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戦禮のアンジェクルス  作者: 黒須かいと
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第十章「伝説のその先へ」 (1)

 Ⅰ

 迷いなど、とうに断ち切ったつもりでいた。

 この人について行けば間違いないのだと、周りの同志たちも皆彼について行く。

 世に不満を持つ若者たちが集結し、自分たちこそが正しいのだと信じてやまない。

 だが、その中で自分一人だけが、ふと、我に帰る。それは一気に体に満ちた熱い血流が、さっと引いて行くような感覚であった。


 辰巳はアキラについて行く。これから地中海に浮いているユグドラシルへ、ナノマシンの根元を潰しに赴くのだと言う。

 地球軍から奪った輸送機は、そろそろイタリア地区に辿り着く。その中で、辰巳はいつでも出撃できるよう、スサノオの中で待機していた。

 ここへ来るまで、多くの同志たちを失ってしまった。

 攻略地へと辿り着くたびに、敵も味方も死んでいく。

 カリンとボルジャンも、今やこの場にはいない。


 NSW社から引き上げる際、カリンの悲痛な声が、辰巳の後方から聞こえた。

 次々と落ちて来るように閉じる固く分厚いNSW社の防護壁は、カリンを庇おうと突き飛ばしたボルジャンの足を押しつぶしていたのだ。

 辰巳は慌てて引き返そうとしたが、アキラに腕を引かれ、それは叶わなかった。

 見捨てるなんてと、アキラを責める事は出来ない。引き返せば辰巳も彼らと同じく、次の防護壁に閉じ込められてしまうからだ。

 結果、カリンの続く叫び声は下ろされた壁により、すぐに遮断されてしまう。

 閉じ込められた向こう側で、何が起こっているのか、彼らは果たして無事で済むのか――あまり、深く考えたくはなかった。


 思えばその瞬間が最後の決定打であったのかもしれない。

 辰巳の中で燃えていた闘志は息を潜め、誓った信念は疑いとなっていた。

 自分たちの来た道を振り返れば、そこは死体で埋め尽くされているに違いない。

 あまりにも多すぎる血が流れた。かといって、当然後に引き返せるはずもない。

 考えていなかったわけではなかった。きっとこんなことをすれば、心が傷つくことも、犠牲はけして少なくはすむまいということも……。

 それでもアキラについて行こうとする自分がいた。

 彼の考えに賛同したからこそそうしたはずだ。けれど、それは現在揺らぎつつある。

 アキラが信用ならなくなったわけではない。ただ、彼の行動に臆する自分に気づいてしまったのだ。

 いや、今まで単にその気持ちを誤魔化し、考えないようにしていただけなのかもしれない。現に、叔父を射殺したアキラに死神の影を見たような気すらしていた。

 とにかく、彼はあまりにも迷いが無さ過ぎる。

「主?」

 コックピットの座席の上で膝を抱える辰巳に、風神が心配そうに声をかける。

 誓鈴に少しだけ顔を上げた辰巳は、ぽつりと漏らすように口を開いた。

「先輩に迷いが無いのは当たり前だ。あの人にはもう時間が残されていないのだから……」

 そう、ここから先は彼のいない世界が待っている。助言もなく、当然腕を引いてくれることもない。すべて己で決めて行かなくてはならないのだ。

 辰巳の全身をぞわりと悪寒が駆け抜ける。

 アキラが力づくで切り開くこの道に、自分たちが望む未来が待っているのだろうか。

『私が蹴散らし、お前が地をならせ』

 あの夏の日、彼は確かにそう言っていた。

 躯が転がり、焼けた荒れ地が残ったところで、己に何が出来るのだろう。辰巳には、そのあまりにも重い課題に目を背けることは許されない。

 こんなところで怯えている事自体、なんて情けなく無責任なのだと己を責めずにはいられなかった。

 そんな尻込みする気持ちと、アキラと共に信念を貫きたい思いが交差し、辰巳はこうして悩み苦しんでいるのだ。

「辰巳」

 すると、モニターに当人の顔が映し出され、辰巳は慌てて姿勢を正した。

「どうかしましたか?」

「後方からパンデミックのものとみられる戦艦がこちらに近づいてくる。用心しろ」

「えっ?」

 なぜこんなところへと疑問が浮かぶ。しかし、その疑問はすぐに払われることとなる。

 パンデミックのものと思われていた戦艦から、とても耳慣れた怒鳴り声が響いたからだ。

『馬鹿兄貴っ! その中にいるんだろうっ? 止まって出てこいっ!』

 野生の感のようなものなのだろうか、それとも、雷神が嗅ぎ付けたのか……。ともかく竜也は戦艦の上に自らの機体、ミカエルを躍らせ、スピーカー越しにがあがあと叫んでいる。

「あいつ、宇宙にいたんじゃ……」

 辰巳は度肝を抜かれると同時に、たった一人の双子の弟が無事なことに安堵もした。

 しかし、状況はただ喜んでもいられなかった。なぜなら、アキラが慣れた口調でこう命じたからだ。

「辰巳、奴は今後お前の障害になる。今この場で始末しておかねばなるまい。やるぞ、出来るな?」


 竜也は返事もないことに心底腹を立てていた。

「宇宙でも地球でも敵と戦争状態だっていうのに、その上クーデターなんて……、身内同士で喧嘩してる場合じゃないだろっ? 聞いてるのかっ!」

 すると、返答はこれだとばかりに、アキラの機体、イザナギが空中へと飛来し、こちらへの攻撃を開始する。

「あいつ、見境なく邪魔だと判断したら殺すってことなのか? ふざけるな! サンドラ、戦艦を捨てて奴らを止めるぞ」

「分かりましたわ!」

 サンダルフォンは、ミカエルの両腕を掴むとすぐさま飛び立った。

 オートパイロットにしてあった戦艦は、そのままアキラたちの輸送機へと突貫する形となったため、イザナギによりとうとう撃ち落とされてしまう。

 轟音を上げながら落下していく自分達を運んでくれた船の最後を見送りつつ、竜也たちは山脈地帯へと着地する。

 ここからはユグドラシルがよく挑めた。

 あそこにはフィッツがいる。

 セシルの話では急がねばならないというのに、まったくこんな時まで世話のやける兄だと、竜也は舌打ちせざるを得ない。

「しかしイザナギが飛行タイプにカスタマイズされてたのは厄介だな……」

 前の対校戦では陸地専用であったはずだが、そもそもあの機体は主天使級であるから、空中仕様に変更するのは造作もなかったのであろう。

 二つの勾玉のようなユニット、ワダツミとヤマツミは、それぞれ四つのサブユニットを回転させながら、イザナギの足裏にぴったりと寄り添っている。どうやらあれが飛行システムの一端を握っているようであった。

 そして同じ陸には、辰巳のスサノオと、真梨奈のイザナミも舞い降りる。

 彼らが乗っていた輸送機も、おそらく近くへと降り立ったことだろうが、そんなことを確認している暇はない。

 竜也には早速、イザナギ、イザナミ双方の攻撃が一気に集中したからだ。

「竜也様! ――っ、アキラ様のお相手は私がいたしますわ!」

 自信があるなしは関係ない。今はとにかく竜也への集中砲火を分散させる方が先決だと、サンドラは判断したのだ。

 連続で撃たれればアキラもその誘いを断ることはできない。

「邪魔だ」

 ぎろりと睨まれたのを肌で感じ、サンドラは固唾を飲むが、ふっと笑った。

 本来ならば彼の誓鈴ヤツフサが、完全に攻守を担い主の操縦する本体をサポートする役目であるのが、ワダツミとヤマツミという武器である。

 それが今は飛行するために思うようには動かないはずだ。そこに勝機があると、彼女は考えた。

「宇宙帰りをなめてもらっては困りますわ! 対校戦の時のようにはいかなくてよ!」

 二人が高速の空中戦を演じる中、陸上ではなんなく一撃目をかわした竜也が、真梨奈へと斬撃を繰り出していた。

「あんたもなんでこんなこと始めたんだ! もうやめろ、こんなことしたって、パンデミックに地球を乗っ取られたんじゃ意味がないだろう!」

 イザナミは踊るように主要武器であるカグツチを操り、降り下ろされるライトニングブレードをいなす。

「意味がない? いいえ、それは違います。破壊がなくてはもはやこの国の膿は出し切れない。それを排除しなくては、そもそも、この国に語る未来などあり得ないのです!」

「それじゃあ何か? あんたたちが望むのは、英雄(メシア)降臨前の荒廃した世界だっていうのか?」

 イザナミの大鎌がミカエルの胴を狙う。

 竜也はそれを弾き避け、続けざまに本体ではなく、飛び交い危険なカグツチを、二つあるうちの一つを払い落とす事に成功する。

 落ちた地面は抉れ、木々にはカグツチの持つ熱で一気に火の手が上がった。

「必要とあらば、そのようになっても仕方がありませんね」

 陽炎のようにゆらりと炎の中に立つ姿は、正しく黄泉から出でた女神そのものである。

「あんたらが考えが、どうしてそこまでになったのかなんて俺は知らない。けどな、あんたらの悲観主義に他人を巻き込むな。そんな破壊を望んでる人たちが、俺はけしてこの地球の大半を占めてるなんて思わない。置かれた環境が恵まれなくったって、明日を見てちゃんと生きようとしている人間だっている。だが、あんたらのその思想はそうじゃない。思い通りにならないなら目の前の邪魔なものから消してしまえばいいという、それは敵と……、パンデミックが今やろうとしてることと大差ない。あんたらのしてることは殺戮とそれが与える恐怖による支配だ。俺はそんなやり方認めない、今一生懸命生きてる連中まで否定するようなことは絶対にっ!」

「――っ、何を綺麗事を!」

 真梨奈は炎の中から叫ぶと同時に大鎌を振り回し、竜也へと迫る。

 竜也はとにかく彼女の行動力を奪おうと目論んだ。

――メインカメラ……いや、先ずは腕だ!

 大鎌を振るう両腕さえ失えば、イザナミは攻撃力の大半を失う。視覚を奪い、足を薙ぐのはそれからでも遅くは無い。竜也はアキラを相手にしているサンドラに早く加勢しなくてはと、焦る気持ちを振り払い、とにかく確実性を狙った。

「じゃあ聞くが、あんたのその綺麗事を捨てても手に入れたい未来ってのはなんなんだ!」

 ミカエルは力強く燃え盛る地を駆け、後方へと大きく跳び退きながらガンシールドを構えた。

 その動きに真梨奈は妖しく微笑する。

「あの方が切り開いたその先は、辰巳さんが皆をまとめ新たな政を取り行ってくれます。私たちはそれに期待しているのですっ!」

 竜也の取った動きは大振りであった。真梨奈はその一瞬宙に浮いた状態になった脚部を狙って、残っていた一つのカグツチを投げつけた。

 火炎の車輪は轟々と周りを燃やしながら、ミカエル目掛けて飛んでくる。しかし――

「掛かったな!」

「えっ?」

 竜也の構えはフェイクであった。

 ガンシールドの先端に赤々としたカグツチの中心を引っ掛けると、そのまま地面に突き立てるように手放す。

 流れるような動きで着地しざまもう一本のライトニングブレードを抜くと、間髪入れずにイザナミの懐へと割り込む。

「そうやってなんでも兄貴に背負わせて、あいつをあんたらは独裁者にでも仕立て上げる気かっ!」

 まるで十字を描くように繰り出した斬撃は、イザナミの二の腕を深々と傷つけた。

「うぅっ!」

 よろめく機体に追い打ちをかけようとする竜也の目の前に、先ほどまで妙に沈黙を保っていた人物が間に入り、真梨奈を庇う。

「竜也、俺は独裁者なんかになるつもりは無い。ただ、不正なんかが無い、公平な世の中を作りたいだけなんだ。今までの仕組みを根本から変えなくてはならない。そのためには、多少強引な手を使わなければ変革を起こせなかった。だから、犠牲は仕方なかったんだ……っ!」

 両者はギリギリと鍔迫り合いをしながら、互いの心を探り合う。

「辰巳、お前はそうやって自分に言い聞かせてるだけなんじゃないか? 本当はこんなこと望んじゃいない、犠牲なんか出さない方法があるならそっちをとりたかったはずだ。もう自分を誤魔化すのはやめろよ、一体何があった?」

「放送で流した通りだ。あの叔父ですら、非道にも父を屠った上にその真実を隠していた。こんな悲劇を再び繰り返さないためにも、誰かが立ち上がり、腐った上層部を排除しなくてはならなかった。腐ったものはけして正常には戻らない、それへの制裁を下せたのが、たまたまアキラ先輩と俺であっただけだ」

「何が排除だ! 正しい正しくないを決めるのはお前たちか? 違うだろ! 主観で私刑を行えば、それは紛れもない独裁体制の始まりだ。お前はあいつの言葉に踊らされてるだけだ、目を覚ませ!」

「違うっ!」

 分かった風な口を利く弟に、辰巳は苛立ち刀を突っぱねる。

「アキラ先輩は、俺を信用して、自身の命を賭けてくださっている! あの人は――っ!」

 辰巳の言葉はそこで途切れる。

――そう、彼は親友だ。叔父の束縛から解放してくれた、唯一無二の。でも、自分からあの人に友だと告げた事はあっただろうか……。

 兄の束の間の動揺を、竜也は見逃さなかった。

「辰巳、お前に一つだけ俺が教えてやれることがある。親友とかっていうのはな、上下関係なんかあっちゃいけないんだ。それが存在した瞬間、どんなに信頼しあっていても、利用する側と利用される側になってしまう。少なくとも俺は、そんな友人関係はごめんだ」

 その弟の科白は、辰巳の胸に深々と穿たれる。

 今まであえてまともに見ようとしていなかった部分を照らされ、心の均衡が保てそうもない。

 それを映すように、スサノオの腕はだらりと力なく垂れさがる。

「違うっ、俺は、間違ってなんか……。だって、こうするしか……っ」

 迷いが生まれた瞬間、辰巳の脳裏に叔父の最後が映し出される。

 あの時、アキラは『間に合った』と言った。叔父が後ろから銃をこちらに向けていたということだろう。だから辰巳はそれを信じた。

 だが、あの叔父が握っていた銃が、辰巳を狙ったのではなく、自害を図ろうとしていたものであったのならどうだろうか。

 思えば叔父の行動には、辰巳を殺すためには多くの矛盾点を抱えている。

 第一に、初めから殺すつもりならば、辰巳の質問には惚け通し、何気なく出した茶に毒でも仕込めばいい。

 それ以前に、殺さなくてはならないほどの相手を、手元に置き育てるなど考えにくいではないか。

 次に、自身に刀を向けられ、初めて始末せねばならぬと考えたのであれば、あんな小さな銃ではなく、確実性を狙い、もっと立派な得物を構えたはずである。

 そもそも、なぜあんなにすらすらと、ばれては仇と当然恨まれるであろう真実を話したのだろうか。

――まさか、そんな……。

 辰巳に一つの答えが浮かぶ。

 それは、“叔父は贖罪のつもりだったのではないか”ということだ。

 そう考えた瞬間、全ての事柄に合点が行く。

 あの厳しい躾けは、龍一に対する恨みもちらつく中、それでも自分の犯した罪を償うため、不器用でも必死に辰巳を育て上げようとしたからではなかったか。

 辰巳が怒りに任せ、叔父に真実を問うた時、いよいよ最後の罪滅ぼしとばかりに吐きだし、その幕引きとして、自らの命を断とうとしたのではないのか。

 だとするならば、アキラが自分にしたことは、事実を捻じ曲げ教え、彼の思うように動かしたかったということになってしまう。

 そうなれば、彼が自分に見せていた優しさや、つけてくれた自信すら虚構であり、あの夏の日の思い出は、すべて嘘と策略で塗り固められていたということだ。

 最初から自分を疑いなく信じこませるための――

「惑わされるな辰巳っ!」

「なにっ?」

 アキラの怒声が響いたかと思うと、アンジェクルスと見られる小柄な機体が竜也の目の前に立ちはだかる。

 それも一体などではない。次々と、二体、三体と姿を現し、最終的にはざっと数えただけでも十体は存在した。

「なんだこれ……っ? 新型の機体?」

 見たこともない同系列の機体の登場に、さすがの竜也も焦りの色を隠せない。

「辰巳、私を信じろ。事実、この機体の存在と、私の体自体が、何よりも腐りきった軍上層部の証拠だろう。貴様もそう思ったからこそ、私について来てくれたのではなかったのか?」

 今までに見たこともない悲しげな色を含んだ声音に、辰巳の心は揺れる。

 アキラの事は信用したかった。なにより、例え叔父の死の真相がそうであっても、彼を嘘そのものだと決めつけるのは時期尚早である。

 確かに叔父は銃を握っていた。それが友だと思っている人物の後ろにいれば、誰だって危険だと思うはずなのだ。

「先輩……でも、自分は、俺は……っ」

 しかし、辰巳に去来した思いは、複雑なうねりを生み、その結果出した答えは――

「すみません、アキラ先輩……。貴方の事は信じています。信じたいんです。でも、自分は竜也と戦うことは出来ません。だって、こいつは粛清対象としても外れています。手を下す理由が、自分には見つけられません……」

「辰巳さんっ?」

 愕然とする真梨奈の声が、辰巳の迷い疲れ果てた心を責める。

 当然アキラにも呆れられてしまうだろう。そう思い、すっかり憔悴した様子の辰巳に掛けられた言葉は、なんとも穏やかな口調であった。

「……悪かった、辰巳」

「え……?」

「貴様を試すようなことをしてしまった。元来、お前のように分別がある人間だからこそ、私はこの世界をお前に託したかったのだ。――下がっていろ、汚れ仕事は甘んじて私自身が請け負う」

 その時、辰巳は友を傷つけたことを直感した。

――俺は、馬鹿だ……。なんでこんなにまで自分を信じ慮ってくれる人に、一瞬でも疑いを掛けてしまったんだ……っ! 先輩は、俺の気持ちを全て理解してしまったに違いない……。

 それは、ナノマシン保有者故の苦しみに違いなかった。

 辰巳にはもうどうしようもなくなり、完全に戦意は喪失し、残ったものはアキラへの申し訳なさと虚しさのみである。

「真梨奈も下がっていろ」

「でもっ!」

「その腕ではもう何も出来まい。ここは危険だ、輸送機に戻れ――辰巳」

 再び名前を呼ばれびくりと肩を震わせる。

「彼女を頼む」

 辛うじてその願いに頷く事が出来ると、辰巳は残りたがる真梨奈を説得し、輸送機へと走り去った。

「……さて、これで貴様とようやく本題が話せるというものだ」

 小型のアンジェクルスの間に、ふわりと空中からイザナギが着地する。

「俺はあんたと話したい事なんて何もない。あんたのやってる事は世直しでもなんでもない、そういう理由に託けて、気に入らない奴を殺して回るただの大量虐殺犯だ」

 自分の仇打ちに他人や友人を巻き込んだこの男を竜也は嫌悪した。だが、殺してやりたいなどとは毛頭思わない。そんなものは虚しいだけだということは、兄、辰巳を見ていれば分かる事だ。

 彼は恨みという負の感情に振り回され、ここまで来てしまったのだから……。

「大量虐殺……か、貴様にとって私はただの犯罪者といったところだろうな。だがな、私がやらねば、まだまだ奴らは裏で密かに、それこそ“虐殺”を続けていたはずだ。私はそれを止めねばならなかった」

「だったら、あんたが本来やらなくちゃいけないことは、その事実を世間に公表して、社会的な制裁を待つべきだった」

 すると、一旦間を置いた後、アキラの笑い声がくつくつと漏れ出した。

「そうだな。時間に猶予があれば、そういった考えも思いついたかもしれん。だが、これを見てもそんな悠長なことを言っていられるか?」

 突如、竜也を囲んでいた小型のアンジェクルスの、本来コックピット部分であるハッチが開く。しかし、そこは人間が収まるにはあまりに狭い。

 違和感を感じたと同時に、隣の雷神が唸り始める。

「なんて、惨いことを……っ!」

 雷神には感じられたのかもしれない。手足どころか、体ごと捨てられ、ただ考える機械と化した同胞たちの嘆きが。

 ハッチの向こうには、半透明の特殊ガラスに包まれた、動物の脳が確認出来る。

「まさか、そいつらは……」

「そう、これが地球軍が進めていた新兵器の真実だ。やつらにとって、ライカンスロープは戦友などではない。ただの道具であり、武器の一部にしか過ぎない。それはやがて、同じ人間へと矛先を向けるだろう。このような姿にされた者たちは、私が行動を起こさなかったら、いつかは人間そのものであったかもしれないのだ」

「――それでも、貴方のやったことは間違っていますわっ!」

 竜也の隣に、白きアンジェクルス、サンダルフォンが舞い降りる。片足を少し故障しているようであったが、大きな損傷はなさそうである。

「ああ、あんたはそれを止めるために、一体どれだけの人を犠牲にした? 単純に殺された奴だけの話じゃない。悲しみ苦しむ遺族を何人生んだのか、あんたは想像できたか?」

 口には出さないが、竜也は父を亡くしたあの日を思う。

「そうだな、貴様ならそう言うと思った。だからこそ、辰巳の迷いという障害になる。考えは平行線のままだったな、残念だ」

 その言葉を合図に、ライカンスロープを犠牲とした機体たちのハッチがすべて閉じた。そして、一斉に竜也たちに向って抜刀する。

「大体一人五体……それにアキラ本人か。いけそうか、サンドラ?」

「うふふ、やるしか選択肢が無い事を聞くのは愚問ですわ竜也様」

 機体を背中合わせにしながら、二人は頷きあった。

「駆逐しろ」

 アキラの脳波で直接作動するように仕組まれているのであろう。彼の命で新型たちは、見事に揃った動きで竜也たちに迫り来る。

「飛べ!」

 竜也のその合図でサンドラが瞬時に飛んだために、彼女を目掛けて突進して来た新型は空を切る。竜也は他の攻撃を避けながら、跳び退けざまその隙をついた。

 ざっくりと本来ならメインカメラのあるはずの頭を切り離すことに成功するが、動きが止まることは無い。

「主、武人の情けだ。コックピットの脳を破壊せねば、こやつらの動きは止まらないだろう」

「ちっ、あんた恥ずかしくないのか! 自分で批判していたはずの技術を、どうしてあんた自身が利用してるんだ!」

「それこそ武人の情けだ。この者たちは戦いを望んでいる。それだけが存在理由とされてしまったのだからな」

 胸くその悪くなる話ばかりで、竜也の怒りはとうに沸点に昇り詰めていた。

「分かったよ」

 唸るような低い声で、竜也の目つきは吊り上る。

「サンドラ、構わず上から撃ちまくれ!」

 サンドラはすでにランスは構えていたものの、狙いを定めている最中だったために、驚愕する。

「それでは貴方に当たってしまいますわ!」

「全部避けてやる! 信じろ!」

 彼女は迷ったが、ここで躊躇していてはなんの役にも立たない。

 それに、竜也の言った通り、けしてサンドラの武器は精密射撃には向かないのだ。

 火力で押してこそ初めてサンダルフォンの実力が出る。それを熟知していたからこそ、竜也は一見無茶とも取れる提案をしたのだ。

「もう、どうなっても知りませんわよ!」

 半ばやけくそになりながらも、サンドラはランスから砲撃を連射する。

「そうだ、良いぞっ!」

 降り注ぐ高出力のビームを避けながら、動きが制限された新型のコックピットを狙う。

 双刀はほんの少し動きの遅れた二機を捉えた。

「くっ!」

 目の前でビームを回避しつつ、クロスさせたライトニングブレードで後方の敵のど真ん中を串刺した。

 それが小さい頃、一緒に走り回って遊んだ数頭であったかもしれないと思うと、剣が鈍る。

 竜也は思考を振り払うように歯を食いしばり、次なる相手に向って走り寄った。

「ごほっ、ごほ……」

 アキラは小さく咳きこむ。訓練していたならともかく、ビームを避けながら複数のユニットを竜也相手に処理するのは至難の業だ。

 ナノマシンの力を借りているからこそ、同時進行がなんとか可能であったが、大分体に掛かる負担は大きい。

「ヤツフサ」

 アキラは血走る目を誓鈴に向け、合図を送る。

 すると、イザナギ本体と共に、新型は空へと飛んで行ってしまう。

「サンドラ!」

 アキラは先に処理を厄介にしている彼女を撃墜するつもりだ。

 ところが、竜也が彼女に注意を呼び掛けたのとほぼ同時だった。

 遥か天空から、目が眩むほどの光が一気に広がる。

「うわっ!」

 さすがに竜也だけならず、その場にいた者たち全員思わず目を瞑った。

――宇宙か? くそっ、一体何が起こった?



 同時刻、アルバートの誓鈴、アルテミスは静かに目を閉じた。

「すみません、どうやら、ここまでのようです」

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