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戦禮のアンジェクルス  作者: 黒須かいと
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第八章「錯綜」 (2)

 Ⅱ

 竜也が学長室を後にし、雷神とルナを引きつれ寮にもどると、セシルが神妙な面持ちで彼を出迎えた。

「竜也さん」

「セシル……お前は今回のこの指令、下ると分かっていたのか?」

「恐らく、こうなるだろうとの予想は出来ていました」

 それは人心を読める能力のためか、はたまた軍部組織を考察してこその結論か――どちらにしろ、前に立つ灰銀髪の少年は、酷く落ち着いていた。

「僕たちの孤島の演習、あの事件は軍部上層部には詳細に伝わりました。その結果、生徒会の戦果を認め、実戦経験を導入すべき……と、いうのが表向きの意見です」

 セシルはそこで一呼吸置いた。

「けど、実際のところはこうです。今年は軍備縮小を発表してしまい、予算は削られました。ですが、こう地球内を敵に蹂躙され黙っているわけにはいきません。パンデミックを押さえつけるためにも、最新鋭の兵器、即ち僕たちのテスト機を導入し、再び領域線の進攻に乗り出そうというのです。僕たちはいわば出兵のお飾り。大いに活躍してくれるならば言うことはなし、もしも仮に――」

「華々しく散ったとしても、年若くして祖国の礎になったと美談にもなり、正規軍としてはひよっことテスト機がたった数個なくなるだけ……。大した筋書きだな、反吐が出る」

 複雑な顔をする少年の言葉に、竜也は皮肉を垂れた。それに対し、セシルは悲痛な面持ちで頷く。

 政治的なことに普段興味がない竜也でも、今回の命令には正直嫌なものしか見えてこない。軍部が兵力の出し渋りを行いつつ、それでも威厳は保とうとしているのが有り体に分かってしまう。

 その証拠に、今回ダナンと貴翔は前線ではなく地球軍の飾りとして任命された。こんな宣伝事業めいた作戦で、戦死されたら面倒な立ち居地にあるからなのは、もはや言うまでもない。

 それぞれの利権と、エゴが折り重なったこの状況に、なんとも言い難い歯痒さを感じてしまう。

「とにかく、俺たちは“上から下された命令には黙って従え”ってキリル隊長殿から言われたんだ。やるだけやってみるしかないだろ」

「そう……ですね」

 キリルという名を聞いただけでセシルの顔色がさらに曇る。竜也は「まあ、座れ」と勉強机の備え付けになっている、キャスターつきの椅子に相手を座らせると、自身はベッドの端へと腰を下ろした。

「思えば随分着任が急だったと言うか、不自然だったよな。あの少佐」

「はい……。たぶん、学長が僕の素体となった人物を探し当て、わざわざ出迎えたということなのでしょう。ただ、一体それに何の意味があるのか……」

 二人して頭を悩ませていると、ルナが勢い良く竜也の膝の上に乗ってきた。普段であれば、彼女から接触してくることはまずない。これには竜也だけならず、セシルも同時に驚いた。

「これは気にしなくていいわけ?」

 言うなり胸を張るルナの首輪には、しっかりとフィッツのリボンが括りつけられている。はたと気づいた竜也は、慌ててリボンを解いた。

――そうだ、ただこんなものを遣す奴じゃない。あいつなりの、何か伝えたいことがあるに違いない!

 リボンを広げると、そこには、結び目になっていた部分にペンで『机の引き出し、二段目』と、書かれていた。

「何処のことを指しているのでしょう?」

 セシルも覗き見て首を捻る。試しに勉強机の引き出しを開けてみるが、普段の文房具類しかそこには存在しない。

「……まさか、ムーンヴィレッジか?」

 ぽつりとつぶやいた竜也は、すぐに出かける準備をし始めた。雷神たち誓鈴も、いつでもお供できると言った様子である。

「あ、あの、竜也さん?」

「どうせだからお前も来い。いまから月に行くぞ。休みは三日しかない、急ごう」

 有無も言わさぬ速度で用意を整えた竜也に急かされ、わたわたとしながら、セシルも自身の誓鈴、リリスと共に後に続いた。


 誓鈴を連れた二人は超高速旅客機でアメリカ地方東方部に向かい、巨大な軌道エレベーターのエコノミークラスを使って、地球から月に向かう。これが一番安く最短で行けるコースであったのだ。

 昼過ぎ頃にムーンヴィレッジのグローリアス邸につくと、庭の手入れをしていたミモザがにっこりとして出迎えた。

「おや竜也坊ちゃん、随分と冬休みに入ったのに帰りが遅いので心配していましたよ。フィッツ坊ちゃんはご一緒ではないので?」

 夫人はセシルを見下ろすと人のいい顔で「ご学友で?」と尋ねる。高齢の女性に接触するのが初めてなのか、少年は緊張した面持ちで「はい」と極小さな声で答えた。

「悪いミモザさん、今日はちょっと急ぎの用事で、フィッツから用事頼まれて戻って来ただけなんだ」

「あらあら、そうでしたのね。お忙しそうですけど、体にだけはどうぞお気をつけてくださいな。ささ、あがってください」

 竜也たちのために玄関の鍵を早速開けてくれるミモザの背中を見ながら、咄嗟ながらフィッツのことに関して嘘が吐けた己に自嘲する。その顔を見てセシルは「貴方の判断は正しいです」と、静かに肯定した。

 お互いにこの心優しい老婦人には、無駄な心配事は抱えさせたくはない。もしも彼の親友が、今の自分たちと同じ立場であったなら、きっと似たような言い回しを考えたはずである。

 玄関が開くと同時に、竜也はフィッツの部屋へと通じる階段を駆け上がる。セシルはミモザに一礼しつつ、遠慮がちにその後を追ってきた。誓鈴たちもドタドタと階段を少年と共に上がってくる。

「これか?」

 セシルが部屋に入ると、すでに勉強机の引き出しを開け放ち、竜也が何やら手に持っていた。

「それはなんですか?」

「電子日記だな。端末とかで書いた文章を送って日記が付けられるんだ」

 一見するとただの本だが、表紙を開くと文章だけならず、思い出の動画やら写真などの映像も鮮明に現れる。裏表紙には政暦年が記されており、それをタップすると本の中身がその年の内容に切り替わるという代物らしかった。

 最新の更新された部分をとりあえず見てみようとページをぱらぱらと捲っていると、中からぽとりと何か床に落ちていった。

「カード型の記憶媒体ですね」

 セシルが拾い上げ、竜也に手渡す。丁度一番最近に更新されたであろうページから落ちたらしく、そこの文章を読んでみると、たしかにこのデータに関する説明が書かれてあった。


 竜ちゃんへ

 君がこれを見ているということは、僕に何かあったってことだね。その、なんだかごめん……。

 このページはとにかく最新に持ってくるようにしているんだ。何しろ、今から教えることは、僕が一番最近まで何を考えていたかって事だから。

 とりあえず、挟んでおいたカードはこの文章を読み終わってからデータを開いてみて欲しい。

 竜ちゃん、僕は夏休みのあの日、やっぱり気になってお母さんのお墓の石をちょっと動かしてみたんだ。そしたら、出てきたのが、君のお父さんの遺言書と、龍一さんが戦死した当時、僕のお父さんが回収したと思われる熾天使級アンジェクルス、ミカエルのブラックボックスだった。

 君には辛い音声かもしれない。けど、僕のお父さんもそこに本当の龍一さんの死因があると思って、ずっと一人で真実を追い求めながらも隠していたんだと思う。だからこそ、僕に何かあったら、この事実は君に託さなくてはいけないと思ったんだ。カードには、遺言書の文章と、ブラックボックスの音声をそのまま入れておいた。

 それを踏まえて、ここからは僕の勝手な考察。

 僕のお父さんは、龍一さんの死因と同時に、アンジェクルス、すなわち軍需会社についても良く調べていたみたいなんだ。それは龍一さんの遺言書を見てくれれば分かるんだけど、彼も僕のお母さんの死を見て不審に思い、色々探っていたみたい……。

 随分と話はここから飛躍するんだけども、結局この遺言書の文面から考えると、お母さんは何やら秘密研究の中で、見てはいけない、もしくはやってはいけないことをして、暗殺されたっていう仮説が立てられる。ということは、龍一さんもひょっとすると、それを探っていたということは、研究内容が知れては都合の悪い人間に、戦死に見せかけ殺された……という仮定が成り立つんだ。

 それが誰なんだと聞かれると、まだ僕にも分からない。でもね、遺言書に君のお父さんが書いてあるとおり、僕たちの学園都市には何か秘密が隠されている。その証拠が文化祭の時の襲撃事件。敵はひょっとすると、僕たちよりも学園に隠されている真実を知っているのかもしれない。

 敵も気になる真実。要塞としての役割も持つ学園都市。僕はね竜ちゃん、絶対アンジェクルスについて、SW社と政府の一部人間だけが知っている事実が、僕たちの士官学校の地下に眠っているんだと思う。あくまで僕の勝手な予想だけど、僕のお母さんは、もしかするとそこで研究に携わってたんじゃないかな。

 さて、ここにきてナノマシンって単語が出てくるわけだけども、セシルも言っていた通り、製造方法不明。人知を超えた能力。原材料すら分からない。ということは、学園に眠っているアンジェクルスの秘密こそが、それに関係してくるんじゃないかな。たとえば、その原材料がそこに存在してる……とか。

 キリル少佐がいきなり赴任して来たでしょ。僕のお父さんも、きっとセシルの素体である彼なら、軍需会社の内部情報を聞き出せると思って手元に置こうと思ったんじゃないかな。

 と、まあ、勝手に想像膨らまして、まだ全然まとまってはいないこんな情報残して、君は今さぞかし混乱してると思うけど……。

 とにかく、これだけは断言出来る。君のお父さんの死は戦死ではないし、僕のお母さんも事故死なんかじゃない。二つの事柄は隠されたアンジェクルスの真実に繋がっている。そしてそのすべては学園の地下にある。きっと、僕のお父さんもそう考えているはずだよ。

 本当なら、もう少し詳しく物事が見えてきてから君にこのことは話すつもりでいたんだ。けど、冒頭に書いたとおり、これを君が見ているということは、僕に何かあったってことだから、何も残さずにいるよりは、こんな断片的なヒントだけでも置いていこうと思う。

 そうだな。例えばこれを読んでいる時、つまり、僕が死んじゃってるかもしれないってことだよね。だとするなら、君との約束、守れなかったね。本当にごめんね。けど、君だったらみんなと協力して絶対成し遂げられるって、僕は信じているよ。

 この長い長い戦争の続く時代を、どうか終わらせてください。それが僕の何よりの願いです。


 最後まで読み終え、竜也とセシルは驚愕するお互いの目を見つめた。

「あいつ、夏休みのあの日から、一人でこんなこと毎日考えてたのか……」

「折角残してくれたヒントです。僕もナノマシン保有者として、真実を知っておきたい。良ければ、一緒に遺言書と音声も確認しましょう。僕も真実に近づくためにお役立ち出来るかも知れません」

「いいのか? 随分とやばそうな話だぞ?」

「構いません。貴方も、そしてフィッツさんも、掛け替えのない大切な僕の親友です。危険なことこそ、共有し、力を合わせて解決すべき――違いますか?」

 竜也はその真剣な相手の眼差しに応えるように、深く頷いた。

 一度深呼吸しつつ、端末にイヤホンを差込、二人で片方ずつ耳に入れる。そして、カード型の記憶媒体を端末に触れさせると、パスワードという文字が出てきた。同時に、ヒントとして『君のライカンスロープの画数+1』と表示されている。

 竜也は空で現在はアースライン語で統一され、ほとんど使われる事のなくなった日本古来の漢字を書きながら、雷神の雷は十三画、神は九画であることを確認する。パスワードの数字は全部で四桁。139では一つ足りない。つまり、+1と言うことは――

「1310でどうでしょう?」

 セシルに言われるままに、入力すると、どうやら当たりだったようでデータが端末に表示された。まずは音声データ。つまり、父、龍一のブラックボックスを二人で聞いてみることにする。

 生々しい音声をしばらく聞いているうちに、セシルの表情が戦慄き始めた。

「お、おい。大丈夫か?」

 竜也とて自身の父が死ぬ間際の音声である。聞いていて気分が良いわけがなかったが、自分よりも感受性の高いセシルが、このようなものを耳にして平気なわけがなかった。しかし、その心配をよそにマゼンタカラーの瞳を妖しく輝かせ「もう一度お願いします」と、二度目の再生を促す。

「何か分かったのか?」

 再生終了後、イヤホンを外しながら瞼をぎゅっと閉じて何かを思い描くように天を仰ぐ少年に、竜也は少し不安になる。

「天野龍一提督は明確にではありませんが、自分を死に追いやった原因、人物に目星をつけていた。直接的な死因は?」

 ぼそぼそとつぶやいた直後、セシルはこめかみを抑えて蹲る。

「無理はするな。お前の負担が……」

「いいえ、やらせてください。この音声には、貴方のお父さんが抱いた無念の思いが詰まっています。死者の魂と声を拾うことの出来る僕にはそれを伝えることができるはずなんです」

「セシル……」

 苦しげに汗まで流して必死な様子の友を目の前に、何も出来ない己が悔しい。だが、ここは相手に任せておくしかない。せめて少しでも楽になればと、竜也はセシルの背中をさすってやった。

「痛っ!」

「どうしたっ?」

 大きく瞳を見開いて、少年は肩を押さえながら勢い良く立ち上がる。

「噛まれ……ました」

「え?」

「首から肩にかけて。龍一提督は重傷を負った。そのとき、酷い悲しみを感じています。同時に虚しさと後悔も……」

「大きく噛む攻撃が出来て、悲しいと思うって――まさかっ?」

 二人は何かを悟ったように項垂れた。

「そんな、だってそんなことって……」

 竜也の様子を見ていた雷神も、初めて呻くように呟いた。

「よもや、誓鈴の、しかも我らライカンスロープが主を裏切ったと……セシル殿はそう感じたのか?」

 それはつまり、雷神の父、神威が直接的な死因となったことを指していた。誓鈴である彼ならば、アンジェクルスのシステムをいじり、自爆させることも可能だ。これによって、謎の戦死の原因は説明できる。しかし、当然のことだが、そのような事態は考え難く、結論づけたくはない。それは雷神だけならず、竜也とて同じ気持ちである。

「裏切りというより、何者かに利用されたというのが正しいかと思います。あの音声に、誓鈴の魂を感じない。故意に龍一提督に襲い掛かったのなら、憎しみや怒りといった雑念が含まれているはず。そういったものが一切感じられません。まるで無です」

「どういうことだ? 神威が何も考えられないくらい暴走を起したってことか?」

「すみません、どうしてこのような状況になったのか……そこまではさすがに」

 首を申し訳無さそうに横に振るセシルに、竜也は礼を言った。

「いや、お前はよくやってくれたよ。それが分かっただけでも一歩前進だ。つまり、神威を暴走させるような仕掛けを、誰かが作ったとするなら、そいつが犯人ってことだよな?」

「はい、恐らく」

 真犯人が誰であれ、神威が主である龍一を死に到りしめたという、まさかの真実にショックを隠しきれない雷神の頭を、竜也は優しく撫でてやった。

「親父はきっと、お前の父さんが悪くないことくらい分かってたさ」

「主……」

 それでも雷神は思いつめたような表情で訴える。

「もし、もし仮に自分が暴走などを起こした時は、構わず殺してくれると約束してくれ」

「馬鹿、何言ってるんだ!」

 竜也は間髪入れず怒鳴ったが、雷神は瞳に水の膜を作りながらも尚、懇願した。

「頼む……っ」

「……雷神」

 部屋の中には重苦しい空気が流れる。

 竜也と雷神、彼らが深い絆で結ばれているからこそ、その分心に受けた傷も比例する。そのことが分かるからこそ、その場に居た誰もが沈黙せざるを得なかった。



 時を同じくして、竜也たち同様、真実を求める人物がいた。

 彼は父を問い質しに来たのだ。いくら大金持ちだからといって、地球軍に配属などとは、あらかじめ裏から手を回していたに違いない。きっと士官学校卒業と同時に、そちらに勤務するように仕組まれていたのだ。それを思うと、憤りのために実家の廊下に歩を進める足も、一歩一歩が速く乱暴なものになる。

 しかし、そんなこと以上に知りたい事実が、ダナン・アブドゥル・カスィームにはあった。

「父さん、話がある」

「ダナン、どうしたというのだ?」

 ノックもせずに扉を勢いよく開けた息子に、いたっていつも通りの父の様子が、今のダナンにはかえって胡散臭く映る。

「聞きたいことがある」

「ふむ? なんだね、言ってみろ」

 いかにも不思議そうな顔を作る父に、青年は眉を顰め、一度深く息を吸った。

「我々の尊き血筋……。これは父さんの口癖だったな?」

「そうだな。お前にも言い聞かせてきた」

「では“我らの血族は永遠なり”これは?」

「はて、いまいち掴めないのだがな?」

 ここまで問い詰めてとぼける父を前に、ダナンは単刀直入に自身の考えを一気にぶつけた。

「俺は正直、父さんを疑わなくてはいけない状況に陥っている。さっき言った言葉は他でもない、敵の腕に刺青として彫られていた。今では俺たち意外ほとんど使わなくなっているアラビア文字でだ。それに、敵機であるはずのイブリーズとジュダス。これを動かしている燃料にはガソリンが含まれていることが調べて分かった。火星から侵攻してくるパンデミックが、どうして地球の資源であるガソリンを有しているんだ? 地球の油田のほとんどを牛耳っているのは父さん、貴方だ。――そう、まさしく“我らの血族”が司っている」

「……つまり、貴様は何が言いたいのだ?」

 ここまで話して、父、アブドゥルの表情が一転する。いつもの柔和な表情は消えうせ、鋭い目つきで息子であるはずのダナンを睨みつける。しかし、彼は負けじと結論を述べた。

「父さん、貴方は敵に対して資源の横流し、並びにテロ目的の密入国の入り口となっている。違うか?」

 ダナンは気づいてしまったのだ。あの文化祭襲撃事件で見た刺青を切っ掛けとし、今回の孤島襲撃事件では敵機の多さが決め手となった。誰かが手引きをしなければ、あのように沢山の人型兵器を隠せておけるものか。

 己の勘違いならばいい。どこかでそういった考えが残っているのも確かであった。今までの父と子の対話を思えば、そんなことをする人には到底思えなかった。

 しかし、彼は父の疑いを晴らすために個人的に調べてしまっていた。つまりそれは、家庭の金のめぐりについてだ。

 地球共同連邦政府はダナンの生まれる前の年、軍需産業に使う油田資源を、一繋ぎの輪という思想に基づき、無料で提供するように打診して来た。断る事など到底許されない。仕方なく他の事業から商売口を見つけていたが、国に無料で献上していることがばれると、支払いを渋る企業が出てきた。当然家庭の経済が冷え込んでもおかしくはない。しかし、なぜか特に羽振りの良さは変わった気配がない。その理由は他でもない、コンスタントに謎の資金が毎年振り込まれていた事実を証明していた。

 出来る事ならば、こんなことは知りたくも調べたくもなかった。だが、一度疑いをもってしまったからには、正義感の強いダナンの意思を止めるものは、もはや何もなかったのだ。

 息子の己を責め立てる目を見据えて、父は顔を覆った。出来れば否定して欲しかった。「その考えは間違っているぞダナン」と諭して欲しかった。しかし、その願いは虚しくも父本人の笑い声によってかき消される。

「くっ、はははは! まったく、お前はどうしてそう馬鹿正直なのだ。それで? その疑いがある私を、お前はどうしようというのだね?」

「すべてを公に明かし自首をしろ。さもなければ……っ!」

 ダナンは素早く腰に装備していた軍用拳銃を己の父に向けて構えた。

「反逆者として、貴方を捕らえる!」

「ああ、ダナン。お前はもう少し賢い子だと思っていた。だが……」

 父の瞳が一瞬で狂気の色に変わる。同時に、部屋は激しい銃撃の音に包まれた。

「――ぐっ……!」

 その場に倒れ伏せたのはダナンであった。そして雪崩れ込むようにして彼の兄たちが、あろうことか壁の仕掛けから次々と現れたのだ。彼らは最初から入室して来たダナンをいつでも狙撃できるよう、壁の中で待ち伏せていた。

「父さん、無事か?」

 そう言ったのは長男のナジブである。

「ああ、問題はない。それより、急所は外したんだろうな?」

「言われた通りに腕と足を狙ったよ」

「ふむ」

 這い蹲っても尚、取り落とした拳銃を拾おうとするダナンの手を、父は無遠慮に踏みつける。

「まったく“あの女”といい、貴様といい……。碌な事を考えん。やはり血は争えぬということか」

「……父さん、どう、して……」

「分からんか? 英雄(メシア)などという得体の知れない後ろ盾を振りかざし、好き勝手やる政府には心底嫌気が差していた。だから私はこの国を内側から切り崩してやるつもりだ。そのための準備はもう整っている。全面戦争が始まるのだよ、ダナン」

「……それは、己の金のため、か……?」

「正義感だけを振りかざすような青い貴様にはわからんだろうな」

 ダナンは薄れていく感覚に、己の不甲斐なさを恥じた。やはり自分の甘さを拭えなかった。こうなると完全に予想出来ていたのならせめて、貴翔に託くらい頼んでいたものを……。どこかで父を信用していた心を覆せなかったのが、すべての敗因だった。

 息子の意識がなくなったことを確認すると、アブドゥルはいきなりナジブの頬を殴った。

「何が言われたとおりだ! 片目から血が出ているではないか! これでは味方につけても使い物にならん!」

「ご、ごめんよ父さん」

 アブドゥルは士官学校で優秀な成績を収めている自身の息子をマインドコントロールし、どうにか主戦力として引き込む算段を組んでいたのだが、片目を潰してしまっては狙撃手にも使えんと嘆いた。

「もういい、傷の手当てをして部屋に閉じ込めておけ」

 頭を抱える素振りを見せ、兄たちを手で追い払うように指示を飛ばす。ぐったりした弟の体を背負いながら、ナジブは呟いた。

「悪いなダナン。けど、俺も父さんの考えには賛成なんだ。この国は狂ってる。英雄(メシア)なんていう幻影を国民に見せ、そのくせ政府高官が甘い汁を啜っている。お前も、いずれわかってくれると良いんだが……」

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