第九章「叛逆者」 (8)
Ⅷ
無事パトリに到着した竜也たちを待っていたのは、キリルの後任として宛がわれた上官であった。彼は一人、責任者としてここに置いて行かれたのだ。
当然命令違反をした特進少尉たちを青筋の立った表情で出迎えたのだが、後方にいる負傷の同胞たちの嘆願は言葉にせずとも伝わり、仕方なく彼らにはこれといった咎めは無くすまされた。
さて、少年少女たちの工作はここからだ。
怪我人はパトリの駐屯兵に任せればいいとして、本隊に置いて行かれた状態でどう追いかけるかである。
そして最大の難関は、誰が、どのように地球まで、これまた命令を無視して降り立つかであった。
「当然てめぇは地球に止めたって行くつもりだろう?」
結局鹵獲した戦艦をそのまま使用し、戦線区域の手前まで移動することとなったため、エネルギーを補充する合間、休憩室でヨハンが最初に口を開く。
竜也は当たり前だと頷き、次いでセシルも同行する意思を示した。
「アキラ・フォン・ベルクシュタインが画策した演説放送を聞く限り、ターゲットはNSW社も当然含まれています。フィッツさんがもし地球本社に向うのなら危険ですし、僕個人としても、NSW社の破壊はなんとしても阻止したい……」
少年は自身の細腕をぐっと握りしめ、今にも溢れ出そうになる不安を押し止めた。
彼にとって、NSW社とはすなわち自分の生まれ育った家のようなものである。
アキラにとっては憎悪の対象でしかないにしろ、セシルにとっては失い難い大切な場所なのだ。
それに、そのような個人的な感情を抜きにしても、ただでさえ戦況は悪化するばかりの現状、戦力補給の要になりそうな施設を破壊されるわけにはいかなかった。
「でも、交戦している中を地球に向って進んでそのまま地上へ降下するんだよね? 二人だけで大丈夫かな……」
そう心配したのはアスカだったが、ココットはそれに首を振る。
「あたしら全員で行ったらさすがにまずいだろ。第一目立っちゃ地球に行く前に上官に止められるか、或いは敵の的になりかねない」
竜也たちがワープで出る場所は、敵の真後ろに位置する、ガニアンから応援に向かった艦隊のさらに背後である。
まずは味方に合流した振りをして、そこから竜也、セシルをこっそりと敵の合間を縫うように行かせた方がまだ可能性があるのだ。
「そう……ですわね。アンジェクルスの操縦により一層長けているお二人だからこそ可能性があるお話ですもの。――そうですわ、鹵獲戦艦はいっそ敵の陣中を掻い潜るのにお使いになってはいかがかしら? うまくすれば、味方だと思って手を出してこないかもしれませんわ」
アドバイスを入れつつも、サンドラはどこか寂しげであった。
「サンドラ先輩……」
セシルは彼女の気持ちに気づく。いや、セシルだけではない、彼女の後輩たちはもちろん、アスカやヨハンですら気づいている。
このメンバーの中で唯一分かっていない者がいるとするなら、彼女にそんな表情をさせている当の本人であろう。
「先輩、あたしは止めないよ」
「え?」
ココットの一言にサンドラはびくりとたじろぐ。
「私も賛成! っていうことで、竜也くん、良いよね?」
「……は?」
ロニンにいきなりそう言われても、なんの話だとばかりに竜也は呆けている。
これにはさすがに周囲は一斉に溜息を洩らす。
「な、なんだっていうんっすか……?」
明らかに責めるような周りの空気に、竜也は変なプレッシャーを感じる。
「竜也くん、さすがにない」
アスカが頭を抱えながら言う。
「ああ、俺だってそこまで器用な方じゃねぇけどな、このにぶちんさは天下一品だな」
ヨハンの一言に竜也がむっとしていると、セシルが一歩前に出てサンドラに手を差し伸べる。
「僕たちと一緒に来てください。貴女のアンジェクルスの機動力だって、僕たちの機体にはけして遅れを取ってはいません」
「セ、セシル様……」
明らかな気遣いと受け取ったサンドラは、恥ずかしくも情けない気がしてたまらなかった。
これでは皆に自分のわがままを聞いてもらっているだけではないか。
自分の主張はただ一つ、彼について行きたいという、ただその一心である。
地球に大群で押し寄せている敵がいる中、そんな色恋沙汰の判断など通していいわけがない。
元来真面目な彼女はこの中で唯一の年長者という責任感も相まって、地球に同伴する気には到底踏み切れないでいるのだ。
「……確かに、宇宙空間で羽ばたいてたって意味がないもんな。先輩の機体が生きるのは空気や風のある地球だと思う」
その言葉に今度は周囲が唖然とする番であった。
「りゅ、竜也様まで何をおっしゃいますの?」
「俺の機体じゃ空は飛べないからな。ひょっとしたらセシルと別行動を取らなきゃいけない場合だってあるかもしれない。そう考えると来てくれた方が俺も安心出来る」
竜也の言葉はフォローなどという気の利いたものなのではなく、あくまで本心なのである。
皆と共にぽかんとしてしまっていたヨハンであったが、ぼそりと悪態をつくのは忘れなかった。
「ったく……この天然たらしめ」
上官には絶対秘密の話し合いの末、竜也、セシル、そしてサンドラが地球へ向い、残る四人がガニアンの艦隊戦に加わることとなった。
地球が占領されるかどうかという緊急事態も勿論であるが、その前に月を守りきれるかどうかという課題山積の防衛戦である。
月が敵に占領されてしまえば、地球までの侵攻をより約束してしまう結果を招いてしまう。
消耗戦が予想される中、仲間たちと離ればなれに行動するのは些か気がかりではあったが、お互いにそこは信頼し合い、ただ生き残ることだけを誓い合った。
「こっちの事は気にせず思っきし暴れて来やがれ! クソ生意気な後輩共!」
「竜也くん、セシルくん、君たちのサムライソウルに期待しているよ!」
ヨハンとアスカが揃ってぐっと親指を前に突き出す。
ワープをし終えた鹵獲戦艦は、ゆっくりと目の前の味方母艦に近づきつつあった。
「先輩! ファイトですよ!」
「月はあたしらに任せておいてください」
ロニンとココットは笑顔でサンドラの背中を押してくれた。
鹵獲戦艦は宇宙に残ると決めた者たちと、その上官を母艦へと到着させると、瞬間、図ったように轟々とエンジンを吹かし、再び動き出す。
パンデミックお得意の科学迷彩を起動するのと同時に、一気に最高スピードまで押し上げ、味方の陣を縫う軌道でどんどんと離れて行き、ついには敵の尾の先に紛れ込む事に成功した。
その一連の行動は、上官の制止など全く追いつかなかったのだ。
全てはセシルの特殊能力あってこその神業的脱走である。
「……頼もしいですね」
竜也がミカエルの操縦桿を握ると、セシルが戦艦の操縦席からそう通信を送って来る。
それに黙って深く頷くと、竜也はにっと笑って見せる。
敵側からは、こちらを探る様な気配をひしひしと感じた。
「さて、ここからが肝心だ。先輩」
「ええ、いつでもよろしくってよ」
サンドラも武者震いを覚えつつも、操縦桿を握りしめる。
「行くぞ! セシル!」
「はいっ!」
ミカエルとサンダルフォンが格納庫から機体を戦艦の両サイドに乗り出したと同時に、セシルの操作する戦艦は敵の陣形を突破すべく再び加速する。
振り下ろされぬよう、がっちりと片手で戦艦にしがみつきながら、異変に気づき攻撃を仕掛けてくる敵を、竜也とサンドラは狙い撃った。
「本来射撃が得意なのはフィッツなんだがな」
そう言いつつも、竜也の操るミカエルは、すでに敵の駆逐艦に大きな痛手を与え、追いすがるイブリーズを二機撃ち落としている。
「うふふ、竜也様ったら、珍しく御謙遜ではなくって? 私の分も残しておいてくださいませね?」
サンドラも撃墜数を競うように、ジュダスの群れの中に数撃浴びせると、三体ほど爆発したのが確認出来た。
「ちょっとでも宇宙で戦う奴らへの手土産だ。十分に撹乱させてってやろう」
もはや正体のばれたのでは迷彩など意味を成さない。竜也の大胆にして粋な計らいに賛同したセシルは、迷彩モードを切り、そのエネルギーを攻撃へと回した。
「死にたくなければ道を開けてください!」
スピードは緩めず、しかしナノマシンの光を帯びた瞳孔は的確に敵を捉え、次々に前方の障害物となるものたちを薙いで行く。
大艦隊率いる敵の将は、予想外にも突如として自陣の腹に湧いて出た虫に苛立ちを覚える。
しかし、損害としては微々たるものだ。すぐにそんな羽虫に構うことなく、目先の目標を達成すべしと号令を発する。
それが返って竜也たちには好都合だった。
「よし、道が開けた! 味方と地球が見えて来たぞ!」
竜也は思わず声を上げた。
目の前には特徴的な光を発する白い熾天使級アンジェクルス、ガブリエル率いる宇宙艦隊が見え、その後ろには青き美しい星が鎮座する。
近づきつつある光景に、サンドラは感嘆の声を漏らした。
「私たち、帰れるのですね……地球に……」
「それは少し違うな、サンドラ。俺たちは皆が帰れるようにしておくんだ」
改まって名前を呼ばれたことに少し照れながらも、彼女はこくりと頷く。
「ええ、我が家の玄関は安心しきって開けたいものですものね」
竜也たちを運ぶ戦艦は、味方の艦隊に通信を送りつつ、半ばむりくり道を通してもらい、そのまま地球へと降下準備に入る。
艦内へ戻った竜也とサンドラは、セシルに習い着席し、固定ベルトを手早く装着した。
――さて……、ここからは出たとこ勝負だ。フィッツ、変な実験になんか関わるんじゃないぞ……。辰兄、馬鹿なことしてるんなら、俺がまた殴って正気に戻してやる! だから、頼む……皆生きててくれ!
様々な願いを抱え、少年たちは今、母なる大地へと帰還するのであった。
彼らが練り歩く辺りは一面血の海であった。
立派な歴史の片鱗を映す内装は無残に汚れ砕け、見る影もない。
そこにあちらこちらから、人々の阿鼻叫喚が広い廊下に響き渡る。
葡萄酒色の双眸は只管に己が野望を叶えるべく、ただ理想だけを映し、自身が殺めて行く命になどまるで関心が無いように、握るショットガンの引金を機械的に作動させるのみである。
そんな彼の後ろを三歩後ろからついて行く黒髪の美しい少女は、しかし元来生白いはずの手にはべったりと赤い色が染みついてしまっている。
狂気が妖艶さを醸し出すその姿は、さながら魔女の類に見えたかもしれない。
「真梨奈、ここの粛清はほぼ完遂した。次の罪人を処罰しに行くとしよう」
「ええ、アキラ“総長”。貴方の素晴らしい采配で、とてもスムーズに我々の理想への道が開けています。私は貴方の隣でその瞬間に立ち会えて本当に幸せです」
うっとりと相手を見つめる彼女の視線は、完全にこの世ならざるものに支配を受けている者のそれであった。
「私も君の様な女性の助力を受けられ感謝の念に堪えない。――真梨奈、最後まで私について来てくれるだろうか?」
「もちろんです。貴方の魂が安らぎを得たその後まで、私はお供するつもりです。どうかいつまでも傍にいさせてください」
アキラは彼女の気持ちに応えるように、黒髪の先にキスを落としながら、細い肩を抱き寄せた。
そして、そこから銃口をそっと構えると、彼女の後ろからこちらを狙っていた警備兵を、まるで蠅でも叩き落とすかのように瞬殺する。
「……すみません。少々手抜かりがありましたね」
「些細な事だ、気にするまでもない」
だが、そう言う彼の足に、必死にしがみつく手があった。
「こ……こんな、ことを、しても……君たちに、未来など……ない。た、たの……む。これ…いじょ……ぐっ! ……罪を……重ね…………」
血反吐を吹き散らせながらも、血走る目で少年少女たちを止めようとする議員バッチをつけた人物は、無情にも伝えきる前に息絶え、ずるりと血だまりに身を沈めた。
「――さあ、行こう。辰巳たちが外で待っている」
ただの躯となった男を気に留めるどころか、むしろ汚い物を蔑む一瞥をくれてやると、アキラはさっと踵を返し、真梨奈と共に出口へと向った。
竜也たちを見送った四人は、当然上官に怒鳴り散らされた。
一通り軍紀を説かれた後、アスカが皆を代表して発言する。
「申し訳ありませんでした隊長代理。しかし、自分は地球存亡の為に必要な行動だと判断したので、彼らを行かせました。全部自分の独断であります」
その科白に激怒した上官は思い切りアスカの頬を殴りつけた。
「いい度胸だとでも言うと思ったか? 本来ならば営倉入りの上度重なる命令違反に軍法会議ものだ。身の程を知れ! ――だが、今はこの状況だ。脱走した三人分、お前が働いて見せろ。いいな?」
「了解であります」
鼻血を拭う事もせず、アスカはきっちりと敬礼する。
「馬鹿野郎、一人で格好つける奴があるか。こういうのは連帯責任だろ?」
上官がクロムウェル大将に合流を報告するためさっさと格納庫から出て行くのを見送ると、ヨハンは呆れ顔でアスカにティッシュを手渡した。
「何言ってんの。君は怪我人でここまでがんばってくれたんだし、女子に手上げさせるわけにもいかないでしょ? 僕は幸いこの程度ボクシングで慣れてるし、どうってことないよ」
止血しながら相変わらずへらへらと笑う彼に、ココットは溜息をつきつつ頭を軽く小突いてやる。
「三人分じゃさすがに荷が重いだろ? あたしが半分ケツもってやるよ」
「お……、お義姉さん!!」
思わぬ人物からの優しい言葉かけに、アスカは感動のあまり彼女の手を取ろうとするが、あっさり避けられてしまう。
「言っとくけど、まだあんたを妹のフィアンセだと認めたわけじゃないからね。調子にのんじゃないよ?」
それでも彼女の言動に一歩前進を感じたアスカは、嬉しそうに「がんばります!」と背筋を伸ばす。
「……嫁とその小姑に尻に引かれる未来が見て取れるようだぜ、アスカ」
「こんな状況で未来が予想出来るなんて良いポジティブシンキングじゃないか。甘んじてお受けしますとも」
「へいへい、おめぇは器がでかい旦那だよ」
四人は戦況報告を、元々はガニアン要塞の防衛にあたっていたアンジェクルス第一小隊隊長から受け、特殊小隊として遊撃の任を授かった。
急務は月の防衛への加勢である。
現状、迫りくる敵に容赦なく陣形を突き崩されている月の防衛艦隊は、もはや息も絶え絶えといった様子であった。
地球から応援に来たアルバートが率いる艦隊も、背中に一番守らなくてはいけない要がある以上、艦砲射撃のみの助太刀に止まっている。
まさに動くに動けないこの状況を打開するには、ガニアンから結集した戦力を持ってして、月の防衛艦隊が撃破される前に、宇宙開拓同盟の艦隊戦力を粗方削り落さなければならない。
その戦闘はすでに開始されていた。
敵の立場からすると、三方向からの攻撃に耐えつつ、月を攻略せねばならない、非常に厳しい状態にある。
それなのにも関わらず、ある一定の落ち着きの様なものが見て取れるのは異様であり、それに裏付けされるように、さほど痛手も被って無いらしい。
「アンジェクルスのシステムに頼りきりで技術革新が停滞しがちの地球共同連邦が、今まさに遅れた分だけパンデミックに痛い目にあわされてるってわけか……」
ヨハンは痛む足に鞭打ち、メタトロンを起動させ独り言ちる。
「僕たちは英雄の幻影に振り回されていたのかな……」
丁度回線を繋いだアスカがそれに応えるようにモニターへ表示された。
「さあな。でも、こんな時だからこそつい思っちまうぜ。英雄様なんてのが本当にいてくれたら……ってな」
「それって竜也くんのお父さんのこと?」
「そっちも是非とも拝みたいもんだが、俺が言ってんのは大本の方だよ。折角救ってやった人間がまた派手な喧嘩おっぱじめてるんだ。さぞかしお嘆きだろうぜ」
「――英雄って……神様、みたいなものなんだよね?」
急に眉根を顰めるアスカに「クレールス・ユリウスの授業の基本だったろ」と、ヨハンは茶化す。
「実在したなら、僕たち人間を支配することだって出来たわけだよね? どうしてそうしなかったんだろう……。強大な力があるなら、その方が折角直したものを壊されるような事されなくて済むのに……」
「だから神様みたいなもんだっつってんだろ? 実在なんかしねぇから、こんな好き勝手な事態になってんだろうよ」
「本当に、実在しないのかな……」
急に哲学染みた思考を展開するアスカに、とうとうヨハンはしびれを切らした。
「だぁああっ! もう、なんなんだよてめぇは急にフィッツみたいに考え込みやがって! 何考えてんだかしらねぇがな、今はそれどころじゃねぇんだよ! 目の前のことだけに集中しやがれ!」
ほらいくぞとばかりに戦闘へ参加すべく飛び出して行ったヨハンに、アスカは一度大きく頭を振ると、すぐに後からついて行った。
そして眼前に広がる光景に息を飲む。
なぜならば、敵がまたあの恐ろしい兵器を充填し始めていたからだ。
「あれは……キュリア先輩が撃たれた……」
バチバチと上下二柱に電流が走り、じわりじわりと蛇が鎌首を掲げるように、敵の巨大戦艦に取りつけられたハイパーレールガンが月の獲物を捉えようと力を蓄える。
防衛艦隊は月を破壊されまいと、自らを盾に整列するように艦隊運動を行う。
二人はその様子をただ見ていることしか出来なかった。いや、正確にはガニアンの艦隊全体も、敵の後方陣形に喰らいつくので精いっぱいである。たとえ自分たちがこの場で出て行ったところで、役にも立たなければ、間に合いもすまい。
「ああ……くそっ! くそぉおおおっ! いい加減にしやがれ! 何人殺せば気が済むんだてめぇらは!」
ヨハンの慟哭は直後、轟音と共に辺りに広がる閃光に掻き消される。
その光景はもちろん、ココットやロニンにも、再びあのガニアンでの悪夢を思い起こさせるには十分であった。
「なんて……こと……」
「月が……皆が……」
ココットとロニンは唇を震わせ喘いだ。
敵が今回の作戦の要として用いているこの凶悪な最新兵器に、少年少女たちばかりか、地球共同連邦宇宙軍に大きな衝撃が走る。
盾となって散って行った味方艦隊の残骸は、もはや船の形状であったのかすらわからぬほど、宇宙の藻屑と化していた。
月は一部を黒く染めたように抉られている。おそらく避難の遅れた市民は一瞬にして蒸気となり、魂は自らが跡形もなく死んだ事に気づいてすらいないかもしれない。
「ねぇ、ムラクモ……。僕は人間がこんなに恐ろしい生き物だなんて、どこかでまだ信じたくなかったのかもしれない……。今にして思えば、すべてが甘かったんだ……」
狐は主人を慰めようと、一声クゥーンと鳴いてすり寄る。
その日、地球共同連邦の第二の故郷であった月は、敵の巨大新砲塔により陥落した。
しかし、戦闘は終わらない。
本来降伏を宣言する立場にある政府がまったく機能せずにいることに気づいたのは、まさにこの時であったからだ。
そして敵は悠々と次の行動へと移る。
あろうことか、攻略したての月面に、次の目標である地球を見据えた攻撃施設を建設しようというのだ。
それはシミュレーション通りなら実に簡単な作業であった。
ハイパーレールガンを装備した巨大戦艦からそれをパージし、新たなパーツで強化固定した砲台にするつもりらしい。
機動力は失うが、より強力な威力を持つ事になる兵器。これが何の障害もなく設置されてしまった時、本当の意味で地球は滅するかもしれなかった。
もちろん、このまま黙って見守る道理もない。
『全軍に告ぐ! 敵の新兵器設置を何としてでも阻止せよ!』




