第七章「連邦国立出雲士官学校」 (1)
Ⅰ
その日は各地方ニュースから降雪の予報が聞かれた。学園都市自体は気温管理が行き届いているので、普段であれば登校の際着込むことはないのだが、あの敵機襲来事件の爪痕として管理塔の一部系統に点検が必要となったらしく、しばらくの節電が余儀なくされた。とは言っても、空中都市の全動力源を切ってしまっては浮いていることもままならないので、天候管理の一部のみ停止している状態である。
よって、地中海沿岸でみぞれの降る本日の気温は天空ではそれのさらに下を温度計が示していた。
「日本地区の北方部が今こんな感じなのかな?」
フィッツがぐるぐる巻きにしたマフラーの下でもごもごとつぶやいた。竜也は寮から校舎に辿りつく僅かな間に靴裏に張り付いた雪を払い落としながら答える。
「たぶんな、俺は東方部出身だから詳しくは知らないが……」
竜也のイメージでは、日本の雪は丁度受験日と重なる時期だという認識である。北方部の豪雪などは当然経験したことはない。もっとも、ヴァルキリー戦で遭難した日を思えば、このような雪は大したことはないように思える。
「うぅ、雪ってふわふわで綺麗だから好きだけど、僕やっぱり寒いの苦手だなあ」
両腕を擦りながら教室に向かうフィッツの後姿を見て、竜也は冬生まれのくせにと根拠のない毒を吐きながらも、そういえば彼の誕生日は来月の十二月二十五日だということを思い出す。
「もちろん、誕生日プレゼントは出雲の対校戦に優勝すること! これしかないよねっ!」
そう、奇しくも十二月上旬、つまり今日から四日後に控えているのは、連邦国立出雲士官学校との対校戦である。竜也たちの部屋には、すでに明日出雲へ出立するための荷物が準備済みであった。
自然と二人のテンションは上昇傾向にあったが、セシルはその後ろをとぼとぼとついてくる間、一切無言であった。フィッツは心配そうに後ろを振り返り、相手の肩に手を置く。
「大丈夫? 体調が優れないなら、お休みしても良いんだよ?」
フィッツの言葉に、セシルは弾かれたように慌てて首を横に振った。
「いえ、ダナン先輩だって僕と同じ光景を目にしたのに、もう普段通りに接してくれているんです。だから、僕もいつまでもこんなふうじゃダメですよね」
セシルは何かを振り払うように先に教室の入り口を開ける。すると、クラス中が笑っていたのを一斉に堪える仕草を見せる。
――なんだ?
竜也はまたライオネルが思い出したように何か仕出かしたのかと睨みつけるが、相手は「違う違う!」と言う様に必死に顔の前で手を振っている。そして、その手をそのまま矢印の様にして、後ろの掲示板を指差す。そこには仰々しい文句の見出しが映し出されていた。
『女装コスプレのまま大活躍! 我らが生徒会はどんな非常時でも無敵なり!』
ご丁寧にもその文字の横には、いつ撮られたのか三人のフリプリ衣装姿の写真まで添えられている。よりにもよって、竜也はカツラを乱暴に脱ぎ取っているシーンが別にクローズアップされていた。
こうなると、犯人の特定は非常に安易である。
「リューベック……」
口角は上がっているが目は笑っていない竜也に、名前を呼ばれた相手はぎょっとして竦み上がる。
「ま、まって竜也! これだけの特ダネ逃がす手はないと思ってさ! それに実際女装してたってすごくかっこよかったし!」
「そうか、とりあえずお前、後で屋上な?」
リューベックは半べそをかきながらメルレインの後ろへと隠れるが、そんな友人に向かって「お前が悪い」と彼は突き放した。
「そんなぁ~……」
嘆くリューベックに、クラスはまた笑いに包まれた。いつも通りの雰囲気を取り戻した現状に、フィッツは人知れず胸を撫で下ろし、セシルはまじまじと周りを見渡した。
「フィッツさん」
「うん?」
「僕たち、ここを守れたんですよね?」
「そうだよ。ダナン先輩とセシルのお陰だよ」
フィッツがにっこりと綺麗な笑顔を見せると、セシルもそれに応える事が出来た。彼の中に蟠っていたしこりが僅かであったかもしれないが、緩和されたのは確かなようであった。
その日の夕方、学長室の扉を叩く音が室内に響く。入室許可後、キリル少佐は騒動以来保留になっていた質問の答えを、アルバートにぶつけるべく扉を開いた。
「やあ、来たね」
アルバートはいたっていつも通りの軽い調子で相手を迎え入れた。しかし、キリルはどこか不満げな表情で敬礼する。
「私へ対する質問が増えてしまったかな?」
表情の意味を組み取ったアルバートは、苦笑いしながら座るよう席を勧めた。一礼しながらキリルはソファーへと腰掛けると、それと対面するようにアルバートも席へと座った。
「さて、さっそく君を引き抜いた理由だけど、増えてしまったであろう質問事項と少し被るところがあるから、大方何の関係かくらいは予想がついたんじゃないかい?」
キリルは眉を寄せながら、項垂れたように溜息をつく。
「どこで私がDC-01の素体とご存知になったのか……。とにかく、ばれてしまっているのではこちらも隠しようがありません。閣下がお察しの通り、自分は過去にNSW社に出入りしていました。その経歴に関する情報提供……と、いったところですか?」
「まあ、そんなところだね。とは言っても、こちらにはセシルくんがいるから、君の捜索は地道な単純作業で済んだよ。優良な遺伝子を主体に作られたデザイナーチルドレンである以上、顔は自ずと素体に似てしまうものだ。宇宙軍、地球軍の下士官から将校クラスに渡るまで顔の識別にかけた。そうしたら、まさか同じ姓だったとはね。ヴァレンチナも案外そういうところは無頓着なんだと思ったよ」
冗談を言うように、アルバートはくすくすと笑った。
「一般人からの遺伝子提供だとは思わなかったのですか?」
「兵器にするためのDCプロジェクトだ。軍人が先に候補に上がるはずだと思ったまでだよ。その中でも地球軍はSW社、NSW社両方の軍需会社との癒着が見られる。もし君の姓が違うものだったら、そこに深く探りを入れるつもりだった」
キリルは癒着という事実に頭痛を覚える。地球軍と一部の政治家の私服を肥やすために、ライカンスロープが犠牲となり、新兵器の傀儡となった。自身もまた、それ以前に実験のためのモルモットと成り下がったのだ。軍人である以上、上層部の意向には逆らえない。だが、彼が地球軍に持った不満は、けして少ないものではなかった。
正直、宇宙軍の総司令官直々に引き抜いてもらったこと自体は、むしろ願ってもないことであったのだ。
「さて、ここからは私が質問する番だ」
アルバートが少し表情を硬くしたので、キリルも自然と背筋を伸ばした。
「率直に答えて欲しい。君は軍需会社の何処までを知っている?」
「DCプロジェクトに関することなら大方把握しています。ライカンスロープの使用目的転換事業についてもある程度は……」
「その他は? 例えば、ナノマシンの製造方法とか」
遠慮のない質問に、何やらアルバートの必死さが伝わってくる。彼の中では、何やらなりふり構ってられぬ事情があるらしい。
「残念ながら自分はそこまでは……。ただ、NSW社はその元を保有しているだけで、それ自体の製造方法は結局基会社のSW社内、しかも、その中の一部の人間にしか伝えられていない様子でした」
アルバートはしばらく目を瞑って顎を撫でる。彼の頭の中では、何やら難解なパズルが一つずつ着実に解かれているようであった。
「つまり、培養は可能でも、それそのもの自体はあるいは鉱物のように、人間に作れるものじゃないかもしれない、ということだろうね……。――ところで、君は英雄様は実在したと信じているかい?」
急にベクトルの違う話題の質問をされ、キリルは多少戸惑ったが、そこは軍人らしく「地球共同連邦の成り立ちを思えば、当然信じております」と答えて見せた。アルバートはにっこりと頷くと、窓辺へと徐に歩いていく。そして、北欧の方向に目線を遠くに飛ばしながら、今回の事件を振り返る。
「キリル、君はヴァルキリーの下に潜って、何か目にしなかったかい? ――例えば、今まで見たこともないような巨大な物体……とか」
その瞬間、びくりとキリルの肩が動いた。あの後、調査のために穴にもう一度潜ろうとした際、すでにSW社の上層部が先に調査を開始しており、門前払いを喰らったのだ。明らかに、何か重要なものを隠している様子であった。
「……閣下こそ、この国の何処までをご存知なのですか?」
「そうだな、出来ればすべてを知ってやりたいと思っているところだよ?」
アルバートは普段見せないような挑戦的な表情でキリルに振り返った。
「キリル、私も正直に言おう。君とはとてもいいタッグを組めると思う。だからどうか協力してくれないだろうか。これはね、私なりのとある人たちの無念を晴らすためであり、手向けなのだよ」
その言葉に、キリルは静かに立ち上がり敬礼する。
「謹んでお受けいたしましょう閣下。自分も憂国せし軍人の一人であります。かならずや貴方様の私兵とし、お役に立つことをここに誓います」
言いのけたキリルの表情もまた、挑戦者の瞳であった。それもこれも、今目の前にいる元帥こそ、自身が膝を折るに値する人物だと感じ取ったからだ。
まだ三十路にも満たない若者の協力を得られ、アルバートは満足げに頷く。
「ありがとう、君ならそう言ってくれると思っていた。そこで早速命令なのだが、ここの教官であろうとも、一切私との盟約は他者にばれないよう行動してもらいたい。出来るね?」
「はっ!」
「よろしい。ならばそれを持ってして、君に一つ頼みごとがある」
「何なりとお申し付けください」
アルバートは一呼吸置くと、意外なことを口走る。
「日本へと赴き、徹底的に天野家について調べ上げて欲しい。特に、ライカンスロープのありとあらゆる実験記録。それと、天野龍一の出生についてだ。手段は選ぶな。言っておくが、私は一定の仮説をすでに立てている。あとは決定付ける証拠が足りないのだ。それを握って来て欲しい」
あえてその仮説をキリルに伝えないのは、おそらくそれを前提に探し物をして欲しくないからであろう。先入観が危険なことは、彼にも理解できている。そのため、キリルは黙ってアルバートに頷くのであった。
翌日の午前、ユグドラシルの生徒会メンバーは、日本列島を巡回するように浮かび、ゆっくりと移動し続けている空中学園都市、連邦国立出雲士官学校へと到着した。キリルもまた、彼らと指導教官であるエルンストに混ざり、試合の監視員という名目で同じ便に乗っていた。
「いいか貴様らっ!」
エルンストは機内で生徒会全員の注目を集める。
「二、三年は分かっているかと思うが、出雲戦は開始後三日間ぶっ通しのサバイバルバトルだ。今まで習った事の総決算だと思って気合を入れなおせっ! わかったか?」
今回こそはしっかりと試合ルールを熟読してきた竜也も、皆と一緒に明瞭に返事を発した。
出雲での試合は、エルンストの言ったとおりサバイバル方式が適用される。食料や弾薬、エネルギーの配分を、すべて個々で考え三日間持たせなければいけない。そしてその間、より多く生き残ったと判断されたチームが勝利するのだ。
途中軽い故障などが予想されるが、その場合も当然助けは入らず、自力で修理するしかない。
一番酷なのは、致命的な損傷を与えられ脱落しても、回収は試合終了までしてくれないという点だ。つまり、一日目初っ端でやられてしまうと、そのまま三日間どうすることも出来ず、ただただサバイバル生活を営むのみとなってしまう。
「要するに、俺たちは三日間学校からほっとかれるわけだ。あとは好きに戦え~ってな?」
ヨハンが荷物入れから手荷物のボンサックを引きずり出しながらぼやく。
「さすがに本気で死にそうな時は助けてくれるんじゃないの?」
アスカが暢気に答えるので、貴翔が「たった三日間で何を甘えたことを」と叱る。そもそも、今回ユグドラシルは秋口に行われたヴァルキリー対出雲の試合をダイジェストではあるが、その映像を予習のために見てきたばかりだ。
一言でまとめてしまうのならば、とても悲惨な試合結果であったと言えよう。
勝敗を決したのは二日目の早朝だ。ライカンスロープの鼻を使い、敵の位置を把握していた出雲は、薄明かりの中、一斉にヴァルキリーに襲い掛かった。
音もなく、夜のうちにじわりじわりと近づいていた相手に気づいていなかったヴァルキリーは、そのまま陣形を大きく崩された。
見るも無残とはまさにこのことだろう。その襲撃でヴァルキリーはほとんどの戦力を削られ、残ったサンドラとキュリアが、背中合わせに必死に応戦する姿は、もはや見ているだけでも心苦しかった。
あまりにも一方的な展開に、なにやら不安よりも腹立たしさの方が先に立つ。少なくとも竜也はそうであった。
「皆さん、出雲は硬派で礼節を厳守する校風ですからね? 恥をかかぬよう振舞ってください。とくにアスカ、ヨハン、竜也、貴方たちですよ?」
――なんで俺まで……。
制服を着崩し、場合によっては女性教官にも馴れ馴れしい態度を取る不出来な二年生とは違い、竜也は特に校則違反等の身に覚えはない。その中に自分まで数えられるのは甚だ迷惑な話である。しかし、彼以外の一同は、ヴァルキリーの初日に会長であるサンドラと喧嘩していたことを忘れてはいない。
「竜ちゃん、お願いだからお兄さんと喧嘩なんてしないでね?」
「家の問題は家の問題、試合は試合だ。言われなくても分かってる。精々試合が始まるまでは大人しくしとくさ」
――試合が始まったらどうするつもりなんだか……。
フィッツはいまいち親友を不安視しながら、ふとセシルを見た。彼はキリル少佐を気にしているようだが、一切少佐はこちらを振り返ることなく、空港へと降り立っていった。
少佐がセシルの素体であることは、竜也とフィッツには直接知らされている。初めセシルからそのことをこっそりと教えられた時には驚きはしたものの、素直に打ち明けてくれたことが何よりも嬉しかった。フィッツはセシルの肩を慰める様にそっと叩くと、出入り口を指差した。
「さ、行こうよ」
それに答えるように、セシルは少し寂しげに苦笑いしてみせる。
言わばキリル少佐は遺伝子的には彼の父兄のような存在だ。そのような人間と、少しでも関わりたいと願わずにいられないセシルの気持ちは痛いほど伝わってくる。しかし、立場上それが適わないことも分かっているのも事実だ。
それでも気にかけずにはいられないセシルの健気さが、フィッツも見ていて悲しく虚しかった。
ユグドラシルの生徒会全員が空港内部に入ると、出雲の生徒会がヴァルキリーの時と同じく一列に並んでいる。しかし、雰囲気はまったくといって良いほど違う。
出雲の生徒会は、ユグドラシルの面々を確認するなり、軍人らしくまっすぐとした姿勢のまま、完璧な敬礼を見せた。それに対し、三年はしっかりと返礼し、残りのメンバーは慌ててそれに習うという形をとった。
「俺、どうもここは堅っ苦しくて苦手だぜ……」
ヨハンがこそこそと隣にいた竜也に愚痴る。一方彼らと同じく貴翔に問題児扱いされているアスカは、文化祭の時は巫女の格好をしていたアリスを早速発見し、ウインクなどして最早いつもの調子である。
挙句の果てに「セーラー服もいいなあ」などともつぶやく始末で、この緊張感のなさというか、どこまでもマイウェイを走る彼は、ある意味で羨ましくすら思う。
竜也はというと、こちらを見ようともしないでただ事務的に挨拶をする兄の態度が、予想通り過ぎて呆れ気味であった。
すると、髪を適当に括り上げ、前髪をピンで止めた二年生の女子が、両手を合わせながら竜也に小声で謝罪する。
「たつみんったら無愛想でごめんね? 君、弟君なんでしょ?」
「え……あ、はい」
硬派な校風と聞いていただけに、彼女の態度には流石の竜也も多少驚きの色を見せた。
「カリンさん、ご挨拶が先でしょう?」
副会長である暁真梨奈が、やんわりと注意を入れると、カリンと呼ばれた竜也よりも数センチ背の高い女子は、可愛らしくぺろりと舌先を出して「おこられちった」と茶目っ気たっぷりに照れる仕草をする。
「あたしはカリン・ベルーチライトね。で、同じく二年のこいつが……」
「ボルジャン・ロックだ。よろしく頼む」
彼女の隣からぬっと現れた巨大な男は、文化祭で小鼓を叩いていたネグロイドの士官候補生だ。声は野太いが、なんとも優しげな目をしている。そこで、フィッツはとあることに気がつく。
「あれ? もう一人いらっしゃらないんですか?」
よくよくみると、七人でフルのはずの生徒会メンバーが、出雲には一人足りていないようである。
「ああ、二年のピーター・ラップビートが本日欠席でな。全員揃えられず、こちらの不徳と致すところだ。すまない」
会長のアキラは無表情だが、一応後輩のために頭を下げる。その様子を見ている辰巳はどうにも面白くなさそうである。
「試合には必ず出場させる。安心してくれ」
ダナンにそう報告するアキラのセリフに、むしろ全員そろわなくていいのにと、ヨハンはあからさまに苦虫を噛み潰したような顔を作った。
「それでは、ここから車で校舎まで向かいます。寮をご案内いたしますので、荷物を置き次第、学校紹介に移りたいと思います」
ノート型タブレットを小脇に抱えながら、辰巳は機械的に一同を案内する。科白だけは辛うじて客人向けであるが、どうにもカリンの言う通り、愛想が欠如しているのが目立っていた。
――それにしても、なんだろうなこの違和感……。
竜也は兄の態度とは別に、妙な不快感を肌に覚えていた。それが何とまでは分からないにしろ、この試合を前にして得体の知れぬ不安だけが妙に掻き立てられる。
竜也のそのような心配は他所に、程なくして彼らを乗せた大型の自動車は、連邦国立出雲士官学校の正門前へと到着したのだった。




