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戦禮のアンジェクルス  作者: 黒須かいと
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第六章「予感」 (7)

 Ⅶ

 文化祭一日目の午後。出雲から帰ってきたアスカとヨハンが、生徒会室の扉を開こうとすると、中からなにやら揉めている声が聞こえてくる。

「い、痛いっ! 痛いよ竜ちゃん!」

「しょうがないだろう、あとちょっとで全部入るんだがら、我慢しろ」

「む、無理だよ……」

「お前ここまで来てやめるのか?」

「だって、こんなにきついって思わないじゃないっ」

「ええい、往生際が悪いっ!」

 只ならぬ雰囲気を感じ、ヨハンは慌てて扉を開けた。

「おいっ! お前ら一体何やって……って、あん?」

 目の前にあった光景は、竜也がフィッツのコルセットの合わせ目を、力任せに引き寄せ、何とか最後の金具を引っ掛けたところであった。

「ぐ、ぐえ……苦しい……」

「サイズが女子用だからな。ウエスト幅これで合わせないとドレスのチャックが閉まらないんだ」

 ヨハンとアスカはそっと生徒会室の扉を閉めると、堰を切ったように笑い転げた。

「あははっ! 最高だなお前らその格好っ!」

「キュリア先輩“フリプリ”の衣装とはやるなあっ!」

 げらげらと床を叩くヨハンと、ばしばしとカメラで写真を撮るアスカに苛つきながら、リボンを二つつけたロングヘアのカツラを被った竜也が、びしっと生徒会長の机にあったメモを突き出した。

「クラスの出し物終わったら、ライブの衣装着て宣伝活動せよっていう会長命令があったんですっ! 先輩たちも何着るんだか知りませんが、約束通りやってくださいよっ?」

 声はいつものように迫力があるものの、格好が振袖にフリルのたっぷりついたミニスカートである。まったくといっていいほど覇気に欠けていた。

 アスカは「オフコース!」と元気良く答えながらも、まじまじと竜也たちの格好を見比べた。

「和ロリってことは、竜也君はツンデレっ娘なフリプリルージュだね!」

「アスカ先輩、そのさっきから言ってるフリプリってなんすか……?」

「えぇえっ! 竜也君日本人なのに知らないのっ? ショック!」

 意味不明とばかりに両腕を上げる竜也に、紫と黒のゴスロリ姿をしたセシルが、ハートの眼帯を邪魔そうに捲りながら、携帯端末をいじる。

「フリプリとは、日本地区のアニメーションスタジオが制作した、女児向け魔法少女ものの日曜朝七時から始まる人気アニメのことだそうです。正式な番組名は“ロリっ娘☆まじかる! フリルプリンセス”だ、そうです」

「なるほど。略してフリプリかあ……」

 納得しながらドレスを着ようと奮闘しているフィッツは、今にも裾を踏んで倒れそうである。

「そうだよ! 全地区で不動の人気アニメなんだから。――セシルくんの衣装はつい先週仲間になったフリプリで、ミステリアスなキャラが魅力のノアールだね!」

 アスカのオタクぶりにヨハンは呆れて口を開ける。

「お前キモ過ぎる……なんでそんなに詳しいんだよ?」

「それは毎週欠かさず録画してるからねっ!」

 えっへんと威張るアスカに、ヨハンはいい加減鳥肌が立った。そんな先輩二人を無視して、竜也は世話の焼ける親友の着替えを手伝う。しかし、どうにもドレスと同じ水色のリボンがいくつも残ってしまった。

「これは一体何処につけるんだ?」

 リボンに付いた安全ピンを弾きながら、竜也は悩む。すると最近生きる検索機と化したセシルと、ヨハンいわくキモオタ(自称日本文化マニア)のアスカが相談し始めた。どうやらフィッツの役どころである“フリプリブラン”というキャラクターの画像と、今ある衣装を比較し、どの位置にリボンが来るか話し合っているようだ。そして徐に竜也からリボンを受け取ると、セシルはアスカの指示に従っててきぱきとドレスに装着していった。

「うんっ! 完璧だっ!」

 一仕事終えた精悍な顔つきで、アスカはぐっと親指を立てて見せた。なぜかセシルも無表情ではあるが、それに合わせて同じジェスチャーをする。

 竜也は、頼むからアスカと同じ方面の趣味に走ってくれるなよとセシルに内心願いながら、最後の仕上げである、これまたフリルでふわふわのヘッドドレスをフィッツの頭にのせた。

 すると、いつもの三つ編みを解いた方が、そのフリプリブランというキャラクターらしくなるとアスカに指示され、仕方なくフィッツは自分で髪を解いた。

 しばらく自分をじっと見始めた仲間内に、フィッツは不安げに尋ねる。

「に……似合ってないよね? やっぱり」

「いや、違うな」

 ヨハンが全否定する。

「うん、これは……」

 アスカがごくりと喉仏を上下させた。

「……フランス人形?」

 率直な感想を述べたのは竜也だ。

「総合してフィッツさん、この中の誰よりも、貴方が一番似合っています。フリプリブランそのものです」

 一番真剣且つ真面目に語ったのはセシルだった。

「……うん、皆、ありがとう。――でも、おかしいな……なんだかそれあんまり嬉しくないかも」

 性別が男性としては、そこは「やっぱりちょっと違和感が」や「肩がやっぱりねぇ」などと言って欲しかったところではあるが、それはどうも望めぬ結果のようだった。

「ちなみにこの中で一番面白いのは間違いなく竜也だ」

「特に足の辺りの残念感が」

 先輩二人の視線が、竜也の引き絞まったハムストリングスに集中する。

「とりあえず、黙りやがってください先輩……」

「竜ちゃん竜ちゃん、言葉使いがいよいよ壊れてきてるから」

「大丈夫です。ルージュの武器であるラブリーブレードは日本刀がモチーフなので、非常に似合ってます」

「セシル、お前もそろそろ黙ってくれないか?」

 今にも沸点に到達しそうな怒りを静めようと、竜也は顔を両手で覆った。もはや今年のこの企画は、竜也にとって汚点として残る以外の結論が見えてこない。

――俺が一体何をしたっていうんだ……。

 竜也は人生で初めて泣き伏せりたい気持ちになる。出来ることならば、今すぐここを逃げ出して、雷神のふかふかの毛並みを思う存分撫で回したい。そして、癒されたい。

「ああ、やばい。竜也が完全に現実逃避してるぞ」

 顔を覆いながら笑いとも泣き声ともつかぬくぐもった声を出している後輩に、ヨハンは恐怖すら覚える。

「勇気を出して竜也君! クラスの人気者間違いなしだからさっ!」

 アスカが「ファイト!」と、両手を握って応援するが、竜也の心には響かない。むしろ、この醜態を晒すことをより認識させられ、めまいすら覚える。

「……死にたい」

「竜ちゃん生きてっ!」

「いっそ殺してくれ……」

 もはやどう彼をフォローしようとも無駄なようである。何か言えば言うほど、心の闇へと深く落ちていくのが、手に取るように分かる。

 そこで、急に思い出したようにヨハンが手を打った。

「あ、そうそう。お前の兄貴見てきたけどな。なんていうかすごかったよな、アスカ?」

 出雲での興奮が蘇ったのか、アスカはヨハンの言葉に激しく頷いてみせる。

「イエス! そうなんだよ竜也君! えと、ほら、日本舞踊の女役ってなんていったっけ? オカマ?」

「……それを言うなら女形っす」

「それだっ! 彼の演技と演奏はクールジャパンそのものだったよ! だから、竜也君だって本気出せば絶対カッコいいって!」

 竜也は改めて自分の姿を確認する。たしかに服のコンセプトは和装のアレンジなのだろうが、兄のそれとは幾分程遠い物を感じた。

「本気出すって、これで何をどうがんばれと……」

「う~ん、何かが足りないんだよねぇ。ヨハンは何だと思う?」

 二年二人は割と本気で悩み出す。しばらくの間があり、ヨハンがあっと声を発したかと思うと、なにやらアスカにこそこそと耳打ちする。

「そ、それだっ! それだよヨハン!」

「だろ? っと、いうわけで、お前らちょっと待ってろ! 助っ人呼んで来てやる!」

 言うやいなや先輩たちは急いで生徒会室を飛び出していく。残されたフリプリ姿の三人は、ただ首を傾げるのだった。



 多くの士官候補生たちが文化祭で楽しんでいる頃。各学校の空港では厳しい検問が行われていた。

 この日ばかりは普段関係者しか立ち入らない学園空中都市も、一般人でも入場可とあって、入る前に厳しい手荷物検査を通らなくてはならない。

 キリル・リヴォーヴィチ・イオノフ少佐は真新しい宇宙軍の制服に身を包み、検問の出入り口に目を光らせていた。

 彼は唐突にアルバート元帥に引き抜かれてからというもの、私兵の如き扱いで動いている。今日ここにいるのも、アルバート直々の命によってであった。普段なら検問などという基本的な任務は、現場監督として就くにしても下士官クラスが通常である。

 周りの兵士たちは、普段こんな任務で目にしない、バトルシップグレーカラーの軍服、所謂エリートの看板を背負って歩いている人間に、少しはらはらとしている様子であった。

「イオノフ少佐殿!」

 彼の従卒であるエンリケが、まだ着任したばかりのためか、少し緊張した面持ちで携帯端末を差し出しながら「元帥閣下からです」と伝える。キリルは頷くと保留になっていた通話を繋ぐ。

「お待たせいたしました閣下。どうかいたしましたでしょうか?」

 電話口のアルバートは、学長室の大窓から文化祭の賑わいを見下ろしつつ、キリルに現状報告をするように告げる。

「特に異常ありません。一般入場者は、士官候補生たちの家族、または来年の受験生が主立っています。その他は航空ショー等の見学者ですね」

「悪いね、普段ならば君みたいのがわざわざ行かなくても良いのだけど、この間ドバイであった爆弾テロ。あれのお陰でどうにも嫌な噂が広がっていてね。君も知っているとは思うが、不審人物には十分注意してくれ」

 竜也たちが接触し事件に巻き込まれたテロ組織自体は、ただ単純にダナンの父、アブドゥル氏への怨恨が犯行の動機であったのだが、どうにも裏でそういった者たちに武器を横流ししている連中がいるというのだ。そしてアルバートの言う嫌な噂とは、その大元は、なんと宇宙開拓同盟(パンデミック)の手によるものではないかと言う説が浮上していた。

 治安に混乱を生み、内政を脅かせば、たしかにその国には隙が生まれる。近年各惑星に調査団を送り、資源を集めているという噂も敵にある以上、警戒を厚くしてし過ぎるということはない。

 キリルはただ生真面目に、学長の心配事に「了解しました」と答えた。だが、アルバートはどこか冗談めかした調子で言葉を付け足す。

「それと、そこにいる連中は言っちゃなんだが平和ボケしているからね。たまには君みたいのがいた方が、気が引き締まるだろう」

「閣下……」

 お人が悪いと続けようかと思いはしたが、まだ軽口を叩けるほど親密な関係とは言いがたいと考え、キリルは困ったように言い留まった。

「まあ、冗談はともかく、戦禮者の君がそこにいた方が緊急事態に対処しやすい。くれぐれも頼んだよ」

「それについてなのですが、一つ質問をしても宜しいでしょうか?」

「なにかね、言ってみたまえ」

 キリルは意外と突っ撥ねない上司に驚きながらも、宇宙軍に配属になることが決まったときから疑問になっていることを、思い切って聞いてみた。

「地球軍……に、もし拘るのでしたら、私以外にも戦禮者はいくらでもいます。どうして私を引き抜いたのでしょうか?」

 アルバートはふむと一度顎を撫でた。

「どうしても知りたいかい?」

 そのからかう様な口振りに、キリルは眉を片方だけ上げる。

「出来ることならばお教え願いたいのですが……」

「そうだね。では、今日のあがりにでも私のところによってくれ」

 あっさりと約束を取り付けてくれる上司に、話がわかる親切な人だと、諸手をあげて喜ぶ気にはなれない。むしろ、これから何を言われて、何をさせられるのか、多少なりとも勘繰ってしまう。

 しかし、いくら相手が軽い口調で温和な人物であろうとも、宇宙軍元帥ジェネラル・オブ・スペースアーミーという雲の上の存在であることには違いない。職業軍人である以上、彼にただひたすらに付き従うまでだ。その覚悟を、キリルは少なからず兼ね備えていた。

 彼はアルバートに返事をすると、通話の切れた端末をエンリケへ戻した。

「少佐殿、お帰りはお供いたしましょうか?」

 軍用車での送り迎えの有無をエンリケは心配しているようだったが、キリルは手で要らぬ意思を伝えた。普通の偉ぶった上官ならば、送り迎えや身の回りの世話をして当然の従卒が、わざわざ尋ねることかと叱るところであったが、キリルはそれをしなかった。エンリケの、自分がいては邪魔かもしれないという思案を慮ったからに他ならない。

「エンリケ、私の誓鈴はどうしている?」

「あ、はい。少佐殿の機体内で待機していますが、連れてまいりましょうか?」

「いや、いい。そのまま待機させておけ。いつスクランブルがかかるか分からないからな」

 そのような話をしている最中であった。急に空港内のあちらこちらに赤いランプが灯り、緊急事態を知らせるサイレンが鳴り響く。当然、一般客は混乱し、辺りは騒然とした。

「何事だ!」

 検問担当の兵士たちに一時客の入場を止める様に指示しながら、キリルは他二校と連絡を繋いでいる通信手に情報提供を求める。

「はっ、ヴァルキリーの空港から、なにやら強い揺れを感じたとの事です」

「原因は?」

「あちらの駐屯部隊が確認を取っているところですが、まだ結果報告はありません。とにかく、三校とも空港を一時凍結するようにと……」

 キリルは舌打ちすると、踵を返して自身のアンジェクルスのあるハンガーへと走った。ハンガーは旅客機が離陸着陸する滑走路に隣接している。

「キリル少佐殿! まさか直々に確認に行くのですか?」

 ハンガー内の整備士たちが、まだ着任して一ヶ月そこそこしか経っていない上官に、何も貴方自身が行かなくてもと動揺する。しかし、キリルは彼らに向かってきっと鋭い視線を向け言い放つ。

「当たり前だ! 何かあってからでは遅い。何もなければそれでよし、少しでも不審な点があれば早急に対処すべきだ。まさかあちらはユグドラシルの管轄外などと、よもや言うまいな?」

 歳若いながらもはっきりとした力強い口調に、緊急事態といった言葉にここ最近慣れていない整備士たちは、姿勢をさっと正して敬礼する。

「し、失礼いたしました! どうぞお気をつけて!」

 キリルは頷くと、自身の愛機に乗り込んだ。中には茶と白の毛をしたボルゾイが一頭、しっかりと待機していた。首輪のタグには“ロド”と記されている。彼を一撫ですると、キリルはインカムを装着して素早く発進確認をした。

「キリル・リヴォーヴィチ・イオノフ、戦禮名アザゼル。ドミニオンズ級アンジェクルス、発進する!」

 轟々と音を鳴らす動力エンジンは、NSW社製のものである。ネービーブルーの翼を開き、一気に離陸した。



 空港が騒がしくなる少し前。ユグドラシルの生徒会が、今年はなにやら変わったことをするようだと噂が流れ、それを一目見ようと、外舞台の周りにはちょっとした人だかりが出来ていた。

「お、お待たせしましたあっ!」

 舞台の上に、マイクを持ったヨハンが走って登場する。だが、彼の格好に周りの観客は失笑とブーイング、さらには手を叩いて茶化すものまで出る始末である。

「ヨハン、その格好はないわぁ~」

「うっせぇ、てめぇら後でしばくぞ!」

 今にも男物の下着が見えてしまいそうなチアガール姿にも拘らず、ヨハンは同級生のからかいに、大股で地団駄を踏んで文句を垂れる。

 そして彼の後ろを追いかけるように登場したのは、バツ印のついたマスクをつけ、踝まであるロングスカート姿の女子高生――ならぬ、アスカであった。

「ヨハン、通販で買ったこのウィッグすっごい首ちくちくするんだけど」

「知るかっ!」

 カールの掛かった茶髪を鬱陶しそうに掻き分けながら、アスカはなぜかその姿を見ても黄色い声を出している女子たちに愛想を振りまいた。

「だいたい何が格ゲーの“スラムガールズコレクション”のコスプレなら男性サイズもあるから一緒にやろうだっ! 明らかに俺の方がキワモノじゃねぇか!」

「え~、じゃあヨハンがスケバン女子高生、はるなちゃんやる?」

「物理的にそのサイズ、俺だと引きずっちまって無理だろうがっ! 嫌味かこの野郎!」

「ん~、じゃあフリプリ?」

「ぜってぇ嫌だっ!」

 二人の会話に爆笑の渦が起こっている最中、舞台袖からすっと上がってきた陰が、すらりとハートの可愛い装飾が施された刀を抜いた。

「ほう……、絶対自分が着るのは嫌なもんを俺らに着せたわけっすね?」

 模造刀とは言え、当たれば確実にダメージのある、商品名ラブリーブレード(玩具)を、竜也は高々と構えた。――もはや何処もラブリーではない。あえて言うのならば妖刀の類である。

「いやいや待てっ! 誰も“それ”がお前担当で来るとは思わなかっただけでだな?」

「あんたがキュリア先輩にわざわざ貸し出してもらったんだろうがっ!」

「竜ちゃんストップ、ストップ!」

 フィッツが乱心の竜也を止めるべく舞台へ上がった途端、観客からどよめきが起こる。ただでさえ女子のような容姿である彼の顔には、可憐にも頬紅や口紅などのメイクが施されていたのだ。

 よくよく見ると、竜也や後からそろりとついてきたセシルにも同じく、これまた良く出来た化粧が塗られている。

「まあまあ、ドリス教官のおかげで三人とも可愛くしてもらえたんだからよかったじゃない」

 アスカの言う通り、彼らが呼んだ助っ人とは、女性教官のドリスであったのだ。教官はそれはそれは楽しそうに一年三人をメイクアップすると、大変満足気であったという。

「あの子たち男の子なの?」

「金髪と銀髪の二人は確かに可愛いな……」

 そんな観客席の声に混ざって、見に来ていたメルレインが野次を飛ばす。

「竜也っ!」

「あ? なんだよ?」

「……お前も悪くはないが、非常に惜しいぞっ!」

 とても良い笑顔で「特に足が」とぐっと親指を立てられる。竜也のこめかみにはぴくぴくと青筋が立った。

「お前も後で覚えてろ……」

 もはやアニメのヒロインではなく、特撮ヒーローショーの悪役である。

「だぁあっ! 俺らがやりたいことは漫才じゃないだろうがっ!」

 ヨハンが場の軌道修正を図るべくマイクで叫んだ。そしてライブで演奏する担当と曲目を伝えると、気を取り直して各自それぞれの楽器の前へとスタンバイする。

 その様子は差し詰め良くてヴィジュアル系バンド。穿った見方をするのなら、珍問屋である。

 竜也はやれやれと首を振りながらマイクを握ると、簡素に「それでは、聞いてください」と挨拶をした。

 アスカのエレキギターがメインの旋律を奏でると、それに合わせて徐々に他の楽器が音を鳴らす。

 導入部分はわりとしっとりと入るこの曲は、人気アーティストが作詞作曲したドラマの主題歌である。現在学生たちの間では、軽音部の課題曲などと言われているくらいお約束のものであった。ただ、これを上手に聞かせる様に歌える学生は少ない。伴奏はさほど高度な技術がなくとも、練習さえすれば弾けるのだが、ボーカルがメインとなる部分が多く大変難しいのだ。

 しかし、竜也の声が合わさり、会場は皆息を飲んだ。曲がサビに入り、激しい曲調になる頃には、皆盛り上がり生徒会に声援を送る。

 単純に客の目を引くためのコスプレも、気にならぬほどの正統で丁寧な歌い上げに、すっかり竜也のファンになってしまった来年受験を控えている女子たちは「なぜユグドラシルは共学じゃないの?」と嘆いたほどである。

 一曲目が終わり、拍手と賞賛の嵐が巻き起こる。期待以上の盛り上がりを見せる会場に、アスカとヨハンは客引き効果があったと喜び、竜也たちは苦笑いでそれに応えた。

 二曲目も滞りなく演奏でき、いよいよサプライズで先輩二人をヨハンがマイクで呼び出そうとしたその時であった。


『緊急事態発生! 生徒会は直ちにドッグへ集合。他の学生は見学者を校内に避難誘導してください! 繰り返します。緊急事態発生……――』


 けたたましいサイレンの音と共に、それに負けじと声を張り上げた放送は、間違えなく貴翔の声であった。

 同時に辺りはざわつき、混乱の坩堝と化し無秩序に人々が悲鳴を上げんとした時、ユグドラシルの学生たちが、二、三年を中心に事の収拾に当たり始めた。

「落ち着いてください! 校舎内には一般客用の避難設備があります! どうか慌てずに、誘導に従ってください!」

 一瞬竜也たちも、あまりに唐突な指示に少し硬直した時間があったが、ヨハンの「おい、何してやがる! 早く行くぞ!」との声掛けに、はっと思い出したようにドッグへ駆け足で向かった。

――いったい何が起きたんだっ?

 竜也は走りながら、あらゆる可能性の糸を手繰り寄せるのであった。

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