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戦禮のアンジェクルス  作者: 黒須かいと
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第八章「錯綜」 (6)

 Ⅵ

「レニー先輩!」

 丹花は必死に式典のあった部屋まで駆け戻った。

 建物内は先ほどまでとはうってかわり、あちこちに壁や天井の破片が転がり落ちている。中には瓦礫に混ざり、参列者であったはずの将校たちも数人血を流して倒れていた。

「しっかりしてください!」

 貴翔が抱き起こすと、息も絶え絶えに将校は憎々しげに視線を向ける。

「ガキ共が……いったい、何を考え……っ」

 将校は血を吐き、今度はいくら声をかけても二度と息を吹き返さなかった。それを見ていた丹花は口を覆い狼狽する。

「酷い……どうしてこんなことに……」

 貴翔は眉を顰めつつも辺りを見渡し、目の前にいる限りの人々はすでに事切れていることを確認した。

「事態を把握するのは後です。とにかく今はレニーさんを探さなくては」

 丹花は彼の言葉に同意し、再び急いで捜索に当たる。

 その時、式典を行っていた部屋とは反対側の扉から、微かに悲鳴が聞えた。慌てて丹花は部屋に駆け寄ったが、貴翔がそれを制す。

「扉の向こうがどうなっているかわかりません。もう少し慎重に」

 彼女の肩を引きながら注意すると、貴翔は標準装備である腰の拳銃に手を掛ける。そっと扉を開き、隙間から中の様子を見ると、生き残っていた将校が、あろうことかレニーに銃口を向けていた。

「およしなさいっ!」

 貴翔は飛び込み様己の銃口を将校に向けた。丹花も少し出遅れたが、貴翔の行動に倣う。

「き、貴様ら何を考えているんだっ? こんなことをしてどうなるかわかっているのかっ?」

 将校は酷く動揺していた。カリンの犯した行為を思い浮かべると、その反応も頷ける。彼は今回特進少尉となった者たちが、無差別に攻撃してくるのだと決め付けているのだ。

「彼女も私たちも、貴方を攻撃する理由はありません。どうかその銃を下ろしてください」

 貴翔のその説得に、レニーは両手を挙げ、大きく首を縦に振る。

「信じられるかっ! ならば貴様らが先に銃を下ろせ!」

 将校の主張ももっともである。貴翔は溜息混じりに銃をそっと床へと下ろす。丹花にも目配せで同じようにするよう指示した。

「よ、よし……、そのまま動くなよ」

 将校は彼らの銃を遠くへ蹴飛ばしながら、扉の外へと逃亡を図る。しかし、彼が外に出ると、無数の銃声と悲鳴が重なった。扉の隙間からは、徐々に真紅の液体が床へと広がる。

 それを見たレニーは今にも卒倒しそうであったが、どうにか二人に支えられ、何とか意識を保つことが出来た。

「不味いですね……扉の向こうに戻れば私たちも……」

 貴翔はそっと部屋の窓から下を見下ろす。丁度建物の裏手となっているようで、人影は確認できない。だが、ここは最上階、いくらなんでも飛び降りるのは無謀である。

「丹花、緊急脱出用の出口はこの部屋にありますか?」

 彼女も同じことを考えていたのか、今しがた発見したばかりの火災時用脱出口を指差す。その側には救命用ロープも壁に備え付けられていた。

「では、貴女方から先に下りてください」

 貴翔は言うなり自分たちの銃を拾い集めつつ、端に積んであったパイプ椅子などで扉にバリケードを構築する。

 脱出口はたった一つ。それも、人一人分である。少しでも逃亡の時間稼ぎをする必要があった。

 まだ怯えが残っているのか、レニーの手足は微かに震えていた。そんな彼女に、自身が先行し下で待っていると告げた丹花が、腰に巻きつけたロープでするすると壁伝いに下りて行く。

 さっと地面に着地した彼女がレニーに合図を送る。

 申し訳無さそうに貴翔の方を振り返ると、彼は珍しく相手を安心させるように微笑んで見せた。

「さあ、早く」

 レニーはその言葉にしっかりしろと自分を奮い立たせ、ロープに手を伸ばした。その時、扉の向こうから複数人の足音が迫っていることに貴翔は気づく。

――今ここに気づかれては脱出が間に合わないっ!

 扉の向こうに銃を構えつつも、貴翔の眼球は忙しなく周りを見渡す。彼の目に入ったのは、先ほど表を確認した窓と、脱出用ロープの予備であった。

 ガンガンと室内に大きな音が響く。相手がこの部屋を確かめようとしているのは明らかだ。

 貴翔は舌打すると、急いで予備のロープを引っ張り出し、窓辺にあった大きなソファーに括った。それをしっかりと自身にも装着すると、一気に助走をつけて窓に体当たりする。

「瑛っ!」

 ガラス片と一緒に降って来る彼に、思わず丹花が叫ぶ。壁を降りていたレニーも目を丸くした刹那、部屋に押し入った連中が無差別に銃を発砲した。

 あろうことか、その弾丸は貴翔がソファーに括りつけたロープに当たり、強度を失った繊維は彼の体重を支えきれず、くんと一瞬体を支えたと同時に、ぷつりと断たれてしまった。

 このまま地面に衝突してしまうと、本人だけではなく誰もが思った。が、彼の体はどさりと何かの上に落ち、なんとガラス片で多少切った腕の軽傷だけですんだのだ。

 貴翔が呆気にとられていると、下の方から聞き覚えのある声が掛かる。

「貴様ら無事か!」

「――っ、エルンスト教官!」

 幌を張った軍用車両の運転席から顔を出しながら、三人の顔を見て教官は一先ずほっとした表情になる。

「今は教官ではなく隊長だ。馬鹿者」

 幌の上にいる貴翔ににっと笑みを返すと、すぐに車内に入るよう促す。丹花は辛うじて降りてきたレニーの手を引きながら幌の張られた荷台へと乗り、貴翔は助手席へと移動した。

「隊長、これはいったいどういう状況なのですか?」

 車を発進させたエルンストは、貴翔のその質問に唸ってしまう。

「理由は分からんが、どうやら出雲の連中が暴れまわっているらしい。学園に連絡を取ろうにも妨害電波にやられて無理そうだ。交通手段も一般車両は基地局が機能していないのか、一切動かない。幸い、お前たちのアンジェクルスはこの先にある森の格納庫に保管されている。一先ずそこを目指すぞ」

 基地の裏手から格納庫へ向かうため、エルンストがハンドルを切ると、車の前に小柄な人影が突如躍り出る。慌ててブレーキを踏み、間一髪でその人物を避けることができた。

「あ、貴女は!」

 貴翔が車外の人物の顔を確認するなり、助手席から飛び降りる。目の前の少女はへたりこみながらも彼に訴えた。

「どうか私も連れて行ってください。みんなを、止めなくちゃ……っ」

 走ってここまで来たのだろう。肩で息をしている彼女は、紛れも無く出雲出身の特進少尉、アリスであった。

「アリス、なんて無茶を……」

 その後ろから現れたのは、大柄な男、ボルジャンである。彼は彼女の捨て身の行動を止めたのだろうが、彼女は聞き入れなかったらしい。

「貴女方は何かこの騒動の理由を知っているのですか?」

 貴翔のその声と重なって、そう遠くない方向から銃声が聞える。まだ戦闘地帯は脱出していないのだ。

「原因を探るのは後にしろ! 武器を預かって車へ乗せるんだ!」

 相手が出雲出身者である以上、手放しに信用することは出来ない。エルンストの命令に従い、貴翔はアリスとボルジャンに装備している拳銃と軍刀を渡すように手を差し出した。アリスはそれに素直に応じたが、ボルジャンは頭を振って拒否する。

「俺はここに残る」

「まさか、貴方もカリン同様、この騒動に関わっているのですか?」

 ボルジャンはそれにも否定の意を表した。

「今あいつ等はあまりにも視野が狭くなっている。俺が少しでも歯止めになるようにいてやらなければ……。すまん、アリスを頼んだぞ」

 踵を返し走っていくボルジャンに、アリスは何か言いたげであったが、彼の背中はすぐに見えなくなってしまった。

「急ぐぞ!」

 貴翔とアリスが車に乗り込んだのを見計らって、再びエルンストはアクセルを踏んだ。

 荷台では、入ってきて早々悲痛な面持ちのアリスを、レニーが優しく出迎え、頭を撫でてやっていた。

「大丈夫よ。貴女一人ではないのだから」

 荷台から遠ざかる景色を見ていた丹花も、その言葉に力強く頷いてみせる。

「……はい」

 アリスはか細い声で答える。だが、決して彼女から安堵の色は伺えない。その様子からしても、出雲に突如巻き起こった異変は、彼女の想像し得なかった事態なのだろうとの推測がつく。

「隊長、格納庫まではどのくらいですか?」

 助手席に座る貴翔の質問に「そう遠くはない」と返すエルンストの目は、しっかり外の様子を警戒しつつも、はたしてこの後どう指示を出すべきか悩んでいるように映る。

 無理もない事であった。この予期せぬ事態に皆混乱しているのだ。誰も頼れそうもない状況に、なぜ一番この場で相談したい友がいないのかと、ふと貴翔がフロントガラスから外を見上げた時であった。

「あれはっ!」

 天空で陽光を遮った小さな影は、雄々しい両翼を広げていた。それが何であるか悟った瞬間、貴翔は眼を大きく見開くのだった。




 ガニアンの敵要塞攻略戦は、実に迅速に進行していたかに思われた。

 宇宙開拓同盟の防衛ラインに配置された自動照準型無人砲台は、迫りくる地球共同連邦の軍勢に一斉に火を放つ。しかし、数年間無駄に睨み合いを続けてきたわけではない。相手の攻撃力を熟知したガニアン駐屯艦隊は、クロムウェル大将の作戦通り強靭な防衛陣を前線に配し、怯むことなく砲台に向って突撃した。

 過去にアルバートの旗艦熾天使(セラフィム)級アンジェクルス、ガブリエルにも搭載されていた防御壁(バリア)機能を有した船団を、凸型陣形の前列に据えたのである。

 もちろん防衛ラインを突破せんとする相手の動きを敵がただ見守っているはずもなく、すぐにイブリーズを隊長機とした部隊が複数、大量のジュダスを引き連れ要塞から現れた。

「まだこっちの人型を出すなよっ! 防衛ラインの中央を食い破ったタイミングに合わせるんだ!」

 サンドラたちを乗せた母艦の艦長が叫ぶ。彼らが居る位置は、ちょうど凸型陣形の真後ろに控えた第二陣、長蛇の形をなした先端部分である。

 第一陣が防衛ラインの中央に風穴を開けた瞬間、文字通り蛇の如く隙間を抜け、要塞に直接張りつく算段なのだ。

 もしタイミングを見誤り、防衛ライン突破前に人型アンジェクルスを放出してしまえば、相手のイブリーズらに足止めをくらい、残った砲台の格好の獲物となるだろう。ライン手前でもたつかないためにも、頃合いを見極める必要があった。

「砲台の連射は一回に十発だ。その間をつくぞ――3……2……1、撃てっ!」

 凸型陣形が一斉にライン中央部の砲台に向け攻撃を開始する。

 防御壁が砲弾を弾き返す衝撃、砲弾を掃射する音、不運にも防御壁の範囲が及ばず轟沈する艦。想像はしても目の当たりにしたことのない本当の戦乱の渦が、アンジェクルスの中で待機するサンドラたちに武者震いを覚えさせる。

「本当に、戦場の只中に来てしまったのですね……」

 サンドラはどこか遠くを仰ぐように呟いた。自ら望んでこの道を選んだとはいえ、この戦いで終わりではなく、むしろ、今まで膠着状態にあった戦局が動く発端となるのだ。

 先行きの長い戦争に、果たしてゴールなどといったものが存在するのか。残念だがとても怪しいのが実情である。

 嘆くのはそればかりではない。今まで自分たちは事実を知らず、なんとも安穏とした生活を送ってきたのではないか。それで国の戦士になりたいなどと、甚だ幼稚な考えだったのではないかとすら思ってしまう。

 サンドラははたとして頭を振った。今悩んでどうすると自身を律したのだ。

「考えが甘かったのならば、現状を見つめ直し、やれることにひたすら尽力するまでですわ。私たちの目標はただ一つ。この長い戦を終わらせる事。それだけは変わらぬ志ですもの」

 緊張を和らげるため、彼女は誓鈴トゥオネラの真っ白な羽を一つ撫でると、いよいよドッグ内のサイレンが人型アンジェクルスの発進を告げる。

「皆、いよいよだ。私が先頭を指揮する。その後を逸れずについて来い。この作戦はスピードが命だ。遅れて隊から外れるような事があれば置いていく。わかったな?」

 通信モニターにキリル少佐が映り、特進少尉たちは気を引き締めた。

 これは訓練ではない。置いていかれれば、その場でどうなるか、想像に難くない。

「サンドラちゃん、他のベテラン戦禮者(せんれいしゃ)さんたちも皆一緒の出撃だから、私たちはとにかく迷子なんかにならないように、しっかり固まって行動しようね!」

 通信で響くキュリアの声は、いつもながら元気に満ちていたが、モニターに映る目は柔和さに欠けていた。やはり彼女も、始めての実戦に固くなっているようだ。

「ええ、そうですわねキュリアさん。では、参りましょう」

 カタパルトにサンダルフォンの足を乗せつつ、友に向けて笑って見せる。それは彼女の、特進少尉部隊のリーダー格としての意地であったのかもしれない。

主天使(ドミニオンズ)級戦禮名サンダルフォン、サンドラ・ハカラ特進少尉、出ますっ!」

 射出音と共に宇宙へ飛び出したサンドラ機は、攻撃の光線が飛び交う中、どうにか自軍の船団の合間を掻い潜り、キリル機に付いて行く。その後から遅れは決してとるまいと、仲間たちが続く。

「いいか? 敵の要塞には知っての通り長距離ハイパーレールガンがある。充填速度は極めて遅いが、忘れた頃にやってくる。そちらも決して油断するな」

 防衛ラインの奥にたどり着きながら、キリルの忠告を聞いたヨハンは、眼前に迫るイブリーズとジュダスの軍団にあからさまに嫌な顔をして見せる。

「うへぇ、島に現れた連中より数が多いぜ」

「当たり前だよ。目の前にあるのは敵の要塞なんだから」

 アスカがうんざりしたように返すと、早速敵の部隊がこちらに気づいて攻撃を開始する。

「私たちの目的は第一に進入用工作船が要塞まで近づくことの出来る道を作る事! とにかく出来るだけ多く敵を排除しますわよ!」

 サンドラの掛け声に仲間たちは了解し、襲い来る部隊を蹴散らしにかかった。出来るだけ確実に敵を仕留めるため、先ほどキュリアが言ったように、皆それぞれタッグをうまく組みながら攻略していく。

 その中でロニンはシャイアンと組み、敵一機に対して上手く攻撃と防御を分担して行っていたが、目の前からもう一機飛び込んできた敵に気を取られ、横からの狙撃に気付けなかった。

「ロニン!」

 彼女よりも早く気付いたシャイアンが叫ぶと同時に、二人の後ろから長い銃声が響く。

「あんたら宇宙戦では特に視野を広く持てって教官連中に教わっただろう?」

 そう注意するのは、砲台の残骸に身を隠して敵をロングレンジライフルで穿いたココットであった。彼女は敵が後輩たちを撃つ前に、素早く狙撃し返したのだ。

「あたしにも守ってやれる数には限度ってもんがあるからね」

「は、はい。ごめんなさいっ!」

 ロニンたちは危なっかしくもどうにか戦場を駆けていた。その様子を目の端で確認しながら、サンドラは目の前に立ちはだかる敵をランスで貫いた。キュリアも彼女の後ろを守るように応戦し、敵を爪で薙いでいたが、ふとモニターで友人の顔を見て心配になる。

「大丈夫、サンドラちゃん?」

 声をかけられ何の事かという表情を見せる相手に、キュリアは余計不安になった。

「なんだか顔が青ざめてるようにみえるんだけど……」

「平気ですわ。本当、平気ですから……」

 しかしそう言う彼女の額には、玉の汗が浮かんでいる。

 サンドラはとある記憶と葛藤していたのだ。文化祭の時、空中学園都市に進入した敵を迎撃する際、目の前で起こった出来事が、頭の中を一瞬にして染め上げる。

 自分の甘さ故にコックピットが攻撃出来ず、生身の人間が目の前に躍り出た。それをまるで羽虫の如く叩き潰したあの光景を。

――ああ、あの方の行動は至って正しい。私たちが正義としているのは結局のところ……。

「お嬢様、真上っ!」

 トゥオネラの叫び声に我に返ったサンドラは、反射的にランスを勢いよく掲げた。その先端は、正面から敵のコックピットを貫いていた。

「あ……」

 イブリーズの機体、すなわち有人機である。動きの止まった相手に苦しげな表情で彼女はランスを引き抜いた。

 敵の機体は破壊された機材が発する電流に、内部から漏れ出た空気と触れあい爆発する。飛散した部品が空しく宙を漂うが、そこに人の面影は残っていない。

「そう……これが本当の戦なのですね」

 悲痛な声音には諦めにも似た感情が混ざっているようだった。

「サンドラ特進少尉」

 明らかに動きが鈍ったサンダルフォンを見かねて、キリルが声を掛ける。

「貴様が何を考えているか、多少なりとも想像出来ないでもないが、今は敵の内側を見ようとするな。下手な同情は躊躇いとなって現れる。その時に命を落とすのは他でもない、己自身だ」

「……はい」

 そのようなことは言われずとも分かっていた。だからこそ、自分の甘さが枷となっている現状に悔しさが募る。彼女は人知れず下唇を噛んでいた。

「それにしても、敵の様子がおかしい……」

 不意にキリルが眉根を寄せるので、サンドラは首を傾げた。

「どうして戦艦を出してこない。今のところ敵の対抗手段が人型と砲台のみとはどういうことだ?」

 隊長の疑問に、確かにそうだと彼女は同意した。要塞を狙われている今、戦力を出し渋っている余裕は相手に無いはずである。

 それなのに、一向に敵の主力艦隊が出て来る様子がない。まるでそのように打って出る必要が無いとすら言われている気がする。

 這い寄るような恐怖がじわりと体を支配した。このままではあまりにもスムーズに要塞攻略が成し遂げられてしまう。敵が何を考えているのか分からない以上、諸手を挙げて喜ぶことは出来ない。

 その事に、キリルたちだけではなく、アスカも持ち前の勘の良さで気付き、薄々不審がっていた。

「参ったなぁ、こういう時貴翔先輩とかフィッツくんが居れば、僕たちが今一番やられたら嫌な事くらいすぐ思いついちゃうんだろうけど……」

「いない奴らに期待したってしょうがねぇだろう」

 ヨハンが溜息をついた時、隣のアポロの鬣がざっと逆毛立った。

「え……何だろうこの感じ? すごく嫌だ……ぞわぞわするっ!」

「なんだって?」

「どうしよう、とにかく逃げなきゃ駄目だ!」

「おいおい! 逃げるったって――っ」

 その時であった。それぞれの陣形の真横に、空間の(ひずみ)が生じたのは。

「――まさかっ!」

 誓鈴たちと一部の人間は最悪の事態に気づく。しかし目の前にはすでに充填を完了したハイパーレールガンが煌々と先端を輝かせていた。

「まずい、十字砲火が来るぞ! 皆散れっ!」

 誰ともなくそう叫び声が通信を飛び交った。歪に曲がりくねった暗黒の境界から、突如として巨大な砲撃が放たれる。一つなどではない。無数の閃光が束となって、味方の横っ腹を貫いた。

 それとほぼ同時に、要塞からもハイパーレールガンが炸裂する。クロムウェル大将は目の前の宇宙空間が一面真っ白に発光したような錯覚に陥った。

「なんということだ……。敵もワープを使用したとでもいうのか?」

 唖然とする気持ちを無理やり仕舞い込み、彼はすぐさま状況確認に移る。

「被害はどうなっている?」

 ガニアン要塞の指令室は凍てついていたが、クロムウェル大将の声に反応し、すぐさま情報部が機能しだす。

「報告します! 被害は……非常に甚大。第一陣、ほぼ壊滅。射出され防衛ラインを突破していた部隊もちりじりで、連絡が途絶えています。第二陣も分断され……」

 情報を読み上げる男の声は震えていた。クロムウェルも言葉を失い、眉間の皺を抑える。

「ありえん。歪が肉眼で確認されるまで、ワープの存在に気づかないなんて……。奴らは我々には気づかれない独自のワープ技術を構築したと言うのか?」

 ショックが隠しきれない指令室は沈黙しようとしていたが、彼はすぐさま顔をあげて命令を下した。

「とにかく生存者の退却とガニアンの防衛を優先しろ!」

「はっ……」

 そこで何かに気付いたのか、情報部の一人が声をあげる。

「閣下! なぜか敵が後退を始めています!」

「何だと?」

 このまま攻め入っていれば、間違えなくガニアンは今以上の窮地に立たされるだろう。もはや壊滅も予想される。だが、敵はなぜか、眼前の完全勝利など興味が無くなったように、巨大出力を持った艦隊は、またもや宇宙空間に歪を開いてワープして行ってしまったのだ。

「どういうことだ?」

「分かりません。ただ、依然要塞からの攻撃は続いているようです。もっとも、先ほどの十字砲火で、敵の人型兵器も相当数落ちたかと……」

「味方を犠牲にしてまで奇計を用いたのか……」

 敵の目的がいまいち定まらない状況に、クロムウェルは唸りながら肩を落とすのだった。



「皆さん、無事ですのっ?」

 サンドラの震えた声が、何度も雑音の混ざる通信機に向って発せられる。

「ノイズが酷過ぎる。お嬢様、直接肉眼で確認するしか……」

 トゥオネラの意見に伏し目がちに頷くが、正直敵味方関係なく残骸の広がる空間を舐めるように見つめるなど、今の彼女の精神には非常に酷な話であった。

 だがこの場にただ止まっているわけにもいかず、宇宙空間をふらふらと漂うように生存者を探して回りだす。

 とにかく一人でも気づいてくれないかと、外部に向けて引き続き声かけも続けた。しかし、彼女は失念していた。その行動が大変危険な行為であることを。

 まだ、この空間内に敵はいるのだ。

「お嬢様っ!」

 はっとした時にはすでに遅かった。敵の残存しているイブリーズとジュダスに、いつの間にか周りを囲まれていた。

「そんな、まだこの期に及んで……。貴方たちだって、味方に攻撃されたのですよっ?」

 もうお互いに引くべきだ。そう訴えようとした彼女の言葉は、敵がビーム兵器を構えた事によりかき消された。

 敵はざっと見ただけでも五体。現状一人で相手をするにはどうしても不利な状況だ。

「ごめんなさい、トゥオネラ。私……」

「お嬢様。私はいつでも貴女と共にあり続けます」

 覚悟を決めた一人と一羽は、もたげていたランスを構えた。サンダルフォンに向け、敵は一斉に飛びかかる。

 彼女は自身の死を予感した。が、それが訪れる事はなく、あろうことか敵は背後から火柱をあげ、或いは真っ二つに切り裂かれ、あっという間に飛散した。


「サンドラ、無事かっ!」


 耳に飛び込んできた声は、不安と絶望感に押しつぶされそうだった彼女の心に、一筋の光明をもたらす。

 敵の残骸の向こうから現れたのは、ミカエルとルシフェル、二機のアンジェクルスであったのだ。

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