第七章「連邦国立出雲士官学校」 (5)
Ⅴ
街頭も小屋一軒すらもない自然のままの樹海は、早朝といってもまだ夜同然の闇であった。
フィッツはアンジェクルスの中で毛布に包まり仮眠中であったが、突然何か慌てた様子で目をぱちりと開け広げた。
「どうしたの? まだ寝てていいんでしょ?」
すっかり人間と同じ生活リズムに慣れてしまっているルナが、眠気眼でフィッツに話しかける。
「う、うん。そうなんだけど、また変な夢見ちゃって……」
困った顔で俯くフィッツに、ルナは溜息混じりに「どんなの見たの?」と、聞き返す。
「白衣を着た女の人、たぶんお母さんだと思うんだけど。その人がね、今すぐ逃げなさいって必死に訴えてくるんだ。それがなんだか妙に鬼気迫るものがあって……」
「ようは怖い夢を見たわけね」
ルナはフィッツの膝に自身の体を乗せると、そこに体を丸めて陣取った。撫でて一先ず落ち着けとでもいうのだろう。
フィッツは彼女のそのぶっきらぼうな優しさに苦笑しつつも感謝し、丸みのあるふっくらとした白い毛並みを手の平で梳いた。
束の間の柔らかい時間は、しかし一つの遠い轟音と共に掻き消える。フィッツは直感で“彼”がいよいよ仕掛けたのだろうと悟り、比較的冷静にダナンと連絡を取った。
彼もフィッツと一緒にこの時間に仮眠をとることになっていたはずだが、しっかりと覚醒した様子でモニターに映し出される。
先ほどの轟音で起きたというよりは、覚悟をもって起きていたという様子はさすがであった。
「先輩、これはあくまで彼が勝手に行動したものです。相手側のピーター先輩同様、野放しにしておくのも手でしょう。けど、僕はあえて具申します」
「……言ってみろ」
ダナンは少し怒っているようにも、困っているようにも見える表情であったが、真剣に聞く姿勢をとってくれた。フィッツは内心安堵しながらも、はっきりとした口調で作戦の変更を唱える。
「こうなってしまったからには今すぐにでも一斉攻撃をかけるべきかと思います。まず、僕と貴翔先輩がダミーを射出、その後ダナン先輩がチャフ、フレアを散布し撹乱、一気に全員で畳み掛けます。もっとも、これは僕らが行き着くまでに彼が撃破されていないというのが前提となりますが……」
フィッツの話しに耳を傾けていたダナンは、難しい顔を作りながら腕を組んでいた。
「リミットは一〇分だ」
「え?」
「アタックから一〇分が経過しても戦闘が長引くようなら、陣形を立て直すためにも一時後退する。それでいいか?」
返事をしようと思っていたフィッツに、別のモニターから声が掛かる。
「つまり、ボクシング風にいうならヒットアンドアウェー作戦ってことだね」
アスカはなにやら楽しげにそうフィッツに言って見せた。すると、彼のその言葉を皮切りに、他のメンバーの顔もモニターも映し出される。
「竜也とお前、なぁんかこそこそ言い合ってたもんな。まったく、無茶な後輩共だぜ」
だが、そういうのは嫌いではないと、ヨハンはぐっと親指を立てて見せた。
「まったく、ダナンもダナンです。話してくれれば彼の行動も作戦の内に組み込めたものを……」
ゴーグルを押さえながら、今回の作戦案の主だった貴翔は呆れて見せるが、顔は二年生同様、どこかこの状況を面白がっている様子であった。
「皆さん、ピーター先輩はまた僕を狙ってくるかもしれません。その時は完全に引き受けますので、どうか他を当たって下さい」
セシルもきゅっと唇を結んで、腹をくくる。
「皆……」
まさかここまで協力的に物事が運ぶとは思っていなかったフィッツは、嬉しさに頬を緩ませる。
「ってかよ。ぶっちゃけかかってくるまで待つなんて性に合わないぜ!」
「そうそう、どうせならこっちから積極的に行っちゃおうよ! 去年の雪辱晴らさでおくべきかぁ~ってね」
二年の二人が冗談めかしながら快活に笑ってみせる。それにあわせる様に、三年もセシルもフィッツに微笑みかける。
「わがまま言ってすみません。本当にありがとうございます」
「礼には及ばん。竜也にはあとでたっぷり説教してやるからな。なあ、貴翔?」
「ええ、まったくです。さ、そうと決まれば早速行動開始ですよ皆さん。スピード勝負ですからね」
貴翔の掛け声に皆一同に気合を入れ直し、まだ視界の悪い樹海を、機動力の最大値でもって行軍を開始した。
「くそっ!」
竜也はその頃苦戦を強いられていた。もとより敵陣に単機特攻などという無謀なことをしているのは己なのだが、先に気づき攻撃して来たのが、辰巳ではなくアキラだったことが最大の難関であった。
アキラの操縦するイザナギは近距離戦を得意とし、矛の様な刀を振り回し、的確に突きを繰り出してくる。一体一ならまだしも、すぐ側に居た辰巳が助太刀に回り、背中に格納していた巨大な弓型の武器で援護してくる。先ほどの轟音は、この辰巳の放った稲妻のような一撃であったのだ。まさに、完璧なチームワークと言えるだろう。
さらにことを悪くさせていたのは、出雲のほかのメンバーは、竜也に見向きもせず南下を始めたのだ。つまり、竜也が仕出かしたことといえば、敵の攻撃のタイミングを早めてしまっただけであった。
思わず歯軋りする主を見上げ、雷神は檄を飛ばす。
「今は目の前の敵を撃破することに集中することだ。気を取られればやられる。主の目標はここで絶たれてはならぬものであろう?」
竜也は好戦的ににやりと歯を見せた。
「ああ、そうだ。俺はあいつを一発ぶん殴らなきゃ――っ」
アキラの一撃に盾を身代わりにし、竜也の機体は飛翔するように辰巳のスサノオ目掛けて突進する。
「――気がすまないっ!」
金属がぶつかり擦れ合う音が辺りに響き渡る。竜也は盾を手放すことで空いた左手でもって、相手の頭部に一撃を与えたのだ。
思わず脳波の乱れた風神が、普段聞かないような「キャンッ!」という短い悲鳴を上げる。
だが、頭部破壊には一歩及ばない。
「――風神っ! この、図に乗るなっ!」
一瞬目の前にノイズが走りながらも、辰巳は体勢を素早く立て直し、先ほどまで弓型だった武器を、剣の形状へと変形させた。
「ほう、辰巳が練習以外で“クサナギ”を剣へと変えたのは初めてだな。さすがに兄弟と言ったところか……、なかなかやる」
アキラは喜々として鍔迫り合いをしていた兄弟の間に割って入るように、矛を勢い良く横薙ぎへと振るう。
「ちっ!」
竜也は舌打ちしながら後ろへと跳び回避しつつ、モーリスに用意してもらったもう一つの重要武器を、背中の格納から取り出した。
それを見た辰巳は、竜也と同じ作りの顔を苦々しく歪ませながらつぶやく。
「高出力のライトニングブレードをもう一本だとっ?」
辰巳は事前に相手の装備を、対ヴァルキリー戦を見てすべて把握していたつもりであった。しかし、今回急に竜也が盾のステルス化と同時に発注したもう一つの得物までは、さすがに知る由はなかったようだ。
「辰巳、引き続き援護を頼んだぞ」
アキラはそう言付けると、一気にミカエルへ自身のイザナギを押し進める。
「この期に及んで二体一では卑怯などと甘えたことは抜かすまい?」
振り下ろし様言われた一言に、竜也の闘志はむしろ燃え上がった。
「当たり前だ! それに、あんたとも一度剣を交えてみたかったしなっ!」
二刀流となった竜也はアキラの矛を弾き、続けざまに放たれた辰巳の稲妻の攻撃も見事に打ち払ってみせる。
「俺の相手は二人係で丁度いいくらいだろ?」
挑発的な表情で、竜也はかかって来いよと言わんばかりにミカエルで手招きをしてみせた。
「そうか、ではこちらも手を抜いているわけにはいかないな」
そうほくそ笑んだアキラの機体から、後方に向かって何かが飛び出す。
「ヤツフサ“ワダツミ”と“ヤマツミ”の操作は任せたぞ」
「御意」
飛び出したのは、この島の形、勾玉にそっくりな二対の浮遊体であった。竜也は直感で、セシルの金星の鎖と同じような物だろうかと予測立てた。
「そんなものっ!」
先に壊してしまえば問題はない。そう考えた竜也は攻撃を仕掛ける。だが、次の瞬間、狙った勾玉が光り、エネルギー体が四つ浮かび竜也の攻撃を妨げた。球体のそれはもう一方の勾玉にも生じ、今度は竜也に向かって飛んでくる。
「くっ!」
どうやら一方は防御を、もう一方は攻撃を司っている兵器らしい。竜也はそのトリッキーな動きにやや戸惑う。
追い討ちをかけるように素早いアキラの矛での突きが繰り出されると、さらにその後ろから、辰巳の弓に変形させたクサナギを持ってして、強力な稲妻と共に強風を孕んだ矢が、周りの木々を倒しながら竜也に向かい襲い掛かる。
スサノオの放った矢はイザナギの背後から飛んで来るというのに、嵐のような猛攻がまるでタイミングを欠くような気配はない。
アキラが攻撃を正面から行っている時に、辰巳はエネルギーを弓に引き絞り、竜也のミカエルの姿がちらりとでも視界に入ればその隙を確実に狙って穿ってくる。
竜也がその矢を回避するかブレードで薙ぎ払っていると、直後に背後から勾玉が襲いかかり、それをも避けたと思えば、また正面からの矛の突きが待っている。
――これじゃ防戦一方だっ!
転げまわり、跳んだりしながら後退するうちに、竜也はなんとかこの状況を打開しなくてはと考えを廻らせた。
普段であれば、考えるよりも先に体が動くことで、相手から優位を築ける竜也であったが、この場合回避運動と防御だけで体の方は精一杯である。同時に頭を動かさねば、待っているのは敗北だ。
――さっき辰巳の機体に一発当てられたんだ。あのアキラとかいう会長の変な武器さえ沈められれば勝機が……いや、だめだ。あれに惑わされるな。あれだけを見ていたら答えが出ない!
はたと竜也は少し余裕をなくしている自分に自嘲する。そしてまたあの挑戦的な表情を作り出すと、声高々に宣言する。
「雷神、攻勢に転じるっ!」
「ああ、そうこなくてはな。いくぞっ、主!」
一人と一頭の咆哮が、薄暗く荒れた木々を、波紋のようにざわめかせた。
フィッツたちは一気に北上して行った。先行して飛び出したダナンの機体、アズライールが飛翔し、セシルのルシフェルが彼を追う様に飛び出していった。それを合図に戦場撹乱を得意戦法とするフィッツと貴翔が、瞬時に複数のダミーを射出する。
地面に刺さった棒状の小さなダミーは、機体のホログラムを投影し、自らアンジェクルスと同じ信号を発っする。これにより敵のレーダーには、一瞬こちら側の人数が一気に増えたような表示となっただろう。だが、それはすぐにダナンの散布したチャフとフレアにより消え去ってしまったはずだ。つまり、目視でしかお互いを確認できなくなったことから、ここからが個別技能が問われる戦局となったのだ。
「真梨奈先輩……今のは?」
そろそろユグドラシルと対面するという時に、レーダーの赤い印が増え、続けざまに画像を乱されてしまった。アリスは不安げに副会長である真梨奈に尋ねる。
「わざとダミーを射出したことを公にしたことにより、私たちはその前に示されていた本体の方を狙おうとする。しかし、そこにはすでにダミーが移動させられていて、その餌に食いついた途端背後から……と、いうことかもしれません」
真梨奈の冷静な洞察力に舌を巻きつつ、常に彼女と隣り合って行動するように助言してくれた辰巳とアキラに、アリスは感謝した。
「な、ならばどうすれば?」
「貴女は接近戦に弱いのですから“アマイワト”を使用しつつ、私の後ろをついて来て下さい。私は一つ一つ可能性を潰すので、本体に遭遇したら“ヤタ”で援護をお願いします」
アリスの戦禮名はアマテラスである。朱色を基調としたこの機体は、初めて地球共同連邦式の光学迷彩をテスト採用されたもので、特殊反射板を周囲に展開することにより、光の屈折を利用し周囲の背景と機体を溶け込ませることに成功している。
反射板は何も隠れ蓑の役割だけではない。ヤタという機能は、その反射板を介してレーザーを拡散させることで、敵が予想だにしない方向からの攻撃が可能なのだ。
「少し私から離れていてください。アリスさん」
真梨奈はアキラのイザナギと対を成す機体、イザナミの戦禮者である。その紅蓮のアンジェクルスが美しく尖った鎌を振り上げると、背中から外された車輪型の武器が、勢い良く回転しながら宙を舞う。初めは光を失っていた車輪だが、段々と発光し熱を持った。それに触れた木々は次々に焼き斬られ、その武器の強力さを示す。
「さあ、狩りの時間です。ユグドラシルの皆々様、覚悟はよろしいでしょうか……」
真梨奈は形の良い唇で微笑むと、一気に目標に向かって駆け出す。
「倭さん、貴女に“カグツチ”の操作は一任いたします」
「はい、主」
漆黒の毛並みを持つ雌のライカンスロープは、恭しく主に頭を垂れた。
「……相変わらずすごいなあ」
アリスは先輩の操作するアンジェクルスの後姿を追いながら、思わず感心してしまう。
「主、気をしっかり持ってくださいね。私も精一杯バックアップしますから」
隣の栗茶の毛を持つライカンスロープが、黒目がちな瞳を主に向ける。その姿は勇猛果敢な軍用犬というより、家庭的な柴犬に近いものがあった。
「うん、ありがとう玉依。私もしっかりしなきゃっ!」
頷きあった双方は、真梨奈に倣い、消える前のレーダー反応を頼りに、赤い印が大量に発生した一角を目指した。
「おお、燃えてる燃えてる。ボボ、あたしたちも会長とたつみんに言われた通りがんばろうね!」
真梨奈が木々を派手に薙ぎ倒していく様を遠目に見ながら、カリンはわくわくとした様子でボルジャンに話しかける。
「俺が海岸に敵を一体ずつ押し出す。お前が海から仕留める――だったな?」
「そそ。会長が言うには、空飛んでる連中は一人で突っ込んで来たたつみんの弟君助けに来るはずだから、そこまで気にしなくて良いって言ってたね」
「ん、では任せたぞ」
「アイアイサ!」
ボルジャンは頷くと、自身の愛機、ツクヨミで一気に樹海の中を駆け巡る。そして一番先に彼に気づかれたのは――
「兎のニオイがする」
誓鈴のチーター、ンガイが、主に標的の存在を明かす。
「隠れているな。ならば炙り出すまでだ」
ツクヨミの細身の体に巻きついていた尻尾のようなワイヤーを開放する。それは真梨奈の熱車輪と同様、赤白く染まると周囲の植物を焼き払った。だがその瞬間――
「わっかり安い目印ありがとなっ!」
横からヨハンのメタトロンが激しいミサイルの嵐を浴びせる。寸前で避けたツクヨミを、今度は木々の隙間からフィッツが放ったライフルの弾が掠めた。
「くっ、もう一匹隠れていたのか!」
ボルジャンは舌打ちしながら体勢を立て直し、地を蹴ってメタトロンに狙いを定めると、両腕から生える様にして装着されている武器、ジャマダハルの切っ先で襲い掛かった。
「――っ、フィッツ!」
「なにっ?」
ヨハンの大声に答えるようにして、なんとガブリエルがツクヨミ目掛けて体当たりを仕掛ける。それもあのラビットモードで横っ飛びに加速をつけたジャンプでもってだ。
ボルジャンは建物を解体する際に使用する鉄球を喰らった様な衝撃を体に受け、倒れた機体を起すのにくらくらとする頭を振った。
「隙ありだっ!」
ヨハンがよろめくツクヨミに向かって放火を連射する。それに対しンガイは主より先に反応し、機体を反転させることで辛くも攻撃を避けた。
「だぁあ、もうっ! まともにちったぁ喰らえよな!」
これだけ相手の隙をついて撃っているつもりであるのに、直撃させられない己にイライラとするヨハンは、狭い機内で地団駄を踏む。
「大丈夫だよヨハン、狙いはあってるから!」
アポロは主を励ましつつも、相手の機敏さに頭を悩ませた。しかし、相手もまた苦戦しているのは確かなようで、その後も続くフィッツとヨハンの砲撃に後退を余儀なくされている状態である。
「よしっ、とにかくこのまま押し切るぞフィッツ!」
「はいっ!」
だが、フィッツはそこではたと気づく。どうも自分たちは海岸へと引っ張られていっているようだということに――
――これは……、つまり海岸の方が相手にとって有利な地形ってこと?
自分たちのスタート地点である南海岸には貴翔が地雷を仕掛けたが、西海岸は手中外である。基本は相手が海岸側に出てくれれば、二体一である以上、視界が開けている分狙いも付けやすく命中率も上がるだろう。けれども、何か相手に策があるというのなら話は別だ。誘いに乗るのは非常に危険である。
「ヨハン先輩、相手は接近戦の専用機です。海岸に出ても、僕たちは樹海側から撃ちましょう。砂浜に出ては駄目です。待ち伏せの可能性が……っ」
恐らく相手が思惑に気づいたことをあちらも感づいたのだろう。防戦一方だったツクヨミが、フィッツのガブリエルに向かい、半ば捨て身覚悟で攻撃して来た。
「うわっ!」
ジャマダハルの猛攻にフィッツは慌てて自身のライフルを盾代わりに使ってしまう。
――しまった!
切っ先が刺さったライフルは、ヨハンの攻撃を避け様飛び退く際、ツクヨミに樹海のいずこかへ放り投げられてしまった。
「大丈夫か、フィッツっ!」
「はい、本体は一応、でも……」
フィッツはほとほと困った。陸上で使える武器は中距離用の足に装備されている小型のマシンガンと、同じく小規模なビームのみである。これはラビットモードで飛び様相手にある程度近づいていないと当たらない。要するに、先ほど自分で考案したような、樹海の中から狙い打つという高度な射的能力は有していないのだ。
――ど、どうしよう……。




