第九章「叛逆者」 (3)
Ⅲ
「くそっ!」
営倉の中から竜也の怒号と鉄製の壁を殴る音が虚しく辺りに響き渡る。
――あいつ……なんで辰巳まで巻き込んだ? 辰巳も辰巳だ。クーデターなんて……どんな目にあったにしろ、あの親父が望んでるわけないだろうっ!
「……馬鹿野郎」
何度か感情のままに拳を叩きつけていた指からは血が滲み、最後の悪態は掠れていた。
キリルにもらった薬の効果も切れてきたのか、フィッツ救出の際に負傷した腕の傷も痛み出し、副作用でもあるのだろう、手が小刻みに震える。
どかりと粗末な備え付けの簡易ベッドに腰掛けると、営倉に放り込まれる前に慌ててサンドラが手当てしてくれた包帯を摩る。
竜也には父親の死の真相が公にされた事よりも、兄が先輩とはいえアキラの言いなりになっているような様が許せなかった。
「上の判断はどうなったのでしょう……」
同じく命令違反で営倉入りとなったセシルが、部屋の隅で不安そうにつぶやく。
「どう考えても敵を攻めてる場合じゃない、この出兵は失敗だ。すぐにでも引き返すべきだろ?」
「しかし、負傷兵を多く残したまま、機能する戦力を地球に派遣するのはリスキーでは……」
「そうだな……この際、領域線が後退するのは仕方ないとして、怪我人しかいないガニアン要塞を敵にくれてやるのもな。――いっそ、要塞ごと地球に近づければ良いんだが」
「ワープ技術がそこまで可能だという仮定を置いたとしても、そもそも引力が強くて近くに寄るのは危険かと……」
竜也はやっぱりこういう事を考えるのは苦手だと、ベッドに横たわり不貞腐れる。
「二人とも、僕のせいでごめんね……。大丈夫?」
そこにひょっこりと外からフィッツが顔を出す。格子越しに二人にそっとスティック状のレーションを渡すと、周りを窺いながら営倉を背に居座る。
「おい、こんなところで油売ってたらお前まで怒られるだろ?」
「むしろ一緒に営倉入りさせてもらいたかったよ。その方が、いつ嘘ってばれて見張りがもどってくるか気にしなくていいもの」
舌をちろりと出しておどけて見せるフィッツに、二人は呆れて苦笑いを交わす。
「ったく、なんて言ってここに入って来たんだか知らないが、そうまでしたってことは俺たちに急いで知らせたいことでもあるのか?」
「うん……そうだね。そうなんだけど、困ったな。いまいちまだ話の順序に迷っているというか……」
歯切れの悪いフィッツに竜也が首を傾げる。
「大丈夫ですよフィッツさん。貴方に何があろうと、僕らが友人であることに変わりはないのですから。ねぇ、竜也さん?」
「は? あ、ああ、そりゃまあ当然そうだろうな」
セシルの何やら悟ったような言葉に、きょとんとする竜也。フィッツは少しほっとしたように口を開く。
「ふふ、それもそうだね。それじゃあまずは僕の身体検査の結果なんだけども……」
「まさか、お前あいつらに変な手術でも受けたのかっ?」
慌てて早合点する竜也を「とにかく話を最後まで聞きましょう」とセシルがそっと諭す。
「ううん、お陰様でお腹割かれる前に助かったよ」
へらへらと笑うフィッツだが、心底二人は間に合って良かったと肝を冷やす。
「で、調べた結果、僕は人間としては妙だということなんだ。なんだかあべこべというか……」
「あべこべ?」
「染色体が女性のそれに近いらしい。脊髄移植なんかするとそういうこともあるらしいけど、僕はそういった手術は受けた事はない。それに、完全に人間の女性と言うには、染色体自体がそれとも少し異なってて、第一僕の体の構造は男性なわけで……、だけどほとんど母方の血液タイプとそっくりで……」
「え~と、つまりどういうことだよ?」
竜也がしびれを切らして答えを急く。
「僕のお母さんのクローン崩れ……? みたいな?」
「へ?」
「模倣を失敗した……ような?」
疑問符の多さにさっぱり相手に伝わらない。そこでセシルが助け船を出す。
「つまり、僕と同じく人工的に貴方は作られた……と?」
「……うん」
竜也はあっけらかんとして「そんなの特に今更驚かないぞ?」という態度だ。
たしかに、そもそもがクローン技術の応用編であるセシルを目の前にしている彼らにとって、それほどショッキングな事例ではない。
「しかし……クローンならば身体的な性別も女性のはず。それに、染色体異常は何らかの奇形を発症するはずです。クローンを生み出す過程で、そういったことはままあることですが、貴方を見ている限りそういった様子もないですし……」
「そう、そこなんだ。僕には決定的に普通に考えられているクローンとは違う特徴がある」
言いながら取り出したのは、自身のレントゲン写真であった。どうやら敵の艦から拝借して来たらしい。
「お腹の部分に球体があるでしょ? あの人たちは仮にコアなんて呼んでいたけど、要するにこれが僕の体内で最重要の部分らしい。実際、僕はこの器官があったからこそ、君たちの前でこうして生きていられるんだ。本当なら、僕はとっくにあの戦いで腹部からの大量出血で死んでいた」
さすがにこの告白には竜也もセシルも驚きの色を隠せない。そして、竜也はよくよくと入学式の身体測定後の出来事を思い出した。
そう言えば彼は、衛生医療科の先輩に「入院、手術なんかをしたことがあるか」と問われていた。おそらく先ほどフィッツが話した通り、染色体の違いに引っかかりを覚えたのだろう。けれども、実際の通知は異常なし。だが、これほどまでにはっきりとレントゲンに映ってしまう違いが彼にはあった。
ユグドラシル内だけでの話なら、学長であるアルバートがもみ消しただけとも考えられるが、それ以前にも学校でレントゲンを撮る検査くらいあった。
こんな目立つ物体があれば、知らされても良いはずである。
「ううん? 待て待て、色々俺なりに考えてみたんだが、入学式の時、確かに衛生医療科の先輩は血液検査の結果に疑問を持っていた。けど、たぶんそれはアルバートさんが病気でないのなら気にしなくていい……とでも言ってクリアしたとする。たぶんあの先輩の聴き方からしても、フィッツが骨髄移植でも受けた事があるとでも言ってたら、すんなり納得してたんじゃないか? 大方女性の染色体だってところに疑問をもってたくらいだろうからな」
「うん、きっとそうだろうね」
「それで、だ。俺が分からないのは、その腹の球体だ。レントゲン検査もあった中、どうしてスルー出来たんだ? 小学校でも中学校でも、レントゲン検査はあったよな?」
「そうだね、僕もそこは変だと思った。けどこう考えてみたらどうかな? 一度体が死んだ事で、今まで人間らしく擬態していたものの正体が出て、それが本来の僕の姿なんだって」
なるほど、いよいよただのクローンという説とは外れてきた。
「そこでね、竜ちゃん。君に聞きたいんだ」
「うん?」
「お父さんから……何か聞いてない?」
そう言われてもと、竜也は腕組みする。
「聞いたには聞いたが……」
「本当っ?」
「ああ、でも期待するな。お前が実際何者なのかってところは相変わらず分からない。ただ、確かにアルバートさんは、イザヤさんが突然赤ん坊のお前を連れて来て、何も聞かずにうちの子として育てて欲しいって泣きつかれたらしいんだ」
ルナと再会した日、学長室で明かされた真実であった。それもあったからこそ、フィッツがどのような存在であっても、竜也にそこまで衝撃が走らなかったのだ。
「そっか……じゃあ、あの夢はやっぱり現実にあったことそのものなのかも……」
ぼそぼそと独り言の世界に入ってしまったフィッツに、格子の隙間から竜也のチョップが軽く当たる。
「あたっ……」
「あのなフィッツ、俺たちにとってはお前が生きている事が最重要事項なんだ。クローン人間だろうが、そもそも人間じゃなくても、それは変わらない」
「う、うん」
「だから、お前が本当の自分をどうしても知りたいっていうなら止めはしないが、そのことで悩むようなら気にしないでいつも通りにしていればいい。アルバートさんもそう言ってたし、俺もそう思う」
セシルもその意見には頷いて同意する。
「二人とも、ありがとう。でも状況がそれを許してくれないみたいなんだよね……」
友人たちの受け止め方の温かみを噛みしめつつ、フィッツは困ったような、少し寂しそうな顔をした。
「やはりここにいたか……」
不意に凛とした通る声が響く。カツンカツンと軍靴を鳴らしながら近づいてきたのは、キリル少佐であった。
「あ、もう来ちゃった」
「まったく、私が訳も分からず怒り狂って呼んでいるなどと……悪知恵ももう少しましな言い訳があっただろうに」
深いため息をつく隊長に、笑ってはいけないと思いつつも、竜也だけならず、珍しくセシルまでもがくすりと笑みを漏らしてしまう。
「それで? 二人に伝えたいことは伝えられて満足したのか?」
「ごめんなさい。あと一つ、最後に伝えさせてください」
一瞬和んだ空気が、最後という言葉に静まり返る。
「二人とも、僕はそんなわけで、これから保護監察下に置かれることになったんだ」
「は? それってどういう意味だよ?」
「僕が得体の知れない生命体だからね。一旦地球に戻って来いって。たぶん、SW社なり、NSW社なりに送られるんじゃないかな……」
さらりと言ってのけるフィッツに、全身の毛が逆立つような思いに駆られる。竜也だけではない、勿論セシルも立ち上がって抗議する。
「ふざけるなっ! それじゃまるで実験台になるために帰るみたいじゃないか!」
「そうです。本国は敵とやってる事がまるで変わらないじゃないですか!」
「……ごめんね二人とも。もう決まった事だから――」
「――さようなら」
フィッツの別れのあいさつに、竜也はまだ言い足りぬことがたくさんあるとばかりに、鉄格子を破かんばかりに食い下がった。そんな彼に、フィッツはたった一度いつものように微笑んで振り返っただけで、キリルとその場を去って行く。
「……ぐっ!」
「竜也さんっ?」
突如竜也の視界がぐにゃりと歪む。さすがに痛み止めの効果も完全に切れた中、いい加減体力切れを起こしてもおかしくない頃合いであった。
「大丈夫ですか? とにかくまず横になって下さい」
「ああ、悪い……」
ぐったりと横たわりつつも、力なく片腕でベッドのふちを叩く。
「あ~……もう、わけがわからなくなってきた……何なんだ一体」
兄の事も、親友の事も、まったく自分の預かり知らぬところで事が動いていて、言葉がどうしても投げやりになってくる。
物事が悪い方へと一方的に向っていくようで、苛立てばいいのか、悲しめばいいのか、何やら感情の舵取りすらも上手くいかないような気がしてきた。
「セシル……俺はどうしたらいいんだ」
顔を手で覆った下で、呻くようにつぶやく竜也を珍しく思いつつも、このような状態では普段のように思ったまま一直線に走って行く先すらも見出せないのだろうと同情すら覚える。
「諦めず、最善の選択を模索していきましょう。僕も、このままなんて嫌です」
嫌という言葉を聞き、竜也は何度か頭でそれを反芻する。
「だよな……うん。俺も嫌だ」
ゆっくりと半身を起したかと思うと、竜也は先ほどフィッツにもらったレーションの袋を、乱暴にびりびりと破り、がつがつと食す。そして無理やり水分の少ないそれを飲み下すと、中身の無くなった袋をぐしゃぐしゃと丸め捨てた。
「決めた。この先どんな命令が下ろうとも、俺は地球に行く。意地でもついてくっ! あいつがダメだっていっても行くって決めたからなっ! んじゃ、一先ずお休みっ!」
「は、はい……っ、おやすみなさい……」
竜也の気迫に押されつつも、やっぱり彼らしい答えの出し方にほっとする。
よっぽど疲れが溜まっていたのだろう。すぐに寝息を立て始めた彼に、セシルはそっと上着を掛けてやった。
「……いいのか?」
しばらく廊下を歩いていると、キリルから尋ねられる。
「何がです?」
「あんな別れ方で後悔はないのか?」
するとフィッツは意外にも何やら楽しげだった。
「あれで諦める彼らなら、そもそも僕の事助けになんか来てませんよ」
微笑する少女の様な顔は、こうなると少し小悪魔的にも思えて来るから厄介だ。キリルは当然呆れ顔である。
「本当、困った親友なんです。けれど、それをどこかで頼りにしてしまっている僕も、人の事を言えませんよね」
「また悪知恵か?」
「人聞きが悪いですよキリル隊長。でも、そうですね……。彼らには地球に来てもらわないと困ります」
キリルもそれには同意だ。革命軍は天野龍一という英雄の名を掲げ活動している。ならば、それに対抗しうるのは、やはり天野の名を持つ者。
それに、NSW社にも危険が迫っている今、内部事情に詳しいセシルにも同行してもわねばならぬだろう。
ただ、フィッツとキリルが勝手にそう思っているだけであって、上層部の判断として伝えられたのは、あくまでフィッツだけを一先ず地球へ戻せとの通達であった。
「お父さんが……いえ、アルバート元帥閣下がそんな命を下すでしょうか?」
「あの地球からのニュース配信は、私たちが宇宙に出てから四日後、ようやく民放が流したものをこちらに寄越したそうだ。それまではどこもジャミングだらけで、多方面で連絡が途切れていたらしい。クロムウェル閣下も地球からの伝達としかいっていない以上、実際に元帥閣下のご命令かどうかは怪しいところではあるな」
四日後というと、丁度キリルたちがガニアンへ到着した頃である。
「誰からの通達だったか聞き返すことは出来ないでしょうか?」
「こんな状況だ。処理に追われてそれどころではないだろうな」
確かにとフィッツは頷いた。ともあれ、自分の出生の秘密をどうしても知りたいのも本心だ。ここは素直に地球に戻ってみるしかないだろう。
「それで、地球に行って、僕はどこへ行けばいいのでしょう?」
「一先ず、ユグドラシルに戻れとのことだった。私も護衛として同行する」
「え? それじゃあ皆の指揮は一体誰が?」
「私と同じ階級の者に引き継ぐこととなった。問題無い」
フィッツは自分だけ一人、この戦線を離脱することに罪悪感を覚える。しかし、自身のアンジェクルスもない今、出来ることは限られていた。
紺青色の空に、月が浮かんでいた。
地上の混乱をただ整然眺めていたはずのそこに、突如として小さな太陽が現れたかのような光が生まれる。
何であろうかとまだ眠りについていなかった人々が上空を見上げた。
その光はしばらくすると消えて無くなるが、すぐにさらなる光が生まれたかのような現象が起きる。
こちらに向って落ちて来るようなその光は、途中で分散するように、複数の線となって四方へと消えた――と、地球ではそのように見て取れただろう。
しかし、月の住人達はさらなる驚愕の光景を目の前にしていた。
目の前に浮かぶ黒い影は艦隊であった。それも、大艦隊の様相を成している。
先ほど地球に放たれた光は、この大艦隊の砲撃であったのだ。
だが、ほんの小手調べとばかりのそれは、地上に着弾する前に阻止される。
この攻撃を予想していたかのように、地球と月、両方に艦隊を配備していた人物がいたのだ。
その人物は先ほど自ら第一撃の盾となったにも拘らず、落ち着いた様子で地球を背に呟く。
「こちらが考えることは相手も使う事を予想しておかなくてはね。やはりワープを使ってきたか……、ギリギリだけど間に合って良かったよ。アルテミス、久々だけど感は取り戻せたかな?」
アルバートがにっこりと白き孔雀に話しかけると、長い首で返事が返って来た。
「よし。皆、特に月を死守する第二艦隊は、応援が来るまで耐えてくれ! 我々も打って出る! 全砲門開け!」
同時刻、ガニアンの司令室に緊急回線が繋がる。
『至急、持てる戦力の全てを持って、月の援護につくべし。さもなくば、我らの地球に未来なし!』
直後、クロムウェル大将の稲光の様な号令が、要塞ガニアンの中に木霊するのだった。




