第七章「連邦国立出雲士官学校」 (3)
Ⅲ
メシア降臨前、つまり、この地球上の各地で天変地異が起こり、人間の絶滅が危ぶまれた時、中でもこの日本という島は壊滅的打撃を受けていた。
元々地震の多い土地柄であったが、当時予測していた限りの大断層が激しく割れ動いたために、この縦に長い島は上下左右に散った。
今でこそそれぞれ小さな島となってしまった土地を道路や人工島で繋ぎ合わせ、日本という名の地区として存在するが、当時の爪痕として、名も分からぬ孤島が数多く周辺に存在する。
その中でも今回対校試合に使用する孤島は、日本地区から遠く太平洋へと離れた森林が生い茂る土地である。ここは子島と親島の二対で一括りとし、両島と間の海が戦闘領域とされていた。
人の手が入っていない子島と親島の間には、当然橋等はなく、渡るとするなら海中か空の二択である。その移動手段を有していない機体は、基本的にはスタート地点である親島の対決となるであろう。
広大な森林地帯はまさに上空から見れば樹海である。そのため、人工物が一切存在しないこの土地の木々は、優にアンジェクルスの背丈を越えているのだ。その中で敵機を肉眼で発見するには、困難を極めることは言うまでもない。つまり、レーダーなどに頼った戦闘になることが予測されていた。
主天使級には上空から発見されやすいため、それぞれのチームは自機に網で葉を被せるなどして迷彩処置に余念はない。これは互いにデコイを使用された際、完全に手探りでの戦闘となるため、少しでも敵の背後へ回りやすい工夫である。
「三日間もあるから、チャフもフレアも一時凌ぎにしかならない。補給は三日間一切出来ないから、数も限られている。ということは、ここぞという時のために取っとくって言うスタンスはお互い一緒だと思うんだ。で、レーダーが利く戦闘での敵を欺瞞する方法として有効なものは――はい、竜ちゃんなんだったでしょうか?」
スタート地点である親島で、南に位置する子島の見える海岸へと移動しながら、フィッツはテストのおさらいとばかりに竜也にクイズを出した。
「能天使級などが複数所持できるダミー型の小アクティブデコイ。発信源を隠すのではなく、増やすことが出来るから、敵のどれが本物の信号か分からなくなる。お前がシミュレーションで一番得意な戦法だろ? 確かライオネルにも使ってたじゃないか」
「ピンポーン! 正解です」
二人のその会話を通信で聞いていたヨハンが溜息をつく。
「お前らなあ、遠足に来たんじゃねぇんだぞ? そんな浮かれたテンションで大丈夫か?」
珍しく緊張している様子のヨハンに、フィッツは笑顔で答える。
「先輩リラックス、リラックス。出雲の戦闘力が高いのは確かですけど、肩に力入り過ぎも良くないですよ。いつも通り、自信を持っていきましょう」
「ホント、お前は顔に似合わず肝が据わってるよなあ……」
半ば呆れ気味に感心しているヨハンに、アスカもいつもの軽薄な笑みで返す。
「ヨハンは去年アキラ先輩にボッコボコにされたからねぇ。怖いんでしょ?」
「なっ! そういうお前だって……っ!」
「貴方たち、傷の抉りあいはそれくらいになさい」
貴翔は溜息混じりに戦闘用ゴーグルを押さえた。ただでさえ少し調子が思わしくないセシルがいるというのに、不安を煽るような行為はなるだけ避けてもらいたいのが副会長の思案であった。
「セシル、本当に大丈夫か? 棄権するなら今のうちだぞ?」
ダナンは後輩を心配し声をかける。もし本当に駄目そうなら、この場で離脱しておかない限り、教官たちは本土へ戻りそこからモニタリングすることとなるので、試合が始まってしまってからの離脱は不可能なのだ。ちなみに、違反判定の信号は、本土からの遠距離操作で発射台から信号が射出されることとなる。
「ご心配お掛けしてすみません。僕は大丈夫です。けして足を引っ張るようなことはしませんから、どうか参加させてください」
セシルはなにやら必死であった。やはりその原因はキリル少佐との一連の騒動が関係あるのだろうと感じ得るだけに、ダナンはそれ以上深く尋ねることは出来ない。ただ、キリル少佐が素体ということは、少なくとも彼が軍に入隊してからの実験参加という過程であっただろう。そう考えると、セシルはこの世に生を受けて自我が目覚めてからさほど年月が経過していないという憶測が立つ。もしかすると、実年齢は赤子ほどしかないのかもしれない。それなのに、成功作というある種の重圧を常に受けているこの少年のことが、ダナンにはどうにも気の毒に思えて仕方が無い。無邪気な弟妹を持つ兄の立場であるゆえに、その思いは深いところにあった。
「お前がそう言うなら無理には止めない。だが、何かあったらすぐに言え。分かったな?」
「……はい」
セシルはダナンの優しさにありがたさを感じながら、ぎこちなく口角を上げ頷いて見せた。
スタートの青い信号弾が予定時刻どおりに上げられる頃には、オレンジと薄紫のグラデーションがすっかり空に広がり始めていた。
サバイバルバトル一日目の難所は、日が沈んでからの夜戦である。ここで一気に仕掛け相手の数を削るか、それとも次の日までエネルギーを温存して長期戦に持ち込み、じわじわと追い詰めるか、作戦立案者の手腕にかかっている。
出雲の作戦の立案方法は、基本的な道筋をアキラが伝え、それに真理奈と辰巳が修正、追加などを行った物を他に提案し、まとめる形であった。
特に今回は辰巳の意見が大きく参考にされた部分が多く、責任感が人一倍ある本人は少なからず張り詰めた様子だ。
ちなみに、ユグドラシルの偵察行為は完全にブロックした。この案も実は辰巳が講じた物なのだが、実に単純でありながらも効果的であった。何しろ、自分たちの誓鈴を会議にではなく偵察者がいないかどうかを感知するという役目を与えたのだ。
誓鈴は結局戦闘に入れば従順に主の命に従うまでであり、作戦会議に参加せずとも問題はないと判断した結果であった。
特に出雲の誓鈴には鼻の利くライカンスロープが数多く頭を揃えている。その抑止効果は言うまでもなく抜群であった。
「たつみん平気? 眉間に皺よってるぞ?」
カリンの声にはっとしたような表情でモニターに返答する。
「はい。偵察行為防止策は完璧でしたし、大丈夫だと思います」
「ああ、違う違う。緊張してないかって言ってんのっ。たつみんったら険しい顔してるんだもん」
「ヴァルキリー戦で対校試合がどのようなものかは体験したので、今回も問題ありません。あと、その呼び方はいい加減やめていただけますか?」
「え~、たつみんって響き可愛いから良いじゃん。ねぇ、ノーム?」
モニター越しにカリンの誓鈴であるケープペンギンの雄が「クア!」と一言鳴いてみせる。主とはどうやら同意見のようであった。
辰巳はどうにもこのカリンという人物が把握しきれていない。実は救急救命士の資格も有する博識な頭脳を持つ人物ではあるのだが、その持て余し気味な元気の良さと軽い調子で、辰巳としては接し方に難があるのだ。
「カリン、あまり後輩をからかってやるな」
「別にからかってないし! ボボも固いなあ」
ボボとカリンに呼ばれたのは、生徒会中一番の高身長を誇るボルジャンである。カリンが跳ね回り落ち着きのない兎ならば、ボルジャンは沈着冷静な亀のようにどっしりと構えているタイプであった。
どちらかというと、辰巳はボルジャンの方が接しやすい。というより、あまりお互いに会話せずに済むので楽なのだ。
「ところで、ピーター先輩は会議に参加していませんでしたが……」
そう、二年生はこの二人だけではない。同じ学年にはもう一人いる。辰巳は自分勝手な先輩に呆れ顔だ。
「ピーちゃんはどうせ一人で暴れ回るつもりだろうからほっといて良いよ」
カリンがひらひらと手を振って苦笑いする。彼女の言うとおり、ピーターは前回のヴァルキリー戦でも、まるでチームワークなどお構いなしとばかりに、一人で勝手に攻撃を仕掛け、勝手にサボるをくりかえしていた。
どうしてそのような人物が生徒会にいるのかと、最初の頃は疑問に思ったこともあるが、アキラからナノマシンの話を聞いてからは納得がいった。生徒会の選出自体軍需会社の裁量により決まるのだ。機体テストという意味合いで、ナノマシン保有者であるピーターを使わない手はないだろう。その証拠に、彼が乗りまわしているアンジェクルスはNSW社製であり、彼用の特別仕様である。つまり、多少の素行不良はこの際会社側としてはどうでもいいのだ。
ピーターはカリンの予想通り、試合スタートと同時に鉄紺色の愛機を突出させていた。恐らく敵に先制攻撃をかけて脅かしてやるつもりなのだろう。
「辰巳」
アキラの呼びかけに、ピーターが飛んで行ってしまった方向を見ていた辰巳は、視線を通信モニターへ移す。
「奴に惑わされずに作戦通り行くぞ」
「はい、とにかく一日目と二日目はエネルギーと体力を温存し、最後の三日目の夜間に攻勢に転じます。ピーター先輩がその間にたびたび敵に攻撃を浴びせに行くと思うので、むしろ丁度良く戦力を削ってくれるなら好都合でしょう」
「良い思考の転換だな。そう、まさにその通りだ。――と、言うわけだ。皆一日目と二日目は防衛にのみエネルギーを使用しろ。そうしながら徐々に敵に気取られぬよう、親島の中央へと囲い込む」
アキラがピーター以外のメンバーに通信で伝えると、皆と一緒に了解しつつボルジャンが独り言のようにつぶやく。
「狩りの基本だな」
彼の例えはさながら石器時代の戦士のようであったが、実家は代々大きな農家を営む家庭の長男であり、けして出身がアフリカ地区のケニア地方だからといって、槍を片手に猛獣を追いかけ回してなどはいない。むしろ、そこは農家の息子らしく、草花が好きな大人しい男だ。だが、その迫力ある容姿と運動能力の高さに、一部の同級生からはすっかりあだ名が『マサイ族』と定着してしまっている。(もちろん今現在民族的なものは混ざり合ってしまっているので、古代の少数遊牧民など現存してはいないのだが……)そんな彼の誓鈴であるチーターのンガイが、主の言葉に同意する。
「我々は爪と牙を磨いで時を待てば良い。さて、相手はそれに対してどう出てくるだろうか?」
真梨奈がその言葉に、自身の誓鈴であるライカンスロープの倭の黒い背中を撫でながら、余裕の笑みで反応した。
「あちらもヴァルキリーと出雲の戦いを研究して来ているでしょう。一筋縄では行かないことは予想出来ます。でも、それ故にどうなるか楽しみではありませんか。そうは思いません? アリスさん」
後輩に話をふると、画面の向こう側でびくんと肩を揺らす少女の姿があった。
「えっ、あ、はい! がんばりますっ!」
「ふふ、緊張されているのね。大丈夫ですよ。貴女はヴァルキリー戦でもよくやってくれましたから」
優しく艶美な真梨奈の表情は、同性であるアリスでも思わず赤面してしまう色香があった。その様子に辰巳は一つ咳払いをすると、アキラに目配せしながら告げた。
「それでは皆さん、所定の位置に移動してください。健闘を祈ります」
出雲のチームは親島の一番北側から広がるようにして散って行った。
竜也はその頃、たった一人斥候として樹海の中を只管進んでいた。竜也はこの行動を可能とするために、事前にモーリスに力天使級でありながら、能天使級のようにステルス機能を搭載するよう頼み込んだのだ。
急な竜也の申し出に機体全体にステルス性を有することは難しかったため、電波を反射し難い、あるいは吸収する物質に換える処置として、盾にその機能を有した。傘のように上へ被り、頭を低くしていれば、それなりの効果を発揮する。さらに、敵を混乱させるため、フィッツには常にダミーを一つ起動させて置いて貰っていた。これにより、相手側のレーダーにはしっかり人数分反応があるはずだ。
使用素材の都合上、盾の防御力は下がってしまったが、ようは攻撃に当たらず回避し続ければ良いのだと、竜也は腹をくくっていた。
ダナンには単身敵陣に乗り込むこの作戦を、最後まで首を縦に振ってもらうことは出来なかったが、黙認はしてくれた。それは竜也の実力を評価してくれたことに間違いはない。ただでさえ無茶なことをしでかしているのだ。その期待を裏切るわけにはいかなかった。
――……ん?
竜也は自身のレーダーに敵の反応が急速に近づいていることに気づく。雷神も当然気づいたようで、一旦移動をやめ、その場に潜むことを提案した。
「あっちも単機か?」
盾を被ったままなので、肉眼で確認することは難しい。ただ、背筋に雷神と同じ感覚が伝わってくるため、敵は上空を移動中だという予測がついた。
「そのようだ。ダナン殿に伝えた方が懸命だろう」
「……だな」
竜也は敵機が自身のを通り過ぎてから通信を繋ぎ、ダナンに事情を説明した。すると、特に驚きもせず彼は静かに頷いた。
「たぶんピーターだろう。奴は去年も基本的に単独行動が目立った。今回はさらにそれが顕著なようだな。とにかくこちらは了解した。お前も引き続き……いや、なんでもない」
思えば今の竜也とて立場としてはピーターと同一である。ダナンはここで正式に認めるわけにはいかないらしく、言い淀んだ。
「すみません。では、報告は以上です」
通信を切ると、竜也は再びこそこそと移動を開始した。
「それにしても、相手にはライカンスロープが全部で四頭……。近づくだけでも容易じゃないな」
珍しく不安げな竜也に、雷神は主がどうしてこのような行動に出たかある程度予測がついていたので、特に説教を垂れるでもなく、むしろ励ました。
「なに、相手がこちらのニオイを嗅ぎ分けるよりも先に、自分が主に敵の位置を正確に伝えれば問題なかろう。弟の風神に鼻で負ける訳にはいかないからな」
そう、思えば何も今回の兄弟対決は竜也と辰巳に限ったことではない。龍一の誓鈴、神威の血を引く二頭もまた、自身の実力とプライドをかけて戦う事となるのだ。
「そういえば、何で父さんはお前の方を俺にって預けたんだろうな? 本当なら辰巳にお前で、俺に風神じゃないのか?」
なぜ兄弟をあべこべに分け与えたのか、素朴な疑問である。
「性格が主たちに合うと思った方を預けたのだろう。辰巳殿は元来わりと内気なところがあったから、風神なら思ったことをすぐ言える奴であったし、バランスが取れて良き話し相手になると思ったのではないか?」
竜也が「なるほどなぁ」と気のない返事をすると、雷神は少し拗ねたように言ってみせる。
「それとも、主は自分よりも風神の方が良かったか?」
「ばあか、どうしてそうなるんだよ。俺は隣にいるのがお前で良かったって常々思ってる。だから今回もよろしく頼むぞ、相棒」
乱暴に頭を撫で回されたが、ほんの冗談で言ったつもりの言葉に予想以上の嬉しい反応が返って来たために、雷神は俄然密かにやる気が出た。
「御意」
ルビーのような瞳を輝かせて、雷神は周囲の気配に感覚を研ぎ澄ます。そして、急に低く短い唸り声を発すると、主に停止を求める。同時に、雷神の判断で機体はより低い姿勢へと屈んだ。
「どうした、誰か来たか?」
「分からない。何やら探られているような変な違和感を覚えた。とにかく今動いては駄目だ」
「そうか、じゃあちょっと待機な」
どのみち竜也が仕掛けようとしているのは二日目の早朝である。それまでに敵の背後へと回るのが最優先事項なので、ここで存在がばれてしまっては元も子もないのだ。
竜也にこの作戦を入れ知恵したのは、言うまでもなくフィッツである。ヴァルキリー戦の時と同じ時刻に仕掛けてくるなら、上手くすれば敵は前だけ見ているかもしれない。もし敵が仕掛ける時刻をヴァルキリーの時より遅らせるのならば、待機しているところを一点集中で叩けば良い。
竜也の操縦するミカエルは、エネルギーの持ちが他の機体より圧倒的に良い。全力で叩いた後でも、速度を落とさず自陣に逃げ帰る事も可能である。もっとも、竜也にはそのつもりはないようであったが。
「……この感じ、アキラ殿だな」
「いきなりボスが俺たちのことを横切るのか?」
「いや、違う。遠くから見られているような感じといえば分かるか?」
ライカンスロープの敏感な探知能力は何も嗅覚だけではない。触覚、視覚、聴覚、味覚、そして第六感に置いても他の誓鈴に類を見ない高性能である。
雷神の緊張が、シートの背もたれから微弱の電流となって常に伝わってきていた。竜也はそこで一つの思い当たる節があった。
「ひょっとして、セシルの言っていたナノマシンの能力ってことはないか?」
「なるほど、それは有り得るな。人知を超える技術力なら、念波的なものを飛ばすことも考えられる。恐らく相当周りを警戒しているな。全体に網を張り巡らされているような嫌な気分だ」
雷神はそこに「ただ」と、付け足した。
「これは我々を狙っただけのものではない。もっと全体を通した何か先の物を見ているような……」
「どうしてそう思うんだ?」
「こう言ってはなんだが、あれほど実力のある人物が、対校戦如きでナノマシンの力を活用するとは思えない。セシル殿の話が確かならば、アキラ殿は確か能力を使うことも使わぬことも自在だったはず。その証拠に、フィッツ殿のフェンシングの試合では使用していなかったというではないか」
「今回の試合は本気ってことじゃないのか?」
雷神はいまいち腑に落ちない表情で下を向いて考え込んでしまう。
「まあ、悩んでたってしょうがない。相手も全体的に動き始めた頃だろうし、しばらくこのあたりで隠れていよう」
「そうだな。動向を見定めてから再始動するとしよう」
お互いに頷き合うと、省エネルギーモードに切り替え、木々の陰へと潜んだ。
――問題はさっき単機で特攻して行ったピーターとかいう奴だが……。ダナン先輩たちが手こずるとも思えない。きっとなんとかしてくれるだろう。
竜也は腕を組みながら薄く点滅するレーダーを見つめ、深く背もたれに身を預けるのだった。




