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戦禮のアンジェクルス  作者: 黒須かいと
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第八章「錯綜」 (1)

 Ⅰ

 生徒会が一名を欠いてユグドラシルに帰還すると、すでに他の士官候補生たちは冬季休業に入っていた。

 竜也もそれに倣い一度帰宅しても良かったのだが、兄弟同然に育った親友がいない状況で、とても一人でムーンヴィレッジの地へ足を向ける気にはなれなかった。

 常に一緒にいたあの家に、もう彼はいない。かといって、今居る寮も、本来なら三人いた場所に自分だけとなっているのだから、結果だけ見れば同じなのだが。

「暇だな」

 セシルも帰っては来ない。恐らく研究施設に行った際、そのまま冬季休業に入ってしまったのだろうと竜也は考えた。

 誰も居ない部屋に、ぽつりと自分の声だけが空を彷徨う。

 雷神はそんな主を見かねて、ケージの鍵を開け、布団に横たわっている竜也の側へとやってきた。

「傷の具合はどうだ?」

「ん? ああ、だいぶ良くなった」

 誓鈴の頭を撫でながら、竜也は気を使ってくれる相棒に申し訳なく思った。とにかく、このまま腐っていたのではだめだと体を起こし、洗面台へと向かう。

 目の前の鏡を覗くと、随分と酷い顔をしていた。怪我と虚脱感のため、寝てばかりいたはずなのだが、どうにも疲れが張り付いて取れない。

 洗面台に水を貼り、数秒顔を浸け込んだ。ぶくぶくと気泡を勢いよく発する主に、心配そうに雷神が近寄ってくる気配を足元に感じる。

「――ぷはっ」

「主……?」

 水面から顔を上げ、竜也は両手で頬を叩いた。

「よしっ、雷神。散歩にでも行くか?」

「いや、しかし」

「心配するな。体はこの通り、すっかり良くなってるからな」

 言いながら彼はスウェットの上着を下に着ていたTシャツごと脱ぎ捨て、背中に貼ってあったガーゼを乱暴に剥がした。確かに言うとおり、傷はすっかり塞がっている。

 早速私服に着替え始める竜也に、雷神は少なからず不安であった。己が主は父親が死んだ時にも涙を見せなかった。それは、軍人という職業が常に死と隣り合わせであるという意味を理解していたからに他ならない。

 しかし、あの頃は幼くもあり、実際の戦死の現場を知っていたわけでもない。純粋に理解していたというより、実感がなかったというのも当然あるだろう。だからこそ、今回の場合は竜也の心痛が計り知れない。

 現場に居て、尚且つ武器という対抗手段を持っていながらして、敵にみすみす親友を消されてしまった。助けられたのではないか、もっとやりようがあったのではないか。そもそも、自分勝手な行動さえとらなければ――

 そのような後悔の渦に苛まれているのではないだろうかと、雷神は苦悶の表情であった。

「……そんな顔するなよ」

 すっかり内心を読み取られ、余計にすまなそうにする雷神であったが、そんな誓鈴に対して、竜也は苦笑しながら雷神を抱きしめた。

「大丈夫だ、俺は何度でも立ち直ってみせる。あいつが一緒に叶えられなかった目標のためにも、精一杯俺たちは生きなきゃな」

 そうだろと声を掛けられ、雷神は黙って頷いた。やはり竜也という人間はどうにも気丈な少年であるようだった。

 普通ならば、ここまで自身を律し奮い立たせることは、まずあの状況下において至難の業であろう。それを事も無げに行って見せるのだ。まだ弱歳である十六歳の男子に、雷神は舌を巻く。けれども同時に、泣きたい時には泣いてもいいのだと伝えたかったのも事実である。

「さ、行くか」

 にっと歯を見せて笑う主に、思わず心が痛む。その時、竜也が徐に手にした端末が着信を告げた。

「……もしもし?」

 竜也は努めて普段通りの声の調子で電話口に出る。相手は生徒会長のダナンであった。

「緊急召集命令が下りた。今すぐ誓鈴と共に学長室に来るように、以上だ」

「緊急? 何か異常事態でも?」

「わからん。何しろ、俺もまだ聞かされていないからな」

「そうですか、了解しました。すぐに向かいます」

 端末をポケットに入れようとして、はたと気づく。

――そうだ、学長室には基本制服じゃないとダメだよな。

 折角着替えたばかりなのにと、多少の面倒臭さを感じながらも、渋々と手早く着替え直す。

 雷神と共に駆け足で学長室の前に着くと、竜也は一度深呼吸をしてからドアをノックする。

「生徒会一年、天野竜也、到着いたしました」

 入室許可がおり、竜也はそっと扉を開ける。そういえば、セシルが編入して来て事前説明を受けた時以来、学長室に入っていなかったことを思い出す。すなわち、学長であり、彼にとって養父であるアルバートと会うのは久しい。

 フィッツのこともあり、竜也はどのような顔をして、親友の父の前に立てば良いのか少し躊躇った。出来ることならば、口頭一番に深々と詫びを入れたいとすら思う。しかし、ここに既に集まっていたのは、残りの生徒会一同と、何時帰ってきていたのか、セシルまでもが入室して来た竜也を目線で出迎えた。皆真剣な面持ちで、横一列に並んでいる。さすがにこの雰囲気では、自分の感情のままに頭を下げるといった場面には持ち込めなさそうであった。

 大人しく、竜也は同じ一年であるセシルの隣に並ぶことにした。

「全員、集まりましたね」

 そこには副学長でもあるクレールス・ユリウスも、学長アルバートの隣に立っていた。アルバートは一つ頷くと、席から立ち上がる。皆、それに合わせて一斉に敬礼した。

「楽にしなさい」

 言われて皆後ろ手に組んで足を肩幅程度に広げる。相変わらず口調は穏やかで柔らかいものであったが、アルバートの表情はいつになく真剣であった。

 学長は皆の顔を一人ずつ確認するように見渡すと、一呼吸置いて言葉を発した。

「軍部の最高評議会にて、本日付けで発表された辞令を、私は君たちに下さなくてはならないことになった」

 最高評議会。その名を聞いて皆一様に背筋に何か得体の知れないものを感じる。それは、元帥を初めとした各分野の将校、並びに各界の政治家が頭をそろえ行われる、ブランドン・バシェットを中心とした、国家の最大軍事会議の名であるからだ。

「まず、結論から先に言わせてもらおう。君たちは冬期休暇を三日与えられた後、特進少尉として各持ち場に派遣される形となる。つまり、生徒会に限り士官候補生の実戦投与が試験的ではあるが決定されたということだ」

 ダナンと貴翔は眉を密かに顰め、アスカとヨハンはぎょっとした様にお互いを見つめた。セシルはどうも事情を察していたようで、さして動揺の色は見えなかった。

 竜也はというと、どこか遠くからそんな彼らの様子を見ているような心境であった。あのような事件のあった後、アルバートは特に自身の息子のことについては一切触れず、辞令を淡々と士官候補生たちに伝える。もっと先に言うことがあるのではないか。漠然とそのようなことを思わずにはいられない。心情に抱く違和感めいた物が拭いきれず、彼の目は自然と養父を睨みつけるような形を成していた。

 しかし、それをあたかも無視するように、アルバートはさらに話を続けた。

「特進少尉という階級だが、これは准尉より上、現場の少尉より下という位置に値する。士官学校から派遣されたという意味をそのまま持つ階級として扱われるだろう」

 説明の最中に、クレールス・ユリウスは、徐に机の上にそれぞれの軍服を並べていく。透明な袋に入れられた真新しい軍服は、宇宙軍所属を意味するバトルシップカラーのものが四着、地球軍所属を意味するカーキカラーが二着用意されていた。

「ダナン・アブドゥル・カスィーム、司馬瑛両名は地球軍へ配属。基本的には出雲の生徒会と行動を共にすることとなるだろう。指導教官としてエルンスト特務大佐を隊長として任命した。何か困ったことがあれば相談するといい」

 その命を聞いた途端、書記であるアスカが一番に目を見開き、会長、副会長の両名を見つめた。

「……アスカ」

 貴翔が珍しくやんわりと諭す。親の利権が絡んでいるようなあからさまな人事に異議がなかったわけではないが、最高評議会の名を先に出されてしまっていては、文句の付けようもなかった。

「アスカ・L・イオタ、バルトロメイ・ヨハン、天野竜也、セシル・リヴォーヴィチ・イオノフ。以上四名は、やはりヴァルキリーからも選ばれた人員と共に宇宙軍の配属となる。冬期休暇の後、敵国との宇宙領域境界線である駐屯基地に赴任。そこからは現場の指示に従って動いてもらう」

 つまるところ、いきなり前線への着任とあって、二年生二人は狼狽の色を隠せない様子であったが、セシルは尚のこと、竜也もなぜか妙に落ち着いていた。

「君たちの隊長は彼だ。入ってきなさい」

 そう言われて彼らの後方から入室してきたのは、紛れもなくキリル・リヴォーヴィチ・イオノフ少佐その人であった。セシルは彼と目が合った瞬間、初めてうろたえたような表情に変化する。一方、少佐といえば、特に顔色を変えることもなく、学長に向かい敬礼をしていた。

 アルバートはキリルに自分の前に立つように指示すると、後は任せたとばかりに椅子に着席する。彼は言われた通り一礼すると、生徒会一同の前に立ち「以上だが、質問のある者は申し出ろ」と告げた。だが、あまりに唐突なことに、ほとんどの者は頭で思案は廻らせるものの、言葉にまでならず、それは喉の奥につかえて、なかなか発言までには漕ぎ出せずに居た。

「一つよろしいでしょうか」

 ずいと一歩、今にも噛みつかんばかりのつりあがった表情で、少年が一歩前へと出た。

「天野竜也、何か不服申し立てがあるか?」

「いいえ。ですが、今回の人事は、やはり孤島での事件が端を発しているものかと気になったものですから。それならば地上に蔓延る敵の残党を殲滅する方が先決であり、なぜ宇宙に急遽俺たち……いえ、自分たちのようなまだ修業課程の修了していない者を派遣するのか、真意が知りたいのです」

 無遠慮に上官に向かって尋ねる一年に、皆こめかみにひやりとした感覚を覚える。誰もがそれくらいにしておけと言いたい口をつぐんでいた。

「質問はそれだけか?」

「……はい」

「では貴様に対する答えはこうだ。上から下された命令には黙って従え。不必要な詮索はするな。以上だ」

 竜也は後ろ手に組んでいた自身の腕に爪を立てた。同時に、奥歯を噛み締めて苛立ちを無理に封じ込める。その様子を雷神は心配げに伺っていた。

――どうせ一方的な命令下すんだったら、形式だけの質問なんかするなよ。

 我ながら子供っぽい理屈で腹を立てていることに気づきつつも、そのことでさらに自分自身にも焦燥感が立ち込める。腹に煙のように充満してしまったこの気持ちを、どう処理していいのか、少年にはまだ難しかった。そんな彼の様子を見かねたように、一人は口を開く。

「キリル少佐、クレールス・ユリウス、少々私は彼と話があるから、悪いけど席をはずしてもらっていいかい? 他の皆は軍服を持って自室に戻りなさい。ああ、集合場所や日時は追って端末に送っておこう。とにかく三日間は休暇だ。ゆっくりと羽を伸ばしておきなさい」

 あくまで微笑を忘れず湛えた柔和な表情で学長に言われ、皆すごすごとその場を退散していく。キリル少佐だけは「養子とはいえ、特別扱いは感心いたしません」と毒づいたが、それに対しても学長はにこにことすらして、彼を手で制し退室させた。

 しばらく竜也とアルバートだけの空間に、しんと静まり返った冷ややかな時間が流れる。足元に雷神が居るものの、彼はもはや石造の様に立ち尽くしているのみである。

 その空気を払拭するように、養父であり学長であるその人は、ふうと一つ溜息をついてみせた。

「まあ、もう少し近づきなさい」

「このままで結構です。先ほどキリル少佐もおっしゃったように、特別扱いは自分の望むところではありませんので」

「そう拗ねるものじゃない。今はそうだな……君の第二の父親として話しがしたいと、私は望んでいるのだが、それでもダメかい?」

 いずれにしてもなにやら拘っている主を、今まで微動だにしなかった雷神が、頭でぐいっと脹脛を押してくる。お節介なやつだと思いつつ、竜也は仕方なしに学長席の目の前まで歩を進めた。

「ああ、また身長が伸びたかな?」

 まじまじと頭から足先まで見つめられたようで、竜也はなんとなく居心地の悪さを感じる。目の前のアルバートという人物には、衣食住の恩義はあるとはいえ、本来の父親として見ているかと言われれば、どちらかというと預かってもらっているという、いまいち他人行儀なところが拭いきれていないのが事実だ。

「それで、何か他にも言いたい事があるなら言いなさい。私はさっきの彼のように突っ撥ねたりしないから、そこは安心してくれていい」

「……でも」

「いいから、言ってごらん?」

 なにやら幼子に言い聞かせているような口振に、どこか馬鹿にされているような気すらする。それと同時に、そんなことで今むくれている自分自身は、間違いなく幼稚ではないかと大概考えうるのだが、どうにも腹と頭がぐるぐるとして気分が悪い。まるで活火山の噴火口に無理くり蓋をしてしまったような、行き場のない熱を放出出来ずにただただ何かが蓄積していく。

「竜也、君は無理をしているんじゃないかい?」

 いつの間にか立ち上がり自分の側にまで来ていたアルバートを見上げ、竜也ははっとする。いつの間にか彼は、目を硬く閉じ下を向いていたのだ。ふいに見た養父の顔は慈愛に満ちていた。それはいつだったかドリスが空を見つめるようにして、自分の養子の話をしていた時の顔に似ているようにも思う。

「学長こそ、どうしてそんな平然としていられるんですか」

 言いたいこととはまったく違う憎まれ口を叩いてしまった自分を慌てて叱責したが、発した言葉を元の場所に戻すことは出来ない。少し困ったような顔を作る相手を見て、いよいよ申し訳なさが募り、竜也はまともにアルバートの顔を見ず、ただただ頭を垂れた。

「――っ、俺……助けられませんでしたっ! あいつと、同じ場所にいたのに、勝手なことして、謝って済むことじゃないって分かっています。けど……どうしても、アルバートさんには謝らないとってっ。本当に、俺……ごめんなさいっ!」

 とにかく必死であった。許されたいなどというおこがましい気持ちがこれっぽっちもないかと言われれば、それはきっと嘘になる。しかし、それよりも唯一血の繋がった息子を亡くした目の前の養父に、どう接するべきか、どうすることが今自分の取るべき態度として最善なのかを考えあぐねた結果やはりこれしかないと行動に表したのだ。

 時間としては短かったのだろうが、体感としてはとても重く長い時間に、竜也には思えた。いっそ一発、大馬鹿者と言って殴ってはくれないだろうか。それで親友が元に戻るわけでないことは百も承知だが、このままでは自分の気持ちが治まらない。そしてまた、やはり自分のことばかりではないかと我が身を責めてしまう。このまま永遠の堂々巡りが続くような気がした。

「顔を上げなさい竜也」

 静かな声に、おずおずと顔を上げると、アルバートは二人目の息子にくしゃりとした笑顔を見せた。

「君が謝る必要などどこにもない。二人が軍人を目指すと言い、それを止めなかった時点で、こうなる事だって私には予想できていたはずだ。それを君に罪を擦り付けて楽になろうだなんて、そんなことはしたくない」

「けどっ!」

「いいかい竜也、よく聞きなさい」

 ふわりと頭を撫でられ、竜也は首を絞められる思いだった。未熟な上に恩を返すどころか、大事な人を死なせた上に、今こうして、本来慰めねばならぬ相手に優しくされている。そんな己がどうにも許せない。

「あの緊急事態の中、君は辛うじて生きていてくれた。確かにもう一人の息子は失い、君も兄弟であり親友を失った。悲しく苦しいことには変わらない。けれど私はこうして君が帰ってきてくれたことを、心から嬉しく思う。それをまた戦地に送らなくてはならないところが、立場的に辛くもあるのだが、これはもう最初から覚悟していたことだ。とにかく、また生きて帰ってきてくれることを、ただただ願っているよ」

「……俺なんかいい。フィッツを、あいつを生きて帰してやりたかった。だってアルバートさんの唯一のっ」

「竜也っ!」

 アルバートのその声は、初めて耳にした圧力で、竜也の鼓膜に響いた。両肩を強く握られ、鋭い眼光に睨みつけられる。

「頼む、お願いだからそんなことを言わないでくれ。君とフィッツの間になんの差もありはしない。君だって大事な私の子なのだから……」

 そこで竜也は、アルバートもまた必死なのだと感じた。けして平然などではなく、ただ己を律することがそのような形として表に出ているだけなのだと。それを今掻き乱しているのは、他でもない、自分自身ではないかと、竜也はこのどうしようもない状況に眩暈すら覚える。

「アルバートさん、俺、どうしたらいいですか。もう頭がぐちゃぐちゃで、全然自分が何をしたいのか分からない。あいつとの約束は守りたい。けど、このままじゃ俺……」

 消え入りそうな弱音だった。彼の始めてみせる悲痛な顔に、アルバートはむしろ安堵した。

「それが普通だ。私はもう、慣れ過ぎてしまったのかもしれない。時折、実はとっくに人の心など失って、ただ人間のような面を被ってるだけなんじゃないかと思うことすらあるよ。けれど、君はそうじゃない。そうなって欲しいとは思わない。だから君には希望だけを見ていて欲しい」

 溜息混じりに再び椅子に座りなおしたアルバートの言葉に、いまいち理解を得なかった竜也は、少し首を傾げてみせる。

「竜也、私は立場として現実的に、かつ冷酷に物事を見定めなくてはならない。だからこそ、今からその希望となりえる事柄を君には託そう」

 言うなり、学長は足元に向かってヒュッと口笛を一回鳴らし、指で相手を招くような動作をする。すると、今までずっと隠れていたのか、小さな体をひょっこり見せると、丸い毛玉が机の下から飛び出してきた。ぴょんと軽快に机上に飛び乗ったそれは、ふんと偉そうに鼻息を漏らす。

「あら、珍しく情けない事言ってるから、てっきり鼻水やら涙やらで大洪水かと思ってたけど、やっぱりあんたこういう時でも泣かないのね。ま、見上げた根性だと褒めてあげなくもないわ」

「――ルナっ?」

 目の前に現れた白い体毛に覆われながら、太腿には星の茶色い模様があるこの兎は、見間違えるはずもない。紛れもなく、フィッツの誓鈴、ルナである。

「まるで幽霊でも見たみたいな顔して。ちょっと失礼じゃなくって?」

「卿が無事で何よりだルナ殿」

 雷神の一言に気を良くしたのか、ルナは得意気にふわふわの胸を張って見せた。そこに垂れ下がっている青いリボンを目にした竜也は、すぐにそれを指差す。

「ルナ、そのリボン……」

「フィッツが私に託したのよ」

「あいつは無事なのかっ?」

 すかさず竜也は彼女を問い詰めた。だが、その途端に表情が曇ってしまう。僅かに差した光明も、一瞬のうちに消えてしまったかのようで、竜也は消沈した。

「もうっ、すぐそういう顔しないでちょうだいっ! 確かに私にだってどうなったかわからないけど、でも途中までは確かに生きているのを見たんだからっ!」

「何っ、本当か?」

「じゃなかったら、私だって生きてないわよ!」

 そういえばそうだと竜也は首を捻った。フィッツの搭乗していたガブリエルは、確か大破したという。機体は粉々で見る影もなかったとの報告であったはずだ。

「機体の大破は内部爆破によるもの。つまりシステムを故意に暴走させた自爆だったと推察されている」

 付け加えたようなアルバートのその答えは、あまりにも予想外過ぎた為、竜也は驚愕した。

「あいつは……フィッツは機体の情報漏洩を少しでも防ぐためにそんなことを?」

「だろうね。咄嗟に、あの子なりに対処したつもりなのだろう」

 もしその決断の場に竜也がいたのなら、間違いなく馬鹿野郎と言って引っ叩いてやったところであろう。しかし、ならばなぜ、ルナは生き残れたのであろうか。

「暴発する寸前に、私たちは機体を脱出したわ。フィッツは私を抱えて地雷原に飛び降りたの。地雷は対大型兵器用。人が万が一踏んでも爆発しないと判断したのね。案の定、彼はそこで私を逃がすことに成功した。けれど、その後敵機の踏んだ地雷の爆風に阻まれて、フィッツは仕方なく子島の方に泳いで行った。――私が彼を見たのは、それが最後……。私はその後、捜索していたキリル少佐に拾われたの」

 事の真相を知った竜也は、確実に死亡したという報告ではなく、一部でも望みの残る内容に、たった一本か細い紐を手繰り寄せるような、淡く脆いが、それでも希望と言う文字をそこに見出せた。

 生きているとするのなら、捕虜になっている可能性が高い。ならば竜也の目標は一つに絞られる。

――必ず、見つけ出す。そして今度こそ、助けてみせるっ!

 彼が密かに決意を固める中、アルバートは眉根を顰め、なにやら重苦しい口調で竜也の名を呼んだ。

「私から君に一つ、話しておかなければならないことがある」

 唐突な養父の科白に、竜也は目を見開いたが、彼はその後も切々と続く言葉に耳を傾けた。そしてゆっくりと、深く頷いたのだった。

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