第一章「聖ユグドラシル男子士官学校」 (4)
Ⅳ
「これより、誓鈴候補生の捕縛作戦を開始します」
中央塔の放送室より貴翔がマイクで全校生徒に呼びかける。
「すべての門、建物の扉は締め切りました。みなさんは学校の北側から時計回りに捜索してください」
ぷつりとマイクをオフにすると、フィッツが不安顔で問う。
「あの、失礼ですが、それだとぐるぐる追いかけっこになっちゃいませんか?」
「そのような不毛なことはしません。スタート地点にはダナンの指揮するチームが残り、網を張っています。しかし問題が一つ……」
そう言いながら貴翔は大人しくおすわりをしている雷神を見つめる。
「不幸中の幸い、誓鈴候補生たちは新一年生分しか脱走していません。とは言え、小動物などは人間が予想しないような狭い場所に隠れてしまいがちです。それを竜也と雷神に探してもらいたいのです」
たしかに、雷神の鼻ならばどんなところに隠れていても、動物の匂いを探知できるはずである。だが、いざ発見できたとしても、その狭いところにはどう入り捕獲するのか、そこがまるで見えてこない。竜也が問題点を指摘しようとした刹那、貴翔の足元を素早く駆け上がる白い影が見えた。その白い影はひょっこりと貴翔の肩に顔をのせ、鼻面をひくひくとさせている。その独特のくねった長い胴が、まるで首に巻くファーの様で愛らしい。
「おかえりなさい偃月首尾はどうですか?」
偃月と呼ばれたアルビノ種のフェレットは、耳元に囁くように顔を近づける。すると首に下げている鈴から、少女の様な声が響いた。
「ダナンの方は準備が整ったって」
フィッツがそれを見てあっと声を上げる。フェレットの首から下がっている鈴は、以前父の誓鈴、シロクジャクのアルテミスについていた物と同様であることが確認できた。それは『誓鈴の証』と呼ばれ、動物の言葉が人語に翻訳されスピーカーにより発音される、誓鈴に認められた動物にのみ与えられる特殊な機械である。
「この子がいれば大概の狭いところに入れます。どうです竜也、納得されましたか?」
まるで竜也の表情から読み取ったような口ぶりに、少し驚きながらも彼は口角を上げてみせる。
「了解。行くぞ雷神。まずは片っ端から学生寮を調べよう」
返事をするように雷神は一声鳴き、竜也と共にさっさと放送室を出ていってしまう。
「わわっ、ちょっと待ってよ。僕はどうしたら……」
追いかけながらフィッツは戸惑う。その横に付きながら、貴翔は柔らかく笑ってみせる。
「貴方にはもう一つのチームに参加してもらいましょうか」
「もう一つの?」
「チャペルの前に待たせていますので、話はそこで聞いてください。私から連絡はすでに入れてあります」
フィッツは元々ビー玉の様な目をさらに丸くして驚いた。この人はいつ、どのタイミングで連絡をとっていたのだろうか、まったく気づかなかった。あまりにも迅速な対応に、さすが次席の生徒会副会長だと感服せざるを得ない。
「了解っ!」
フィッツは一人、チャペルに向かい走り去っていく。彼の後姿を竜也は黙視し、雷神と共に校庭から学生寮へショートカットするため、木々の生い茂る坂道を登り始める。ライカンスロープの足は水を得た魚のように、喜々として坂を駆け上がり、竜也も負けじとそれを追いかけた。すると、突如雷神がぴたりと立ち止まった。耳をぴんと立て、鼻をひくつかせる。
「何か見つけたのですか?」
「雷神、もってこい」
主の命で、雷神は躊躇い無く長い草の生い茂ったところに鼻先を突っ込む。
「あ、お前!」
雷神が白い毛玉を口で咥えてくる。確認した瞬間、竜也が声を上げる。後ろから来た貴翔が、眼鏡を抑えながら、毛玉の正体を確認する。
「これは、兎ですね。まずは一匹回収といったところでしょうか」
真っ白な毛並みの中に、右太腿にだけ茶色い星型の模様、なにか抗議するような眼差しが、小動物のくせにあまり可愛らしくない。とりあえず、ずっと雷神にぶら下げられているのは可哀想なので、竜也が受け取った。しかし、兎は反撃といわんばかりに、抱く竜也の胸を両足で蹴り叩く。あまり痛くはないが、さすがに連続でやられると不快だ。
「おっまえなぁ! 少しは大人しくしろ!」
「知り合いの誓鈴候補生ですか?」
「知り合いも何も、こいつはフィッツのっ、ぶっ!」
口元を蹴られ、いよいよ怒りの沸点が頂点に達しようとする。竜也はわりと短気なところがあった。
「ウサ公のくせにお前……っ、耳もってぶん回してやろうか?」
「私に貸してください。小動物はこう扱うんです」
貴翔が竜也から兎を受け取ると、そっと抱き上げる。すると、安心したように丸まり落ち着く。急に大人しくなった小動物に、竜也はわなわなと肩を震わせた。
「この面食い兎……」
「フィッツの誓鈴候補生でしたか、お名前はなんというのですか?」
「ルナ。月の女神様だかなんだか知らないが、どこがだ、この暴れ兎! 名前負けもいいところだ!」
ざまあみろとばかりに、くるりと竜也に振り向くと、三つ口を引き上げて、げっ歯類特有の前歯をむき出しにする。
「よし、ここに捨てていこう」
「およしなさい、まったく大人気ない。少し冷静になりなさい。私はこの子を二年学生寮前に設置したケースに置いてきます。小ケースも持てるだけ持ってきますから、先に寮内を捜索してください」
苦々しい顔をしながら、竜也は三年学生寮に歩を進めた。
「大丈夫ですかねぇ……」
そう貴翔がつぶやくと、襟巻きのように肩に乗っていた偃月の鈴が、ルナの声を拾う。
「素行が野蛮なやつは嫌いなのよ、バーカ」
フィッツがチャペルに駆けていくと、クレールス・ユリウスと、強面の教官と思しき男性、さらに高身長で赤毛の青年が出迎える。青年は気さくに「やあ」と手を振ると、フィッツに近寄ってきた。先ほど自分に対して大変失礼な発言をしたヨハンと同じ、二年生の証である青い帯リボンを、下から四番目のボタンに掛けている。学校指定の赤いスカーフはしておらず、お洒落に胸元を開けて、珍しいT字の略式ロザリオをちらつかせているあたり、あまり良識的な士官候補生とは言いがたいが、よくよく見てみると、左腕のカフス上の帯に生徒会書記の文字が、ゴシック英字で刻まれている。
「フィッツくんだよね? 貴翔先輩から聞いてるよ。入学式前だっていうのにごめんねぇ。ちびヨハンのアホがやらかしちゃってさぁ、あはは」
のんびりとした口調とは対照的になんとも毒を含んだ科白を発する。
「あ、えっとね。僕は二年のアスカ・L・イオタ。教官はローランドって呼ぶけど、みんなは大体アスカって呼んでくれるよ。これでも今年から生徒会の書記なんてやってるんだよねぇ。以後お見知りおきを、なんてね」
おちゃめにウインクしてみせるアスカに、フィッツは握手であいさつを交わす。
「早速で悪いのだが」
強面の男性教官が割り込む。眉間から頬までにかかる傷跡が、歴戦を潜り抜けてきた猛者の風格を強調している。略式軍服の上からでも、鍛え抜かれた立派な体躯が手に取るように分かった。
「この学校には森林緑園が点在している。貴様たちにはそこに逃げ込んだ誓鈴候補生たちを見つけ出してもらいたい」
教官は簡単にそう言ってのけるが、具体的にはどうしたらいいのか、フィッツには皆目検討がつかない。確かこの学校の敷地には、大小あわせて五個の森林緑園が在ったはずである。一つ目から順々に攻略するとして、果たしてこの人数だけで回収できるのであろうか。
「貴翔先輩がさっき人海戦術の放送してたでしょ? 北からコンパスみたいにみんなで列なしてぐるーっと回ってくる作戦なんだけどね、それでも森林緑園は隠れるところ多いから、僕たちは漏れが無いか確認する係りってわけ」
分かりやすく身振り手振りでアスカが説明すると、クレールス・ユリウスが「私と教官も探しますので、がんばりましょう」と微笑んだ。
まず着手したのは、アスカ曰く人海戦術で探索済みになった、校舎の北東にある森林緑園であった。五つある内のもっとも広い敷地で、四人で探すには相当根気が要りそうだ。
「ムラクモ!」
不意にアスカが呼ぶと、草むらから毛艶の良い狐がのそりと現れた。口にはリスを一匹咥えている。
「お、早速一匹確保してきたか。えらいぞぉ~。褒めて遣わす!」
狐の頭を撫でながら、アスカは持っていた小ケースにリスを入れる。
「先輩の誓鈴ですか?」
「そっ。ほら、さっき話したフィッツくんだよ~。ムラクモ、ご挨拶は?」
「お初にお目にかかる。拙者はムラクモと申す」
ムラクモは落ち着いた低い声で、お辞儀をする。
「こ、こんにちは。面白いしゃべり方するんだね?」
「ふむ? で、あるか?」
「ああ、それはね、趣味で日本の時代劇一緒に見てたら、いつの間にかこの話方になってたんだ。僕はむしろかっこいいから気に入ってるんだけどね」
にこにこと誇らしげに語るアスカに、フィッツは是非竜也にこの先輩を会わせてあげたいと思った。現世のリアルな侍を見たら、きっと彼のような所謂ある種の〝オタク〟は感激することだろう。
「個性的で良いと思います」
「あはっ、だよねぇ~。君、話わかるなぁ。今度僕の部屋に遊びにおいで。『サムライ魂の歴史上下巻』これしびれるんだよ! 一緒に観よう!」
がしりと両手を握られ、ぎらぎらと輝く瞳で古ディスクの鑑賞会に誘われる。
「ええっ! いや、あの、なんというか、間に合ってますっ!」
「まぁまぁ、そう言わずに」
「貴様らぁっ、探す気があるのか!」
教官が鬼の形相でこちらを睨む。ぎょっとして二人で慌てて木の根元の草を分け入った。
「おお怖っ。あの人マジで怒ると校庭百周とか冗談抜きでやらせるから、鬼教官って有名なんだよ」
小声でフィッツに愚痴りなながら、ムラクモの鼻を頼りにさくさくと前へ進む。
「ひょっとして、エルンスト教官ってあの人ですか?」
「お、よく知ってるね」
「オープンキャンパスで噂を聞きましたから」
「へぇ、ちゃんと事前調査してるなんて感心だなぁ。僕なんか実家に近い軍事教練施設ってだけで選んじゃったからなぁ。今思えば出雲の方が日本文化の宝庫だったのにって後悔してるよ。まぁ、この学校の雰囲気も嫌いじゃないけどねぇ」
入学理由が普通科の一般高校生並に弱く、後悔する理由もなんとも不真面目であるが、これでも成績優秀者でなければなれない生徒会の書記なのだ。つまり、ここの士官候補生の中ではダナンと貴翔に次ぐナンバースリーである。人間見た目や性格で判断してはいけないのだろうと、フィッツは考え深く思った。
「あの、先輩。ちょっと提案があるんですが」
「うん、なんだい?」
手はあくまで作業をしているふりをして、話を続ける。
「手作業で探すのは限界があるかと……。今の方法だと、大部分ムラクモ君に頼っているので、かなり非効率だと思うんです」
「そうだねぇ、かなり地道だよねぇ」
「餌で誘き寄せて一気に回収してはどうでしょうか?」
「う~ん、考えていなかったわけじゃないんだけど、色んな動物がいるから、これといった好物が思い浮かばなくてさぁ。なんか良い方法あるかなぁ?」
アスカの懸念はもっともである。ただでさえ自分の誓鈴候補生は兎のルナであって、対してアスカの誓鈴は狐。ここだけでも草食動物と肉食動物の違いがある。ならばと、フィッツは進言した。
「ムラクモ君の好物の餌って今持ってます?」
「うん、ドライフードだけどあるよ」
「良かった。このドライフードなら大概の肉食動物が好む物です。僕はドライフルーツを持っているので、今からこれらをセッティングしていきましょう」
アスカは半信半疑でドライフード入りの巾着袋をフィッツに手渡す。すると、フィッツは円筒型のドライフードを一粒取り出し、自身の長い髪の毛を一本抜き取り巻きつけ、背丈の低い木の枝に吊り下げていく。それを三つ行った後、今度はドライフルーツを、少し離れた場所の地面へ撒いて行く。
「先輩。ムラクモ君の鈴を借りてもいいですか?」
「うん、良いけど、どうするの?」
フィッツは受け取った鈴を、撒いた餌の近くに置き、小石でカモフラージュする。
「これでよし。先輩はドライフード担当です。僕はこっち担当しますね」
「えーと、もしもしフィッツくん。具体的にどうしたら?」
「あくまで全然違うところを探し続けていてください。もちろんセッティングしたこっちに必ず気を配りながらよろしくお願いします。何らかの動物が餌を食べれば、設置した木が動くはずなので、そしたらそっと捕獲に向かってください」
アスカはなるほどと頷いて、無言のムラクモと共に、少し離れた樹木の下へ向かった。フィッツも少し離れた場所で、探す手は止めず、耳を澄ます。
十分ほど経ったであろうか。フィッツの耳にこそこそと小さな話し声が聞こえてきた。
「あれ?こんなところにご飯が落ちてるよ」
「ほんとだぁ。うん、うまいうまい」
フィッツは音を立てないようにケープを脱ぎながら現場へ近づく。セッティングした餌場には、ハムスター、モルモット、ハツカネズミなどが集まってきていた。
__今だっ!
意を決してケープを広げダイブする。
「うわ~っ!」
「ちょっ! やだやだぁ~!」
様々な声がケープの中からもぞもぞと聞こえてくる。
「誰かケースください!」
フィッツが叫ぶ。急いで鬼教官ことエルンストが、駆けつける。
「よくやった!」
袋状にすぼめたケープの口から、二人係でケースに動物たちを収容する。砂埃だらけのケープを払いながら、フィッツは、何か違う収集方法にすればよかったと、今更ながら後悔した。入学式にこの汚れ塗れのケープで参列しなくてはいけないのかと考えると気が重い。とりあえず、学生寮に戻ったら掃除機をかけてみよう。そう思いながら溜息をつく。
「お~い! こっちも捕まえたよ~!」
アスカが満面の笑みで寄って来るが、なかなかの乱戦だったらしく、右頬には三本くっきりと赤い裂傷が残っている。よく見ると、ぶら下げてる小ケースの中には、猫が三匹詰め込まれていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「いやぁ~、参ったよ。にゃんこ様なめてたわ~。ってか、フィッツくん汚れ酷いなぁ」
お互いの散々な姿に思わず笑い合う。しかし、ここだけで漏れがエルンスト教官やクレールス・ユリウスが見つけた誓鈴候補生を合わせて、計九匹もいたことになる。ここはそもそも人工島の空の施設であるから、天然の動物が学校の敷地内にいることはありえない。つまり、これだけ漏れがあるということは、残り四箇所もそれ相応の覚悟が必要であろう。
「……長い一日になりそうだなぁ」
早くもぼやき出すアスカに、フィッツが両手を胸の前でぐっと握り締め励ます。
「がんばりましょう先輩!」
「うん。とりあえず、後でヨハンは殴っといてあげるからね、フィッツくん」
「えっ……」
ちなみに、後日フィッツはアスカが全国ボクシング大会の優勝者であることを同級生の噂で聞くこととなるが、当然今は知る由もない。




