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戦禮のアンジェクルス  作者: 黒須かいと
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第六章「予感」 (9)

 Ⅸ

 ダナンとセシルはもう少しで現場に到着するところで、さっと何かが自分たちの下を駆けて行く様な気配を感じた。

「お前も感じたか、セシル?」

「はい、おそらくジュダスです」

「型まで分かるのか?」

「ええ、僕はそのように作られています」

 まるで普段のスイッチを切ったような無機質的な答えに、ダナンは違和感を覚えつつも、一応頷いてみせる。そしてその気配の次に、白銀の機体が駆けて行く。

「あれは、アキラか」

 三年生同士、二度対校戦で対決したことのある機体である。その雄姿にはとても見覚えがあった。ダナンは素早く彼との回線を繋いだ。

「アキラ、一体取り逃がしたのか? キリル少佐殿は?」

 ダナンに問われたのだが、アキラは何故かセシルとの回線を繋ぎ、モニター越しに彼を睨みつける。葡萄酒色の瞳と、マゼンタの瞳が交差した時、セシルはすべてを悟ったように頷いた。そして、アキラはそのまま無視するような形で敵を追いかけて行ってしまう。

「先輩、恐らくキリル少佐殿はここのほぼ真下に居ます。彼が言うには、僕らはそちらの応援に向かった方が良さそうです。……僕もそう感じます。敵はやはり三体だけではありません」

「なんだと?」

 無言の回線で何をやりとりしたのか想像もつかないが、ダナンはさほど悩むこともなく、後輩の意見を聞き入れた。

「分かった、どう行けばそこに近い?」

 そう尋ねると、セシルのアンジェクルス、ルシフェルの尖った指先が、向かって左の地面の末端を示した。

「あそこから降りましょう」

 ダナンは頷くとすぐさまセシルを引き連れ空中都市の裏側へと回る。確かにそこにはぽっかりと爆弾で開けられた穴が口を開けていた。

「やつら、こんなところを掘ってどうするつもりだ?」

 顔を顰めるダナンに、セシルは答えともつぶやきともつかぬなんとも曖昧な言葉を返す。

「……何か探している。とても、とても大事なもの」

「セシル?」

 どこかこの世の次元とは違うところに旅立ってしまったようなセシルに、多少の不安を抱きつつ、ダナンは穴の中へと進入を試みる。だが、その瞬間――

「ダメです! 近づかないで!」

 セシルが叫ぶのと同時に、内部から大きな爆風が吹き出した。ダナンはその勢いに飲み込まれて、機体が弾き飛ばされる。

「ぐっ!」

 飛行バランスを失った機体が一時錐揉み状態となるが、そこは日ごろの訓練が幸いし、なんとか立て直すことに成功した。

 それとほぼ同時に、爆発の煙にまぎれて、イブリーズとジュダス、それぞれ一機ずつ飛び出てくる。

「候補生たちかっ! 奴らを逃がすな!」

 その後ろを追って出て来たキリル少佐の怒鳴り声に弾かれるようにして、ダナンとセシルは敵の機体を追いかけた。

「目標捕捉。これより敵の行動不能を目的とした攻撃へ移ります」

 セシルは事務的に言うと、初めて使う大型ビームブレードを、背中の装備から引き抜いた。柄しかなかった先端から、一気に広がるように光の刃が現れる。

 彼はブレードを構えながらジェットを吹かして加速した。あまりのスピードに敵も呆気に取られたのか、まるでその瞬間だけ時間が止まったかようであった。

 セシルは敵のイブリーズに狙いを定めて斬りつける。それは相手の両足部を薙ぎ、バランスを失った機体はなんとか這うようにして空中都市へと着陸した。

 ダナンはその間、ジュダスに向かってヒートシャムシールを横にニ、三度振るう。そこから発せられた熱の波動は、見事に敵の肩と頭の部分を溶かし、消し飛ばす。それにより海へと落下しそうになった機体を、ダナンは間一髪で掴み上げ、すっかりセシルの攻撃で行動不能となったイブリーズの隣に放り投げた。

「二人とも気をつけろ! 奴らは白兵戦に持ち込んででも襲い掛かってくるぞ!」

 キリルの忠告を聞き、ダナンとセシルは咄嗟にコックピットのハッチを押さえつけた。その時である。機体の手の平を通して、直接相手の音声がセシルの耳に届く。

「くそっ、この狂信者共がっ! 我々の正義を貴様らに邪魔されてなるものか!」

 その怒号と共に、敵のコックピットは大きな音を立てて爆ぜ、煙を濛々と上げる。壊れたハッチの裏からは、おそらくそれまで人間の形を留めていたであろう肉片が、べったりとこびりついていた。


「――ひ、ぎっ……いやぁああああああああっ!」


 セシルは断末魔を上げ、顔を覆ってのた打ち回る。いくらリリスが彼の精神経路を緩和させていようとも、この悲惨な状況を直接目にしてしまったのだ。彼の中のトラウマが映像となり、鮮明に蘇る。

「セシル、ダメっ! 落ち着いて!」

 リリスが声を掛けるが、セシルは血走った目で何語ともつかぬ言葉を喚いている。このような状況に遭遇したことのないダナンは、とにかく彼をこの現場から引き離そうと試みるが、暴れる機体に邪魔をされ、上手く後輩を救出することが適わない。

「セシル! しっかりしろ!」

「――どけっ!」

 苦戦しているダナンを撥ね退け、キリルはルシフェルの機体を自身のアザゼルで覆いかぶさるように押し倒した。

「貴様っ! こいつの動力部をその武器で刺せ!」

 ダナンは少佐に命じられるままに、ルシフェルの肩口をヒートシャムシールで二箇所とも突き刺した。大人しくなったのを見計らって、キリルは自身のコックピットから飛び出すと、セシルのハッチに向かって叫ぶ。

「誓鈴、開けろっ!」

 リリスは戸惑いながらも、言われるままにハッチを空けた。キリルは怯えきったセシルを見るなり、胸倉を掴みあげると思い切り右頬を殴りつけた。

「何をするのっ!」

 リリスは怒りにフーッと尻尾を太く立たせたが、キリルはお構いなしに冷静かつ忌々しげに告げた。

「目が覚めたか候補生。いや、DC-01。あまり私の前で無様な姿を見せるな。こちらを見ろ、私の顔を見るんだ!」

 セシルは揺れ動く眼球をなんとか相手へと向ける。すると、何かを察したようにふっと体の力が抜けていった。

「あ……貴方はまさか……?」

「ようやく気づいたか。もっとも、私もこうして貴様の顔を見るまで半信半疑だったが、やはり成功していたのだな。しかし“これ”を果たして成功と言っていいのか甚だ怪しいものだ」

 二人の交わす会話の意味がいまいち把握出来ず、ダナンはなんとなしにハッチが大破した敵機を見やった。目を覆いたくなるような惨状であったが、それよりも彼らがなぜここまでの覚悟でこの土地に侵入したのか、その謎の方が気になる。

――ん?

 ダナンは転がる肉片の中に、服の残骸が巻きついているものを発見した。どうやら吹き飛んだ腕のようである。今はすっかり血に染まっているが、元は白かったであろう生地の隙間から、青い文字のような刺青を発見する。

――あれは?

 何か得も言われぬ胸騒ぎを感じ、周りにまだ一応の注意を払いながら、ダナンは誓鈴のバルムンクと共にアンジェクルスから降りた。

「おい、何をしている!」

 キリルの怒鳴り声が後方から響くが、それに「何かこいつらの目的を示すものはないかと思いまして」と、適当に返事をしながら、恐る恐る服だったものの端を摘みあげる。


『我らの血族は永遠なり』


 刺青の全文は、旧アラビア文字で描かれていた。ダナンは咄嗟に信じられないといった様子で目を反らす。

――なんだこれは、どういうことだ? いや、でも……まさか……。

 震える手でダナンは口元を押さえると、そのまま一歩も動けなくなってしまった。その様子を見かねたキリルが、緊急処置として所持していた精神安定剤のアンプルを、慣れた手つきでセシルの腕に打ち込むと、その足で今度はダナンに小走りに駆け寄った。

「余計なことをするからだ。死体など見慣れていないだろうに……。お前にも薬をやろうか?」

 応急手当の道具が一式詰まった自身の腰に下げたホルダーから、一本セシルに打った物と同じアンプルを取り出すが、どうにかダナンは手でそれを拒否した。

 いつもと違いあまりに動揺する主を心配し、肩に乗ったバルムンクが小さく鳴く。

「ダナン、怖い? 気持ち悪い? 苦しい?」

 誓鈴の不安げな問いに、ダナンは辛うじて笑顔を作って答えて見せた。

「情けないな、これからこんなものいくらでも見せつけられるというのに……」

 それを聞いていたキリルは、まったく世話のかかる連中だと言わんばかりに腕を組んでこちらを睨みつけている。ダナンは面目ないとばかりに、ずきずきと痛み出した頭を押さえながら、相手に向き直る。

「キリル少佐殿、すみません。自分でなんとか立ち直りますので、もうしばらく待っていただいてもよろしいでしょうか?」

「ふむ、一応内部にいたのはこいつらが最後だった。あの通りDC-01も使い物にならんしな。ここは一旦他に任せて空港に戻るとしよう」

「了解です。それにしても、少佐殿はセシルの出生をご存知なのですか?」

 ダナンは疑問に感じたことを素直に問うた。機密であるはずのDCと言う名を、キリルは軽々と口にしていた。しかし、そんな情報が安く口外されているとは信じがたい。

「セシルか……、人の名を生意気にも与えられたか」

 キリルは鋭い目つきのまま、薬でまだぼんやりとしている少年を見やった。

「あれに苗字はあるのか?」

「え? あ、はい。フルネームをセシル・リヴォーヴィチ・イオノフと……」

「はっ、あの女狐め。勝手に私の姓を使ったか」

 質問したダナンは、益々混乱した様子である。それに対し、キリルは自嘲気味に少年と己を交互に指差した。

「何かあれと私の顔を見て思うことは無いか?」

「……あっ!」

 ダナンははっとして、思わず声を上げる。

「もう分かったろう? 私はあれの素体となった男だ」

 髪や目の色も、年齢すらも異なってはいるが、確かに顔の造形がそっくりの二人が、ダナンの目の前には存在していたのだった。



 ユグドラシルの正門前では、竜也が守りを固めていた。唐突にざわめいた緑園の木々に、彼の背中もぞわりとした感覚を覚える。

「雷神、来るのか?」

 背筋の感覚は誓鈴のそれとリンクしている。竜也は目の前に広がる景色に注意した。

「血の匂いがするのだ主。重々気をつけよ、近いぞ」

「血か……」

 それは敵のものなのか、はたまた味方に犠牲者が出たのか、竜也は普段から睨みの効く瞳をより吊り上げ、操縦桿を握り直した。

 風を切る音が聞こえる。雷神が吼えた。それを合図に、竜也は走り様抜刀と同時に袈裟懸け上に切り上げる。

 どうっと波動のようにあたりに空圧が発したようだった。その勢いで、今まで透明で可視化されていなかった敵機が、じりじりと音を立て、姿を現す。だが、それにはすでに戦闘能力は残されていない。

 足を切断されたジュダス級は、横殴りに倒れるかと思われた。しかし、それだけのダメージではすまなかったのだ。

 敵機の後ろから的確な斬撃が、無残にもコックピットの位置を襲った。ばっさりと空中で切られた上部は、その衝撃で吹き飛び、弧を描いて落下し、そのまま地面を抉った。

 当然、中のパイロットは跡形もなくこの世から消え去ったことだろう。

「――っ、誰だあんた!」

 竜也と相手との攻撃はほとんど零コンマほどの差異しかなかったが、すでに両足を切られていれば、相手はバランスを崩し、戦闘続行は不可能であっただろう。それをわざわざ倒れる寸前で殺したのだ。一体その行動に何の意味があるのかと、竜也の瞳には怒りに似た色が映ったいた。

「貴様は大変良い腕をしているようだが、足だけで敵の行動力を納めきれたとは言えまい。よって、適切な攻撃だったとは言い難いな」

 竜也は白銀のアンジェクルスから聞こえる声に覚えがあった。兄、辰巳を呼びに言ったミーティングルームにいた、あの青年である。

「……あんた、出雲の会長さんか?」

「いかにも、私はアキラ・フォン・ベルクシュタインだ。そういうお前は天野竜也だな」

 言いながら、アキラは竜也との回線を繋ぎ、お互いの顔がモニターに映る。

「何か意見したい様子だな?」

 葡萄酒色の瞳が竜也の鳶色の瞳を捉える。何か危険な、一種の魔力のようなものまで感じる。

 青年の奥の方にある真の感情が計り知れないが、竜也も負けじと相手を睨みつけた。

「あんたには捕虜にするって考えは無さそうだな? 人を殺すために軍人になるのか?」

「それ以外の何だというのだ。敵を確実に殺すことが軍人の務めだ」

 冷静に言ってのける相手に、竜也はふっと鼻で笑った。

「そうだな。簡潔に言ってしまえば軍人なんて所詮人殺しの集団にしか過ぎない。けどな、目的意識があんたと俺はどうも真っ向から違うらしい」

「どうやらそのようだな」

 アキラもつられる様にして、竜也と同じく口角を上げる。そこに何やら自虐的とも放棄的とも取れる影のちらつきを感じながらも、竜也は兄と同じように彼を慕うことは、まず不可能であるように思うのだった。


 かくして、一日目の文化祭は、その後の続行は不可能とし、二日目は事後処理に各自が追われ、三日目にようやく落ち着きを取り戻したため、形だけの文化祭の締めをつける形となった。

 学生たちのショックも覚めやらず、危険もまだあるかもしれないという懸念もそれぞれの教官たちから上がったため、アルバート学長が国に打診したところ、こんなことで軍のエリートを育てる施設の予定を変更しては、国の威信に関わるとし、意地でもそれなりの見た目を用意せよとの返答があったのだ。

 そのようなこともあり、至って例年通りユグドラシルでは文化祭の終わりに、夕方から校庭の中心に轟々と燃えるキャンプファイヤーが用意された。

 明日にはまた三校はばらばらの土地へと帰っていく。その前に、各校の学生がここにあつまり、炎を囲んでダンスなどに興ずるのだ。

 しかし、そんな気分にいまいちなれない竜也とフィッツは、ぼうっと二人して制服のまま地べたに座り込み、揺らめく火の先を眺めていた。

 他の学生たちも、どこか義務的に体を動かしているといった様子である。

「一体、何だったんだろうね……」

 ぽつりとフィッツがつぶやいた。結果だけいうのならば、今回現れた敵は全部で五機。学園都市を襲撃した理由も明らかにされず、生徒会としても苦い気持ちだけが残る事件となっていた。

「お父さんに聞いてもはぐらかされちゃった」

「……そうか」

 いつの間に学長と話す機会を設けたのか知らないが、とにかく、その行動も無意味に終わったらしい。しかし、明らかに上層部が何かを隠している様子だと言うことは、竜也にも伝わった。

「ダナン先輩とセシル、あれから元気ないね」

「敵の死体直接見たって話しだからな、しばらくそっとしといてやった方がいいかもな」

 ダナンからはいつもの笑顔が消え、セシルは何やらずっと悪夢にうなされる様にして、寮のベッドにもぐったきりである。まだ事の発端からさほど時間が経過していない。元気を出せと言うのも無理な話であろう。

「ねぇ、竜ちゃん」

「ん?」

「僕たち、このまま普通に学校生活送ってていいのかな……」

 フィッツの不安はもっともであった。ドバイの事件といい、今回の事件と良い、身近にこんなにも異常事態が起こったのだ。今の自分たちのあり方に、なんとなく違和感を覚えてしまうのは、仕方のないことであろう。

「俺たちはまだ軍人のひよっこだからな。上から何かお達しがあれば従うが、それが無いかぎり、とにかく気にしないふりをして日常を過ごすしかないんじゃないか?」

「そうだけど、なんだかそれって、歯痒いね」

「……まあな」

 竜也はそのへんにあった枝を拾い上げ、キャンプファイヤーの中心へと投げ入れた。朱色の火花が、ぱちぱちと音を立てる。

――所詮、人殺しの集団……か、自分で言ったくせに、なんだか虚しいな。

 自身の父はその集団の中で英雄と呼ばれていた。今にして思えば、それを一体どんな気持ちで本人は受け止めていたのだろうか。

 あのアキラという青年のように、心を闇で閉ざしてしまえば、いっそ気持ちの上では楽なのだろうか。ならば父も、かつてはそれと似たような心の持ちようであったのだろうか。

 悶々と悩む少年二人の背後に、一人の女性の影が差し込んだ。

「竜也様、フィッツ様」

「あ、サンドラ先輩」

 彼女は気丈にも、振り向いた二人に対して無理にでも笑顔を見せてくれた。先輩としての意地と、自身を奮い立たせる意味もあったのだろう。

「踊りましょっ! 悩んでいたって仕方ありませんもの!」

 気晴らしということだろう。フィッツはにっこりとそれに答えると、竜也の脇を肘で突いた。

「お先にどうぞ?」

 いたずらっぽい顔の親友に、やれやれと頭を振りながら、竜也はサンドラの手を取って立ち上がる。

 フォークダンスなど中学の体育の時間以来だが、元来リズム感があり、運動が好きな竜也である。どうにか相手の足を踏むこともなく、そつなくリードすることが出来ていた。

「ねぇ、竜也様、あの方にはもう会いました?」

 少しトーンを落としたサンドラの言葉に、竜也はあの男のことだろうと目星をつけて頷いた。

「出雲の会長のことだろう? なんだか嫌な感じがした。前にちらっと会った時はそうも思わなかったんだが……。なんだろうな、アンジェクルスに乗るとなんか雰囲気が変わるな」

「あの方は軍人としての意思気力が高すぎるのですわ。冷酷であっても真正面から正しくあろうとする。ある意味間違ってはいませんわ。けど……」

 悲しげな表情を作るサンドラに、珍しく弱さのようなものを感じた竜也は、そっと腰に回した腕を自身へと近づけた。自然と引き寄せられたサンドラの顔が近づく。

「相手のことまで気にしていたら身が持たないぞ? あんたはあんたの考え方で良い、俺もそのつもりだ。相手がいくら正しいからって、自分までが無理にその意見に合わせようとしなくていい」

 炎の明かりか、それともお互いの顔が近いことへの恥じらいか、サンドラの白い肌が、ほんのりと紅潮している。そんな彼女に、竜也は優しく微笑む。

「安心しろ。少なくとも、俺はあんたと同じ考え方だと思ってる。いくら正しいからって、心まで失ったら、それは機械であって人間じゃない。だから、俺たちみたいな軍人もいていいんだ。そうだろう?」

「竜也様……」

 うるんだサファイアブルーの瞳は、長い金糸の睫毛の影を写しこんでいる。薔薇の様な唇は微かに震え、何かを堪えているようだった。

「そうか……、あんたも出撃したんだな」

 彼女の様子を見る限り、ダナンたちと同じ経験をしたようだ。竜也はそのことを悟ると、サンドラの頭に手を沿え、自身の肩口を貸してやる。

「我慢するな、辛いなら辛いって言って良い。何があったのか、詳しく言いたくないならそれでもいい。けど、とりあえずあんたのそういう顔は見たくない」

 今にも泣き出しそうだった彼女は、彼の優しさと温もりに安心感を得たのか、ふっと息を漏らした。

「ホント、生意気な後輩ですこと。でも、私も貴方のように強くありたいですわ」

 彼女は結局涙は見せずに、両手でそっと竜也の胸を押し、体を離した。

「ありがとうございます、竜也様。お陰で少し元気が出てきましたわ。第一、いつまでもいじけているのは私らしくありませんものね」

 サンドラは吹っ切れたように踵を返すと、フィッツの元へ向かおうとして、ぴたりと立ち止まった。

「竜也様」

「どうした?」

 サンドラは竜也のことを見返すことなく、背中でぽつりと告げた。

「アキラ様はとてもお強いですわ。彼だけではありません。出雲の真の力は底が知れませんの。どうか、対校戦ではお気をつけて」

 その忠告に竜也が頷くのと同時に、彼女は細長い足で駆けて行った。竜也はなぜか、そのままサンドラから目を離せない自身に気がつく。彼女はすっかりご機嫌な表情で、フィッツの腕を引いてダンスに興じている。その姿を、素直に美しく可憐だと思った。

――いい加減、フィッツたちの言動に押し流されて来たかな、俺……。

 こちらに手を振るフィッツとサンドラに、適当に手を振り返しながら、竜也は苦笑いするのだった。

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