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戦禮のアンジェクルス  作者: 黒須かいと
48/83

第六章「予感」 (8)

 Ⅷ

「遅いぞ貴様らっ! ――なんだ、そのふざけた格好はっ!」

 エルンスト教官に矢継ぎ早に怒鳴られ、竜也たちは謝罪する他なかった。何しろ、急な呼び出しだったのだ、着替える時間などありはしなかった。

「ええい、もういい。とにかく、そのままアンジェクルスに乗れっ! 起動させながら任務を聞くんだっ! 分かったらとっとと行動せんかっ!」

 竜也が自身の力天使級ミカエルに駆け寄り、ハッチを開くと、コックピットにはすでに雷神がスタンバイしていた。一瞬彼の赤い瞳が大きく見開き、主であるはずの少年の顔を再確認する。

 ぎこちなく戦禮者がスカートをぎゅうぎゅうと折り畳みながら着席すると、その誓鈴はなにやらそわそわとした様子で声を掛けた。

「あ、主、その格好の説明を求めても良いものだろうか?」

「……雷神」

「うむ?」

「気にしたら負けだ」

「…………了解した」

 主の暗く思いつめた表情で何かを察したのだろう。優秀なライカンスロープは、それ以上彼の珍妙な衣装には触れないことにした。

 ミカエルを起動させると同時に、生徒会全員の顔が前面のモニターに表示される。この状況下だ。もちろん竜也と同じく皆舞台の姿格好のままかと思いきや、生徒会の会長と副会長だけは、なんとさも当然の如く普段通りの出で立ちであった。

「ちょっ! 二人ともずりぃっ!」

 チアガール姿のヨハンが真っ先に二人に対して噛み付いた。竜也も内心同じ気持ちであったが、もはや出動前だというのに、精神的に疲れ果ててしまい声も出ない。

「ちゃんと着替えて待機はしていましたから、私もダナンも約束は破っていませんよ。ただ、緊急事態に素早く身の回りの装備を整えることも私たちの義務です。それが間に合わなかった貴方たちがたるんでいるのですよ」

 ばっさりと貴翔に切られ、ヨハンはぐうの音も出ない。そのタイミングで、ダナンが空気の入れ替えを図るべく咳払いをした。一同はそれを合図に、曲がりなりにも真剣な顔を作った。

「まず、何があったのか簡潔に述べる。ヴァルキリーの空港で激しい揺れがあった。その原因調査に当たった者たちとの通信が途絶え、後から応援に駆けつけたキリル少佐という人物から、つい先ほど敵の侵入があったと報告を受けた」

 そのダナンの説明を聞き、腑抜けていた雰囲気が一掃される。普段冷静なはずのセシルが、この時ばかりは凍てついたような表情を浮かべた。

「……宇宙開拓同盟(パンデミック)の襲撃ということですか?」

 驚き言葉を失っているフィッツに変わり、竜也が真剣な眼差しで問う。

「そうだ。大胆にも奴らは独自のステルス機能を使って、人型兵器たった三機で攻め込んで来た。一機はイブリーズ級、残りの二機はジュダス級だ。いや、正確には肉眼で確認出来たのが三機というだけだから、まだ隠れているかもしれないが、とにかく現在キリル少佐が駐屯兵と共に応戦している。俺たちの任務はその援護と、一般避難箇所への敵の侵入を防ぐことだ」

 敵、即ち五百年間も飽くことなく地球共同連邦(アースライン)と戦い続けている宇宙開拓同盟、通称パンデミックは、その戦の長引く原因として挙げられる、アンジェクルスと変わらぬ精度を誇る人型兵器“ジュダス”そしてその強化版として“イブリーズ”という二種の機体を大量に有しているのだ。

 両者ともアンジェシステムは採用されておらず、それだけに反応速度などの能力面においては格下の相手であるが、それだけに量産が非常に容易く、また、独自の発展開発を遂げた兵器ゆえに、技術面に置いて未知数な部分があった。その一つが今回報告を受けた内容にもあった、ステルス機能である。これは地球共同連邦の仕様とは違い、レーダーに映らないのは当たり前のこと、姿形そのものが肉眼でも確認出来ない代物だ。一度そのシステムを起動させられてしまうと、見つけることは困難を極める。

「セシル」

 ダナンに名前を呼ばれてからやっと面を上げたセシルが、まだ少し動揺した様子で小さく返事をする。

「お前は俺と一緒にキリル少佐の援護班に回る。学園の防衛班は貴翔をリーダーに指示を仰いでくれ」

 セシルは不安だった。対校戦とは違い、今回は敵を被害が拡大する前に迅速に殲滅することが目的である。

――僕はまたこの手で人を殺すのか……。

 軍人である以上それは避けられないことであった。だが、彼の脳裏には自身が大量に殺戮した思念たちの呻き声が蘇る。

「大丈夫よセシル、貴方は任務に集中すればいい、怖がらないで。それに、見えない敵を確実に探知出来る貴方の能力が必要なの。わかるでしょ?」

 リリスに諭され、セシルはいまいち自分の気持ちを払拭しきれないながらも頷いた。その時、通信がムラマツの声を受信した。

「セシル、君の武器をこの空中都市内部で使うにはちょっと強力過ぎる。そこで、新しい武器を用意させてもらった。データを参照してくれ」

 セシルはリリスにデータを画面上に表示するように頼むと、彼女の視線の向く方向に、大型のビームブレードが詳細とともにモニターへ表示される。格納場所はルシフェルの背中にあるようだ。

「君のは今まで遠距離用の武器しかなかったからね。次の出雲戦のためにも用意してあったんだよ。まさかその途端に使うことになるとは思ってなかったけど……」

 ムラマツはサブモニターの画面上でやれやれといった様子であったが、セシルはこの緊急事態に用意を間に合わせてくれていた彼に感謝した。

 斬撃系の武器があればコックピットを避けつつ行動不能にし、あるいは敵を生け捕れるかもしれない。そうすれば、何も殺さなくても済むはずだ。

「いくぞ、セシル」

「はいっ!」

 ダナンの操縦するアズライールに先導され、その後を追いかけるようにセシルのルシフェルが離陸する。

「大丈夫かな……」

 飛び立った二人の後姿を、フィッツは心配そうに眺めた。戦闘となると精神状態が不安定になりがちなセシルのことも当然であるが、本当の敵を相手取った実戦はダナンも自分たちと変わらず初めてであることは間違えないのだ。

「ヴァルキリーと出雲の生徒会からも援護班が出される手筈ですから、何もあの二人だけでというわけではありません。私たちは彼らを信じてここの安全を確保しましょう」

 そういうと、貴翔は残り全機に学校の図案をモニターに送信し、各持ち場を手早く指定していった。


 キリル少佐が敵を発見したのは、ヴァルキリー空港の真下であった。

 表面が学園都市として浮かぶ島の裏側は、剥き出しの切り立った山を逆さにひっくり返したような地表をしている。その側面に、詳細は分からないものの、恐らく光の屈折を応用したシステムであろう、完璧な迷彩効果を施した敵機が隠れ潜んでいたのだ。

 空港の揺れは、その切り立った山の部分に、風穴を開けるべく敵が爆薬を仕掛けたためであった。

 キリルはその空いた穴に潜入した際、先に捜査に乗り出したヴァルキリーの駐屯兵とは遭遇しなかった。

――敵に先に発見され落とされたか……。

 キリルは舌打ちしながら味方がやられ、沈んだであろう眼下に広がる大海原をちらりと確認した。

 その時である。奥から引き帰して来たのであろう敵機から砲撃があった。目に見えぬ者からの攻撃に一瞬怯んだ間、敵の気配が次々に穴から出て行く。

「ちっ、逃がすかっ!」

 キリルは手早く着色ガンの引き金を引く。空中でスプレーのように散布された蛍光塗料は、敵機の足や腕、背中に微かにだが付着させることに成功した。

 敵ももはや存在がばれたと認知し、ステルス機能を解き放った。そうしたことで、隠れ蓑に注いでいたエネルギーを、戦闘へと回す考えのようだ。

「三機か……」

 キリルはこの時点でボルゾイ種の自身の誓鈴ロドに、全校にこの緊急事態の詳細を送信するように命じた。

「ロド、こいつらを地上に逃がしてはならない。どうにかこの中でけりをつけるぞ!」

「了解」

 キリルの戦禮名であるアザゼルは、大きな翼を広げ両腕に携えたビームマシンガンで敵を空中都市内部へと押し込む。地球の地表に下ろしてしまっては、それこそ一般人への被害を防ぎきれない。それよりは、要塞としての存在意義もあるこの場で処理するに越したことはない。キリルの判断はマニュアル通りであった。

 敵のリーダーであろう、イブリーズ級の機体は、やむ終えず味方に空中都市表面に着陸し、地上戦に持ち込むように指示した。

「キリル少佐殿ですわね?」

 地上に降り立ち対峙した際、甲高い女子の声がキリルの機体内部へと響く。

「貴様は?」

「ヴァルキリーの士官候補生、サンドラ・ハカラですわ。残りの駐屯部隊の方々と共に応援に参りました」

 さすがに一番近いところで事件が起きていたため、サンドラはとにかく誰よりも先攻して到着したようであった。

「助かる。他にまだ隠れているかもしれない。私はこれから爆破された内部にまだ敵が残っていないか確認してくる。貴様たちはこいつらを頼む」

「了解しましたわ」

 キリル少佐が再び都市の裏側へと飛び立ったのと同時に、サンドラの機体、サンダルフォンに向かって敵の一体が攻撃を仕掛ける。それを皮切りに、彼女らと駐屯部隊の交戦が始まった。

「まったく、よりによってこんな時期を狙ってこないでくださいましっ!」

 サンドラが攻撃を素早くかわしながら、主要武器であるランスを構えた。隣に座しているトゥオネラが、主が戦闘に集中している間、必死に現状を他学校の生徒会へと発信する。

 ヴァルキリーの駐屯部隊も簡易型量産機である権天使(プリンシパリティ)級アンジェクルスを配備し、サンドラの援護に当たる。

 しかし、駐屯部隊のアンジェクルスはそもそも四機しか用意されておらず、先ほど調査のため二機が出動したがそれっきりである。つまり、サンドラの現時点での味方は残りのたった二機なのだ。

 だが、そのようなことで怖気づくようなサンドラではない。

「三機くらい、あっという間に倒して差し上げますわ!」

 彼女は相手を挑発するように、わざわざ外部スピーカーをオンにして大声で言ってのけた。敵はどうもその声に少し驚いたようであったが、馬鹿にされるのは不本意であったらしく、一斉にサンダルフォンに向かって放火を浴びせる。

「お嬢様! 調子に乗っているとやられてしまいますっ!」

 トゥオネラが主を叱咤するが、彼女は好戦的な笑顔を浮かべて自身の誓鈴に答える。

「私たち三年にとって今年最後の文化祭を台無しにされて、怒っていないとでも思ってらして? この罰は受けてもらわなくてはなりませんわっ!」

 言うとサンドラは一気に降下し、ランスを敵に向かって突き立てる。だが、その先端は寸でのところで避けられ、地面へと刺さった。素早く引き抜き様敵に向かって横薙ぎに振るうが、これもまた避けられてしまう。

「ミサイルさえ使えればっ!」

 そう、彼女がわざわざ近距離戦に挑んでいるには訳があった。この場は丁度空港と士官学校の間。つまり、弾がそれれば甚大な被害が及ぶ地点なのだ。

 周りに気を使いながら相手を最小限の火力で退治しなくてはいけないこの状況に、サンドラの苛立ちは募るばかりである。

 そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、敵はからかう様に彼女の隣にいた権天使級をビームソードで叩き切った。太刀筋は確実にコックピットを割き、戦禮者は一瞬で蒸発したであろう。

「なんてことをっ!」

「お嬢様、敵は手練れのようです。どうか慎重になってください」

「くっ……っ!」

 その瞬間、彼女に敵のリーダー格であるイブリーズが一気に近づいてくる。それに合わせる様に、先ほど味方を殺したジュダスも、サンドラに向かって襲い掛かってきた。

 彼女は咄嗟の判断で空中へと上昇したが、敵の三機目が、なんと残りの味方機を踏み台にして、飛び上がり様サンダルフォンの背中を取る。

――しまったっ!

 刹那、トゥオネラが目を見開いた。間一髪で敵の攻撃を自機の翼で防いだのだ。だが、当然そのまま地上へと叩きつけられてしまう形となり、形勢は最悪となった。

「うっ、く……」

「お嬢様っ!」

 なんとか立ち上がろうと操縦桿を握り直した目の前には、敵のビームソードがまさしく振り下ろさんとされていた。思わず目を硬く閉じたが、なぜか覚悟していた衝撃は襲ってこなかった。

――え?

 瞼を上げると、そこには大きな矛の様な形をしながらも、さながら日本刀の柄を少し伸ばしたような武器を携えた白銀の機体が、彼女を庇う様に立っていた。

「無事か?」

 受信した相手の声は低く落ち着いていた。その機体の肩には出雲の校章が描かれている。

「アキラ様!」

 サンドラは秋口にあった出雲戦を瞬時に思い出す。圧倒的な力で押し切られてしまい、結局一機も倒すことの出来なかった対校戦であった。己の未熟さを歯痒く感じながらも、出雲という士官学校の底知れぬ技量にただただ驚いたものである。

 その強さは、もしかすると現ユグドラシルのメンバーをも凌駕するのではないだろうか。そう思わせる出雲の代表士官候補生こそ、今目の前に堂々と姿を現したアキラ会長であったのだ。

「油断するな」

「は、はい」

 アキラは彼女の機体が立ち上がるのを背中で感じ取ると、一気に地を蹴り敵に向かって攻撃を繰り出す。サンドラは再びランスを構え直しながら思った。

――そうですわ。あの動き、まるで竜也様のよう……。

 俊敏さと大胆さを兼ね備えた動きは、竜也と対峙した時に感じたものに酷似していたのだ。しかし、それはなにもアキラだけではない。あの出雲の生徒会ほぼ全員に、同じような、自分たちとの間に圧倒的力の差が見て取れたのだ。

「……嫌ですわ、そんなの」

「お嬢様?」

 心配げに見守るトゥオネラに、サンドラは苦しげに言った。

「私は、けして弱者ではありませんわ。だから、守られる側であってはならない……。そうでしょう、トゥオネラっ!」

 語尾を強めた主の気迫に、美しい白鳥は静かに頷いた。

「ええ、そうですねお嬢様」

「行きますわよっ!」

 サンドラもアキラに習い地を蹴った。そこに、彼の攻撃をなんとか避けた機体が躍り出る。

「よくも先ほどはやってくれましたわねっ!」

 サンドラは怒りに任せて相手の頭部を躊躇いなく貫いた。敵は往生際悪く、銃口をサンドラへと向ける。

「観念なさいっ!」

 見事その銃を蹴り上げ、敵のジュダス級は丸腰となった。

――やりましたわ!

 だが、敵はまだ諦めていなかった。パイロットスーツ姿の生身で、信じがたいことにコックピットのハッチを空け、彼女の操縦席に向かって飛んで来たのだ。背中に装備した飛行用ジェットを吹かし、無防備にも近づいて来た相手にサンドラは言葉を失う。

 戸惑う彼女をよそに、相手は手に持っていたバズーカで彼女の機体の中心を狙った。

「油断するなと言ったはずだっ!」

 イブリーズ級を仕留めたアキラは、振り向き様生身の敵を叩き落とした。当然、敵は血飛沫を上げ、サンドラの目の前で飛散する。

「ひっ……!」

 サンドラの脳裏に、ドバイでの事件が蘇る。その場に不釣合いなクマの着ぐるみから滴り広がる血液。あれは間違えなく生きていた人間のもの。だが、その時は直接死人の顔は見なかった。しかし今は、直接目の前で肉と血が弾け飛ぶ現場を見てしまったのだ。彼女の顔からは血の気が引き、同時に吐き気を催した。

「うっ、うぅ……」

「お嬢様っ!」

 口元を押さえながら蹲る主を気遣いながら、トゥオネラは本来誓鈴であるかぎり出すぎた行動ではあるが、アキラに通信で思わず問わずにはいられなかった。

「なぜ殺したのですっ! 捕虜として捉えればよかったではありませんかっ!」

「……何を言っている?」

「え?」

 あまりにも冷めた口調に、トゥオネラはびくりと体を振るわせた。

「戦時下において、殺し、殺されるのは当たり前だ。そのような甘い考えだから隙が生まれる。やらなければやられる、ただそれだけだ。覚えておけ」

「け、けれども!」

「即座に判断し、私が行動に出なければ、お前の主はハッチごと吹き飛ばされていた。妥当な判断だったと私は見解する」

 まだ何か言いたげなトゥオネラを、サンドラは片手で制した。

「お嬢様?」

「……トゥオネラ。あの方の言っていることは間違ってはいません。私が甘かったのです」

「で、でも」

「良いのです、貴女の気持ちはわかっています。それでも、もうお黙りなさい」

 眉を顰めたままの主に言われては、それ以上彼女の誓鈴は何も言えなくなった。

「それよりも、ジュダス級を一機取り逃がした。やつはステルス機能を使ってユグドラシルの方へ向かった。追いかけるぞ」

 何事もなかったかのように次の指示を出すアキラに、サンドラは言い知れぬめまいのようなものを覚える。

「……先に行っててくださいまし」

「そうか。これ以上無理なようならこの場から離脱しろ、いいな?」

「ええ、了解しましたわ」

 去っていくアキラの後姿をぼんやりと追いながら、サンドラは膝の上にぎゅっと拳を作った。

――あなた方の強さは覚悟の違いってことですの? いいえ、でもこれではあまりにも……。竜也様、貴方だったらどうしていましたの?

 冷徹で残酷な決断を即座に下せる目の前の人物と、自分を雪山の遭難から必死に助け出してくれた少年の顔を思い浮かべる。

――アキラ・フォン・ベルクシュタイン……、怖い人……。

 アキラの倒したイブリーズ級の機体は、コックピットから真一文に分断されていた。

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