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戦禮のアンジェクルス  作者: 黒須かいと
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第九章「叛逆者」 (4)

 Ⅳ

 シュヴァルツヴァルトのあるバーデン・ヴュルテンベルクから南東へ、トルコを中継地点に、貴翔たちはドバイへと向かう。

 本来ならば陸路で六十時間ほどの道のりだが、クーデターの影響から普段完全統制の取れた交通が大混乱を来たしていた。

 どうやら革命軍の連中が管制局にハッカーを送り込んだか、はたまた直接制圧したかは定かでないが、とにかく通常時自動運転に任せきりにしている人々が、急に自力で操作しなくてはならなくなったのだから当然である。

 これにはエルンストも頭を抱えた。アンジェクルスを輸送する軍用車両はただでさえ目立つ。空路を行けば尚更だ。しかも、この混乱時に空路を選ぶのはあまりに危険すぎる。その証拠に、旅客機なども各地でニアミスを繰り返していた。

「さて……どうしたものか」

 エルンストがぼやくと、貴翔が提案する。

「とにかくゆっくりでも仕方ありません。トルコまではこのままじりじりと向いましょう。つくころには一般空路は規制され、空には一度誰もいなくなるでしょう。そうしたら、レニーのイスラフィルのジャミング効果でレーダーに映ることなく空路を進めるはずです」

 貴翔のその当ては的中し、彼らがトルコで補給をすませる頃には、空にはまったくと言っていいほど飛行体の姿は確認出来なかった。

「さすがにここまでくれば肉眼でも我々の姿は革命軍にばれません。空路で一気にドバイに近づきましょう。レニーさん、ジャミング装置の起動、宜しくお願いします」

「わかりました。ですが、ついてからはどうしましょうか?」

「見つからないように一度車両ごとアンジェクルスは砂漠に隠しておきます」

 その言葉に驚きを隠せないのは丹花だ。

「ちょっと待って瑛。まさか貴方ダナンさん救出を生身で行うつもりなの?」

「ええ、相手の戦力状況が分からない以上、アンジェクルスでいきなり畳み掛ける作戦は危険でしょう。隊長とレニーには砂漠で待機を、丹花とアリスはパンデミックの潜伏場所を特定してください」

「貴方一人でダナンさんを探すつもりなの? 無茶よ、私も一緒に……っ!」

「では逆に聞きますが、貴女はアリス一人でやれというのですか?」

 強い口調ではないにしろ、さらりと投げられた言葉にぐうの音も出ない。

「隊長、私は適切な人選をしたと思っています。砂漠に残っていただくのは、イスラフィルの機能でももし敵にばれてしまった場合、隊長ならば我々が駆け付けるまでの時間稼ぎが可能だと判断したからです。丹花とアリスに頼もうとしている事柄がある意味一番危険ということも承知しています。下手を打てば敵の只中に飛び込んでしまうかもしれない。けれども、彼女たちなら上手く情報を掴んでくれると信じています。私の方はダナンの友人として、家の作りには一番この中で詳しいはずですから、救出には適していると判断しました。何かご意見があればぜひ聞かせていただきたく思います」

「いや、現状この人数しかいない以上仕方あるまい。それに、ダナン救出に関しては極力目立たないことが重要だ。リスクは高いが、一人で潜入するのがベターだろう」

 もはや丹花は項垂れることしか出来ない。

 彼女が心底好いている彼は、決して彼女を拒否しているわけではなかった。むしろ、全幅の信頼を置いてくれているが故に、さも当たり前のような言い方をするのだ。

 丹花はそれが分かった途端、なんだか恥ずかしくて仕方がなかった。これではまるで、自分の方が彼を信頼していないようではないか。

「瑛……私、やってみせるわ。絶対に敵のアジトを探し出して見せる。だから、貴方も約束して。二人で必ず無事に帰って来るって……」

 潤みそうになる瞳を必死に我慢し、彼女は真っ直ぐに貴翔を見据えた。

 トルコの裏路地に、ぎりぎり車幅を収めた軍用車両の陰で、貴翔は少し大げさに、むしろ演技じみているくらいの溜息をつく。

「貴女は私に対して過保護で、そういうところがうちの母に本当に似ていて嫌になるんです」

 丹花はその言葉に少なからずショックを受けた様子で、眉を顰めたが「けれど」と続いた言葉に目を見開く。

「そこが貴女の美徳であることも理解しているつもりです。安心してください、無事でなくては意味をなしません。助けに行っておいて帰ってこないだなんて、そんな不毛な出来事、私が一番望んでいないのですから」

 すると、徐に彼は、彼女の肩を包むように引き寄せた。一番その行動に驚いたのは、丹花その人であろう。

「貴女の存在には感謝しています。貴女がいるから、こうして私は前だけ見ていられる。――だから、どうか貴女も無理だけはしないでください。全てが終わったらその時は……」

「え、瑛?」

 突如、二人の後ろで咳払いが響く。振り向くと、レニーとアリスが何やらそわそわと目を泳がし、エルンストが呆れ顔で睨んでいる。

「悪いが二人とも、そういうのは後にしろ。それこそ、全てが片付いてからだ」

 でないとこれから砂漠に行くまでの車内が非常に気まずいということに気付いたのだろう。

 貴翔はやれやれと言いながらあっさりと体を離し、車へと乗り込む。丹花は心なしか頬が紅潮しながらも、少し寂しそうだ。

「正直驚いたぞ。お前がああいったフォローもちゃんと出来る男だったとはな」

 皆が乗り込んだのを確認し、エンジンをスタートさせながら、エルンストが人の悪い笑顔で助手席の相手に話しかける。

「気持ちが沈んだまま作戦にあたられても支障があるでしょう。私が譲歩することで、彼女のモチベーションが高揚するならと思ったまでです」

「そういう言い訳がましいのがお前の可愛げのないところだな。でもまあ、ああ言った手前、しっかり責任は持てるんだろうな?」

 その言葉に、本当に彼にしては珍しく、耳まで赤くし、少し拗ねたような様子でこう切り返した。

「誰かさんのせいで最後まで言わせていただけませんでしたので、その質問には答えかねます」



 真っ暗だった。潰れたのは右目だけなのにも関わらず、彼の視界は闇一色だ。

 何もかもが甘かったのだ。口では友人たちが一番大事な存在だと言っておきながら、結局誰にも相談せずに自分一人の考えで突っ走ってしまった。

 それもこれも、家族を最後の最後まで切り離す勇気が己になかったからだ。

 家族に信頼を裏切られたとは思わない。自分がやはり、家族と思っていた集団とは仲間外れであっただけなのだ。

 違和感に気づいていながらも、それにずっと目を瞑ってきた。この実に粗末な結果は自ら招いたその代償である。

 止めどなく溢れて出ていた後悔の念も、今や深淵へと沈みこむ。

 ベッドに縛り付けられどれほど日がたっただろうか。ただただ虚無感が彼を襲う。その心のためか、見えるはずの目まで濁り淀むのだ。

 撃たれた手足がじくりと痛む。手当はされたが、それは専門的ではなく、兄が施した応急的なものに過ぎない。

 おそらく、左手はもうまともに物を握ることもできないであろう。足は……辛うじて片足を引きづれば歩けるだろうか。

 心身共に衰弱しきっていた。その中で、彼は今まで霞のかかっていた記憶を掘り起こす。

 

 いつだったか、母と父が酷い口喧嘩をしていた。それを、まだ三つになったばかりであろう自分が、じっとドアの隙間から見ている。

 入ってはいけない。そんな雰囲気を肌で感じていた。

「そんな背徳的な商売なんてしないでください! それをするくらいなら、私はあの子とここを出て、宇宙(そら)へ帰ります!」

「なぜ分からんのだ! この行為はむしろお前たち祖国のためではないか!」

「貴方こそなぜ分からないの? 戦を助長させてしまうだけよ! 私たちは自分たちの文化を認めて欲しいだけ。戦争をしたいわけじゃない!」

「ええい、もういいっ! 出て行け! そして自分の我を通すがいい! ただし、子供は渡さん、絶対にだっ!」

 父の怒声にとうとう泣きだした彼に気づき、母は慌てて駆け寄り、そっと抱きしめた。

「ダナン……ごめんなさい。どうかお母さんを許してね」

 母はその晩、我が子を抱いて眠りについた。しかし朝になると、何度も読み聞かせてくれた絵本だけを残し、彼女の姿はどこにもいなくなっていた。

 彼はまた泣いた。泣いて泣いて、駄々をこねるように父に母のことを聞いたが、返って来たのはあの怖い怒声。あろうことか、母は死んだとまで言われてしまった。


 彼は思う。結局自分は、あれ以来家庭の中で独りぼっちだったのだと。

 父の行為を友人に相談できなかったのは、後ろめたさよりも、父に対する恐怖だったのかもしれない。父は家庭内の絶対的主であったからだ。

 これ以上一人になりたくない。だから今まで必死に、息子を、弟を、兄を演じ切って来たのだ。

 自分の為に、この家庭を信じていたかった。自分のために、父に自白してもらいたかった。自分がそのような心持であったから、物事の本質が、父の本性が分からなくなっていたのだ。

――俺は……あの日から何も成長していない。泣き叫んで、どうにか自分の思い通りにしたかっただけだ。

「情けない。本当に……皆、すまない……。貴翔、お前も呆れているだろうな……」

 心底ダナンは自分自身に落胆していた。

 この部屋で友人たちに懺悔したのはこれで何度目であろう。


「いいえ、実に貴方らしいですから、呆れてなんかいませんよ。――ただ」


 ガチャリと部屋の鍵が外からこじ開けられる。

「私だったらもう少しましな方法をとったでしょうね。貴方は何事にも、真っ直ぐ過ぎるんですよ、ダナン」

 そこに立っていたのは、カンドゥーラ(アラビアの白い民族衣装)に身を包み、つけ髭を付けているが、間違いなく貴翔その人であった。

 彼がさっと変装を解くと、その姿はまるで、闇の中に堕ち行く者に、一筋の光明とともに舞い降りた天からの使者のようにすら映る。

 彼は手早くピッキングツールでダナンの足とベッドを繋ぎ止めていた拘束具を解き放つと、驚いて唖然とする彼を面白そうに見て笑った。

「貴翔、なぜここに? その格好は……」

「貴方が集合時間に随分と遅刻なさっているようなので、私が直接迎えに来たんですよ。それに、こちらのお宅はこういった衣装の方が普通でしょうから、郷に入っては郷に従ったまでです」

 なるほど、一見白い衣装は目立って仕方がないように思えるが、この広い屋敷にこういった恰好の客人が訪れるのはよくあることだ。ダナンはさすがだと感心する。

「大体、あんなデータをバルムンクに託しといて、なぜもないでしょうに」

「すまん、こちらとしてはお前からうまく政府に伝えてくれないかと思っていたのだが……。その、まさかお前自身が単身で来るとは……」

 ばつが悪そうに下を向くダナンであったが、そんな彼の姿を確認出来て、貴翔は内心一先ずほっとしていた。

 最悪、もっと手の込んだところに幽閉されていたら、正直発見するのも困難であっただろう。だが、現実貴翔の予想通り、ダナンは彼自身の部屋に閉じ込められていたのだ。

 彼の父、アヴドゥルもこの情勢下、色々焦り動いている事であろう。かといって、息子を閉じ込めて放っておくこともできまい。ならば、世話が出来る者のいる家にとりあえず置いておくであろうと考えたのだ。

 そして、自宅と言うのは往々にして安心しきっているものである。まさか他人が変装してまで、しかもわりと堂々と立ち入るとは思うまい。

 もちろん、一般家庭でこんな潜入方法は使えはしない。だが、豪邸で、尚且つ似たような背格好の親戚が多く、ロビーで客人を管理しているのだから、ムスタファとラフィーカの叔父が、彼らの母、つまり、妹に会いに来たとでも言えば中に通してもらえる。

 幸い、その叔父の名だけはどこかで聞き覚えがあったので「お名前は」と聞かれた時にすらりと答えられたのも吉と出た。

「それより、酷い有様ですね……。立てそうですか?」

「ああ、肩を貸してもらえればなんとか……」

 貴翔は言われた通り、親友に肩を貸してやった。すると、さらりと流れ落ちた髪の間から、血の滲んだ包帯で片目を覆った顔が覗いた。

「ダナン、貴方まさか目までやられたのですかっ?」

「……すまない」

 違う、貴翔は彼を責めているわけではない。ただ、士官学校で唯一自分を優秀さで負かした親友のあまりに痛々しい姿に、少なからずショックを受けたのだ。

 貴翔は悔しさに歯噛みする。

「私こそ、貴方に謝らなくてはなりません。たった一人で悩んでいた貴方に気づかず、そのくせ、このような酷い事をしたであろう貴方の父が、私にはどうしても許せないのですから」

「いいや貴翔、父を許してやってくれなどと言うつもりはない。あの人は……この国に仇なす叛逆者だ。それをすぐに伝えなかった俺もまた同罪だ」

「何を言っているんですか。貴方は文字通り身を削ってまで自身の責任を果たそうとしたまでです。さ、こんなところすぐに出ましょう」

 足を引きずるダナンにゆっくりと付き添いながら、貴翔は裏口へと向かう。

「貴翔……この後に及んで頼みごとがあるといったら、さすがに怒るか?」

「大体想像はついてますので、言ってみてください」

「はは……本当にすごいなお前は」

 乾いた覇気のない笑みを無理に湛えつつ、ダナンは動く右手でとある部屋を指差す。

「可能ならば、ムスタファとラフィーカだけでも連れ出してやれないだろうか……。ここがいつ戦場になるとも限らないだろう?」

 確かに、丹花たちのやりようによってはそうなることも予想出来るだろう。まだ小さい子たちだ、ダナンが気にかけるのも当然だろう。だが、貴翔には気がかりがあった。

「声を掛けて、必ずしも良い結果にはならないかもしれませよ?」

 ダナンもその言葉の意味するところが分からないほど愚かではない。しかし、兄として慕ってくれていた子たちを、そのまま無視していくには、あまりに彼は優しすぎた。

「ムスタファ、ラフィーカ」

 ダナンが入室した瞬間、貴翔はすかさず服の下に隠していた銃を構えた。

 それは当然の防衛行動であった。なぜなら――

「ムスタファ……」

「で、出て行けっ! お前はもう兄でもなんでもない! 悪魔に魂を売った悪い奴だ!」

 弟はガタガタと震える小さな手で、拳銃をこちらに向けていた。

「ラフィーカ……」

「お……お兄ちゃん。嘘だよね? お父さんを殺そうとしたなんて、そんなこと、ないよね?」

 妹もまた、酷く怯えていた。ムスタファの腕を掴みながらこちらを見つめる普段ならとても愛らしい瞳は、今や裏切られた悲しみで揺れていた。

 貴翔の予想が、皮肉にもまたぴたりと当てはまってしまった。彼らはもはや、父親の言いなりであったのだ。

 それでも、すぐには諦めきれぬダナンは、説得を試みる。

「二人とも、父さんは悪い人たちに売ってはいけないものを売ってしまっていたんだ。だから、お兄ちゃんはそんな事はしてはいけないと言いに来たんだ。それに、ここはその悪い人たちがいつ来てもおかしくない。危険なんだ。どうかお兄ちゃんと一緒に逃げよう」

 極力分かりやすい単語を選びながら、宥めるように話しかける。

「違う! 父さんはお前が悪い奴になったって言ってた。父さんが嘘つくはずがない!」

「ダナンお兄ちゃん、もうやめよ? お父さんにごめんなさいしよう?」

「ラフィーカ! お前は黙ってろ!」

 怒鳴られたラフィーカはびくりと硬直し、それ以上言葉を発することはない。

「ダナン……辛いでしょうがそろそろ限界です。いい加減警備も気づきだす頃です」

 だが、ダナンはどうしても諦めがつかない。

「頼む、俺を信じてくれっ……!」

 それは魂からの叫びだった。しかし、それは二つ同時に折り重なった銃声によって打ち砕かれる。

「う……っ!」

「お兄ちゃんっ!」

「貴翔っ!」

 ムスタファは貴翔の撃った銃弾で、手から拳銃を払われ、衝撃で痺れる手を痛そうに握りこんでいる。当然ラフィーカはより怖がってしまった。

 ダナンは思わず親友を咎めたが、相手の方が冷静である。

「私が出遅れていたら、もう少しで貴方に彼の銃弾が当たっていました」

 はっとして視界が欠けている右側を向くと、壁に弾痕がしっかりと刻まれている。間違いなく、ムスタファが自分に向けて撃ったのだと、悟らざるを得ない。

「さあ、行きましょう」

「ま、待ってくれ貴翔。もう少しだけ……っ!」

 しかし、無情にも下の階から騒ぎ声が聞こえて来る。いくらダナンの頼みであろうと、さすがにもう状況が許してくれそうにない。

「仕方がありません、ちょっと痛くても我慢してくださいね!」

 貴翔はダナンの半身を担ぐように引っ掴むと、そのまま足早に窓辺へ向う。

 バルコニーから緑の生い茂る花壇へと着地出来そうだ。彼らはそこから思い切って飛び降りた。

「……っ、予定ではこんなことするつもりなかったんですが、ダナン、大丈夫ですか?」

 返事は無かったが、ぎこちなく起き上がったので、どうやら新たに大怪我を増やしている様子はない。

「貴翔! こっちこっち!」

 普段は清掃員くらいしか使わない小さな鉄扉が微かに開いており、目の前で偃月は細長い尾を振り乱し合図を送っている。

 扉をくぐると、大きなゴミ置き場であった。そこを抜け、しばらく裏路地を通って行くと、ようやく人々が行きかう通りへと面した。

「さあ、これを被って下さい」

 貴翔は着ていたカンドゥーラを、ダナンの頭にばさりと被せると、辺りを見渡す。

 丁度自動運転が出来ないためか、誰にも使われず放置されているタクシー車両があった。これを拝借することとすると、急いでダナンを助手席に押し込み、貴翔は偃月を首に巻いた状態でエンジンをかける。

 正直、ダナンならともかく、貴翔は車の免許は持っていない。だが、そんなことよりも、なるだけ早く遠くへ逃げるのが最優先である。なに、アンジェクルスの操縦で慣れているのだ。車の方がむしろ簡単だろうとすら思った。

「行きますっ!」

「きゃっ!」

 偃月が振り落とされそうになるほど、いきなりフルスロットルで加速したが、運良く事故は起こさず、運転慣れし始めた頃にはそろそろ砂漠につきそうであった。

「……ふふっ」

 急に助手席から笑い声が聞こえる。

「貴翔……俺は何がしたかったんだろうな……。結局何も出来なかった……。お前の足を引っ張っただけだ」

 ダナンのその声は悲痛だった。こんな精神的に追い詰められている彼を、今まで見た事があっただろうか。

「いいえ、貴方の行動は必然的なものです。私だって、出来ればあの子たちを保護したかったのですから」

 慰めの言葉に、ダナンは再び自虐的な笑みを溢す。

「優しいな貴翔、こんな何もかも失った俺なんかに……」

「お馬鹿ですね」

 貴翔はすかさず言い放つ。

「失ってないものだってあります。少なくとも、私はずっと貴方の味方で、親友です。忘れたとは言わせません」

 それを聞いた相手は、運転席から見えないように、体をよじり、窓の外を見つめた。彼の肩は、微かに震えているようであった。

「……ありがとう、貴翔」

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