは未知数であるし、そもそも投降など勧めても来ないのだ。
そんな状況でもし武器を手放し、救いを乞うたところで、どんな目にあわされるか分かったものではない。
そうこう言っている内に、二人は月面へと到着する。
敵も一発で宿敵を倒せたことで浮足立っているのか、ここまで来ると手薄であった。
「よし、次はいよいよあのデカ物に進入だ」
今や混乱と焦燥に駆られているであろう大人たちを尻目に、少年たちは己が信じた道を進むのみである。
「アルバート学長……僕たち、がんばりますからね」
アスカは珍しく、神頼みするように、胸の前で手を組むのだった。
「今の光は……」
キリルとピーターが交戦していた辺りを見渡していたセシルは、この地球が余命幾ばくもない事態に向かっていることを肌で感じながら呟いた。
「二人ともいないわね……」
リリスが静かに首を横に振る。
それは望み薄なことを示唆していたが、セシルはしっと人差し指を立てた。
「キリル隊長の声が聞こえる」
声というのはもちろん普通に耳を通して伝わるものではない。セシルは頭に直接届くキリルの言葉に集中した。
『私に構うな、ユグドラシルへ急げ』
今にも消え入りそうな微弱なものであったが、セシルには確かに届いた。
「セシル?」
リリスが伺うと、彼女の主は非常に難しい顔をした後、ぐっと唇を結び、最速でその場を後にした。
「届いたか……、願ってみるものだな。そうだ、そのまま振り返るな……」
ツンドラの白々とした木々の中、アザゼルは横たわり、無惨にも火花を散らしながら黒煙を上げていた。
コックピットのハッチは開き、中には誰もいない。
雪が一面積もる中、アザゼルから一人と一頭分の足跡が点々と続いている。
その先に、キリルは疲れはてた様子で仰向けになり、雪に体を預けていた。
彼の背中は焼けるような熱さをを訴え、堪らず此処まで体を引き摺って来たのだ。
ちらちらと粉雪が空に舞い始める。
そっと頬に留まった結晶ごと、キリルの誓鈴ロドはしきりに彼を舐めていた。
くぅんと一鳴きした相棒に、気だるげに腕を持ち上げ、頭を撫でてやる。
「今一つ……、奴に致命傷を負わせられなかった……。それだけが唯一口惜しいな……」
灰色の空を見上げながら、キリルはふっと笑みを溢した。
「連邦の軍人になり、短い間だったが、あの人の直属の部下として働けた。セシルも……知らぬ間に随分と逞しくなって、この期に及んでは、なにも……悔いなどない。だから、そんな顔をしてくれるな、ロド……」
徐に宙へ手を伸ばしたキリルは強張る口を震わせながら己が人生を振り返る。
――常識的な人間の幸福など、あの時とうにかなぐり捨てた。今にして思えば、なんとも自分勝手だったかもしれない。別れようといった時、泣いていたな、あのこは……。今頃違う誰かに嫁いでいるだろうか。
背中は依然と酷く熱いのに、不思議と体の芯から冷えを感じ始めた。けれども、妙なことに、それは羽毛に包まれたような心地好さすらある。
「願わくば、この魂……彼のために……」
すっと沈んだ腕を、ロドは何度か鼻で持ち上げようとした。
しかし、それもすぐに無駄だと分かると、彼は悲しげな遠吠えを上げる。その光景は白銀の綿雪と共に、虚空へと吸い込まれるようであった。
ルシフェルは大空を駆けた。必死に、何かを振り払うように、加速用ペダルを踏み込み続ける。
彼の背中にはたくさんの人の思いが積み重なっていた。その願いと期待に応えなくてはならぬプレッシャーよりも、どうしても叶えねばならぬ使命感に、彼は急かされていたのだ。
「――見えたっ!」
その甲斐あってか、セシルはマガツヒの背中を捉える。と、同時に、さらに向こう側に広がっている状況を目の当たりにした。
「あれは、サンドラさんっ!」
山火事を眼下に、サンダルフォンが複数のアンジェクルスに追われている。とてもではないが、反撃の余裕などありそうもない。
「リリス、金星の鎖を半分竜也さんの飛行補助に使う。良いね?」
「ええ、大丈夫よ。新しいデバイスのお陰でユニットの個別動作がかなりしやすくなっているわ」
すぐさまセシルは八機あるユニットを四機竜也の元へ飛ばす。
「な、なんだと?」
ピーターの目的は一つに絞られていたためなのか、ふいに後ろから自分を追い越して行ったユニットたちに仰天する。
「貴方のお相手は僕が致します」
振り向いた相手を指して、セシルは大型ビームブレードを抜いた。
「DC―01……っ!」
苦々しい顔を向けたピーターには、少し疲労の陰りが差していた。
『竜也さん! 受け取ってください!』
「セシル?」
突如脳内に鳴り響く声に反応すると、円盤型のユニットが展開し、ミカエルの機体を掬い上げる。
『空中で移動したい方向を常に願うように発信し続けてください。僕が足場を構築します』
そんなことが本当に可能なのかなど、竜也に疑う余地は無い。
逃げ疲れた一瞬の隙を突かれたサンダルフォンに、新型量産機が今まさに三体揃って群がり襲い掛からんとするところであったからだ。
「サンドラっ!」
名前を呼ぶと同時に、四つのユニットは飛び石のように配列され、目標地点まで竜也をサポートする。
小さな足場を跳びながら移動しつつ、竜也はライトニングブレードを二本とも敵に向って投げつけた。
「竜也様! いけませんわっ!」
サンドラは残る一体の攻撃を何とか受け止めながら、竜也の背後を見て叫んだ。
「ぐっ!」
「仲間を助けるために武器を捨てるとは、私も舐められたものだっ!」
イザナギの矛がミカエルに振り下ろされる。寸でのところで咄嗟に手で受け止めたが、その凄まじいまでの衝撃に、足場にしていたユニットがぐらりと揺らいだ。
「竜也さん!」
セシルは焦り残りのユニットを追加でフォローに当たろうとするが、すぐにピーターの乱射に邪魔されてしまい、間に合いそうもない。
それでも落ちそうになった瞬間、次のユニットに跳び移る事に成功した竜也であったが、気づけば残された武器はバルカンとアームの暗器、どちらも威力は弱く相手に決定打を与えられない。
「主、ここは一旦セシル殿に任せて、サンドラ殿とユグドラシルに向う事を具申する」
雷神の申し出に納得はいかなかったが、武器が心もとないのも確かで、まだ量産機は半数以上残り、サンドラも疲労が見られた。
――確かに、この状態で粘っても逆にセシルの足を引っ張りかねないか……。
その思案をセシルはピーターと交戦しながら受け取る。
『行って下さい竜也さん! フィッツさんが待ってます!』
そう、竜也の目的はそもそもアキラ機の殲滅ではない。親友を追いかけて、わざわざ無茶を通してここまで来たのではないか。
しかし、そうそう簡単にアキラがこの場を通してくれるとも思えない。
――何か……何か隙を作れないか?
攻撃をひたすら跳び回り避けながら、考えを巡らせる。するとその時、確かアキラ達の乗って来た輸送機が降りたと思われる場所あたりから、新たに火の手と爆破音が上がりだす。
「あれはっ?」
さすがにアキラも背後の地上で起こっている事が気になりだした様子に、竜也はチャンスは今しかないと考えた。
――あれは地元の自警団か? しめた、クーデターの反対派が立ち上がったんだ!
民衆がいよいよ事の状況下に不満を示し、自ら動き出した。竜也の心は一気に熱を帯びる。
「サンドラ! 頼む!」
「ええっ!」
サンダルフォンがミカエルの腕を掴み、大空へユグドラシルを目指し高速で飛び立つ。しかし――
「――っ!」
それに気づいたアキラは先ほどの竜也と同様、メインの武器である矛に回転を掛け、投げ放つと同時に、量産機も一斉にビームライフルをこちらへと連射する。
後ろから放たれたそれらに、僅かに反応が遅れたサンドラの機体は下半身に大きく損傷を受け、竜也のコックピット内も赤いランプが点灯した。
「くそっ! どこに当たった? おい、雷神っ! ――雷神っ?」
「竜也様、あそこにとにかく突っ込みますわ! ショックに備えてくださいませ!」
そこは以前、文化祭の時に敵が侵入した、学園下にぽっかりと空いた横穴であった。
勢い良く飛び込んで行った二機を尚も追おうとするアキラであったが、それは許されない。
「アキラァアアアアッ!」
とうとう捕まえたと言わんばかりに、ピーターはセシルの攻撃を振り払い、イザナギに飛び掛かる。
「お前が、お前がいるから、僕がいつまでも苦しまなくてはならないんだ! 消えろっ!」
一体全体アキラの何が、彼の執着を生んでいるのかは分からないが、ピーターの目的が分かった事はセシルにとって確実に有利に働く。
――僕が量産機を引きつければ、自然と彼らの一騎打ちになる。これで竜也さんたちの邪魔はされないはずだ!
セシルは竜也に貸し出していた半数のユニットも呼び寄せ、量産機の駆逐にあたる事とした。
「えと……、あれ?」
フィッツは頭痛に苛まれながらも、学園内を彷徨っていた。
何かに呼ばれている気がするのは確かだが、その何かが分からないまま、クレールス・ユリウスに警戒しつつ歩を進める。
そうして行きついたのは、なぜか再びチャペルであった。
「ちょ、ちょっと、なんでこっち戻ってきちゃうのよ!」
「分からない。けど、ここから……この下あたりから声がするんだ」
フィッツはそう言いながら祭壇の縁をぺたぺたと触れながら探り始める。
ルナはあの男に見つかってしまうとはらはらしていたが、随分と撒いたことは確かではあったし、フィッツがこうなっては運に身を任せてみるしかない。
「……あ」
フィッツが祭壇を少しずらすと、そこから明らかに周りの床とは違う色の板が現れる。
祭壇を完全に退かし、板を外してみると、地下へと続く階段が現れた。
「や、嫌だわフィッツ。こういうの私あまり良い予感しないわよ?」
「そうだね。でも、行ってみないと……」
フィッツは明らかにいつもの様子ではない。ルナには、彼がただ只管に何かに導かれるまま、体を動かしているようにすら見えた。
そんな主にルナの悪寒はますます酷くなるが、フィッツは構わず階段を下りて行く。
急拵えだったのか、細く粗末な作りのわりには、随分と長い階段であった。
降りた先には空間が存在するようだが、真っ暗でまったく周りの様子が分からない。
手探りで照明のスイッチらしきものを発見し、押してみると、連なった電球がか細い光で辺りを照らしだす。そこには、まるで洞窟の様な剥き出しの岩肌が続いていた。
あちこちに曲がり角があり、扉が数か所発見も出来たりもしたが、フィッツはまるで吸い寄せられるように、特定の扉の前で立ち止まった。
「これは……居住スペース?」
簡易なアルミ製の扉を開くと、そこは二、三人で住めるほどの寮のような作りになっており、ベッドや机、それに積み上げられた古い資料や、いつのものか分からない缶詰などが転がっていた。
これだけならば教員たちの仮眠室と言われても辛うじて信じられるかもしれないが、この部屋に措いて一番異様な雰囲気を漂わせていたのは、目の前の強固な認証制扉であった。
「指紋認証かパスワードが必要みたいね」
ルナが認証システムの形状から呟くと、フィッツはなんの捻りもなく、自分の手を機械の上に翳す。
すると、これまたなんの障害もなく、ピピッという音を立てて、扉の鍵が開いてしまった。
「え? ど、どういうことなの?」
「僕……ここが初めてな気がしないんだ……」
いよいよ何かを悟ったような顔つきになるフィッツに、ルナはなんとなく、この先には入りたくないような不気味さを感じる。
言うなれば、開いてはいけないパンドラの箱を目の前にしたような、そんな気持ちだった。
毛を逆立てっぱなしのルナのことはよそに、フィッツは迷いなくぐっと重いハンドルを回すと、そっと扉を押し開く。
目の前に広がっていたのは、やはり真っ暗な闇であった。少し足を前に出すと、カンと金属の足場特有の音が鳴る。
その瞬間、人が入って来た事をセンサーで察知したのか、一斉に足元の小さな青白い照明が光を放ち始めた。
それをたどる様に歩いて行くと、柵状の工業用エレベーターがある。目の前に立つだけで、その扉はざっと開け放たれた。
「なんだか、これだけスムーズだと仕組まれてるんじゃないかって思うんだけど……」
「それは違うよ。僕はこの道の記憶がある。でも、これは僕の記憶じゃない」
ルナがすっかり疑問符を浮かべている間にも、フィッツはエレベーターへ乗り込んでしまう。
「ちょ、ちょっとフィッツ! どういうことなのか説明してよ」
フィッツについてエレベーターへ乗り込むと、扉が交差状に閉じ、がくんと一度揺れてから下り始める。
「僕はたまにお母さんの夢を見てたんだ」
「ええっと、それってイザヤさんって人?」
「うん、視点は基本的に第三者みたいなんだけど、それにたまにお母さん自身の記憶も混ざってるような時があって……。ひょっとしたら僕は、単純にお母さんをもとにしたクローン技術の応用ってだけじゃないのかも。記憶すら一部コピーされてるのかもしれない。さっきの指紋認証もきっと、お母さんと同じだったから承認されたんじゃないかな?」
指紋とは本来双子でもクローンでも異なるものだ。だが、フィッツの憶測が本当ならば、基本的にはクローンというよりコピー機で刷ったような完璧な模倣ということになる。
――でも、それならなぜ僕は男なんだ?
母をそのまま複写するなら、性別が異なるのは妙である。
悩めるフィッツ達を乗せたエレベーターは、新たな暗闇の中へと彼らを運んだ。
それまでフィッツを誘っていた声は、そこでぴたりと止んだのだが、そのかわりに、降り立った暗闇は一瞬にして数十台に及ぶパソコンと大画面の光によって、周りの情景を映しだす。
「うっ……、こ、これは……?」
一瞬、光の強さに目が眩む。そっと目を開けた先には、それぞれのモニターに『おかえりなさい』と、地球共同連邦の共通語意外にも、様々な言語で映しだされていた。
連続する文字を追った一番奥に、この学園の……いや、この国の根源ともなる最大の大本が、その巨大な体を窮屈そうに直立させていた。
「……そうか、そういうことだったんだ……」
フィッツはやっと自分の感じていたもの全ての答え合わせが出来たという風であった。
ルナはその様子を見て、彼がこのままどこか遠くへ行ってしまいそうな、そんな危うさすら感じる。
「僕は間違いなくここで生まれた」
相手はその巨大さゆえに全身像は完璧には確認出来ないが、彼らの目の前には、丁度その直立している物体の腹辺りで、半透明の青い球体が存在していた。
それは丁度、フィッツの体内に現れた、あのコアと呼ばれていた物体を、単純に大人一人が余裕で入れそうな大きさにしたものである。
「ただいま……、この国の発端にして伝説の英雄。あなたが、ある意味で僕の……本当のお母さんなんですね」
フィッツはその者の遥か高みにある顔を見上げながら、諦めにも似たような色を含んで言葉にした。
元になったとはいえ、あまりにも大きいこの巨体は、今までに見て来たアンジェクルスとは異なり、少し生物の様な生々しさを感じる作りになっている。その最たるものは、皮膚と見られる部分に、薄らと何か光る筋が血管のように波打って見えるのだ。
突如、ルナにも聞こえた。人語ではない、機械的な、それでも語りかけるような音。これが先ほどまでフィッツが耳にしていた声なのであろうか。
降り注いでくるその音は、得体の知れない不気味さもあるが、フィッツを歓迎しているのだろうか、まるで天上の音楽のようであった。
「どうして、あなたは僕を呼んだのですか?」
フィッツは自然と目の前の、生物とも、機械ともつかぬ巨体へと近づいて行く。そして、大きなコアに触れようとしたその瞬間である。
「ここにいましたか、フィッツさん。随分と探しましたよ」
カチャリという音にはっとして振り返ると、そこにはまるでクレールスとしての面影が残っていない、禍々しい表情を湛えたユリウス・ドルニャークが、拳銃をこちらに向け立っていた。




