第六章「予感」 (4)
Ⅳ
体育祭二日目は滞りなく進んだ。
竜也は昨日までの苛つきは一先ず落ち着き、野球部の試合には冷静に貢献した。フィッツも水泳部のメドレーで華麗な背泳ぎを披露し、二人はセシルと合流すると、他の試合の様子をのんびりと見学する。
「よかったね竜ちゃん、二日目は補欠野球部だけだったじゃない」
フィッツはそう言うが、実のところ、昨日の竜也の試合を見た連中が、正規メンバーに「絶対に休むんじゃない、這ってでも来い!」と連絡をまわしたとか、まわさなかったとか……。
とにかく、平和な一日が過ぎていった。
その日の終わり、一年三人組は生徒会室に顔を出した。
「お、来たね」
アスカが三人を見てにこりと笑う。
「お前らぶっちゃけ俺らにとって明日が本番だからな。気合入れなおせよ?」
ヨハンがなにやら嫌そうに腕を組むので、フィッツは体育祭三日目の予定を思い出す。
「確か運動部以外の学生も参加する全校戦ですよね?」
「全校といっても三校合同じゃなくて、ユグドラシルの学生はユグドラシルで、出雲は出雲の学生同士でっていう要は各学校ごとなんだけど、学科関係なくみんな参加っていう意味の全校だけどね」
アスカの説明になんだかややこしいと思いながら、竜也は会長席に座り貴翔の入れたコーヒーを啜っているダナンに話しかける。
「つまり、三日目はごく普通の運動会ってことですよね?」
「うむ、まあそうなのだが、ヨハンが言っている本番というのは、代表学生で行われる“棒倒し”の競技のことだろう」
「棒倒しって……あの?」
竜也は中学生の時に行った棒倒しの競技を思い出す。
ルールは至極簡単。味方チームは棒を倒しに行く攻撃班と自分たちの棒を守る防御班に分かれ、敵チームの立っている棒を相手よりも早く倒したチームの勝ち、というものであった。
竜也はなんでそんな定番の競技が、自分たちの本番で、尚且つ代表学生のみなのだろうかと疑問を浮かべる。すると、その顔を見たヨハンが戦々恐々としながら竜也に言ってのけた。
「言っとくけどな、お前士官学校の棒倒し舐めてかかったら地獄見るぜ?」
「そんな大げさな……」
「いえ、ヨハンの言うことはもっともですよ」
貴翔は自分用に淹れたジャスミン茶を嗅ぎながら、優雅に足を組みかえる。
「基本小中、または一般高等学校の棒倒しは、安全面を考慮したルール設定になっています。つまり、相手を蹴ったり殴ったりしてはいけない。服を掴まないなどが挙げられます。しかし、我が校伝統の棒倒しはそういった脆弱なルールは一切含まれていません」
「ふえっ?」
その言葉にフィッツは慌てて端末のルールブックページをタップした。
「……本当だ。武器の使用禁止、また、素手で行う格闘系部活動(空手道やボクシング、柔道等)に所属している学生の攻撃班入りは禁止としか注意事項にないっ!」
「つまり棒を倒すことを目的にした総合格闘技戦。ということで認識は間違っていないでしょうか?」
セシルの要約の仕方にその場が静まり返る。
「とりあえず、セシルを攻撃班に入れたら死者が出るな……」
「いや、それ言うならお前もだろ!」
自分のことを棚に上げる竜也に対して、ヨハンが怒鳴った。
棒倒しに参加するメンバーは、アンジェ学科から選抜される。当然、生徒会は学生の精鋭なので、あらかじめ選抜メンバーに組み込まれており、A組からD組まで各組から十五名ずつ、一チームとし、一年生六十名が参加する。二・三年のクラスも併せると、総勢一八〇名の競技となるのだ。
対戦方式は学年対抗戦。つまり、一年の敵は二・三年生ということになる。
棒は各陣営一組に一本ずつ。合計四本の棒を守ることとなるのだが、一年生はこの競技におけるベテランとも呼べる先輩両陣営を相手取り、一二〇名を相手にたった六十名で勝負しなくてはならない。(そして合計八本の棒を倒さなくてはいけない)
つまり、この体育祭のおおとりとも呼べる競技は、先輩たちの荒い後輩たちへの歓迎会ともされているのだ。
ざっとルールブックを読み終わったフィッツが声を上げる。
「ちょっと待って! っていうことは、今回一日目に空手と柔道の試合に出た竜ちゃんは攻撃班に入れないって事?」
「そうだよ、僕もボクシング部だから攻撃班NG。だって僕ら格闘家にとって拳が武器だからね。ある意味持ち込み禁止に当たるでしょ?」
普段比較的穏やかなアスカが、本気を出したらどうなるのか、今日のボクシングの試合を見学して、一年三人は彼の実力を初めて目の当たりにした。――正直、相手にはしたくない。
「それでセシルも駄目だったら、僕A組の攻撃班ほぼ決定なんじゃ……?」
「当然そうなるだろうな。組の意向としても、生徒会から攻撃班を出さないのはもったいないだろう?」
ダナンがさも当たり前のように言うので、フィッツはざっと青ざめた。
「む、無理! 無理ですって! だってそれってつまり、防御班にいるアスカ先輩とかに攻撃仕掛けないといけないってことですよね? この僕がっ?」
「そうだね、そうなるね」
「ほらな? やっとこの競技の真髄が見えてきただろうが?」
ヨハンが両手を広げて早くも降参のポーズを取った。何を隠そう、彼も去年、散々痛い目にあった攻撃班の一人であったのだ。
「グッドラックだよ一年生! ファイト!」
アスカはいつも通りの飄々とした笑顔でぐっと親指を立てる。フィッツにとって、もはやそれは死刑宣告のようにしか見えない。
昨日のフェンシングの試合といい、どうも今回の体育祭というイベントの運に恵まれていないフィッツを見て、セシルはすっかりしょげている背中を撫でてやりながら慰める。
「後衛は僕や竜也さんに任せて、フィッツさんはとにかく前だけ見て戦ってください」
本人はフォローのつもりなのだが、フィッツにとってはただ現実を突きつけられただけであった。
「あはは、フィッツくんまさにあれだ! 前門の虎後門の狼?」
「アスカ先輩、たぶんそれ使いどころ微妙に違うっす……」
アスカと竜也のやり取りを尻目に、貴翔はジャスミン茶を飲み干し、カップをテーブルに置いて諭すように淡々と言った。
「フィッツ、虎穴には入らずんば、虎子を得ずという言葉があります。成果を上げるにはそれなりの障害がつきものです。やってみなければ分かりません。全力で挑みなさい」
なんだかためになるような事を言われている様な気になるが、おそらく意訳すると『自分たち(虎)にかかって来い』と、ようは挑発を受けているのではないかと思われる。
――ど、どうしよう……。
フィッツの不安を抱えたまま、日付は残酷にもあっというまに体育祭三日目となった。一年生の代表となったA組からD組の全四組のチームは、各チームごとに集まって作戦会議を始めた。
ちなみに、この競技の事前練習がないのは、急な任務に対応できる度胸を培うためという、なんともそれらしい名目があるのだが、窮地の学生たちにとっては「おのれ余計な事を」と教官陣を恨む小言を言わずにはいられない。
「おい、フィッツ。敵の情報仕入れてきたぞ」
斥候としてフィッツは竜也を指名した。彼はヴァルキリー戦においても敵の貴重な作戦の一部を聞いてきた経験がある。そのため、宛ら忍びの如く、二、三年の作戦会議を盗み聞いて来たのだ。
フィッツは会議用に設けられた特設テント内のホワイトボードの前を空け、竜也に敵陣営の攻撃班、防御班を書き込むように促した。
「まずは三年だ。生徒会長はC組で攻撃班、副会長はD組で同じく攻撃班。作戦はこの二人を中心に、一年から潰しに掛かるって言ってた。で、二年は生徒会書記がB組で防御班、ヨハン先輩も同じB組で攻撃班だった」
竜也の発表に、一年A組の選抜メンバーが大きな溜息をつく。
「たしかに会長、副会長の二人は格闘系の部活動には属していないからね。二人を攻撃班にするのは予想出来たよ。で、多分この陣形だと……」
フィッツはA組から一列に並んだ一年生を、上から上級生が同じく列を成して攻めてくるようなトライアングルの陣形を見つめた。この陣形自体は棒の立てる位置があらかじめ決まっているため、変更することは不可能となっている。これは、棒を持って逃げる行為を禁止するためのものだ。ちなみにそれをやると一発反則負けになるので元も子もない。
「スピード勝負のこの競技において、最初に僕たちA組が一番近い、三年D組を中心にターゲットにされる可能性が大だね。でも、逆に二年生からは一番遠い組でもある。そこで、試合開始直後は三年に対しての防御班をとにかく固めておく必要がある」
フィッツは用意してあった青いマグネットを防御班に見立てながら、ホワイトボードに貼り付けていった。
「僕たちの防御班の精鋭は他でもない、この二人だ」
フィッツは青いマグネットを二つ取り、防御班のキラー(攻めてくる敵を妨害する)に、先輩相手でもまともに勝負が出来るであろう竜也を配置。そして“上乗り”と呼ばれる棒の上に乗り挑んでくる敵を蹴り落とす役に、体重の軽いセシルを任命した。
「メルレインは一番力持ちだから棒持ち(棒を支えて倒れないようにする)をお願いするよ。サークル(棒を囲んで守る)三名の司令塔は君に任せる」
「分かった」
てきぱきと担当を決めていくフィッツに、なにやら頼もしさを感じたメルレインは、大きく胸を張って見せた。
「リューベックはイージス(能動的に機動し、敵の攻撃スクラムを無効化するスクラム)のリーダーをお願いするよ。そうだな……、君を合わせて三名で構成してくれる? 基本はキラーを支援するのを目的とすること」
「う、うん。がんばるよ!」
そこでセシルが手を挙げ進言した。
「質問よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「今の作戦ですと、防御班に九名を割いています。つまり攻撃班は必然的に残りの六名で構築することになりますが、人数的に足りますか?」
フィッツはその質問に頷いて答える。
「攻撃班としては確かに脆弱かもしれない。けど、とにかく防御班が抑えててくれれば、相手だって精鋭二名を集中させているんだ。つまり、防御はその分薄くなっているはず。だけどそうだね。確かにA組班だけじゃ不安だ。そこでなんだけど」
フィッツはライオネルを手招いた。
「な、なんだよ?」
「僕が突攻(飛びついて棒を倒す)を勤めるから、君を攻撃スクラム(スクラムを組んで棒に突進する。また、突攻の踏み台となる)のリーダーに推す。君は他のBからD組の攻撃班に声をかけて、三年D組に一点集中の攻撃をするよう声を掛けて来てもらいたい」
「い、今から僕がか?」
「うん、今すぐに!」
妙な気迫に押され、ライオネルは走って一年のテントを回って来た。
「お、OK取って来たぞ……」
「敵に気取られてない?」
「ああ、聞き耳立ててる奴はいなかった」
肩で息をしているライオネルを労い、フィッツは真っ直ぐ選抜十五名を見つめた。
「いい? ここからはルールのおさらいだよ。勝負は五分間を三セット。とにかく、多くの棒を倒して、多くの棒を守った方の勝ち! 二年が三年と協力してこちらに掛かってこない限り、僕たちにだって勝機はある! ――竜ちゃん」
「うん?」
突然呼ばれた竜也はきょとんとする。
「重要な防御の要の一人は君だからね。何か皆を鼓舞してあげてよ」
突然指名を受けてしまった竜也に、皆の視線が集中する。彼はいかにも参ったなという様子で頭を掻いた。何しろ、自分は親友のように気の聞いたことが言えない。しかし、それでも自身に何かを言えという親友は、きっと自分にしか表現出来ない何かを望んでいるのだろう。竜也は深呼吸をしてから声を発した。
「二年の方も今年は去年の雪辱戦だとか言ってたから、恐らく二年の作戦も俺たちと大きくは違わないと思う。まあ、だからなんだ。言うなれば、俺たちの今回の目標は――」
竜也は拳を振り上げ、少し演技染みた調子で言ってのけた。
「打倒、三年っ!」
竜也のその恐れ多くもはっきりとした目標に、A組選抜部隊は「おーっ!」と威勢良く気合を入れた。
いよいよ次の種目が体育祭を飾る最後の催しとなり、会場は熱気を孕んでいた。そんな中、フィッツは校庭の入場口で、そわそわと何かを探している様子だ。すると、身長は小さいながら、目立つオレンジ色の頭髪を発見する。
「先輩、ヨハン先輩!」
小声で呼ばれたヨハンは、やる気が無さそうに振り向いた。
「おう、フィッツか。今から念仏でも唱えとけ。言っとくけど、我が会長殿と副会長殿は、格闘部に入ってないってだけで……」
「ええ、覚悟はしておきます。でも、僕から一つ提案があるんですが、聞いてもらえませんか?」
「お、なんだ?」
興味を示したヨハンにフィッツは耳打ちする。後輩の話しを一通り聞いたヨハンは、今まで鎮火していた闘志が一気に燃え上がるのを感じた。
「へぇ、それを話して、もし俺らが裏切ったらお前どうする気なんだ?」
「ヨハン先輩は裏切りません。でも、これも勝負ですから、そうなった時は、僕の見立てが甘かったと思うまでです。でも……」
フィッツは駄目押しとばかりに付け加えた。
「一度はあの先輩たちに勝ってみたいとは思いませんか?」
ヨハンはその言葉にぞくぞくとした何かを感じるのと同時に、口角が自然と上がるのを止められはしなかった。
「よおし、分かった。お前の策に乗ってやろうじゃねぇか」
『次の種目が最後となります。一年から三年生の選抜メンバーによる、我が校伝統の棒倒しです。それでは、入場を開始してください』
放送部のアナウンスと同時に、アンジェ学科から選ばれた精鋭チームが、決められた配置へと駆け足で並ぶ。
「ライオネル」
竜也が珍しく、彼の名を呼んだ。呼ばれた本人も意外だったらしく、驚いた様子で相手を見た。
「フィッツの奴がふっとばされないように、頼んだぞ?」
さらに予想だにしない科白に、ライオネルはぱちぱちと瞼の開閉をくりかえしたが、にっと歯を見せて答えた。
「俺を誰だと思ってる。一年の主席だぞ? お前に言われなくったって、ちゃんとあいつのバックアップはしてやる。それより、お前は自分の役目をしっかり果たせよ? 脳筋なだけが取り得なんだからな!」
相変わらずの減らず口に、竜也は「それだけ言えれば上等だ」と、余裕の笑みで返してやった。
『――では、第一回戦目、開始してください!』
笛の音と共に、一斉にそれぞれの攻撃班が各陣営を飛び出した。竜也とフィッツは視線を送り、お互いの健闘を祈る。
そして、フィッツとすれ違い様に防御班に飛び込んで来たのは、なんと副会長の貴翔であった。先陣を切って出てくるとは、流石に度胸が据わっている。
いつものお洒落なチェーン付きの眼鏡ではなく、競技用の強化ゴーグルに装備を変えたその出で立ちは、それだけでもいつもの迫力の二割り増しであった。
「お退きなさい、竜也」
お上品にそう言われても、はいそうですかというわけにはいかない。そういえば、竜也は先輩と直接手合わせするのは始めてだったと思い返す。少なからず、彼の格闘家としての血が騒いだ。
「来いよ、先輩」
しかし、鼻で笑ったかと思うと、貴翔は攻撃スクラムの連中を前に出し、自らは一歩引いた。
――直接は俺とやり合わないってことか?
竜也の気が少しそれた、その瞬間であった。
「ダナン!」
貴翔がそう呼ぶのと同時に、いきなり竜也に向かってダナンの跳び蹴りが横から炸裂した。
――ぐっ! 意外と重い攻撃してくるな……っ。
両手で足を受け止めた竜也に、すかさず貴翔のスクラム隊が徒党を組んで特攻してくる。
「竜也さえ突破すれば一年A組の陣営は攻略できます。彼を抑えなさい!」
「悪いな竜也。ここを切り崩さない限り、先に進めないからな」
先輩二人揃っての容赦ない攻撃に、竜也の心に火が灯った。
「つまり、俺が粘れば勝ちってことっすよね?」
竜也はにっと笑うと、素早く柔道の要領でダナンの胸倉を掴みかかる。それを阻止しようとスクラム隊が竜也を脇から押さえに掛かるが、彼は構わずにダナンを投げ飛ばす。それでも竜也が多人数に抑えられている現状は変わらない。その間にも、他の三年が攻め寄せてくる。あちらも一点集中突破作戦は同一のようであった。
「……っ、さすがだな竜也。だが――」
ダナンは投げ飛ばされた先で受身を取ると、貴翔に目で合図を送った。
「竜也っ!」
そこにリューベックのイージス部隊が、キラーである竜也の加勢に出てきた。しかし、竜也は感でこの先輩たちの狙いが読めた。
「馬鹿っ! 前に出すぎだ!」
「えっ?」
リューベックが立ち止まると、貴翔が自らの攻撃スクラム隊を踏み台にして、リューベックの後方へと跳び込んだ。
「しまった!」
リューベックたちは後ろを振り向いて、貴翔を止めようとするが、彼の身軽な動きについていけない。あっという間に貴翔は単体で一年A組のサークルが囲む棒の前へとやってきた。
迷わず貴翔は勢いに任せて棒にアタックを掛ける。しかし、その上にはセシルが控えていた。
「セシル、棒は俺らが支えてる! 行けっ!」
そう叫ぶメルレインに了解の合図を送ると、瞬時に棒の上に逆立ちした状態で足を開いて駒のように回る。それは跳んで来た貴翔の足を見事に弾き返した。
「なるほど、これは下の陣営を払った方が早そうですね」
着地した貴翔が、後ろを振り返ってダナンに応援を頼む。しかし、そこにリューベックのスクラム隊が割って入って来る。隊列を分断された貴翔は孤立した。
「竜也! こっちは大丈夫だから、とにかくそこで暴れててっ!」
「了解したっ!」
竜也はリューベックに返答すると、続々と増える三年の攻撃班を、自陣に近づけさせまいと、掛かってくる連中を片っ端から投げ飛ばす。
「作戦変更、Bに移行せよっ!」
突如ダナンが檄を飛ばす。その瞬間、三年D組の班だけ残し、他の攻撃部隊は一年B組に向かい出した。
「ちっ!」
貴翔の班を足止めに残したことで、竜也を抑えつつすぐ隣にいるB組に標的を変えたダナンの機転の速さに、竜也は舌打ちする。
――フィッツたちの攻撃班はっ?
まだ一回戦目だ、一本でもいい。竜也は味方が棒を倒してくれていまいかと、敵陣営を横目に眺めた。
『おおっとっ?』
その瞬間だったアナウンスが興奮したように声を上げた。
「B組攻撃班、隊列前へっ!」
勇ましく命令を下したのは他でもない、あのフィッツであった。そして、それを支援するように、C組の攻撃班を引き連れたライオネル隊五名が、B組の隊列の後ろへと続いた。
「とにかくまずはD組を潰すぞ! 先輩だからって怯むな!」
まるで壁を三枚隔てたような攻撃陣形に、いかに三年と言えども、その気迫と熱気に防御班が少し押される。
「一年にびびるな! 俺たちがやられたら貴翔が動けなくなる!」
三年D組の上乗りが叫ぶ。そう、棒を倒された組は、防御班、攻撃班共々、次の二回戦目に入るまで自陣に戻り、倒れた棒の周りに虚しく体育座りをして待つことを余儀なくされる。
「突撃っ!」
フィッツの掛け声で一斉に三年D組に襲い掛かる。それを隣で見かねた三年C組の防御班は、イージスとキラーを手助けに出した。だが、フィッツはむしろそのチャンスを逃がさなかった。
「今だっ! D組行くよっ!」
遊撃隊と思われていた一年D組の攻撃班を引き連れ、一気に三年C組の陣営へと駆け寄る。それに気づいたダナンが同級生のディックに向かって叫ぶが、彼のイージス隊が戻る前に、作戦は実行された。
「行けっ!」
一年D組の攻撃班は、フィッツともう一人の突攻役を、敵のサークルを押しのけ棒を掴ませる。三〇秒間三十度倒れていれば、棒を倒したと判定される。
「クソっ!」
上乗りが必死の抵抗を見せるが、フィッツは頭を蹴られても耐えた。そうしている間に、もう一人の突攻役が、棒持ちを引き剥がすのに成功した。棒は自然とフィッツのぶら下がっている方向へと倒れていく。
『ここで一年が三年C組の棒を一本ゲットしました!』
アナウンスがフィッツの作戦の成功を告げる。しかし、実況はまだ続いていた。
『おーっと! しかし、ほぼ同時に一年B組の棒も倒れた!』
ほんの一瞬のタイミングだった。もう少し早く三年D組を抑えておけば、ダナンを行動不能にし、一年B組への攻撃を少し和らげられただろう。だが、そんなものは計算の内だとばかりに、フィッツはすぐに三年B組へと一年攻撃部隊を全員向かわせる指揮を執った。三年D組は肩透かしを食らった形となり、一年C組とライオネル隊が剥がれたかに思われたその時であった。
「貴翔先輩恨みっこなしだぜっ!」
剥がれたと思った一年の攻撃隊は、入れ替わるように二年の攻撃隊へと挿げ変わったのだ。
まさかB組からわざわざD組へ攻めては来ないと踏んでいた三年は驚愕した。その様子を、貴翔は他の遊撃隊と合流しながら悟った。
――なるほど、一、二年は協約を結んでいたとは……。甘く見ていましたね。
貴翔はとにかくこうなってしまっては、一回戦目は倒しやすい棒から素早く自陣がやられる前に倒すしかない。
「次は一年C組です! 急ぎますよ!」
「させるかっ!」
竜也は一年B組の無念を晴らすため、貴翔の前へと単身立ちはだかった。
「まったく、本当に貴方が厄介ですよ。竜也」
「ダナン先輩と二人係は正直きつかったが、貴翔先輩の班だけならどうってことないからな」
「舐めてもらっては困りますっ!」
貴翔は長い足を生かして竜也目掛けて振り落とす。それを相手も同じく足で受け止めた。二人は反動で半回転しながら、構えの姿勢を取り直した。
「ちょっと待て、あんた本当に文化部か?」
竜也は相手の足技に少なからず驚いた。体格の見た目といい、タイプとしても参謀役に徹する知将のイメージである。正直、貴翔の攻撃力に意外性を隠せない。そんな竜也に、相変わらず貴翔はつんとした態度を取った。
「ええ、正真正銘の囲碁将棋部ですが。それが、なにか?」
――ちょっと……? いや、かなり詐欺だろそれ……。
唖然とする竜也と時を同じくして、ライオネルもまた、フィッツの思わぬ積極性に驚愕していた。
「お、おい。お前大丈夫か? 無理してないか?」
「えへへ、頭ちょっと痛いけど平気。さっ、次行くよ!」
「お、おう」
フィッツ率いる一年の攻撃班は、二年B組以外の攻撃班が突貫工事よろしく集中砲火を浴びせている三年A組を尻目に、三年B組の攻略に取り掛かった。
今度はD組の攻撃班を前線とし、ライオネル隊にフィッツも混ざって取り囲むように攻めた。敵はすでに三年A組に応援を送っており、やはり手薄だった。しかし、フィッツには気がかりがあった。
――二年A組が動いていない?
よくよく見ると一年D組に一番近い敵チームが待機したままだった。いや、それどころか、こちらの様子をちらちらと伺っている気配すらある。
――そうか、僕らが三年B組を攻略したら、一気に一年D組から進行するってことか。
二年A組は、どうやら三年との戦いで疲弊している防御勢に、三年の攻撃班が手薄になった瞬間を狙い、一気に漁夫の利を狙って畳み掛ける気であるようだ。
「ライオネル!」
「ああっ? なんだよ!」
ライオネルは敵のサークルに押し返されながら、歪んだ顔でそれどころでないとでも言いたげに答えた。
「そのまま倒すか倒れないかのところでがんばって。一回戦の時間が過ぎるぎりぎりまで!」
「了か……って、はあっ?」
意味が分からんという表情になったライオネルに、とにかく必死に戦っている振りはしてくれと頼み込む。
『一回戦の残り時間、あと三十秒を切りました! あ、ここで粘っていた三年D組が、二年に敗れました! しかし、そのお返しとばかりに、二年C組の棒も倒れた!』
その放送に、フィッツは意表をつかれた。
――そうか、一年には竜ちゃんがいるから、二年に標的をシフトしたんだ。C組ならアスカ先輩もいないし、攻撃班に人数割いているから、素早く倒せると考えたんだ。
竜也は自陣へと立ち去る貴翔にむっとした。
「あんたが囮になって、他の連中に二年狙わせたのか」
「ええ、貴方方は卑怯にも一、二年で協力関係を築いているようでしたので、貴方にもし二年までかばわれたのではどうしようもありませんからね。ただ、そんな貴方に忠告しておきましょう」
貴翔は二年A組の方をちらりと見やった。
「あまり信頼しすぎていると、足元を掬われますよ?」
その一言に、竜也もはっと気づかされた。
三年と一年が潰し合って得をするのは、必然的に二年生である。そのことを、フィッツはどう考えているのか、竜也は一回戦目終了のホイッスルを聞きながら疑問に思った。
「フィッツ」
二回戦目に入る前に、五分間の休憩、兼作戦を練り直すタイムを与えられ、竜也はフィッツに話しかけた。
ちなみ、この時点での得点は、一年生は最初に倒した三年C組と、最後ギリギリの判定で倒したとされた三年B組の得点で二点。二年は三年D組と三年A組を倒し同じく二点。三年生は、一年B組と二年C組を倒し、やはり二点取っていた。つまり今のところ互角である。
「二年の動きが怪しい。作戦を少し変えた方が良いんじゃないか?」
「うん、同じ作戦はもう通じないと思うし、竜ちゃんの言うとおり、二年A組の動きがこちらを狙っていた」
そこでと、フィッツは新たな作戦を提示する。
「怪しかったのはA組だけだから、恐らくまだヨハン先輩のB組は、二回戦開始前半くらいまでは味方してくれると思う。ただ、この間にもA組から加勢要請が入っているかもしれないから、あまり期待は出来ない。そこで、一回戦目を振り返って思ったのは、やっぱり三年は場慣れしているだけあってA組とD組は一番敵陣に近く防御層が厚い。だから、ここから切り崩すのはむしろ効率が悪いと思うんだ」
校庭の砂の上に指で描いた作戦図を、十五人で円陣を組むように眺める。
「だから、さっき貴翔先輩が囮として出て来て潰したように、敵陣から遠いB、C組が狙い目なんだけど、確実に且つ、素早くそこの棒を倒すために、僕はあえてこの組の布陣を変えようと思う」
すると、フィッツはリューベックたちを指差した。
「防御スクラムを全員攻撃スクラムに移行する」
思わずそう言われた本人たちはぎょっとする。そしてあろうことか、フィッツはさらにサークル三人のうち、二人を攻撃班に欲しいという。
「おい、待て! 先輩がAとDの防御固めているのに、僕らはそのセオリーにあえて逆らおうというのかっ?」
ライオネルの動揺に、フィッツは淡々とした口調で答えた。
「同じ事をやっていても勝てない。それに、変更はそこだけじゃない」
まだ何か変えるのかと、皆固唾を呑んでいると、次にフィッツが指差したのはセシルであった。彼に、上乗りはやめろというのである。
「その代わり、竜ちゃんと一緒にキラーになって欲しい」
その言葉に皆なるほどとフィッツの考えに納得を覚えた。要は、主力二人に敵を止めてさえもらっていれば、棒は持っているだけでもいいのだ。サークルに一名残したのは一撃では倒れないための保険だ。しかし、この布陣では、防御は竜也とセシル、たった二名の双肩に掛かっているといっても過言ではない。
「あと、これはちょっとずるいって言われるかもなんだけど……」
メルレインにこそこそとフィッツは悪知恵を教えた。
例えば、敵が棒に飛び掛ってこようとする。ルールでは棒は三十秒三十度傾く、または完全に地面についていなければ倒れたとは見なされない。ということは、三十秒以内の三十度には満たないの傾きならば、倒れたことにはならないのである。ならば、その飛び掛ってこられたときに、さっと棒を少しだけ傾ける分には問題ないはずである。
「お前、それ盲点だ……」
メルレインは恐れ入ったと肩を竦めた。フィッツは苦笑いしつつ、あまりやりすぎると注意されるかもしれないからほどほどにとだけ念を押しておいた。
『それでは第二回戦を始めます。選抜選手はスタート地点に準備してください』
その放送に、一年は気を引き締めた。皆は円陣のまま肩を組む。
「二回戦から三回戦の間に休憩相談時間はないからな! ここが正念場だ。気合入れていくぞっ、A組っ!」
竜也の音頭に合わせて十五人は「ファイト、おーっ!」と声を揃える。もはや初めに棒倒しと聞いた時の新鮮味の無さなど皆無であった。ただあるのは上級生に一泡吹かせてやりたいという燃え上がる闘志のみである。
「おうおう、盛り上がってんなあ、一年」
ヨハンが手の平でひさしを作り、竜也たちの陣営を眺める。
「何かスイッチ入っちゃったんじゃない?」
青春だ。などと人事のように言うアスカに、ヨハンはばしっと背中を平手打ちしてやった。
「いったいなあ」
「舐めてっと、もっと痛い目見るからな。本腰入れろよ?」
意外なほど真剣な悪友の姿に、アスカは珍しいなと感心しながら「了解」と口角を片方だけ上げた。
ホイッスルの音で第二回目の試合が始まった。三竦みの戦いも、お互いの手の内が読めたここからが、ある意味で本番なのである。
三年は五分間の作戦会議中、ずっとあの金髪の一年の用兵振りに舌を巻いていた。それほどにフィッツの働きは、上級生を動揺させるのに十分であったのだ。
ダナンと貴翔も、すっかり竜也の防御力には悩まされていた。しかし、そこは学年主席と次席である。いつまでも悩まずに、物理的に無理な可能性はこの際排除する方針で、すでに固まっていた。
貴翔はヨハンたちには先ほど自陣を倒されたこともあって、二年から攻めることを提案していた。ダナンもそれには賛同し、まずは二年のB組とC組を各個撃破することに定まった。
その手はず通り、ダナンと貴翔は攻撃班を引きつれ、アスカが迎え撃つB組の砦へと攻め込んだ。
「わあ……二人揃って来ちゃったか」
アスカは普段書記として二人にお供している立場なので、なんともやりにくさを感じてしまう。
「悪いな。集中砲火で行かせてもらう」
「前列、進めっ!」
ダナン、貴翔の両攻撃隊が一気にB組へと畳み掛ける。両側から生徒会タッグの攻撃を受け止めているうちに、アスカを避けるようにして攻撃隊が防御スクラム隊を破っていく。
「あ、あっ! ちょ、先輩たちあれ、後ろ見てっ!」
アスカの子供染みた陽動に、二人は呆れた顔をしたが、それでも尚しつこく見ろというので、ダナンが仕方なく横目でちらりと自陣の方を見ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「突撃っ!」
なんと、フィッツが先頭に立ち、A組のほとんどの人員を割いた攻撃班で、三年C組に攻め入っていた。それも、強靭なスクラムの上に、ライオネルとフィッツが騎馬戦よろしく立っていた。さらに、他の組の攻撃班は、一回戦より余裕が出来た分で、その隣のB組に進行していた。
「参ったな。二回戦目も早々俺は退場組か……」
一回戦に引き続き、最初にどうも一年に狙われる位置にいる自陣に、ダナンは溜息をついた。
けして弱い選抜メンバーではないのだが、格闘技系どころかスポーツ部に属している人員が少ないチームなので、長くは持ちこたえないだろうとの見立てが出来る。
「こうなったら退場前に一矢報いなくてはな」
ダナンはそう決断を下すと、二年B組の棒に向かって駿馬の如く走る。アスカは止めようとするが、貴翔の怒涛の足技に阻まれた。
自陣の攻撃スクラムを跳び箱のように飛び越えると、ダナンは両手で勢いよく棒を掴み、そのまま遠心力で外側へと引き倒す。――結果、アナウンスが二年B組の脱落を告げた。
遠くの方で、ヨハンがアスカを「馬鹿野郎、だから言ったじゃねぇか!」と罵声を飛ばしながら引き返して来る。
丁度その頃、三年C組の棒に二人して同時に掴みかかったフィッツとライオネルは、力任せに棒を揺らして大きく倒すことに成功する。
「貴翔、すまんがまた任せるぞ」
ダナンが自陣へ戻りながら友に謝罪する。
「いえ、二年B組を倒せたのは大きいです。少なくとも、これで一、二年の結託は解消されたはずですから」
貴翔の予想通り、二年の庇護を失ったことにフィッツは慌てていた。
――こんなに早くアスカ先輩が破られるとは思ってなかった!
思えばダナンは一回戦でも自陣がやられる前に一年B組を陥落させていた。まさしく、鷹の様に目標物を捕らえた限り打ち漏らしはしないということだろう。
――ダナン先輩の組の防御力が比較的低くて助かった。彼に早く退場してもらわないと、基本的に勝ちはない。
フィッツは三回戦目の流れも頭で構築しつつ、すぐに三年B組の棒倒しに加勢し、見事三年生のチームを二つとも倒すことに成功した。
ダナンが自陣に無念の帰還を果たすと、ディックが体育座りで落ち込んでいる。会長のいる組なのに、一回戦から出鼻を挫かれてばかりだと嘆いているのだ。
「すみません会長。足引っ張って……」
「気にするなディック、お前は良くやっているさ。ただ今回の場合は、相手が悪いだけだ」
ぽんぽんと相手の肩を叩いてやると、ディックは太い眉をひしゃげて感極まっている様子であった。
ダナンは「まだ泣くには早いぞ」と笑い飛ばしてやると、ふと、一年A組の陣営を見る。そこにはなんと、竜也とセシル以外に二名しか防御班として立っていなかった。
__なるほど、また思い切った作戦をとったな。だが、たしかにあのチームだから出来る戦法かもしれん……。
そこではっとしてダナンは、三回戦の話をディックに耳打ちした。初めのうち、彼は会長の話を聞くなり慌てて首を横に振ったが、しばらく聞いているうちに、やってみようかという気になったらしく、一転して縦に首を下ろした。
「かなり捨て身ですよ?」
「その分俺が何とかする。できるな?」
「もちろんです!」
かくして、二回戦目は、一年が二点、二、三年は辛くも一点ずつ取れた結果となった。この時点で一年が勝利に一歩近づいたことになる。そのため、三回戦のホイッスルがなる前から、一年の士気は最高潮となっていた。
竜也はA組の面構えを見て、確認するように声をかける。
「お前ら逃げきろうなんてしょぼいこと考えてないだろうなっ?」
「っなわけないだろう。なあフィッツ?」
にやりとライオネルがフィッツの方を向くので、彼は太陽のように眩しい笑顔を返してやった。
「うんっ! ガンガン得点入れようね!」
しかし、彼は突如額を軽く押さえ、二、三歩よろめいた。セシルが駆け寄り、フィッツの脇を支える。
「大丈夫ですか?」
他のメンバーも慌てて駆け寄るが、フィッツは平気だと言って手を振って見せた。竜也は難しい顔をして、友のうっすらと青ざめた表情を伺う。
恐らく慣れない事の連続で、一点リードしたことにより緊張の糸がぷつりと切れてしまったのかもしれない。見れば膝も微かだが小刻みに震えている。
「無理するな。保健係のテント行くか?」
「あと一回戦なんだし、お願い、最後までやらせて」
フィッツは困ったように竜也に懇願した。そうは言うが、攻撃班に入れるにはこの状態では事故が起きても不思議ではない。竜也とセシルは互いに顔を見合わせ、彼に提案する。
「フィッツ、お前は俺らの方にいろ」
「そうです。せめて防御班の方にいれば、僕たちも安心できます」
相談している間にも、第三回戦のホイッスルが鳴ってしまう。
「おい、どうするんだよ結局っ!」
ライオネルが狼狽しているとメルレインとリューベックが彼の両脇を引っつかんで出陣していく。
「竜也、棒持ちはお前に任せるぞ!」
メルレインはそう言いながら無骨な手で仲間に合図を送り、三年生側へと走っていった。竜也は頷くと、いっそこうなればサークルの一名も攻撃班に出してしまえと、急いでメルレインたちについていくように促す。
「ごめんね、最後の最後に……」
しょんぼりとする親友に、たった三人となった防御班は手を取り合った。
「ここからは俺らに任せろ」
「そうです。ここまでがんばったんですから、どうぞ休んでいてください」
二人からの友情を強く感じて、フィッツは言い知れぬ思いに駆り立てられる。
目の前には砂煙を上げ、両陣営が激しくぶつかり合っている光景が広がっている。先ほどまで自分はあれほどの戦局下にいたのかと、我ながらその場になってみると、よくやってみせたものだと、他人事のように呆けてしまう。それほどまでに、フィッツは必死に組の勝利のため、集中して指揮を行っていたのだ。
ふとフィッツが二年の方を眺めると、ヨハンたちが仲間内を集めて、三年A組をあえて叩きに行っていた。防御力を誇るA組でも、徒党を組んだあの人数では、陥落するのも時間の問題である。
そして、視線をライオネルたちの方へと戻すと、彼らは三年C組の前で立ち往生していた。その様子に竜也も気づいたのか、あっと声を上げる。
「ダナン先輩が防御班にいる!」
そう、ダナンの考案した作戦は、竜也たちの陣営とほぼ同じ、攻撃班に大半を割いて、自分自身が自陣を守るというものであった。
「こっちの作戦盗まれたな」
竜也が悔しそうにつぶやくので、セシルはそれに対して否定する。
「いいえ、あのチームは防御力にそもそも不安要素があるようでしたから、いっそ攻撃班にほとんどの人員を割いた方が、どうせ倒されるならより多く敵の棒を倒してから自沈する心積もりなのでしょう」
なんとも肝が据わったダナンの作戦に、竜也は舌を巻く。言うなれば、部下のために自らが砦の盾となり、好きなだけ暴れて来させるという、一軍を率いる将軍の器の大きさが伺える。
そのため、隣の一年B組が大多数の三年生に攻略されているのが見て取れるが、もはや三人しか居ないぎりぎりの防御班で助けに行くことは出来なかった。
一年B組を攻略したのを皮切りに、三年はA組を無視するようにC組へと押しかける。竜也はただそれを悔しげに見つめるしかない。
「くそっ、ライオネルの奴らなにやってるんだ!」
未だに会長相手にもたもたしている仲間にやきもきしながら、竜也は持っている棒をぎりぎりと握り締める。
「竜也さん、フィッツさん。危険ですが、僕が伝令に走ります。作戦の変更を命じてください」
セシルも司令塔を失った隊列の乱れに焦れたのか、フィッツの目を見つめて訴える。
「わかった。それじゃあこれだけ伝えて。反転して二年A組に標的を変えてって」
確かに、二年A組は今三年A組攻略のため人員が半分以下になっていた。そこになら勝機があると踏んだのだろう。
セシルは頷くと猛スピードで伝令に走る。しかし、そのチャンスを逃すまいと、貴翔が動いた。
「今ですっ!」
一気に攻撃スクラムを組ませたクラスメイトをけしかける。フィッツが応戦しようと前に立つが、竜也がそれを止めた。
「軍師様は後ろにいるもんだろ?」
多人数を相手に、むしろ守るものが自身の持っている棒一本ならば、単純なだけ竜也にはありがたかった。
「倒せるもんなら倒してみろっ!」
たった一人で挑発する一年に、頭に血が上ったスクラム隊は一気に押し寄せた。それに対して、竜也は威勢の良い大声を出しながら、持っている棒を軸に、周りに襲い掛かってきた敵勢を足だけで薙ぎ倒す。しかし、これではいくら強い竜也とて、長くは持つまい。だが、タイミングを見計らったようにアナウンスが流れる。
『二年が三年A組の棒を倒しました! 次に狙うは隣の三年B組……いえ、その隣のC組のようです!』
ヨハンが珍しく機転を利かせ、一年が諦めようとしていたダナンがほとんど一人で防衛しているC組に狙いを定めたのだ。
「さっきはころっと俺らの組やっつけてくれたからな! お相子だぜ先輩っ!」
しかし試合の残り時間も残り少ない。そこで伝令に駆けつけたセシルが、ライオネルに依頼する。
「ライオネルさん! お願いがあります。貴方はここで一人待機しててください!」
「はあっ? なんだって?」
まさか自分にダナンと一騎打ちしろというのかと、ライオネルは思い切り眉を顰めた。
「そうではありません。二年生がダナン先輩をひきつけている間に、隙を狙って貴方が棒を倒してください。そうすればこちらの得点です!」
セシルのその提案に、ライオネルはなるほどと手を打った。だが、うまく行く確証はどこにもない。
「こうなれば運というものに頼るしかありませんから。お願いします!」
そう言い残すと、セシルは自陣へと急いで駆け戻って行った。ライオネルは二年の陣営に向かっていくメルレインたちを見送りながら、虎視眈々とチャンスを狙い待った。そして、攻めてきた二年生の群れに混ざることには成功した。ここからどうばれずに棒を倒すかが鍵である。
――そうだ、竜也やフィッツだけに頼っているなんて僕らしくない。ここは少し姑息な手を使っても一点もぎ取ってやる!
ライオネルが密かに決意したとき、試合の残り時間は三十秒を切った。
「竜也さん!」
どうにか棒を死守していた竜也に、セシルの加勢が間に合う。二人は棒とフィッツをかばうように、貴翔の目の前に立ちはだかる。さすがの彼にも、少し疲れの色が見え始めていた。
「もう時間もありません! 皆さん、最後のアタックをかけますよ!」
貴翔はスクラムを組んだ連中の上に乗り、竜也とセシルに攻撃を仕掛けてくる。いくら竜也とて、棒の上に直接貴翔が飛び移ったのでは対処のしようが無い。
「セシル! 棒の上に乗って!」
フィッツが力を振り絞って竜也と一緒に棒を支える。セシルは言われたとおりに棒の上に立ち、貴翔と直接対峙する姿勢を取った。
お互いの勇士がぶつかりあったその直後、三回戦終了のホイッスルが鳴った。
『棒倒し終了ですっ! 学生はその場に動かず、座って集計を待ってください!』
そのアナウンスの声を、貴翔とセシルは取っ組み合った形を解いて脱力しながら聞いた。
「まったく……今年の一年には参りましたよ」
普段涼しげな表情しか見せたことの無い貴翔が、鼻についたゴーグルの跡を摩りながら溜息をつく。竜也たちも、地面へすっかりへたれこんでぜえぜえと上がった息を整える。
そして集計の結果が発表される、緊張の瞬間が訪れた。
『最後の審議の結果、三年C組の棒は、一年生が倒したと判定! 結果、三回戦は一年生が一点、二年生が一点、三年生が一点となり、よって三試合の合計ですと――』
セシルはぱっと目が輝いた。ライオネルが、一人で自身の頼みを聞いてくれたのだと、歓喜したのだ。
『二、三年が四点で引き分け。一年生が、――なんと五点で一位です!』
その瞬間、敵陣営の方に行っていた、メルレインやリューベックたちの雄叫びが聞こえた。そして一人、三年と二年に睨まれながら縮こまっているライオネルも、周りにへらへらとしながらこっそりと自ら掴んだ勝利を誉れに思った。
彼はダナンが二年生を相手取った瞬間に、背後に回って思い切り棒持ちの学生の脛を蹴りあげたのだ。まったく反則ではないが、二年の勝利を横から掻っ攫い、三年の意表をついた後輩に、上級生たちの冷ややかな視線が注がれる。だが、ヨハンが徐に立ち上がると、ライオネルに手を差し伸べた。
「まったく、一年A組には勇気のあるやつが多すぎて恐れ入るぜ」
「ああ、同感だ」
ダナンもヨハンの言葉に賛同して疲れてはいたが、晴れ渡った笑顔を向けてくれた。
初めて先輩に褒められたライオネルの瞳には、熱いものがこみ上げる。ヨハンの手を握り返すと、たまらず嗚咽を漏らして泣き出してしまった。それを見た周りの先輩たちにはもう冷たい色はなく、変わりに明るく一人の一年生を各々に讃えてくれるのだった。
『それではこれより、閉会式を始めます!』
フィッツは念のため、竜也と一緒に保健係のテント内に訪れていた。額に氷嚢を当てながら、学長の表彰状授与式を見守る。ライオネルに背中を押され、一年生代表として、セシルが壇上に歩いていく。
アルバート学長から棒倒し優勝の表彰状とトロフィーを受け取ると、セシルは少年らしくはにかんで、みんなに見せて回っていた。
「終わっちゃったね、体育祭」
フィッツがしみじみと晴天を仰ぎながらつぶやいた。竜也も同じようにして空を眺める。
――あいつも、同じ空を見れているんだろうか。
兄のことをふと思う。彼は自分たちのような年相応の青春を謳歌出来ているのだろうかと、爽やかに体育祭を終えた竜也の気持ちには、それだけが蟠りとなっていた。




